5分前契約した没落令嬢は、辺境伯の花嫁暮らしを楽しむうちに大国の皇帝の妻になる

西野歌夏

文字の大きさ
62 / 68
第二章

愛のきらめきと約束

しおりを挟む
 洗濯、冒険、恋のときめき、恋のぎこちなさ、恋のすれ違い。

 それが私がこの旅の出発前に思い描いたイメージだ。辺境の伯爵領は大陸の果てにあると思っていた。その旅路はワクワクするような冒険と淡い恋が待っている旅路だと思っていた。

 雪が降る前に私たちは大陸の果ての領地に向けて、ピンク色や白色のマーガレットの花が咲き乱れる野を馬車で通った。最初は、咲き進むに連れて色が変化するマーガレットシンプリ―コーラルのような素敵で控えめな恋が夫と私の間に生まれることを予感していた。

 雪がはらりはらりと降りつもる中で、私はラファエルの腕の中で息たえる自分を見つめていた。死神が私の隣に立ち、私を優しい目で見つめた。私は間違っていた。これはとてつもない大冒険と熱烈な恋が待っている旅路だったのだ。

「死神さまはマクシムス皇帝ですか?」

 私は隣に一緒に立ってくれている若い男性に尋ねた。その美しい男性は私を見つめて闊達な笑い声をあげた。いつもの仕立ての良さそうなゆったりとした服を纏っている。金髪の髪を短く刈り込んでいて、目の色は青かった。

「とうとう、僕の正体に気づいたか」

 彼は私の顎をそっと持ち上げて、私の瞳をのぞき込んだ。

「君はうまくやるんだ。いいね?」

 私は死神さまにそう言われてうなずいた。この死を回避するためにやり直すのだ。

 死の5分前の世界は、私と死神さまだけの世界のはずだった。5分前の契約のために証文を死神さまが取り出そうとしたとき、私の目の端にプラチナブロンドの天使のように美しいレティシアが駆け寄ってくるのが見えた。プラチナブロンドの髪が私の目の前をゆっくりと過ぎり、私の隣に立つ死神さまに抱きついた。

「マクシムス!」
 
 レティシアは確かに震える声でそうつぶやくと死神さまに抱きついた。死神とレティシアは熱い抱擁を交わして、唇を重ねた。

 私は心底驚いて二人をただただ見つめた。昔、レティシアも死神さまと契約したのかと昨日チラリと思ったことを思い出した。しかし、二人は恋人同士のマクシムス皇帝とその恋人のレティシアそのままのように見える。

 死神さまはレティシアのプラチナブロンドの髪をときほぐし、レティシアは死神さまの胸で泣き崩れていた。何度も何度も二人は唇を重ねた。温かい涙が二人の頬を濡らし、死神さまの美しくも生気の感じられない頬があからみ、唇はふっくらと色づき、血の気が感じられる生身の人間のようになった。

「レティシア、君にまた会えて良かった」
「マクシムス、愛しているわ。あなたを失ってしまうなんて私はなんてバカなことをしたのでしょう。本当にごめんなさい」

 レティシアは声を震わせて泣いた。

「いや、僕は後悔はしていないよ。君と幸せな夢を見られた。とても満ち足りた幸せな時間を過ごせたから。それは僕にとってはとてつもない幸運だった」

 死神さまはレティシアを瞳を見つめて、彼女のほつれた髪をそっと撫でて優しい口付けをした。彼の青い瞳が涙で漣のように煌めく。

「いいね?僕はロザーラが君に繋げるバトンを僕は見届けるつもりだ。僕なりにこの大陸を治める力を持つ者として貢献するつもりだ。これは僕にとって素晴らしい仕事なんだよ、レティシア」

 死神さまは私にはよく理解できない話をレティシアにしていた。

 だが、二人が過去に素晴らしく幸せな時間を送ったことはわかった。二人を見ていると、可憐なかすみ草が頭をよぎる。ランヒフルージュ城に二人で一緒にあの可憐な花を植えたのかもしれない。甘いときめきがマクシムス皇帝とレティシアの間には漂っている。

