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◇第3章 付かず離れず◇
夢だったかもしれない①
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こんなに憂鬱な月曜日は初めてだと思いながら、重い足取りで出社した。
鈴木が「金曜日の記憶が途中から曖昧で」と額に手を当てる。「気を付けなよ」と吉田が呆れたように肩をすくめてから玲旺に話題を振った。
「桐ケ谷くん達は、あの後遅くまでいたの?」
「ううん。久我さん潰れる寸前だったから、すぐ帰ったよ」
「えっ。久我さんが潰れそうなほど酔うなんて珍しいね。よっぽど機嫌が良かったのかな。それとも飲まずにいられない程嫌なことでもあったのか……」
おそらく後者だろうなと思いながら、玲旺は「どうだろうねぇ」と、とぼけてみせる。今日提出予定の書類を確認していたら、「おはよう」といつも通り爽やかに久我が現れた。鈴木が申し訳なさそうに手を合わせる。
「久我さん、金曜日はご馳走様でした。すみません、私、あんまり覚えてなくて」
「あはは。吉田にもお礼言っておきなよ? 桐ケ谷も……悪かったな」
ほんの一瞬だけ表情が曇ったような気がしたが、すぐに普段と変わらない笑顔に戻る。玲旺も無理やり口角を上げて笑顔を返した。
「いえいえ。二日酔いは大丈夫でした?」
互いに微笑み合う二人の間に、あんな情事があったことなど誰にも想像出来ないだろう。
玲旺だって未だに「夢だったかもしれない」と疑いたくなる。気まずさに居たたまれず玲旺は席を離れ、外回りの予定表にスケジュールを書き込んだ。ホワイトボード用のマーカーがキュッキュと音を立てる。
結局、久我はどうしたかったのだろう。兄弟ごっこはまだ続けるのだろうか。あの夜の出来事をなかった事にしたくないのにと、玲旺は深くため息を吐く。
振り返ると、ファイルを片手に電話をしている久我が視界に入った。あの指が、あの舌が、自分の体を這ったと思うと腰の辺りがじわっと熱を帯びる。暗い廊下に響いた艶めかしい息遣いを思い出してしまい、掻き消すように慌てて首を振った。
こんな風に甘く切なく途方に暮れるなんて、まるで初恋みたいで居心地が悪い。
数日の間、いつも通りの穏やかな日常が続いた。ただ、「穏やか」なのは傍目から見た印象であって、玲旺の心が凪いていたわけではない。表面上、笑顔で取り繕って無難に過ごしていただけだ。
いつもと変わらぬ久我の態度に、だんだんイライラしてくる。あんなことをしておいて、今の状態はいくら何でも宙ぶらりん過ぎやしないか。そりゃあ「次会う時は、可愛い弟の顔で接してやるよ」とは言ったが、それは全て忘れてやると言う意味ではない。
この状況を打破するために、こちらから仕掛けても許されるんじゃないか。いや、むしろ当然の反撃だろう。そんな感情が鎌首を持ち上げたのは、見合いの前日だった。
営業車に乗るため地下駐車場に向かう久我を見つけて後を追い、閉まりかけたエレベーターに滑り込む。
「あれ、桐ケ谷も外回り?」
「はい。表参道店でレイアウトの打ち合わせに。店で外回り中の吉田さんと合流します」
フォーチュンは百貨店やセレクトショップに品を卸す他に、自社ショップも有している。店舗の主力商品やレイアウトを決めるのも営業の大切な仕事で、今日は吉田のアシスタントとしてそれらを学ぶ予定だった。
混み合うエレベーターで、玲旺は久我の体にピタッとくっつく。得意先に納品する大きな箱を抱えている久我が、玲旺をチラリと見た。
一瞬だけ目が合ったが直ぐに逸らされてしまい、何かしらのリアクションを期待していた玲旺は心の中で舌打をする。
やがてエレベーターが一階に到着すると、二人を残して全員が降りて行った。車の運転をしない玲旺が一階で降りないことに、久我は「おや?」と訝しんだようだったが、玲旺はそのまま駐車場まで涼しい顔でついて行く。いつもの営業車に近づき後方に回ると、久我はリヤハッチを開けて荷物を積み込んだ。それからゆっくりと玲旺の方に向き直り、問いかける。
鈴木が「金曜日の記憶が途中から曖昧で」と額に手を当てる。「気を付けなよ」と吉田が呆れたように肩をすくめてから玲旺に話題を振った。
「桐ケ谷くん達は、あの後遅くまでいたの?」
「ううん。久我さん潰れる寸前だったから、すぐ帰ったよ」
「えっ。久我さんが潰れそうなほど酔うなんて珍しいね。よっぽど機嫌が良かったのかな。それとも飲まずにいられない程嫌なことでもあったのか……」
おそらく後者だろうなと思いながら、玲旺は「どうだろうねぇ」と、とぼけてみせる。今日提出予定の書類を確認していたら、「おはよう」といつも通り爽やかに久我が現れた。鈴木が申し訳なさそうに手を合わせる。
「久我さん、金曜日はご馳走様でした。すみません、私、あんまり覚えてなくて」
「あはは。吉田にもお礼言っておきなよ? 桐ケ谷も……悪かったな」
ほんの一瞬だけ表情が曇ったような気がしたが、すぐに普段と変わらない笑顔に戻る。玲旺も無理やり口角を上げて笑顔を返した。
「いえいえ。二日酔いは大丈夫でした?」
互いに微笑み合う二人の間に、あんな情事があったことなど誰にも想像出来ないだろう。
玲旺だって未だに「夢だったかもしれない」と疑いたくなる。気まずさに居たたまれず玲旺は席を離れ、外回りの予定表にスケジュールを書き込んだ。ホワイトボード用のマーカーがキュッキュと音を立てる。
結局、久我はどうしたかったのだろう。兄弟ごっこはまだ続けるのだろうか。あの夜の出来事をなかった事にしたくないのにと、玲旺は深くため息を吐く。
振り返ると、ファイルを片手に電話をしている久我が視界に入った。あの指が、あの舌が、自分の体を這ったと思うと腰の辺りがじわっと熱を帯びる。暗い廊下に響いた艶めかしい息遣いを思い出してしまい、掻き消すように慌てて首を振った。
こんな風に甘く切なく途方に暮れるなんて、まるで初恋みたいで居心地が悪い。
数日の間、いつも通りの穏やかな日常が続いた。ただ、「穏やか」なのは傍目から見た印象であって、玲旺の心が凪いていたわけではない。表面上、笑顔で取り繕って無難に過ごしていただけだ。
いつもと変わらぬ久我の態度に、だんだんイライラしてくる。あんなことをしておいて、今の状態はいくら何でも宙ぶらりん過ぎやしないか。そりゃあ「次会う時は、可愛い弟の顔で接してやるよ」とは言ったが、それは全て忘れてやると言う意味ではない。
この状況を打破するために、こちらから仕掛けても許されるんじゃないか。いや、むしろ当然の反撃だろう。そんな感情が鎌首を持ち上げたのは、見合いの前日だった。
営業車に乗るため地下駐車場に向かう久我を見つけて後を追い、閉まりかけたエレベーターに滑り込む。
「あれ、桐ケ谷も外回り?」
「はい。表参道店でレイアウトの打ち合わせに。店で外回り中の吉田さんと合流します」
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混み合うエレベーターで、玲旺は久我の体にピタッとくっつく。得意先に納品する大きな箱を抱えている久我が、玲旺をチラリと見た。
一瞬だけ目が合ったが直ぐに逸らされてしまい、何かしらのリアクションを期待していた玲旺は心の中で舌打をする。
やがてエレベーターが一階に到着すると、二人を残して全員が降りて行った。車の運転をしない玲旺が一階で降りないことに、久我は「おや?」と訝しんだようだったが、玲旺はそのまま駐車場まで涼しい顔でついて行く。いつもの営業車に近づき後方に回ると、久我はリヤハッチを開けて荷物を積み込んだ。それからゆっくりと玲旺の方に向き直り、問いかける。
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