17 / 58
第十五話 戦場のハッピーニューイヤー2
しおりを挟む
先ほどの少年、楊文理は夕闇迫る街角を走っている。
ちなみに文理と言う名前で気づく方は居ると思うが彼ではなく彼女だ。
彼女の母が用心のためと男装させているのだ。
いつ何時、日本軍が気を変えて略奪に走るかなど誰にも分からない。
用心に越したことは無いと言うのが彼女の母の言い分だ。
年少ながら賢い文理は、そんなこと、まず起こらないだろう踏んでいる。
日本軍がばら撒く物資の量たるや、この町を占領した時にバラまいた量だけで、町の全世帯が一冬越せるだけの分量があったと、女将さん連中が井戸端会議で話しているのを聞いていたし。
門衛の日本兵の恰好は毎日ピカピカで、捕虜になった中国兵のヨレヨレの恰好とは比べの物にならないのを見ているからだ。
「隣の、謝おじさんなど日本兵にずっといてもらいたいなど、無責任なことを言っていた。」
なにしろ日本軍が来てから町は毎日がお祭りの様だからだ。
日本軍はゲリラ発見の為、密告を奨励している。
町長など戦争が始まったころは、東洋鬼を追い出すと、積極的に抗日ゲリラに協力していたくせに、今では密告の急先鋒だ。
報奨金で新しい家を建てるは、前の女将さんを追い出して若いお嫁さんを貰うはと随分羽振りがいい。
「大人たちは勝手だ」
文理はそう思っている。つい先日まで東洋鬼だの蝗軍だのと言っておきながら、報奨金で酒浸りになる男、耳飾りやら洋服やらに血眼の女。
どいつもこいつも欲に浮かされ踊り狂っている。文理の父も、毎日毎日、宴会と賭け事に夢中だ。
(これで日本軍が居なくなったら皆どうするつもりだろう?)
そんなこと事を考えていると、いつの間にやら目的地に付いていた。
暗くなって来た町の中で煌々と明かりを灯す一件のお店。そこが文理のお目当てだ。
「こんびにえんすすとあ」生まれてこの方、街を出た事の無い彼女には、夢のような場所。
遊び狂う大人を馬鹿にしている物の、そこはまだ幼い少女、メイドさんの作り出す未来の製品に目をキラキラさせている。
(おっと、忘れてはいけない、私には目的が有るんだった。)
そう思いだすと彼女はお目当ての商品を引っ掴み店番の女性の前に突き出した。
「これ頂戴、お姉さん、お代はこれで足りる?」
品物とお代を受け取った女性の手は真っ白で、まるで雪の様、自分の擦り傷だらけの手や、母の苦労を重ねた皺のある手とは大違いだ。
「なんて綺麗な人だろう」
女性を見上げる文理はそう思う。まるでこの世の者ではないようだ。
(でもなんかお人形のよう)
(動いて喋る人形なんて聞いたことない。)変な事考えたと可愛く首を振る文理に、女性、メイドさんは話しかけた。
「はい、大丈夫ですよ。どうぞ文理さん。お母さんに宜しくね」
お目当ての物、母の薬を渡され謝謝と礼を言う文理。
(あれ?何でこの人、私の名前を知ってるんだろう?お母さんのことも?)
聞き返して見たいと思ったが外の日はもうすぐ沈みそうだ。
早く家に帰らなければ。
わざわざ店の外まで見送りに出てくれたメイドさんに、もう一度礼を言うと文理は家路を急いだ。
(早くお母さんにお薬を届けなきゃ。)
日本の薬はとても利くのだと言う。
(肉屋の趙おばさんは三年痛んでいた腰が直ぐ治ったと大騒ぎしていた。)
「これでお母さんも元気になると良いな」
大好きな母はこの所ずっと寝たきりになっている。
もし日本軍の物資のおこぼれに預かれていなかったら一家揃って飢え死にしていたかもしれない。
でも、そのせいで真面目だった父は変になってしまった。
「禍福は糾える縄の如しか」
良い事と悪いことは裏表。どっちが来るか分からない。家の場合一緒に来た。
「世の中はうまくいかないなあ」
文理がそんな事を考えているといつの間にやら家の前だ。
(何だかいい匂いがする、何だろう?)
