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◇第3章 付かず離れず◇
父親からの電話②
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玲旺は柱の陰から出て、気付かれないように二人の表情をそっと盗み見る。
缶コーヒーを片手に屈託なく笑う久我は、まるで無防備に見えた。藤井の方もいつもの生真面目さは消えて、肩の力を抜いている。
対等なんだな。と、玲旺は唇を噛んだ。
お互い実力を認め合い、背中を預けて一緒に戦える仲間と言った雰囲気がある。
玲旺に見せる二人の顔は保護者や上司で、いつもどこか緊張感があった。とことん自分は守られる存在でしかないのだと思い知る。
久我に追いつくと息巻いていたが、まだまだ距離は遠い。
「しかし、要は最近玲旺様の話ばかりだな。余程気に入ったのか」
「いつも一生懸命なんだ。可愛いくて仕方ないよ。何でもしてやりたくなる」
「手厚く面倒を見てもらえるのは有難いが、誤解されるような行動は慎めよ。変な噂が立つと困る」
藤井が牽制するような視線を送ると、久我はくくっと短く笑った。
「妬くなって。ただの弟だよ。それ以上の感情はないから心配するな」
覚悟していたつもりだが、改めて久我の口からその事実を聞いて玲旺の目の前が暗くなる。
ただの弟。それ以上の感情はない。
そもそも、なんなんだ今のやり取りは。
もしかして、二人は付き合っているのか? 藤井がヤキモチを妬いて、久我が安心させるために放った一言なのだろうか。
勝手な妄想だと半分解っていながら、笑い飛ばせない自分がいた。二人が戦友でも恋人同士でも、どちらにせよ玲旺の立ち入る隙間は一ミリもなさそうだ。
全身の力が抜ける。今まで必死にしてきた努力が、何だか無意味なものに思えてきた。仕事を覚えるのは自分のためと重々承知していたが、結局久我に認められたいと言う思いの方が強かったらしい。
色々なものにガッカリしながら、玲旺は何歩か来た道を戻った後、今初めて二人の存在に気付いたような顔をして休憩スペースに足を踏み入れた。
「あれ、珍しい組み合わせですね。二人とも仲良かったんですか」
白々しくないだろうか。上手く笑えているだろうか。そんな事を考えながら、笑顔を張り付けて二人の元へ寄る。
「ああ。藤井とは同期で、大学から一緒なんだ。お前の情報提供してくれたのはコイツだよ」
そう言われて、初めて営業部に連れてこられた時、久我が玲旺の経歴書を見ていたことを思い出す。確かにあの時「同期に情報提供して貰った」と言っていた。それが藤井だったのかと、納得しながら頷いた。
「玲旺様、ご安心くださいませ。久我に渡したものは、履歴書に書くような一般的な範囲の情報ですよ。プライベートまでは漏洩しておりません」
「会社では『様』は付けんなって言ったろ。一般的な範囲ねぇ。本当にそれだけか?」
ジロリと睨むと、藤井は「もちろんです」と怯まずニッコリ笑う。
父親の筆頭秘書である藤井は、玲旺の面倒までよく見てくれていた。留学中、欲しいものは藤井に頼めば直ぐに手配してくれたし、愚痴も聞いてくれるので重宝したものだ。藤井なら、玲旺の嗜好や性格を細かく分析できる。その情報を元に、久我が気難しい玲旺を攻略したのだとしたら、少し面白くない。
「こら、桐ケ谷。お前も敬語を忘れているぞ」
久我に窘められて、玲旺は目を伏せた。
「……申し訳ありませんでした。では、仕事を残しているので戻りますね」
失礼します。と告げてその場を立ち去る。
面白くない。面白くない。
久我が今まで自分の為にしてくれたことが、計算だったのではないかと思えて苦しくなる。
空港からの帰り道、車の中で渡された缶コーヒーが苦かった。その様子を見て、「甘いものが好きなんだっけ」と久我は言ったのだ。
きっと藤井から情報を得ていたのだろう。
何もかもどうでもいい気分になって、玲旺は適当な席に腰を掛けると大きくため息を吐いた。斜め後ろに座っていた吉田が、キャスター付きの椅子を滑らせて玲旺の隣に並ぶ。
「どうしたの? なんか疲れてるみたい」
机に突っ伏した玲旺は「うん。ちょっと疲れた」と、顔を上げないまま答える。
「そっか。ずっと頑張ってきたからなぁ。今度息抜きしようね」
カサッと何か置かれる小さな音がした。吉田はそれ以上何も聞かず席に戻っていく。少し顔を浮かせると、机の上に置かれた飴玉が見えた。
