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2ー解毒術の権威
44 暴風雨の中の令和の吸血鬼だわ
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湿った生ぬるい風がわたしの髪を揺らす。わたしはこの空気を心地よいと思う。
激しく打ち付ける雨の中でわたしはコンクリートの外壁にはりついていた。テレビ局のものらしいヘリコプターがわたしに気づいているのに、わたしも気づいている。おそらく朝のニュースで衝撃的な映像として生放送で全国放送されているだろう。
わたしはグッと両手に力を入れる。こんなことは今までやったことはない。でも、今のわたしは吸血鬼度が70%を超えてしまったはずだ。人間より、忍びより、吸血鬼の濃度の方が高い。王子の隠れ家から戻ったあとに、小さな自分の部屋で寝て起きて、令和の自分の部屋で目覚めたはずなのに、気づけばこんなところにいた。
何が起きているかというと、日本列島は台風の脅威に喘いでいた。小さな子供と母親がこのコンクリートの建物から少しいった先の民家で取り残されている。それをなぜかわたしは知っていた。川はとっくに氾濫していた。足元に目をやると汚い濁った水が街中を覆い尽くしていた。
ここは東京ではない。では、どこなのか。
――長野?
わたしの中の令和の沙織は答えを持っていない。
テレビ局はわたしのことを陸上自衛隊だと思うはずだ。なぜなら、さっき避難所に停められた自衛隊の車の中から、座席に置かれていた汚れた上着を一枚失敬してきたからだ。その記憶はちゃんとある。
わたしの全身に力が入る。
――わたしは本当にできるのか?
――そうか、今頃ナディアは普通に起きて、全国放送の朝のニュースを歯磨きでもしながら見ているかな。カメラがズームしたわたしの顔に驚いて、口から歯ブラシを落としたかもな。
わたしの脳内でその映像が再生された。ふふっと笑いが込み上げてきた。髪の色が違うけど、わたしの顔を見たなら、忍歴の沙織とそっくりで驚くはずだ。
ふふっと笑ったら、の力が抜けた。もう、やるしかない。いつまでもコンクリートに張り付いているわけには行かないし、あの子が水に飲まれてしまうかもしれない。
――わたしは陸上自衛隊、自衛隊。
――救助に来たこの国が誇る災害救助の第一線で活躍する陸上自衛隊だ。
――空からヘリに釣られているようなパフォーマンスをすれば、テレビ局のカメラに立って違和感がないはず!
わたしは暗示を自分にかけた。
たたっ!
走った。そして思い切りコンクリートを蹴り上げて、狙いをつけた民家まで足をばたつかせて飛んだ。
屋根に小さな男の子と母親がいる。男の子は泣いていた。
「さあ、助けに来たよ!お姉さんと逃げよう!」
わたしは屋根に飛び降りると、なんでもない様子で男の子をサッと抱き抱えた。
驚いて口も聞けない様子の母親も抱きしめた。
――できる、できる、できるできる!
わたしはそのまま屋根を走って助走をつけて、コンクリートの建物まで二人を抱えて宙を飛んだ。
ギリギリだ。わたしの吸血鬼は70%。残りは魔女忍の術を使いそうになった。でも、なりきる術をここで使ったら明らかに令和のテレビ的にはおかしい。
どこかで見ているであろうナディアに答えの決定打を与えるだけだ。
わたしは踏ん張って、子供と母親をコンクリートの建物に下ろした。
「さあ、ここなら大丈夫よ。あっちに食べ物もあったよ。」
わたしは屋上の入り口を指差した。この建物は高い。雨と風が止んだら、本物の陸上自衛隊のヘリが停められる。食べ物も飲み物もここにはまだあった。
「あ、ありがとうございますっ!」母親は半泣きでお礼を言った。
「あ、この上着を君にあげるね。」わたしは上着を子供にあげた。
わたしはどこかの田舎の中学生から恵んでもらったあずき色のジャージ姿だ。
パジャマにしている白いトレーナーの上下は見事に汚れて、避難所で中学生が「姉ちゃん、これあげるよ」と恵んでくれたものだ。
わたしは、会社に電話して上司に告げた。
「今日は、歯医者に行くので、十一時から仕業開始します。」
――さあて、自分の部屋に戻ろう。
――その前にこの格好でいつもの二子玉川公園のスタバに寄ってから帰ろっかな。
――あそこは、わたしが変な格好で行ってもいつも適当に無視してくれるから。
その瞬間、肩からかけたスマホショルダーバックの中のスマホがブブッと鳴った。
わたしはスマホの画面を凝視した。同期の高梨からのLINEだ。
「今、ニュース見ている?陸自の格好いい女のひと、沙織にそっくりなんだけどっ!」
同期の美月からすぐに反応が来た。
「見た見たー。なんか陸自の女の人やばくない?格好良すぎる。映画みたいだったあ。朝から感動っ!」
「っていうか沙織に似ていた?」
「顔は髪の毛がはりついていて、よく見えなかったんだよねえ。風と雨が結構あるみたいだった。」
美月は立て続けにLINEしてきていた。
「あれ、既読スルー?沙織?」
高梨がLINEしてきた文言にふふっと笑って、わたしはスマホに文字を入れてバッグにしまった。
「歯が痛いから、午前中は歯科に行く。今朝はテレビをまだ見てないの。台風大変みたいだよね。」
近くで取り残されていたおばあさんとお祖父さんも救って、わたしは二子玉川に舞い戻った。
激しく打ち付ける雨の中でわたしはコンクリートの外壁にはりついていた。テレビ局のものらしいヘリコプターがわたしに気づいているのに、わたしも気づいている。おそらく朝のニュースで衝撃的な映像として生放送で全国放送されているだろう。
わたしはグッと両手に力を入れる。こんなことは今までやったことはない。でも、今のわたしは吸血鬼度が70%を超えてしまったはずだ。人間より、忍びより、吸血鬼の濃度の方が高い。王子の隠れ家から戻ったあとに、小さな自分の部屋で寝て起きて、令和の自分の部屋で目覚めたはずなのに、気づけばこんなところにいた。
何が起きているかというと、日本列島は台風の脅威に喘いでいた。小さな子供と母親がこのコンクリートの建物から少しいった先の民家で取り残されている。それをなぜかわたしは知っていた。川はとっくに氾濫していた。足元に目をやると汚い濁った水が街中を覆い尽くしていた。
ここは東京ではない。では、どこなのか。
――長野?
