魔王の子育て日記

教祖

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波乱

走馬灯

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 部屋に入った瞬間、私の目は釘付けになった。記憶が走馬燈のように駆け巡る。自然と身体は動き出していた。
 奴の息の根を止めるために。

 前線に立つ彼は、汚泥に塗れた世界でどんな宝飾品よりも輝いて見えた。
 自分の境遇を悲観せず、甘えず、ただ真っすぐに平和を祈った戦士だった。
 こんな風変わりな私にも分け隔てなく接してくれた。
 ただ体格の優劣によって上層の贔屓で入れられたあの部隊。私の立ち位置を目指して研鑽を積んできた者、肩を並べる仲間にはそぐわないと判断した者、直接的な敵意を向けてこなかった人間も合わせれば、私は果たしてどれだけの憎悪の視線を向けられたのだろうか。
 もともと弱かった心は軋轢という名の摩擦で擦り切れる寸前だった。己が立つには余りあるその高台は、私を格好の的にするだけだった。彼はそんな私を見て言ったのだ。
 「立場を憂うなら、それに見合う人間に成れ! お前をただのデカブツと罵る奴らに二度と同じことを言わせてやるな。鈍間のろまと囁くクズの横を走り抜けろ。ただ飯食らいと叫ぶ馬鹿の仕事もまとめて終わらせてやれ! 何ができると問うた塵芥ちりあくたに満面の笑顔で言ってやれ。――――お前のできないことはすべてできると!!! この世で最強のデカブツに成って見せろ」
 暴論も甚だしい彼の言葉。鼻で笑ってしまえばそれまでだったのに、あの時の私はそれを真正面から受け止めてしまった。まったく、弱った心には馬鹿正直な言葉ほど危ういものは無いわね。
 それから彼には徹底的に扱かれた。それはもう指先さえも動かなくなるほどに。それまで部隊の平隊員として必要最低限の仕事しかしてこなかった私に彼はあらゆる責任を負わせ、それを傍観し続けた。
 四肢が取れるのではないかと本気で思った。けれど、不思議と心は潤っていた。今思えば、どれだけ失敗を繰り返そうとも彼が先頭に立って非難を受け入れ、場に和を持たせ、次の挑戦の機会を与えてくれていたのだ。
 気が付けば私は部隊の一番頭――――彼の背中を預かれる場所にいた。その頃には目に見える敵は居なくなっていた。もしかしたら、彼の言う通り立場に見合う人間に成れたということなのかもしれない。そう思った。
 その頃からだろうか彼に好意を持ったのは。戦友としてだけではない、人間としてともに人生を歩みたいとそう思えた。でも結局その思いを伝えることはなかった。
 大戦の業火は気が付いた時には一面に広がっていた。得物を用いない想像の埒外の能力を持った生物に私たちも苦戦を強いられた。それでも戦線を維持することができたのは、偏に彼と歩んだ日々の賜物だ。
 もうすぐ増援が来る。そう聞いてどれだけの時間が経ったか。不思議と苦しさはない。彼がいる。私が彼に、彼が私に互いの背中を預けている。それが何よりも嬉しく、安心した。
 その安心は強大な力によって絶たれた。
 業火を背に歩む赤髪の魔族。得物はおろか手を掲げることも無い。ただ、悠然と歩みを進める。それだけで仲間が倒れていく。まるで炎に炙られる氷のようだった。――――悪魔。
 彼は悪魔と対峙した。そこに私の身を置くことは許されなかった。
 台車に乗せられながら刈り取られる意識の中で彼の最後の言葉を聞いた。

 走馬燈の終点。心の中で言葉の反響が止むのと、背後の少女が刀を収めたのは同時だった。
 『私はまだやれる』
 本来自決用である隠し刀。敵に情けを掛けられることを良しとはしない武人の心。それをこのような使い方をするのは罪悪感が否めないが、私は泥臭く生きることしかできない。仮に四肢がもがれようとも、残った胴体で這いつくばってでも生きてやる。それが彼に対する私の想いだ。
 投擲はいかに動作を小さく俊敏に行えるかで威力が決まる。幸い細かいことが得意な私には体に似合わずその才があるようだった。
 小手に忍ばせた薄刃の小刀は指の間に挟めば視認することは難しい。そのまま最小限の動きと渾身の速度で手首を返し射出する。目掛けるは通訳の女中の背後に立つ赤髪の女中悪魔
 我ながら良い投擲だった。刃は悪魔の喉元――――には届かなかった。

 「&%$@鐘は鳴る

 誰かの声が聞こえた後、かかり始めた夜の帳に似た光が目の前を一閃した。
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