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第9話 愛した人
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しかし、慶子は始めから浦島慶次のいる本社にいたわけではない。
もとは榊原康雄の部署にいたのを彼が推薦し、今の会社に移籍させたからだった。
それにはわけがあり、それというのも慶子と榊原はただならない関係だった時期がある。
慶子が出席者を見定めるために、会議室全体を何気なく見渡したときだった。そのとき誰かの視線を強く感じたのだ。それは自分を遠くからじっと見つめている忘れもしない榊原康雄の顔だった。
慶子はドキリとして苦しくなるほどに胸が高鳴っていた、その驚きで思わず声を出すほどだった。そのわけは、榊原とはかつて愛し合った仲だからである。
彼の妻の榊原ますみは大手企業の娘であり、美人で評判の女だった。榊原がますみと付き合っているときはあまり気にならなかったが、いざ結婚してみると、なにかにつけてこざかしく、派手好みであり、親の権威を鼻にかけるような嫌みな女だった。それにうんざりしていた彼はいつかは離婚しようとさえ思っていた。
そのころ妻とは真逆で目立たない愛川慶子を知り、妻との愛のない生活に嫌気をさしていた榊原は平凡な慶子に惚れたのは皮肉だった。その慶子とあるきっかけで関係を持ってしまったのだが、慶子の年齢は三十歳の半ばであり若くはない。
彼女のその外見からみても誰も近づくような魅力ある女では無かった。その年齢では結婚適齢期は過ぎていたが、いまだに男の経験が無かった。
それは数年前の或る暮れのころだった。その夜、慶子は一人で残業をしていた。製品部の部長である榊原は珍しく遅くなって帰ろうと思い総務部の前を通るとき、誰もいないと思っていた部屋で一カ所に照明が点いているのに気が付いた。
窓越しに見ると誰かがいるのをみつけ部屋のドアを開けて中に入っていった。そこで一人の事務の女が熱心に仕事をしているのが目に入った。思わず榊原はその事務員に声をかけた。
「おや、ご苦労さん。愛川さんだったかな。今夜はクリスマス・イブだというのに一人で残業かね?」
「あ、はい。榊原部長。急いで処理しなくてはいけない書類がありますので……でももう終わりました」
「そうかい、それはよかった。では家でクリスマスを楽しみに待っている人にケーキでも買って帰るといいね」
何気なく榊原がそう言って労ねぎらうと、慶子は寂しそうな顔をして、おし黙っている。
「おや、余計なことを言ってしまったかな」
「いえ、いいんです。家には誰もいません。一人暮らしですから」
「それはいやなことを聞いてしまったようだな」
「いえ。いいんです。そういう優しい言葉を掛けてくれる人もいませんから」
ふだんは、こんなプライベートな話を他人に言う慶子ではなかったが、なぜかそのときの慶子はセンチメンタルな気持ちになっていた。
それは皆がイブということで、うきうきしながら帰って行くのを見ていたからかも知れない。
さえない自分を誘ってくれる男などいるはずが無いと思う慶子だった。そんな慶子に仕事を押しつける課長を恨んでも、それを断る勇気も無い。
暗い部屋で黙々と一人で作業をしている自分が惨めだった。それが榊原にはなぜか分かる気がした。慶子は見た目は普通か、それ以下であり、決して男が声をかけてくるタイプではなかった。スタイルも着ている服のセンスもいまいちだった。
そんな慶子だったが、なぜか榊原は彼女が気になっていた。
それは美しいが性格がきつく、優しさがない妻と比べると、どこか慶子を見ていると穏やかな気持ちになるのだ。
太り気味の慶子を見たときには彼女を性的にみたり、欲望を感じたわけでもない。しかし、じっと自分をみつめる慶子にどこか惹かれる榊原がいた。
「それならどうだい。仕事が終わったのなら僕と軽く食事でも行くかい?」
「えっ? 部長とですか?」
「そうだよ。僕とではいやかな」
「いえ、とんでもありません。わたしなんか……」
なぜか、慶子の目には涙が出そうになっていた。
「では、いいんだね」
「はい。でもクリスマス・イブですよ。部長のお家でご家族の方が待っていらっしゃるんじゃないんですか?」
「いや。いいんだよ。君が気にすることじゃない。さあ、行こうか」
「それまでに部長がおっしゃるのなら」
「じゃあ、決まりだな」
「はい」
その夜、榊原と慶子は彼が時々利用するレストランにいた。
榊原がホテルに誘ったそのとき、一度は断ろうとした慶子だったが、夢のような誘惑には勝てず、そのまま彼に従ってついてきたラブホテルの一室で始めて彼に抱かれたのである。
慶子は美人ではなく、スタイルもさほどよいとは言えない。いわゆる目立たない普通の女だったが、それが榊原には安らぎになる。
ベッドの中で榊原は慶子の裸の肩を抱きながら、
「こういうところは初めてかな?」
「はい。もちろんです。部長」
「部長はいいから」
「はい……あ、あっ……」
薄暗く妖しい部屋の中で裸になった慶子は、大きな乳房を弄もてあそぶ榊原にしだいに感じ始めていた。
「おねがいです。優しくしてくださいね……」
「わかってるさ」
潤い始めた慶子の白い身体の上に榊原は覆い被さった。そして彼の愛撫を体中に受けながら、慶子は官能の渦の中に入っていった。
「もっと強く抱いてください……」
自分でも不思議なほど大胆になっている慶子。
「うん」
榊原はそれだけ言うと優しく慶子の裸の肩を抱きしめた。
(嬉しい……)
こんな幸せを感じたことの無い慶子の目には涙が滲んでいた。
ころあいをみながら榊原がゆっくりと身体の中に入ってきたとき、慶子は嬉しかった。始めて感じた女の喜び、その嬉しさに泣きたい気持ちになっていた。
もとは榊原康雄の部署にいたのを彼が推薦し、今の会社に移籍させたからだった。
それにはわけがあり、それというのも慶子と榊原はただならない関係だった時期がある。
慶子が出席者を見定めるために、会議室全体を何気なく見渡したときだった。そのとき誰かの視線を強く感じたのだ。それは自分を遠くからじっと見つめている忘れもしない榊原康雄の顔だった。
慶子はドキリとして苦しくなるほどに胸が高鳴っていた、その驚きで思わず声を出すほどだった。そのわけは、榊原とはかつて愛し合った仲だからである。
彼の妻の榊原ますみは大手企業の娘であり、美人で評判の女だった。榊原がますみと付き合っているときはあまり気にならなかったが、いざ結婚してみると、なにかにつけてこざかしく、派手好みであり、親の権威を鼻にかけるような嫌みな女だった。それにうんざりしていた彼はいつかは離婚しようとさえ思っていた。
そのころ妻とは真逆で目立たない愛川慶子を知り、妻との愛のない生活に嫌気をさしていた榊原は平凡な慶子に惚れたのは皮肉だった。その慶子とあるきっかけで関係を持ってしまったのだが、慶子の年齢は三十歳の半ばであり若くはない。
彼女のその外見からみても誰も近づくような魅力ある女では無かった。その年齢では結婚適齢期は過ぎていたが、いまだに男の経験が無かった。
それは数年前の或る暮れのころだった。その夜、慶子は一人で残業をしていた。製品部の部長である榊原は珍しく遅くなって帰ろうと思い総務部の前を通るとき、誰もいないと思っていた部屋で一カ所に照明が点いているのに気が付いた。
窓越しに見ると誰かがいるのをみつけ部屋のドアを開けて中に入っていった。そこで一人の事務の女が熱心に仕事をしているのが目に入った。思わず榊原はその事務員に声をかけた。
「おや、ご苦労さん。愛川さんだったかな。今夜はクリスマス・イブだというのに一人で残業かね?」
「あ、はい。榊原部長。急いで処理しなくてはいけない書類がありますので……でももう終わりました」
「そうかい、それはよかった。では家でクリスマスを楽しみに待っている人にケーキでも買って帰るといいね」
何気なく榊原がそう言って労ねぎらうと、慶子は寂しそうな顔をして、おし黙っている。
「おや、余計なことを言ってしまったかな」
「いえ、いいんです。家には誰もいません。一人暮らしですから」
「それはいやなことを聞いてしまったようだな」
「いえ。いいんです。そういう優しい言葉を掛けてくれる人もいませんから」
ふだんは、こんなプライベートな話を他人に言う慶子ではなかったが、なぜかそのときの慶子はセンチメンタルな気持ちになっていた。
それは皆がイブということで、うきうきしながら帰って行くのを見ていたからかも知れない。
さえない自分を誘ってくれる男などいるはずが無いと思う慶子だった。そんな慶子に仕事を押しつける課長を恨んでも、それを断る勇気も無い。
暗い部屋で黙々と一人で作業をしている自分が惨めだった。それが榊原にはなぜか分かる気がした。慶子は見た目は普通か、それ以下であり、決して男が声をかけてくるタイプではなかった。スタイルも着ている服のセンスもいまいちだった。
そんな慶子だったが、なぜか榊原は彼女が気になっていた。
それは美しいが性格がきつく、優しさがない妻と比べると、どこか慶子を見ていると穏やかな気持ちになるのだ。
太り気味の慶子を見たときには彼女を性的にみたり、欲望を感じたわけでもない。しかし、じっと自分をみつめる慶子にどこか惹かれる榊原がいた。
「それならどうだい。仕事が終わったのなら僕と軽く食事でも行くかい?」
「えっ? 部長とですか?」
「そうだよ。僕とではいやかな」
「いえ、とんでもありません。わたしなんか……」
なぜか、慶子の目には涙が出そうになっていた。
「では、いいんだね」
「はい。でもクリスマス・イブですよ。部長のお家でご家族の方が待っていらっしゃるんじゃないんですか?」
「いや。いいんだよ。君が気にすることじゃない。さあ、行こうか」
「それまでに部長がおっしゃるのなら」
「じゃあ、決まりだな」
「はい」
その夜、榊原と慶子は彼が時々利用するレストランにいた。
榊原がホテルに誘ったそのとき、一度は断ろうとした慶子だったが、夢のような誘惑には勝てず、そのまま彼に従ってついてきたラブホテルの一室で始めて彼に抱かれたのである。
慶子は美人ではなく、スタイルもさほどよいとは言えない。いわゆる目立たない普通の女だったが、それが榊原には安らぎになる。
ベッドの中で榊原は慶子の裸の肩を抱きながら、
「こういうところは初めてかな?」
「はい。もちろんです。部長」
「部長はいいから」
「はい……あ、あっ……」
薄暗く妖しい部屋の中で裸になった慶子は、大きな乳房を弄もてあそぶ榊原にしだいに感じ始めていた。
「おねがいです。優しくしてくださいね……」
「わかってるさ」
潤い始めた慶子の白い身体の上に榊原は覆い被さった。そして彼の愛撫を体中に受けながら、慶子は官能の渦の中に入っていった。
「もっと強く抱いてください……」
自分でも不思議なほど大胆になっている慶子。
「うん」
榊原はそれだけ言うと優しく慶子の裸の肩を抱きしめた。
(嬉しい……)
こんな幸せを感じたことの無い慶子の目には涙が滲んでいた。
ころあいをみながら榊原がゆっくりと身体の中に入ってきたとき、慶子は嬉しかった。始めて感じた女の喜び、その嬉しさに泣きたい気持ちになっていた。
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