されど御曹司は愛を知る

雪華

文字の大きさ
64 / 68
◇最終章 されど御曹司は◇

広い世界を知った後でも②

しおりを挟む
「桐ケ谷、何で泣いてるんだよ」

 言われて頬が濡れていることに初めて気づく。まさか泣くとは自分でも思わなかった。堪えようと結んだ口から嗚咽が漏れ、情けなくて両手で顔を覆う。久我は一つも悪くない。未練たらしくまだ焦がれている、自分自身の問題だ。

「ごめん。何でもない。大丈夫」

 感情をコントロール出来ない事が悔しい。困らせている状態が申し訳なくて、玲旺は急いで涙を拭いた。

「泣いてるのに、何でもないって事はないだろう」

 気遣うような眼差しで玲旺の顔を覗き込む。涙の理由に大体の察しを付けたようで、久我は先程の問いに答えるように、落ち着いた声で話し始めた。

「氷雨を呼び捨てにするのは、同じプロジェクトの仲間だし、気安くなっただけで深い意味なんてないよ。部屋に泊めたことなら、藤井や吉田だってあるぞ。氷雨とは、お前が思うような関係じゃないよ」
「だって、昔この部屋で言ったじゃん。『恋人以外は泊めない』って」
「あぁ……覚えてたのか。ごめんな。あれは、お前を帰すために吐いた嘘だよ」

 なんだか久我が嬉しそうに見えて、玲旺は怪訝そうに首を傾げた。玲旺の涙を拭いながら、久我の頬が緩む。

「もしかして、妬いてくれたの?」
「そ、それはっ」

 急に聞かれて玲旺は顔を真っ赤にさせた。言い逃れ出来ない恥ずかしさに、着ていたパーカーのフードを目深に被り、俯きながら「そうだよ」と怒ったように答える。

「まだ好きなんだよ。悪かったな」

 あぁ。ただの弟に戻れるチャンスを失ってしまったと、引っ込んだ涙がまた出そうだった。久我が息を呑む気配がしたが、どんな顔をしているのか怖くて見ることが出来ない。

「今でも、俺のことが……好き?」

 久我の声が震えているような気がした。何と答えたら良いのか解らず、何度も聞くなと思いながら無言で頷く。
 次の瞬間、強い力で引き寄せられて、気付くと久我の胸の中にいた。両腕でしっかりと抱きすくめられ、身動きが取れなくなる。

「桐ケ谷、どうしよう。嬉しくて頭がおかしくなりそう」
「は? 嬉しい?」

 思ってもみなかった言葉に、玲旺は久我の体を押し戻して顔を上げた。久我は壊れ物でも扱うように、恐る恐る玲旺の頬に触れる。

「お前の活躍は、日本にいても聞こえて来たよ。ロンドンで優秀なスタッフに囲まれて、俺のことなんてもうすっかり忘れてると思ってた。だから、今でも想ってもらえてたなんて夢みたいだ」

 潤んだ目で見つめられ、鼓動が速くなる。

「それってまるで、久我さんも俺のことが好きみたいに聞こえるよ」
「うん。だって、そうだからね」

 久我にすんなり肯定されて、玲旺は驚きながら瞬きを繰り返した。嬉しいと思うよりも先に「なぜ」と疑問をぶつけたくなる。

「じゃあ、何でロンドンに行く前にそう言ってくれなかったの? あの時すぐに付き合う事が出来なくても、久我さんの気持ちさえ聞けていたら、俺はいくらでも待てたのに。何で追いかけてくれなかったんだよ」

 玲旺は「酷いよ」と、涙目になりながら久我のシャツを掴んで揺さぶった。久我はすまなそうに眉根を寄せて、玲旺の頬を両手で包む。

「俺が想いを告げたら、ロンドンで良い出会いがあっても見逃すだろう? お前を縛りたくなかったんだよ。それに、お前が待っていてくれると思ったら、俺は現状維持で満足してしまう。甘えたくなかったんだ。俺はお前が広い世界を知った後でも、選ばれるような男になりたかったから」

 自分勝手でごめんねと、囁いた後に玲旺の耳を食んだ。くすぐったさに、思わずふっと息が漏れる。

「俺の気持ちが続くか試したのかよ」
「違う。自由でいて欲しかったんだ。お前の邪魔をしたくなかったんだよ」

 耳から離した唇を、今度は玲旺の額に落とす。それから瞼、鼻の頭、頬にキスの雨を降らせて、最後に軽く唇に触れた。愛おしそうに玲旺の髪を撫で、目を細める。

「来週ロンドンに行く予定だったのに、まさか今日こんな形で会えるとはな。入れ違いにならなくて良かったよ」

 久我が笑うと、吐息が玲旺の額にかかった。

「俺に会いに来てくれるつもりでいたの?」
「そうだよ。お前『俺に相応しいと納得出来たら、そっちから会いに来い』って言ったの覚えてる? やっと自分で納得できたんだ。だから、玉砕覚悟で想いを伝えるつもりだった。……ねえ、桐ケ谷。もう一回、好きって聞かせて」

 普段精悍な顔つきの久我が、珍しく心細そうにせがんだ。そう言えば、最後に会った時もこんな表情をしていたなと思い出し、久我も不安だったのかと初めて知る。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

同居人の距離感がなんかおかしい

さくら優
BL
ひょんなことから会社の同期の家に居候することになった昂輝。でも待って!こいつなんか、距離感がおかしい!

【完結】取り柄は顔が良い事だけです

pino
BL
昔から顔だけは良い夏川伊吹は、高級デートクラブでバイトをするフリーター。25歳で美しい顔だけを頼りに様々な女性と仕事でデートを繰り返して何とか生計を立てている伊吹はたまに同性からもデートを申し込まれていた。お小遣い欲しさにいつも年上だけを相手にしていたけど、たまには若い子と触れ合って、ターゲット層を広げようと20歳の大学生とデートをする事に。 そこで出会った男に気に入られ、高額なプレゼントをされていい気になる伊吹だったが、相手は年下だしまだ学生だしと罪悪感を抱く。 そんな中もう一人の20歳の大学生の男からもデートを申し込まれ、更に同業でただの同僚だと思っていた23歳の男からも言い寄られて? ノンケの伊吹と伊吹を落とそうと奮闘する三人の若者が巻き起こすラブコメディ! BLです。 性的表現有り。 伊吹視点のお話になります。 題名に※が付いてるお話は他の登場人物の視点になります。 表紙は伊吹です。

契約満了につき

makase
BL
仮初めの恋人として契約を結んだ二人の、最後の夜。

借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます

なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。 そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。 「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」 脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……! 高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!? 借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。 冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!? 短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。

隣の席のイケメンに懐かれた

しょうがやき
BL
隣の席のイケメンに懐かれた平凡男子の話

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

僕の恋人は、超イケメン!!

八乙女 忍
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

死ぬほど嫌いな上司と付き合いました

三宅スズ
BL
社会人3年目の皆川涼介(みながわりょうすけ)25歳。 皆川涼介の上司、瀧本樹(たきもといつき)28歳。 涼介はとにかく樹のことが苦手だし、嫌いだし、話すのも嫌だし、絶対に自分とは釣り合わないと思っていたが‥‥ 上司×部下BL

処理中です...