深く詮索せずに、丁度よい距離でほっといてくれる吉田の気遣いが有難い。包み紙を解いて飴玉を口の中に入れながら、いずれ社長になった時、吉田を秘書課に引っ張れないかな。などとぼんやり思う。
展示会で紅林に絡まれた時も、すぐ後ろに控えて必要な情報を知らせてくれて心強かった。
飴の甘さに少し救われていると、ポケットの中でスマホが震えた。机の上に頭を乗せたままスマホを取り出すと、発信者は父親と表示されている。
父親から電話が来るなど初めてで、玲旺は飛び起きて画面を凝視した。何事だろうと不審がりながら「応答」の文字をタップする。
『ああ、玲旺。お前、最近評判がいいみたいだな』
父親の声を久しぶりに聞いた。案外呑気で、無駄に身構えて損をしたと腹立たしくなる。
「なに、突然。用が無いなら切るよ」
『待て。一分で終わる』
玲旺が本当に切ってしまいそうな気配を感じたのか、父親は早口で話を続けた。
『来週の土曜、一日空けておいてくれ』
「なんで?」
『見合いをする』
「誰の?」
『お前のだよ』
はぁ? と驚いた玲旺は椅子を後ろに倒す勢いで立ち上がった。
「馬鹿言うなよ。なんだよ見合いって。俺まだ二十二だぞ」
『まあ、そう言うな。会って気に入らなければ断って構わない。社会勉強だと思って気楽に臨め。ただ、先方にはもう承諾してしまったからな。見合いは決定事項だ』
そこで一方的に通話が切られる。
ツーツーと言う音を聞きながら、倒れ込むように椅子に腰を落とした。
「見合いって、ふざけんなよ……」
「桐ケ谷くん。見合い、するの?」
気の毒そうに眉を寄せて、吉田が再び振り返る。
「当日すっぽかす」と答えようとした時、久我が戻ってきたのが見えた。もやもやしたものが胸の中に広がり、息が苦しくなる。
いっそ、見合いに行ってみようか。
そんな事で久我の気を引けるとは思えないが、どんな反応をするのか見てみたい。
「気は進まないけど、仕方ないよね」
困ったような笑みを浮かべると、吉田は同情するように玲旺の肩に手を置いた。
「飲んでストレス発散させましょう。桐ケ谷くん、居酒屋って行った事ある?」
「ううん。ない」
「じゃ、とっておきの渋いとこ連れて行ってあげる。明日休みだし、今日空いてるならどう? 鈴木さんと久我さんにも声かけてみるよ」
「ありがとう。今すぐにでも飲みたい気分だから、嬉しい」
吉田の気遣いに、玲旺は本気で礼を述べる。
――やっぱり秘書にしたい。
缶コーヒーを片手に屈託なく笑う久我は、まるで無防備に見えた。藤井の方もいつもの生真面目さは消えて、肩の力を抜いている。
対等なんだな。と、玲旺は唇を噛んだ。
お互い実力を認め合い、背中を預けて一緒に戦える仲間と言った雰囲気がある。
玲旺に見せる二人の顔は保護者や上司で、いつもどこか緊張感があった。とことん自分は守られる存在でしかないのだと思い知る。
久我に追いつくと息巻いていたが、まだまだ距離は遠い。
「しかし、要は最近玲旺様の話ばかりだな。余程気に入ったのか」
「いつも一生懸命なんだ。可愛いくて仕方ないよ。何でもしてやりたくなる」
「手厚く面倒を見てもらえるのは有難いが、誤解されるような行動は慎めよ。変な噂が立つと困る」
藤井が牽制するような視線を送ると、久我はくくっと短く笑った。
「妬くなって。ただの弟だよ。それ以上の感情はないから心配するな」
覚悟していたつもりだが、改めて久我の口からその事実を聞いて玲旺の目の前が暗くなる。
ただの弟。それ以上の感情はない。
そもそも、なんなんだ今のやり取りは。
もしかして、二人は付き合っているのか? 藤井がヤキモチを妬いて、久我が安心させるために放った一言なのだろうか。
勝手な妄想だと半分解っていながら、笑い飛ばせない自分がいた。二人が戦友でも恋人同士でも、どちらにせよ玲旺の立ち入る隙間は一ミリもなさそうだ。
全身の力が抜ける。今まで必死にしてきた努力が、何だか無意味なものに思えてきた。仕事を覚えるのは自分のためと重々承知していたが、結局久我に認められたいと言う思いの方が強かったらしい。
色々なものにガッカリしながら、玲旺は何歩か来た道を戻った後、今初めて二人の存在に気付いたような顔をして休憩スペースに足を踏み入れた。
「あれ、珍しい組み合わせですね。二人とも仲良かったんですか」
白々しくないだろうか。上手く笑えているだろうか。そんな事を考えながら、笑顔を張り付けて二人の元へ寄る。
「ああ。藤井とは同期で、大学から一緒なんだ。お前の情報提供してくれたのはコイツだよ」