「いつか、僕らはまた一緒になれる。それにはまずケネスと幸せになって、君の使命を果たすんだ。君には大勢の命を救う使命がある。それを果たす手伝いを僕はしている。僕はやっぱり皇帝なんだよ。その形で僕の使命を果たす」

 力強く低い声で、死神さまはレティシアにささやいた。愛をささやいているかのようだ。瞳は煌めいていて、首を傾げてレティシアの顔をのぞきこむようにして甘く微笑んでいるさまは、心を完全に許した恋人に対するものだ。

 雪がはらりはらりと落ちてきて時が止まっている世界で、私と死神さまとレティシアと真っ白い雪だけが動いていた。

「わかったわ。必ず幸せになるわ。そして私の使命を果たすから、その先で必ずあなたに再会するわ。きっとよ、約束よ」

「約束だ」

 二人は固く抱き合って唇を重ねた。そして死神さまはレティシアから体を離した。私を真っ直ぐに見つめて宣言した。

「君をこれから連れ去る5分前で一旦時を止めよう。君がこの死を回避できる選択を過去に戻ってできれば、5分の間に結果が変わる。そうすれば君はここで死なない。この証文に手をかざしてくれ」

 私は死神さまがポケットから取り出した紙を見つめた。これまでの3回の契約の時と同じように『死まで5分』と大きく書いてある。私はその紙に手をかざした。

 私とレティシアは互いに顔を見合わせて力強くうなずいた。

 死神が差し出した『死まで5分』と書かれた紙に私が手をかざすと、紙は炎を出して燃え尽きた。

 私はシャン・リュセ城で目が覚めた。死を回避するためには行動を変える必要がある。

 私は素早く『生の王冠』を取り出した。そして左手にはめていたロレード家のシグネットリングを上から押して小さな宝石を取り出した。小さな石の輝きは燦然と煌めいている。私はその石を9番目の穴にはめた。

 隣で寝ているラファエルを急いで起こして、王冠が完成したことを告げた。

「セルドに行く前にジークベインリードハルトの都に立ち寄りましょう。王冠が完成したことを敵と皇太子に告げましょう」

 ラファエルは王冠が完成したことが分かるととても喜んで私を抱きしめた。

「君が俺のそばにいてくれるなら、どこへでも行くよ。俺のそばにいてくれ」

 耳元でささやかれ、私は嬉しくてくすぐったくて身をよじった。甘いささやきに心がときめく。

「レティシア、ジークベインリードハルトの都に華々しく凱旋しましょう。王冠が完成したのよ」

 私はその時、部屋に飛び込んできたレティシアに伝えた。

「いい考えだわ。こちらに雪が降る前に急がないとね」

 レティシアも賛成してくれて、私たちはセルド行きを今回はやめた。結局、私はたちは昨晩まで考えていたこととまるで違う選択をした。

 皇太子と敵の両方に、皇帝選抜は終わったと高らかに凱旋報告するのだ。

 レティシアは私が死にいたった記憶も、死神さまとの記憶も、全て残っているようだ。なぜなのかは分からない。

 ランヒフルージュ城のかすみ草の花言葉は、マクシムス皇帝からレティシアに捧げられた言葉だった。

 「永遠の愛」

 レティシアはシャン・リセ城の豪華な客間の窓辺に飾られたかすみ草を見て、小さな声でつぶやいた。

「マクシムス、当分あなたに会えないけれど、あなたの代わりにこの花を都の凱旋に連れて行くわ」



 私は朝食を食べるために身支度を整えた。私たちの豪華な客間の窓辺には、昨晩飾ったかすみ草が可憐な白い花を咲かせていた。

 今日の私たちの凱旋に、この花も連れて行こう。


 

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

夫が運命の番と出会いました

重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。 だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。 しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?

白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』

鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。 そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。 お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。 挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに… 意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。 よろしくお願いしますm(__)m

田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜

侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」  十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。  弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。  お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。  七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!  以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。  その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。  一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処理中です...