わたしの中の令和の沙織は答えを持っていない。
テレビ局はわたしのことを陸上自衛隊だと思うはずだ。なぜなら、さっき避難所に停められた自衛隊の車の中から、座席に置かれていた汚れた上着を一枚失敬してきたからだ。その記憶はちゃんとある。
わたしの全身に力が入る。
――わたしは本当にできるのか?
――そうか、今頃ナディアは普通に起きて、全国放送の朝のニュースを歯磨きでもしながら見ているかな。カメラがズームしたわたしの顔に驚いて、口から歯ブラシを落としたかもな。
わたしの脳内でその映像が再生された。ふふっと笑いが込み上げてきた。髪の色が違うけど、わたしの顔を見たなら、忍歴の沙織とそっくりで驚くはずだ。
ふふっと笑ったら、の力が抜けた。もう、やるしかない。いつまでもコンクリートに張り付いているわけには行かないし、あの子が水に飲まれてしまうかもしれない。
――わたしは陸上自衛隊、自衛隊。
――救助に来たこの国が誇る災害救助の第一線で活躍する陸上自衛隊だ。
――空からヘリに釣られているようなパフォーマンスをすれば、テレビ局のカメラに立って違和感がないはず!
わたしは暗示を自分にかけた。
たたっ!
走った。そして思い切りコンクリートを蹴り上げて、狙いをつけた民家まで足をばたつかせて飛んだ。
屋根に小さな男の子と母親がいる。男の子は泣いていた。
「さあ、助けに来たよ!お姉さんと逃げよう!」
わたしは屋根に飛び降りると、なんでもない様子で男の子をサッと抱き抱えた。
驚いて口も聞けない様子の母親も抱きしめた。
――できる、できる、できるできる!
わたしはそのまま屋根を走って助走をつけて、コンクリートの建物まで二人を抱えて宙を飛んだ。
ギリギリだ。わたしの吸血鬼は70%。残りは魔女忍の術を使いそうになった。でも、なりきる術をここで使ったら明らかに令和のテレビ的にはおかしい。
どこかで見ているであろうナディアに答えの決定打を与えるだけだ。
わたしは踏ん張って、子供と母親をコンクリートの建物に下ろした。
「さあ、ここなら大丈夫よ。あっちに食べ物もあったよ。」
わたしは屋上の入り口を指差した。この建物は高い。雨と風が止んだら、本物の陸上自衛隊のヘリが停められる。食べ物も飲み物もここにはまだあった。
「あ、ありがとうございますっ!」母親は半泣きでお礼を言った。
「あ、この上着を君にあげるね。」わたしは上着を子供にあげた。
わたしはどこかの田舎の中学生から恵んでもらったあずき色のジャージ姿だ。
パジャマにしている白いトレーナーの上下は見事に汚れて、避難所で中学生が「姉ちゃん、これあげるよ」と恵んでくれたものだ。
わたしは、会社に電話して上司に告げた。
「今日は、歯医者に行くので、十一時から仕業開始します。」
――さあて、自分の部屋に戻ろう。
――その前にこの格好でいつもの二子玉川公園のスタバに寄ってから帰ろっかな。
――あそこは、わたしが変な格好で行ってもいつも適当に無視してくれるから。
その瞬間、肩からかけたスマホショルダーバックの中のスマホがブブッと鳴った。
わたしはスマホの画面を凝視した。同期の高梨からのLINEだ。
「今、ニュース見ている?陸自の格好いい女のひと、沙織にそっくりなんだけどっ!」
同期の美月からすぐに反応が来た。
「見た見たー。なんか陸自の女の人やばくない?格好良すぎる。映画みたいだったあ。朝から感動っ!」
「っていうか沙織に似ていた?」
「顔は髪の毛がはりついていて、よく見えなかったんだよねえ。風と雨が結構あるみたいだった。」
美月は立て続けにLINEしてきていた。
「あれ、既読スルー?沙織?」
高梨がLINEしてきた文言にふふっと笑って、わたしはスマホに文字を入れてバッグにしまった。
「歯が痛いから、午前中は歯科に行く。今朝はテレビをまだ見てないの。台風大変みたいだよね。」
近くで取り残されていたおばあさんとお祖父さんも救って、わたしは二子玉川に舞い戻った。
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