ミミック大東亜戦争

ボンジャー

文字の大きさ
35 / 58

閑話 酔いどれ牧場

しおりを挟む
 700年ぶり二度目の頚をロシアに羽目に来た大日本帝国軍は、昔日のタタールと同じく降伏する者には意外と寛容だ。



 しかも、ジュチウルスの様に、侵略の先兵として前線に立たせる様な真似はしないし、袋に詰める様な事もしない。



 正確には興味が無いと言った方が正しい。

 

 滅ぼしたいのは社会主義と言う名の特定外来種なのだ。



 マキシム機関銃の熱烈なエールを受けて突撃してくるルーシや極北の在来種ではない。

 

 そんなわけで馬蹄で踏みつぶされる前に降伏した者や、踏みつぶされてなお生きていた幸運だか不幸だか分からない者は、かなりの量が捕虜として捕らえられている。

 

 枢軸各国に捕らえられた捕虜の運命は概ね暗いものだ。



 良くて捕虜収容所と言う名の星空の見える素敵なキャンプ地で、着の身着のまま冬季キャンプ生活。



 悪くすれば重機関銃に見守られ素手による地雷撤去、又は徒歩による効率的なマインスイーパー。

 

 極め付きに運の悪い者は、終の棲家を自分で掘って審判の日まで長い昼寝をすることになる。



 では大日本帝国に捕まったお客様はいかような歓待を受けるのであろうか?



 輸送機からの紐なしバンジーか赤痢持ちのカニ食べ放題か、はたまた奇抜な追加装甲として戦車に括り付けられるのだろうか。



 大日本帝国の一般的な捕虜管理方法を探る為、取材班はシベリアの彼方に飛んだ。



 



 



 「ソヴィエト連邦国防人民委員令第227号。いかなる指揮官も命令無しに後退してはならず、これに逆らった者は、みな先任順位に応じて軍法会議にかけられる。一歩も下がるな。

 

 なんとまあ近代的だこと。こいつを聞かされた時は流石の俺も鼻白んだね。



 人民の国が人民を肉の盾にすると堂々と良いなさるんだから。



 まあ、分かるよ国家存亡の危機なんだろ。東はマカクの帝国、西は中世で脳が生き腐れてるニミェーツ共、そいつらに挟まれてちゃ生きた心地はしないわなぁ。



 でもよぉ。女子供まで戦場に出すこたぁないだろう。家の小隊に来たお嬢ちゃん、たしかゾーヤとか言ったかな。16だって言うじゃねぇか。可愛い子だったんだぜ。それがよぅ、頭を塹壕から出した途端。



 パーンだ。綺麗に首から上が無くなっちまってよ。分かるかこの残酷さ。ええっ同志政治委員さんよぅ」



 酒臭い息を吹きかけて絡んでくる赤軍伍長。名前はええとデミトリとか言ったか。



 こいつには、いい加減うんざりだ。



 こいつだけじゃない、そこかしこで飲んだくれている奴も、酒やらつまみやらを差し出して来る日本軍の女たちも、酒の匂いとタバコの煙が渦を巻くこの空間も大嫌いだ。



 捕虜収容所なら収容所らしくしろ。これじゃ場末の居酒屋じゃあないか。 

 









 生真面目な男であるアレクセイ・エリョーメンコ下級政治委員は、時が止まったような際限なき宴の繰り返しに、心底嫌気がさして心の中で絶叫した。



 ここはスターリングラード捕虜収容所、誰が呼んだか通称、飲んだくれの墓場。極一般的な大日本帝国の捕虜収容所である。









 



 祖国は存亡の危機にある。



 東から現れた日本は、先祖返りしたモンゴル人と裏切り者の中国人を引き連れて祖国を蹂躙中。



 ドイツはドイツでこれまでの恩を忘れて殴りかかって来る。



 このままでは母なるロシアの大地はファシスト共の手に落ちる。



 だから私は政治党員としての使命を果たす為、ここ偉大なる同志スターリンの名前を冠する都市にきたのだ。

 

 ヴォルガ川の向こうから来た血も涙もない日本軍は都市を焦土に変えてしまった。



 道路という道路にバリケードを築き、塹壕を張り巡らせ、老いた市民を家から追い出してまで要塞化した都市を日本の連中は半月と少しで陥落させた。



 連日連夜、巨砲を都市に撃ちこみ、それが終わると降伏しろとビラを撒く。

 

何が、



 「降伏すれば好待遇、衣食住完備、今なら食べ放題、飲み放題、カワイイメイドが待ってます」だ!



 真面目に戦争してるこっちを馬鹿にするのもいい加減にしろ!

 

 兵隊共も兵隊共だ。



 「水着の女が呼んでる!」



 などと世迷言を言って逃げ出す奴は出るは、日本軍が降伏を促す為に落として来た物資を隠匿して酒盛りするは風紀の紊乱甚だしい。



 シャンパンが如何した!キャビアが如何した!大祖国戦争なんだぞ大祖国戦争!

 

 結局我々は降伏を選んだ。



 窮乏には耐えられても、目の前にご馳走を並べられて、食えそうで食えない。



 そんな状況には人は耐えられない。先に捕虜になった裏切者共のドンチャカ騒ぎを大音量で毎日聞かされる市民の厳しい目にもだ。



 日本軍は嘘を言っていなかった。放り込まれた、だだっ広い地下収容所では酒も食い物も際限なく出てくる。



 頼めば女も抱ける、と言うより管理しているのが全部女だ。放り込まれた初日に言われた言葉は



 「まことにご不便をおかけしますが、こちらに滞在して頂きます。皆さまのお仕事は怠惰に暮らしていただく事です。どうぞ何なりとお申し付けください」



 ここに放り込まれた連中はそれからずっと酒浸りだ。



 飲めない奴は食い通し。



 サーロとキャビアをバケツ一杯ウォッカで流し込んでぶっ倒れたのはヤコブ・パブロフ軍曹だったか。



 馬鹿にしてやがる。あいつら俺たちを太らせて食うつもりなのか?魔女の婆さんじゃないんだぞ。

 

 クソッ、祖国は負ける。間違いなく負ける。こんな事出来る奴らにかないっこない。



 だが負けた後ロシア人はどうなる?皆家畜になるのかこの収容所の人間みたいに?タタール人は俺たちを奴隷にしたが、今度のはもっとひどいじゃないか!



 







 アレクセイ・エリョーメンコ下級政治委員はグルグル回る宴席の地獄の中で一人懊悩していた。



  以上、一般的な捕虜収容所の様子である。

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

対ソ戦、準備せよ!

湖灯
歴史・時代
1940年、遂に欧州で第二次世界大戦がはじまります。 前作『対米戦、準備せよ!』で、中国での戦いを避けることができ、米国とも良好な経済関係を築くことに成功した日本にもやがて暗い影が押し寄せてきます。 未来の日本から来たという柳生、結城の2人によって1944年のサイパン戦後から1934年の日本に戻った大本営の特例を受けた柏原少佐は再びこの日本の危機を回避させることができるのでしょうか!? 小説家になろうでは、前作『対米戦、準備せよ!』のタイトルのまま先行配信中です!

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...