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◇最終章 されど御曹司は◇
広い世界を知った後でも②
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「桐ケ谷、何で泣いてるんだよ」
言われて頬が濡れていることに初めて気づく。まさか泣くとは自分でも思わなかった。堪えようと結んだ口から嗚咽が漏れ、情けなくて両手で顔を覆う。久我は一つも悪くない。未練たらしくまだ焦がれている、自分自身の問題だ。
「ごめん。何でもない。大丈夫」
感情をコントロール出来ない事が悔しい。困らせている状態が申し訳なくて、玲旺は急いで涙を拭いた。
「泣いてるのに、何でもないって事はないだろう」
気遣うような眼差しで玲旺の顔を覗き込む。涙の理由に大体の察しを付けたようで、久我は先程の問いに答えるように、落ち着いた声で話し始めた。
「氷雨を呼び捨てにするのは、同じプロジェクトの仲間だし、気安くなっただけで深い意味なんてないよ。部屋に泊めたことなら、藤井や吉田だってあるぞ。氷雨とは、お前が思うような関係じゃないよ」
「だって、昔この部屋で言ったじゃん。『恋人以外は泊めない』って」
「あぁ……覚えてたのか。ごめんな。あれは、お前を帰すために吐いた嘘だよ」
なんだか久我が嬉しそうに見えて、玲旺は怪訝そうに首を傾げた。玲旺の涙を拭いながら、久我の頬が緩む。
「もしかして、妬いてくれたの?」
「そ、それはっ」
急に聞かれて玲旺は顔を真っ赤にさせた。言い逃れ出来ない恥ずかしさに、着ていたパーカーのフードを目深に被り、俯きながら「そうだよ」と怒ったように答える。
「まだ好きなんだよ。悪かったな」
あぁ。ただの弟に戻れるチャンスを失ってしまったと、引っ込んだ涙がまた出そうだった。久我が息を呑む気配がしたが、どんな顔をしているのか怖くて見ることが出来ない。
「今でも、俺のことが……好き?」
久我の声が震えているような気がした。何と答えたら良いのか解らず、何度も聞くなと思いながら無言で頷く。
次の瞬間、強い力で引き寄せられて、気付くと久我の胸の中にいた。両腕でしっかりと抱きすくめられ、身動きが取れなくなる。
「桐ケ谷、どうしよう。嬉しくて頭がおかしくなりそう」
「は? 嬉しい?」
思ってもみなかった言葉に、玲旺は久我の体を押し戻して顔を上げた。久我は壊れ物でも扱うように、恐る恐る玲旺の頬に触れる。
「お前の活躍は、日本にいても聞こえて来たよ。ロンドンで優秀なスタッフに囲まれて、俺のことなんてもうすっかり忘れてると思ってた。だから、今でも想ってもらえてたなんて夢みたいだ」
潤んだ目で見つめられ、鼓動が速くなる。
「それってまるで、久我さんも俺のことが好きみたいに聞こえるよ」
「うん。だって、そうだからね」
久我にすんなり肯定されて、玲旺は驚きながら瞬きを繰り返した。嬉しいと思うよりも先に「なぜ」と疑問をぶつけたくなる。
「じゃあ、何でロンドンに行く前にそう言ってくれなかったの? あの時すぐに付き合う事が出来なくても、久我さんの気持ちさえ聞けていたら、俺はいくらでも待てたのに。何で追いかけてくれなかったんだよ」
玲旺は「酷いよ」と、涙目になりながら久我のシャツを掴んで揺さぶった。久我はすまなそうに眉根を寄せて、玲旺の頬を両手で包む。
「俺が想いを告げたら、ロンドンで良い出会いがあっても見逃すだろう? お前を縛りたくなかったんだよ。それに、お前が待っていてくれると思ったら、俺は現状維持で満足してしまう。甘えたくなかったんだ。俺はお前が広い世界を知った後でも、選ばれるような男になりたかったから」
自分勝手でごめんねと、囁いた後に玲旺の耳を食んだ。くすぐったさに、思わずふっと息が漏れる。
「俺の気持ちが続くか試したのかよ」
「違う。自由でいて欲しかったんだ。お前の邪魔をしたくなかったんだよ」
耳から離した唇を、今度は玲旺の額に落とす。それから瞼、鼻の頭、頬にキスの雨を降らせて、最後に軽く唇に触れた。愛おしそうに玲旺の髪を撫で、目を細める。
「来週ロンドンに行く予定だったのに、まさか今日こんな形で会えるとはな。入れ違いにならなくて良かったよ」
久我が笑うと、吐息が玲旺の額にかかった。
「俺に会いに来てくれるつもりでいたの?」
「そうだよ。お前『俺に相応しいと納得出来たら、そっちから会いに来い』って言ったの覚えてる? やっと自分で納得できたんだ。だから、玉砕覚悟で想いを伝えるつもりだった。……ねえ、桐ケ谷。もう一回、好きって聞かせて」