文理が家の扉を開けると、竈の前で母が料理を作っていた。
(お母さん急にどうしちゃったの!寝たきりだった母が急に家事なんて!)
「お母さん!大丈夫なの、料理なんて良いから寝てなきゃ!」
慌てて母に噛り付く文理、ませていても矢張り子供、母を心配する彼女の目には涙が浮かんでいる。
そんな彼女に母は優しく語り掛けた。
「ええ、もう大丈夫よ、文理。今まで心配させてごめんなさいね。お母さん元気になったのよ。日本のお医者さんがお薬をくれたの、もう迷惑はかけないわ」
そう言うと母は文理の頭を白く美しい手で優しく撫でた。
(良かった、お母さん元気になったんだ。)
ホッとした文理は大切に抱えていた物を思い出した。
(お薬無駄になっちゃったな。まあいい母が元気になったのだから。)
「お腹すいたでしょ、ご飯にしましょうか。お父さんはまだ戻ってきてないけど、しょうがないわね」
仕方がないわねあの人と言いたげな母の顔。文理が久しく見ていない白く美しい笑顔だ。
(本当に良かった、母が元気になってくれて。)
こうなってくると、日本軍が来たことは禍福で言うと福になる。飢え死にすることもなく、母も元気になった。福が連続で来たことになる。ムムムと唸る可愛い文理。
「まっ良いか、昔の人も当てにならないなぁ」
(そうさ、私に取ってはドッチモ福だ。)
久しぶりの母の手料理なんだから、難しい事は考えない!気持ちを切り替えた彼女は、母を手伝う為に炊事場に向かっていった。
1938年1月1日 旧正月にはまだ早い、ある日の出来事である。
ちなみに文理と言う名前で気づく方は居ると思うが彼ではなく彼女だ。
彼女の母が用心のためと男装させているのだ。
いつ何時、日本軍が気を変えて略奪に走るかなど誰にも分からない。
用心に越したことは無いと言うのが彼女の母の言い分だ。
年少ながら賢い文理は、そんなこと、まず起こらないだろう踏んでいる。
日本軍がばら撒く物資の量たるや、この町を占領した時にバラまいた量だけで、町の全世帯が一冬越せるだけの分量があったと、女将さん連中が井戸端会議で話しているのを聞いていたし。
門衛の日本兵の恰好は毎日ピカピカで、捕虜になった中国兵のヨレヨレの恰好とは比べの物にならないのを見ているからだ。
「隣の、謝おじさんなど日本兵にずっといてもらいたいなど、無責任なことを言っていた。」
なにしろ日本軍が来てから町は毎日がお祭りの様だからだ。
日本軍はゲリラ発見の為、密告を奨励している。
町長など戦争が始まったころは、東洋鬼を追い出すと、積極的に抗日ゲリラに協力していたくせに、今では密告の急先鋒だ。
報奨金で新しい家を建てるは、前の女将さんを追い出して若いお嫁さんを貰うはと随分羽振りがいい。
「大人たちは勝手だ」
文理はそう思っている。つい先日まで東洋鬼だの蝗軍だのと言っておきながら、報奨金で酒浸りになる男、耳飾りやら洋服やらに血眼の女。
どいつもこいつも欲に浮かされ踊り狂っている。文理の父も、毎日毎日、宴会と賭け事に夢中だ。
(これで日本軍が居なくなったら皆どうするつもりだろう?)
そんなこと事を考えていると、いつの間にやら目的地に付いていた。
暗くなって来た町の中で煌々と明かりを灯す一件のお店。そこが文理のお目当てだ。
「こんびにえんすすとあ」生まれてこの方、街を出た事の無い彼女には、夢のような場所。
遊び狂う大人を馬鹿にしている物の、そこはまだ幼い少女、メイドさんの作り出す未来の製品に目をキラキラさせている。
(おっと、忘れてはいけない、私には目的が有るんだった。)
そう思いだすと彼女はお目当ての商品を引っ掴み店番の女性の前に突き出した。
「これ頂戴、お姉さん、お代はこれで足りる?」
品物とお代を受け取った女性の手は真っ白で、まるで雪の様、自分の擦り傷だらけの手や、母の苦労を重ねた皺のある手とは大違いだ。
「なんて綺麗な人だろう」
女性を見上げる文理はそう思う。まるでこの世の者ではないようだ。
(でもなんかお人形のよう)
(動いて喋る人形なんて聞いたことない。)変な事考えたと可愛く首を振る文理に、女性、メイドさんは話しかけた。
「はい、大丈夫ですよ。どうぞ文理さん。お母さんに宜しくね」
お目当ての物、母の薬を渡され謝謝と礼を言う文理。
(あれ?何でこの人、私の名前を知ってるんだろう?お母さんのことも?)
聞き返して見たいと思ったが外の日はもうすぐ沈みそうだ。
早く家に帰らなければ。
わざわざ店の外まで見送りに出てくれたメイドさんに、もう一度礼を言うと文理は家路を急いだ。
(早くお母さんにお薬を届けなきゃ。)
日本の薬はとても利くのだと言う。
(肉屋の趙おばさんは三年痛んでいた腰が直ぐ治ったと大騒ぎしていた。)
「これでお母さんも元気になると良いな」
大好きな母はこの所ずっと寝たきりになっている。
もし日本軍の物資のおこぼれに預かれていなかったら一家揃って飢え死にしていたかもしれない。
でも、そのせいで真面目だった父は変になってしまった。
「禍福は糾える縄の如しか」
良い事と悪いことは裏表。どっちが来るか分からない。家の場合一緒に来た。
「世の中はうまくいかないなあ」
文理がそんな事を考えているといつの間にやら家の前だ。
(何だかいい匂いがする、何だろう?)
文理が家の扉を開けると、竈の前で母が料理を作っていた。
(お母さん急にどうしちゃったの!寝たきりだった母が急に家事なんて!)
「お母さん!大丈夫なの、料理なんて良いから寝てなきゃ!」
慌てて母に噛り付く文理、ませていても矢張り子供、母を心配する彼女の目には涙が浮かんでいる。
そんな彼女に母は優しく語り掛けた。
「ええ、もう大丈夫よ、文理。今まで心配させてごめんなさいね。お母さん元気になったのよ。日本のお医者さんがお薬をくれたの、もう迷惑はかけないわ」
そう言うと母は文理の頭を白く美しい手で優しく撫でた。
(良かった、お母さん元気になったんだ。)
ホッとした文理は大切に抱えていた物を思い出した。
(お薬無駄になっちゃったな。まあいい母が元気になったのだから。)
「お腹すいたでしょ、ご飯にしましょうか。お父さんはまだ戻ってきてないけど、しょうがないわね」
仕方がないわねあの人と言いたげな母の顔。文理が久しく見ていない白く美しい笑顔だ。
(本当に良かった、母が元気になってくれて。)
こうなってくると、日本軍が来たことは禍福で言うと福になる。飢え死にすることもなく、母も元気になった。福が連続で来たことになる。ムムムと唸る可愛い文理。
「まっ良いか、昔の人も当てにならないなぁ」
(そうさ、私に取ってはドッチモ福だ。)
久しぶりの母の手料理なんだから、難しい事は考えない!気持ちを切り替えた彼女は、母を手伝う為に炊事場に向かっていった。
1938年1月1日 旧正月にはまだ早い、ある日の出来事である。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記
糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。
それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。
かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。
ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。
※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる