カンバス

高みき

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カンバス

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生きたくないんです、とその少女は言った。放課後の教室、二人だけの部員。絵筆を走らせる手を止めて顔を上げると、満開の桜咲き乱れるカンバスの前で、長い髪の垂れた背が、いつもよりかは少し大げさに震えて、
「皆、美しいものを望むでしょう」
気に入らなかったのか白を取っては、絵の一部に継いでいく。
「***君は、絵を描くのが楽しいですか? 私にとって、こうして完璧を作っていくのは、楽しいことではありません」
緻密を体現したような絵の前で、こちらを振り返りもせずに話し続ける彼女。その背に口を開く気にはどうしてもならなくて。
「それでも皆、美しいものを望むでしょう。そういうものなのです。私も日々美しい絵を描くのです。でも」
ペンキ筆にたっぷりの白をカンバスに叩きつけて、彼女は立ち上がった。新品の黒の絵の具を手に取り、チューブごと、まだ乾いていないカンバスに塗りたくる。何画も何画も、力を込めて見慣れた弧を書きなぐり、そこで初めて彼女は振り向いて、顔を歪めた。「こっちのほうがまだましかもしれません、安直で滑稽なだけの道化は、好きではないけれど」

生きたくないんです、とその少女は言った。濁った白に浮かぶへのへのもへじを、僕はいつまでも見つめていた。
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