そう言われて、初めて営業部に連れてこられた時、久我が玲旺の経歴書を見ていたことを思い出す。確かにあの時「同期に情報提供して貰った」と言っていた。それが藤井だったのかと、納得しながら頷いた。
「玲旺様、ご安心くださいませ。久我に渡したものは、履歴書に書くような一般的な範囲の情報ですよ。プライベートまでは漏洩しておりません」
「会社では『様』は付けんなって言ったろ。一般的な範囲ねぇ。本当にそれだけか?」
ジロリと睨むと、藤井は「もちろんです」と怯まずニッコリ笑う。
父親の筆頭秘書である藤井は、玲旺の面倒までよく見てくれていた。留学中、欲しいものは藤井に頼めば直ぐに手配してくれたし、愚痴も聞いてくれるので重宝したものだ。藤井なら、玲旺の嗜好や性格を細かく分析できる。その情報を元に、久我が気難しい玲旺を攻略したのだとしたら、少し面白くない。
「こら、桐ケ谷。お前も敬語を忘れているぞ」
久我に窘められて、玲旺は目を伏せた。
「……申し訳ありませんでした。では、仕事を残しているので戻りますね」
失礼します。と告げてその場を立ち去る。
面白くない。面白くない。
久我が今まで自分の為にしてくれたことが、計算だったのではないかと思えて苦しくなる。
空港からの帰り道、車の中で渡された缶コーヒーが苦かった。その様子を見て、「甘いものが好きなんだっけ」と久我は言ったのだ。
きっと藤井から情報を得ていたのだろう。
何もかもどうでもいい気分になって、玲旺は適当な席に腰を掛けると大きくため息を吐いた。斜め後ろに座っていた吉田が、キャスター付きの椅子を滑らせて玲旺の隣に並ぶ。
「どうしたの? なんか疲れてるみたい」
机に突っ伏した玲旺は「うん。ちょっと疲れた」と、顔を上げないまま答える。
「そっか。ずっと頑張ってきたからなぁ。今度息抜きしようね」
カサッと何か置かれる小さな音がした。吉田はそれ以上何も聞かず席に戻っていく。少し顔を浮かせると、机の上に置かれた飴玉が見えた。
深く詮索せずに、丁度よい距離でほっといてくれる吉田の気遣いが有難い。包み紙を解いて飴玉を口の中に入れながら、いずれ社長になった時、吉田を秘書課に引っ張れないかな。などとぼんやり思う。
展示会で紅林に絡まれた時も、すぐ後ろに控えて必要な情報を知らせてくれて心強かった。
飴の甘さに少し救われていると、ポケットの中でスマホが震えた。机の上に頭を乗せたままスマホを取り出すと、発信者は父親と表示されている。
父親から電話が来るなど初めてで、玲旺は飛び起きて画面を凝視した。何事だろうと不審がりながら「応答」の文字をタップする。
『ああ、玲旺。お前、最近評判がいいみたいだな』
父親の声を久しぶりに聞いた。案外呑気で、無駄に身構えて損をしたと腹立たしくなる。
「なに、突然。用が無いなら切るよ」
『待て。一分で終わる』
玲旺が本当に切ってしまいそうな気配を感じたのか、父親は早口で話を続けた。
『来週の土曜、一日空けておいてくれ』
「なんで?」
『見合いをする』
「誰の?」
『お前のだよ』
はぁ? と驚いた玲旺は椅子を後ろに倒す勢いで立ち上がった。
「馬鹿言うなよ。なんだよ見合いって。俺まだ二十二だぞ」
『まあ、そう言うな。会って気に入らなければ断って構わない。社会勉強だと思って気楽に臨め。ただ、先方にはもう承諾してしまったからな。見合いは決定事項だ』
そこで一方的に通話が切られる。
ツーツーと言う音を聞きながら、倒れ込むように椅子に腰を落とした。
「見合いって、ふざけんなよ……」
「桐ケ谷くん。見合い、するの?」
気の毒そうに眉を寄せて、吉田が再び振り返る。
「当日すっぽかす」と答えようとした時、久我が戻ってきたのが見えた。もやもやしたものが胸の中に広がり、息が苦しくなる。
いっそ、見合いに行ってみようか。
そんな事で久我の気を引けるとは思えないが、どんな反応をするのか見てみたい。
「気は進まないけど、仕方ないよね」
困ったような笑みを浮かべると、吉田は同情するように玲旺の肩に手を置いた。
「飲んでストレス発散させましょう。桐ケ谷くん、居酒屋って行った事ある?」
「ううん。ない」
「じゃ、とっておきの渋いとこ連れて行ってあげる。明日休みだし、今日空いてるならどう? 鈴木さんと久我さんにも声かけてみるよ」
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