その令嬢、危険にて

ペン銀太郎

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第一部:4-1章:血の夜会(前座)

18話:友好作戦

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夜会当日――夕方。

馬車から降りたエルスターは黒と赤をベースにした服を着ており、耳にはエメラルドのイヤリングを付けていた。互いに互いの色を纏っているその姿は、お見送りに出てきた者たちの心を温めていた。

「おやおや、私の予想以上でしたねぇ。美しいですよ。」

「なんだか…お義姉様が張り切って…まぁ、言われるのも悪くないわ。」

対するネルカも、普段は雑にヘアピンだけで整えている髪を編み込んでおり、普段の「メイク何それ美味しいの」という顔も整備されていた。それでいて肩と腿が出るデザインなのだから、ネルカは少し落ち着かないところがあった。

「今日は私がリードいたしましょう、御姫様。」

「ふふっ、じゃあ頼みにしようかしら、王子様。」

差し出された手を取り馬車に乗り込むと、隣り合うように座る。その様子を見ていたコールマン家一行は満足そうにしている。そして、馬車ドアを閉めて外から見えなくなるようになると緊張を解き、それぞれのいつもの雰囲気を作り出す。

「ふ~…では、計画の振り返りをしましょうか。」

「やっぱりこっちの方が私は落ち着くわね。じゃあ、確認ね。」

この時期は夜会に限らずいろんな貴族がパーティを開くが、ネルカが出席するのは2つしかない。そして、一回目にして初めての貴族パーティとなるのは、フラン・バーティ伯爵令嬢の6歳の誕生日会だった。

彼女は側妃の実家であるアランドロ公爵家から見て親族となっているが、バーティ家自体はあまり乗り気ではないため、こちら側に引き込んでおけるのではというものであった。一番の狙いは其家でも押しが強い叔母、彼女と仲良くできれば他は必然的にこちらに流れると想定している。

本番である王家主催の夜会のための、言わば前座のようなパーティである。あくまで成功したら万々歳、失敗しても問題はない。そういうこともあって戦うこともないので、今日のネルカの服装はロングスカートの方である。

「何となく分かってたけど、やっぱり黒幕は側妃様なのね。」

「一丁前に野心を持っている無能妃ですよ。」

「思ったことを言うのは私と二人の時だけにしなさいエル。この前も言ったけど、あなたの評価はデイン殿下に繋がるのよ。」

「……分かりました。」

本当に大丈夫なのか不安になるネルカを乗せて、馬車は目的地の屋敷の前までたどり着いたのであった。


 ― ― ― ― ― ―


会場にいるのは当たり前であるがアランドロ系列の者が多く、そこにエルスターたちがいるのは不自然であった。しかし、招待状をネルカが持っており、その後ろにエルスターが控えてるのを見ると、拒むことができる者は誰一人としていなかった。

「ご招待ありがとうございます、ネルカ・コールマンです。こちらは夜会に不慣れな私をエスコートしてくださる、エルスター様でございます。」

「おぉ! これはこれはネルカ嬢とエルスター殿、こちらこそご参加ありがとうございますな。私がフランの父であるホメリデ・バーディですぞ。ささ、叔母上が待っておりまする。」

その姿を見るやでっぷりハゲのホメリデが息を切らしながら駆け寄り、まるで特別待遇であるかのように彼女を歓迎する。今回の招待者は現在のネルカの衣装のデザイナーであり――ホメリデの叔母でもあるバーベラ――最大ターゲットである。

衣装作りという界隈においてバーベラのファンはかなり多いのだが、『真のファン』と言える者はかなり少ない。しかし、貴族入りして偶然作品を目にすることになったネルカは、感動して『真のファン』になってしまった。そして、バーベラはずっとその少女と会って話をしてみたくて招待状を送った――というのが二カ月前から用意していたエルスターのシナリオである。

「あらまぁ! あらまぁ! ねぇホメリデ見てよ! 私の服がこんな素敵に着こなされていますよ! あぁ、今日はフランの誕生日だと言うのに、私が喜んじゃってるわ!」

「叔母上、ゆっくり話をしたいでしょう。個室を用意しておりますぞ。」

「ではネルカ、話をしてくると良いですよ。会場は私に任せてください。」

こうしてネルカは会場で挨拶回りなどする時間もなく、バーベラと護衛数人だけで部屋の中に入れられることになった。会場の方はエルスターに完全に任せるとして、彼女の仕事は目の前の夫人をこっちの陣営に引き込めるかどうかになる。

「ネルカちゃん…と呼んでもいいかしら?」

「ご自由にお呼びください…メンシニカ夫人。」

「いやぁねぇ、私の事はバーベラって呼んで。」

「ありがとうございますバーベラ様。」

二人はソファに座りながら机越しに手を取る、しばらくすると佇まいを正して用意された紅茶を啜る。そして、ネルカは感極まったかのように涙を流し、ギョッとして立ち上がろうとするバーベラを制して語り出す。

「急に貴族として過ごしなさいと言われ、私には不安でしょうがない時期がありました。そんなときに出会ったのがバーベラ様の衣装なんです。」

「あらまぁ…。」

「私は思いました…『あぁ…なんてすばらしい方が貴族にはおられるのだろうか。きっと一市民のままではこの方には会えなかった、貴族として過ごせば会えるに違いない』と。だからこそ…私は…ここまで頑張って…うぅ…私はあなたに会いたかったです!」

「ネルカちゃん…私もあなたに伝えることがあるわ。あなたが着ている服はね…素肌を見せるな、やれ下品だ。体のラインを強調するな、やれ誘惑だ…と言われてきたモノなの。」

「はい。」

「でも驚いたわ。だって、あなたが着ればただの美しい服に過ぎないんだもの。身長かしら、筋肉かしら…あなたに出会えて救われたのよ。私が作っているものは芸術なんだって、改めて思うことができたんだもの。」

ネルカの嘘を完全に信じ切ったバーベラであったが、なんやかんやネルカの嘘のない感性も近いところがあったので、その後も止まることなく二人の話は弾んでいった。

(フフッ、気が合う人で良かったわ。これなら無事に達成できるわね。)

そして、時間がかなり進んだことに気付いていなかった頃――

「ばっちゃま~。」

ドアから顔を出したのはフリフリのドレスを着たぽっちゃり体系の女の子。彼女こそが今回の主役であるフラン令嬢であるが、どうやらパーティに飽きてしまいバーベラの元にやって来たようだった。

「あらあらフランや。今日の主役はあなたでしょう?」

「や! ばっちゃまといたい! いこ!」

「私はネルカちゃんとお喋りしてるとこなのだけど…。」

「だいじょーぶ!」

フランは部屋のドアを思い切り開けて、背後に立っている男に笑顔を向ける。その男は長い銀髪を後ろで編んでおり、キリッとした顔立ちながらも優しい目をフランに向け――その笑顔はどこかデインに似ていた。

「マーカスにーちゃが、はなししたいって、いってた。」

彼はこの国の第二王子――マーカス・ジ・ベルガー。
側妃の実の息子である。


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