114 / 133
波乱
走馬灯
しおりを挟む
部屋に入った瞬間、私の目は釘付けになった。記憶が走馬燈のように駆け巡る。自然と身体は動き出していた。
奴の息の根を止めるために。
前線に立つ彼は、汚泥に塗れた世界でどんな宝飾品よりも輝いて見えた。
自分の境遇を悲観せず、甘えず、ただ真っすぐに平和を祈った戦士だった。
こんな風変わりな私にも分け隔てなく接してくれた。
ただ体格の優劣によって上層の贔屓で入れられたあの部隊。私の立ち位置を目指して研鑽を積んできた者、肩を並べる仲間にはそぐわないと判断した者、直接的な敵意を向けてこなかった人間も合わせれば、私は果たしてどれだけの憎悪の視線を向けられたのだろうか。
もともと弱かった心は軋轢という名の摩擦で擦り切れる寸前だった。己が立つには余りあるその高台は、私を格好の的にするだけだった。彼はそんな私を見て言ったのだ。
「立場を憂うなら、それに見合う人間に成れ! お前をただのデカブツと罵る奴らに二度と同じことを言わせてやるな。鈍間と囁くクズの横を走り抜けろ。ただ飯食らいと叫ぶ馬鹿の仕事もまとめて終わらせてやれ! 何ができると問うた塵芥に満面の笑顔で言ってやれ。――――お前のできないことはすべてできると!!! この世で最強のデカブツに成って見せろ」
暴論も甚だしい彼の言葉。鼻で笑ってしまえばそれまでだったのに、あの時の私はそれを真正面から受け止めてしまった。まったく、弱った心には馬鹿正直な言葉ほど危ういものは無いわね。
それから彼には徹底的に扱かれた。それはもう指先さえも動かなくなるほどに。それまで部隊の平隊員として必要最低限の仕事しかしてこなかった私に彼はあらゆる責任を負わせ、それを傍観し続けた。
四肢が取れるのではないかと本気で思った。けれど、不思議と心は潤っていた。今思えば、どれだけ失敗を繰り返そうとも彼が先頭に立って非難を受け入れ、場に和を持たせ、次の挑戦の機会を与えてくれていたのだ。
気が付けば私は部隊の一番頭――――彼の背中を預かれる場所にいた。その頃には目に見える敵は居なくなっていた。もしかしたら、彼の言う通り立場に見合う人間に成れたということなのかもしれない。そう思った。
その頃からだろうか彼に好意を持ったのは。戦友としてだけではない、人間としてともに人生を歩みたいとそう思えた。でも結局その思いを伝えることはなかった。
大戦の業火は気が付いた時には一面に広がっていた。得物を用いない想像の埒外の能力を持った生物に私たちも苦戦を強いられた。それでも戦線を維持することができたのは、偏に彼と歩んだ日々の賜物だ。
もうすぐ増援が来る。そう聞いてどれだけの時間が経ったか。不思議と苦しさはない。彼がいる。私が彼に、彼が私に互いの背中を預けている。それが何よりも嬉しく、安心した。
その安心は強大な力によって絶たれた。
業火を背に歩む赤髪の魔族。得物はおろか手を掲げることも無い。ただ、悠然と歩みを進める。それだけで仲間が倒れていく。まるで炎に炙られる氷のようだった。――――悪魔。
彼は悪魔と対峙した。そこに私の身を置くことは許されなかった。
台車に乗せられながら刈り取られる意識の中で彼の最後の言葉を聞いた。
走馬燈の終点。心の中で言葉の反響が止むのと、背後の少女が刀を収めたのは同時だった。
『私はまだやれる』
本来自決用である隠し刀。敵に情けを掛けられることを良しとはしない武人の心。それをこのような使い方をするのは罪悪感が否めないが、私は泥臭く生きることしかできない。仮に四肢がもがれようとも、残った胴体で這いつくばってでも生きてやる。それが彼に対する私の想いだ。
投擲はいかに動作を小さく俊敏に行えるかで威力が決まる。幸い細かいことが得意な私には体に似合わずその才があるようだった。
小手に忍ばせた薄刃の小刀は指の間に挟めば視認することは難しい。そのまま最小限の動きと渾身の速度で手首を返し射出する。目掛けるは通訳の女中の背後に立つ赤髪の女中。
我ながら良い投擲だった。刃は悪魔の喉元――――には届かなかった。
「&%$@」
誰かの声が聞こえた後、かかり始めた夜の帳に似た光が目の前を一閃した。
奴の息の根を止めるために。
前線に立つ彼は、汚泥に塗れた世界でどんな宝飾品よりも輝いて見えた。
自分の境遇を悲観せず、甘えず、ただ真っすぐに平和を祈った戦士だった。
こんな風変わりな私にも分け隔てなく接してくれた。
ただ体格の優劣によって上層の贔屓で入れられたあの部隊。私の立ち位置を目指して研鑽を積んできた者、肩を並べる仲間にはそぐわないと判断した者、直接的な敵意を向けてこなかった人間も合わせれば、私は果たしてどれだけの憎悪の視線を向けられたのだろうか。
もともと弱かった心は軋轢という名の摩擦で擦り切れる寸前だった。己が立つには余りあるその高台は、私を格好の的にするだけだった。彼はそんな私を見て言ったのだ。
