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◇第5章 愛してはいけない◇
時間を戻してあげようか①
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日曜日の朝、久我はリビングのソファで目を覚ました。何でこんな所で寝てるんだっけと、ぼんやりしたまま部屋を見回す。濡れたまま放置されたバスタオル、付けっ放しのテレビ、飲み残した缶ビール。徐々に記憶が蘇ると自己嫌悪で押し潰されそうになり、一度起き上がった体を再びソファに横たえた。
「何やってんだ、俺は」
玲旺の痕跡が色濃く残る寝室に入る勇気が無くて、明け方まで海外ドラマを観ていたのだが、いつの間にか眠っていたらしい。
ドラマの内容は一つも頭に残っていないのに、玲旺の声や表情は鮮明に思い出せる。
深く息を吐きながら、ローテーブルに置きっぱなしのスマホに手を伸ばした。画面には『ちゃんと家に着いた?』と言う未送信のメッセージが残っている。
昨夜のうちにさっさと送ればよかったのに、怖気づいて結局送信ボタンが押せないままでいた。文字を消しながらまた溜め息を吐く。玲旺の方からも何の連絡も来ていなかった。
「そりゃそうだよな……」
自分の思い切りの悪さにうんざりしながら寝室に向かう。ドアノブに手をかけて少し躊躇ったが、このままずっと入らない訳にもいかないので、憂鬱な気分で足を踏み入れた。
閉め切っていた部屋には、生々しい情事の残り香が漂う。このベッドで玲旺を抱いた事実を突き付けられ「目を逸らすな」と言われているようだった。狂ったようによがる玲旺の姿を思い出しながら、久我はしっとりと湿ったシーツを指でなぞる。
透き通るように白い肌だった。なのに果てる時はほんのり上気して、大きな目を潤ませる。
ずくん。と下半身に血液が集中したのを感じた。玲旺の息遣いを思い返しただけでも達せそうだ。こんな時でも反応してしまう男の性は厄介だなと、鎮めるために深呼吸をする。
静かな部屋にはカチカチと時計の針の音が響いていた。普段なら全く気にならないのに、今はなぜかその針に『時間を戻してあげようか』と笑われているような気がしてくる。
もし戻れるなら、戻りたい。そうしたら今度は絶対に間違えない。
触れてはいけない宝石だった。摘んではいけない花だった。
最初から望んではいけないとわかっていたのに、堪え切れずに壊してしまった。
カーテンを握り締めて真ん中から引き裂くように開けると、眩しい光が差し込んできた。窓を全開にして空気を入れ替え、シーツをベッドから剥がす。
玲旺の体にピッタリ合わせて作られたワイシャツを広げてみると、まるでそこに玲旺がいるようで思わず胸に抱いた。
「あいつ、細かったなぁ」
せめて今、残像を抱きしめることくらいは許してもらえないか。そう考えて直ぐに自嘲しながら首を振った。自分はどこまでも身勝手だなと、シャツと取れたボタンを視界から消すように急いで紙袋にしまう。
側に置いておきたくて、でも恋人にするのは恐ろしくて、「弟」なんて役柄を押し付けてしまった。ただの上司や友人ではなく、恋人以外の特別な立場でこの先ずっと見守れる位置にいるために。本当はとっくに弟だなんて思えなかったくせに、何度も何度も言い聞かせながら。
シーツや使ったままのバスタオルを拾い集めて洗濯機へ放り込む。こんな風に何もかも綺麗サッパリ洗って無かったことに出来たらどんなに良いか。
去り際に見せた玲旺の痛々しい笑顔を思い出してしまい、久我は洗濯機の前にうずくまった。辛い時は助けるなどと言いながら、玲旺を深く傷つけているのは他ならぬ自分だ。
「……また最初からやり直そう」
もう二度と傷つけないように。嫉妬で狂わないように。独占欲で暴走しないように。今度こそひたすらただの兄に徹しよう。
それが叶わないと知ったのは、月曜日の朝だった。
「何やってんだ、俺は」
玲旺の痕跡が色濃く残る寝室に入る勇気が無くて、明け方まで海外ドラマを観ていたのだが、いつの間にか眠っていたらしい。
ドラマの内容は一つも頭に残っていないのに、玲旺の声や表情は鮮明に思い出せる。
深く息を吐きながら、ローテーブルに置きっぱなしのスマホに手を伸ばした。画面には『ちゃんと家に着いた?』と言う未送信のメッセージが残っている。
昨夜のうちにさっさと送ればよかったのに、怖気づいて結局送信ボタンが押せないままでいた。文字を消しながらまた溜め息を吐く。玲旺の方からも何の連絡も来ていなかった。
「そりゃそうだよな……」
自分の思い切りの悪さにうんざりしながら寝室に向かう。ドアノブに手をかけて少し躊躇ったが、このままずっと入らない訳にもいかないので、憂鬱な気分で足を踏み入れた。
閉め切っていた部屋には、生々しい情事の残り香が漂う。このベッドで玲旺を抱いた事実を突き付けられ「目を逸らすな」と言われているようだった。狂ったようによがる玲旺の姿を思い出しながら、久我はしっとりと湿ったシーツを指でなぞる。
透き通るように白い肌だった。なのに果てる時はほんのり上気して、大きな目を潤ませる。
ずくん。と下半身に血液が集中したのを感じた。玲旺の息遣いを思い返しただけでも達せそうだ。こんな時でも反応してしまう男の性は厄介だなと、鎮めるために深呼吸をする。
静かな部屋にはカチカチと時計の針の音が響いていた。普段なら全く気にならないのに、今はなぜかその針に『時間を戻してあげようか』と笑われているような気がしてくる。
もし戻れるなら、戻りたい。そうしたら今度は絶対に間違えない。
触れてはいけない宝石だった。摘んではいけない花だった。
最初から望んではいけないとわかっていたのに、堪え切れずに壊してしまった。
カーテンを握り締めて真ん中から引き裂くように開けると、眩しい光が差し込んできた。窓を全開にして空気を入れ替え、シーツをベッドから剥がす。
玲旺の体にピッタリ合わせて作られたワイシャツを広げてみると、まるでそこに玲旺がいるようで思わず胸に抱いた。
「あいつ、細かったなぁ」
せめて今、残像を抱きしめることくらいは許してもらえないか。そう考えて直ぐに自嘲しながら首を振った。自分はどこまでも身勝手だなと、シャツと取れたボタンを視界から消すように急いで紙袋にしまう。
側に置いておきたくて、でも恋人にするのは恐ろしくて、「弟」なんて役柄を押し付けてしまった。ただの上司や友人ではなく、恋人以外の特別な立場でこの先ずっと見守れる位置にいるために。本当はとっくに弟だなんて思えなかったくせに、何度も何度も言い聞かせながら。
シーツや使ったままのバスタオルを拾い集めて洗濯機へ放り込む。こんな風に何もかも綺麗サッパリ洗って無かったことに出来たらどんなに良いか。
去り際に見せた玲旺の痛々しい笑顔を思い出してしまい、久我は洗濯機の前にうずくまった。辛い時は助けるなどと言いながら、玲旺を深く傷つけているのは他ならぬ自分だ。
「……また最初からやり直そう」
もう二度と傷つけないように。嫉妬で狂わないように。独占欲で暴走しないように。今度こそひたすらただの兄に徹しよう。
それが叶わないと知ったのは、月曜日の朝だった。
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