普段精悍な顔つきの久我が、珍しく心細そうにせがんだ。そう言えば、最後に会った時もこんな表情をしていたなと思い出し、久我も不安だったのかと初めて知る。
言われて頬が濡れていることに初めて気づく。まさか泣くとは自分でも思わなかった。堪えようと結んだ口から嗚咽が漏れ、情けなくて両手で顔を覆う。久我は一つも悪くない。未練たらしくまだ焦がれている、自分自身の問題だ。
「ごめん。何でもない。大丈夫」
感情をコントロール出来ない事が悔しい。困らせている状態が申し訳なくて、玲旺は急いで涙を拭いた。
「泣いてるのに、何でもないって事はないだろう」
気遣うような眼差しで玲旺の顔を覗き込む。涙の理由に大体の察しを付けたようで、久我は先程の問いに答えるように、落ち着いた声で話し始めた。
「氷雨を呼び捨てにするのは、同じプロジェクトの仲間だし、気安くなっただけで深い意味なんてないよ。部屋に泊めたことなら、藤井や吉田だってあるぞ。氷雨とは、お前が思うような関係じゃないよ」
「だって、昔この部屋で言ったじゃん。『恋人以外は泊めない』って」
「あぁ……覚えてたのか。ごめんな。あれは、お前を帰すために吐いた嘘だよ」
なんだか久我が嬉しそうに見えて、玲旺は怪訝そうに首を傾げた。玲旺の涙を拭いながら、久我の頬が緩む。
「もしかして、妬いてくれたの?」
「そ、それはっ」
急に聞かれて玲旺は顔を真っ赤にさせた。言い逃れ出来ない恥ずかしさに、着ていたパーカーのフードを目深に被り、俯きながら「そうだよ」と怒ったように答える。
「まだ好きなんだよ。悪かったな」
あぁ。ただの弟に戻れるチャンスを失ってしまったと、引っ込んだ涙がまた出そうだった。久我が息を呑む気配がしたが、どんな顔をしているのか怖くて見ることが出来ない。
「今でも、俺のことが……好き?」
久我の声が震えているような気がした。何と答えたら良いのか解らず、何度も聞くなと思いながら無言で頷く。
次の瞬間、強い力で引き寄せられて、気付くと久我の胸の中にいた。両腕でしっかりと抱きすくめられ、身動きが取れなくなる。
「桐ケ谷、どうしよう。嬉しくて頭がおかしくなりそう」
「は? 嬉しい?」
思ってもみなかった言葉に、玲旺は久我の体を押し戻して顔を上げた。久我は壊れ物でも扱うように、恐る恐る玲旺の頬に触れる。
「お前の活躍は、日本にいても聞こえて来たよ。ロンドンで優秀なスタッフに囲まれて、俺のことなんてもうすっかり忘れてると思ってた。だから、今でも想ってもらえてたなんて夢みたいだ」
潤んだ目で見つめられ、鼓動が速くなる。
「それってまるで、久我さんも俺のことが好きみたいに聞こえるよ」
「うん。だって、そうだからね」
久我にすんなり肯定されて、玲旺は驚きながら瞬きを繰り返した。嬉しいと思うよりも先に「なぜ」と疑問をぶつけたくなる。
「じゃあ、何でロンドンに行く前にそう言ってくれなかったの? あの時すぐに付き合う事が出来なくても、久我さんの気持ちさえ聞けていたら、俺はいくらでも待てたのに。何で追いかけてくれなかったんだよ」
玲旺は「酷いよ」と、涙目になりながら久我のシャツを掴んで揺さぶった。久我はすまなそうに眉根を寄せて、玲旺の頬を両手で包む。
「俺が想いを告げたら、ロンドンで良い出会いがあっても見逃すだろう? お前を縛りたくなかったんだよ。それに、お前が待っていてくれると思ったら、俺は現状維持で満足してしまう。甘えたくなかったんだ。俺はお前が広い世界を知った後でも、選ばれるような男になりたかったから」
自分勝手でごめんねと、囁いた後に玲旺の耳を食んだ。くすぐったさに、思わずふっと息が漏れる。
「俺の気持ちが続くか試したのかよ」
「違う。自由でいて欲しかったんだ。お前の邪魔をしたくなかったんだよ」
耳から離した唇を、今度は玲旺の額に落とす。それから瞼、鼻の頭、頬にキスの雨を降らせて、最後に軽く唇に触れた。愛おしそうに玲旺の髪を撫で、目を細める。
「来週ロンドンに行く予定だったのに、まさか今日こんな形で会えるとはな。入れ違いにならなくて良かったよ」
久我が笑うと、吐息が玲旺の額にかかった。
「俺に会いに来てくれるつもりでいたの?」
「そうだよ。お前『俺に相応しいと納得出来たら、そっちから会いに来い』って言ったの覚えてる? やっと自分で納得できたんだ。だから、玉砕覚悟で想いを伝えるつもりだった。……ねえ、桐ケ谷。もう一回、好きって聞かせて」
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