「立場を憂うなら、それに見合う人間に成れ! お前をただのデカブツと罵る奴らに二度と同じことを言わせてやるな。鈍間と囁くクズの横を走り抜けろ。ただ飯食らいと叫ぶ馬鹿の仕事もまとめて終わらせてやれ! 何ができると問うた塵芥に満面の笑顔で言ってやれ。――――お前のできないことはすべてできると!!! この世で最強のデカブツに成って見せろ」
暴論も甚だしい彼の言葉。鼻で笑ってしまえばそれまでだったのに、あの時の私はそれを真正面から受け止めてしまった。まったく、弱った心には馬鹿正直な言葉ほど危ういものは無いわね。
それから彼には徹底的に扱かれた。それはもう指先さえも動かなくなるほどに。それまで部隊の平隊員として必要最低限の仕事しかしてこなかった私に彼はあらゆる責任を負わせ、それを傍観し続けた。
四肢が取れるのではないかと本気で思った。けれど、不思議と心は潤っていた。今思えば、どれだけ失敗を繰り返そうとも彼が先頭に立って非難を受け入れ、場に和を持たせ、次の挑戦の機会を与えてくれていたのだ。
気が付けば私は部隊の一番頭――――彼の背中を預かれる場所にいた。その頃には目に見える敵は居なくなっていた。もしかしたら、彼の言う通り立場に見合う人間に成れたということなのかもしれない。そう思った。
その頃からだろうか彼に好意を持ったのは。戦友としてだけではない、人間としてともに人生を歩みたいとそう思えた。でも結局その思いを伝えることはなかった。
大戦の業火は気が付いた時には一面に広がっていた。得物を用いない想像の埒外の能力を持った生物に私たちも苦戦を強いられた。それでも戦線を維持することができたのは、偏に彼と歩んだ日々の賜物だ。
もうすぐ増援が来る。そう聞いてどれだけの時間が経ったか。不思議と苦しさはない。彼がいる。私が彼に、彼が私に互いの背中を預けている。それが何よりも嬉しく、安心した。
その安心は強大な力によって絶たれた。
業火を背に歩む赤髪の魔族。得物はおろか手を掲げることも無い。ただ、悠然と歩みを進める。それだけで仲間が倒れていく。まるで炎に炙られる氷のようだった。――――悪魔。
彼は悪魔と対峙した。そこに私の身を置くことは許されなかった。
台車に乗せられながら刈り取られる意識の中で彼の最後の言葉を聞いた。
走馬燈の終点。心の中で言葉の反響が止むのと、背後の少女が刀を収めたのは同時だった。
『私はまだやれる』
本来自決用である隠し刀。敵に情けを掛けられることを良しとはしない武人の心。それをこのような使い方をするのは罪悪感が否めないが、私は泥臭く生きることしかできない。仮に四肢がもがれようとも、残った胴体で這いつくばってでも生きてやる。それが彼に対する私の想いだ。
投擲はいかに動作を小さく俊敏に行えるかで威力が決まる。幸い細かいことが得意な私には体に似合わずその才があるようだった。
小手に忍ばせた薄刃の小刀は指の間に挟めば視認することは難しい。そのまま最小限の動きと渾身の速度で手首を返し射出する。目掛けるは通訳の女中の背後に立つ赤髪の女中。
我ながら良い投擲だった。刃は悪魔の喉元――――には届かなかった。
「&%$@」
誰かの声が聞こえた後、かかり始めた夜の帳に似た光が目の前を一閃した。
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
わたしのことがお嫌いなら、離縁してください~冷遇された妻は、過小評価されている~
絹乃
恋愛
伯爵夫人のフロレンシアは、夫からもメイドからも使用人以下の扱いを受けていた。どんなに離婚してほしいと夫に訴えても、認めてもらえない。夫は自分の愛人を屋敷に迎え、生まれてくる子供の世話すらもフロレンシアに押しつけようと画策する。地味で目立たないフロレンシアに、どんな価値があるか夫もメイドも知らずに。彼女を正しく理解しているのは騎士団の副団長エミリオと、王女のモニカだけだった。※番外編が別にあります。
白いもふもふ好きの僕が転生したらフェンリルになっていた!!
ろき
ファンタジー
ブラック企業で消耗する社畜・白瀬陸空(しらせりくう)の唯一の癒し。それは「白いもふもふ」だった。 ある日、白い子犬を助けて命を落とした彼は、異世界で目を覚ます。
ふと水面を覗き込むと、そこに映っていたのは―― 伝説の神獣【フェンリル】になった自分自身!?
「どうせ転生するなら、テイマーになって、もふもふパラダイスを作りたかった!」 「なんで俺自身がもふもふの神獣になってるんだよ!」
理想と真逆の姿に絶望する陸空。 だが、彼には規格外の魔力と、前世の異常なまでの「もふもふへの執着」が変化した、とある謎のスキルが備わっていた。
これは、最強の神獣になってしまった男が、ただひたすらに「もふもふ」を愛でようとした結果、周囲の人間(とくにエルフ)に崇拝され、勘違いが勘違いを呼んで国を動かしてしまう、予測不能な異世界もふもふライフ!
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる