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閑話 酔いどれ牧場
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700年ぶり二度目の頚をロシアに羽目に来た大日本帝国軍は、昔日のタタールと同じく降伏する者には意外と寛容だ。
しかも、ジュチウルスの様に、侵略の先兵として前線に立たせる様な真似はしないし、袋に詰める様な事もしない。
正確には興味が無いと言った方が正しい。
滅ぼしたいのは社会主義と言う名の特定外来種なのだ。
マキシム機関銃の熱烈なエールを受けて突撃してくるルーシや極北の在来種ではない。
そんなわけで馬蹄で踏みつぶされる前に降伏した者や、踏みつぶされてなお生きていた幸運だか不幸だか分からない者は、かなりの量が捕虜として捕らえられている。
枢軸各国に捕らえられた捕虜の運命は概ね暗いものだ。
良くて捕虜収容所と言う名の星空の見える素敵なキャンプ地で、着の身着のまま冬季キャンプ生活。
悪くすれば重機関銃に見守られ素手による地雷撤去、又は徒歩による効率的なマインスイーパー。
極め付きに運の悪い者は、終の棲家を自分で掘って審判の日まで長い昼寝をすることになる。
では大日本帝国に捕まったお客様はいかような歓待を受けるのであろうか?
輸送機からの紐なしバンジーか赤痢持ちのカニ食べ放題か、はたまた奇抜な追加装甲として戦車に括り付けられるのだろうか。
大日本帝国の一般的な捕虜管理方法を探る為、取材班はシベリアの彼方に飛んだ。
「ソヴィエト連邦国防人民委員令第227号。いかなる指揮官も命令無しに後退してはならず、これに逆らった者は、みな先任順位に応じて軍法会議にかけられる。一歩も下がるな。
なんとまあ近代的だこと。こいつを聞かされた時は流石の俺も鼻白んだね。
人民の国が人民を肉の盾にすると堂々と良いなさるんだから。
まあ、分かるよ国家存亡の危機なんだろ。東はマカクの帝国、西は中世で脳が生き腐れてるニミェーツ共、そいつらに挟まれてちゃ生きた心地はしないわなぁ。
でもよぉ。女子供まで戦場に出すこたぁないだろう。家の小隊に来たお嬢ちゃん、たしかゾーヤとか言ったかな。16だって言うじゃねぇか。可愛い子だったんだぜ。それがよぅ、頭を塹壕から出した途端。
パーンだ。綺麗に首から上が無くなっちまってよ。分かるかこの残酷さ。ええっ同志政治委員さんよぅ」
酒臭い息を吹きかけて絡んでくる赤軍伍長。名前はええとデミトリとか言ったか。
こいつには、いい加減うんざりだ。
こいつだけじゃない、そこかしこで飲んだくれている奴も、酒やらつまみやらを差し出して来る日本軍の女たちも、酒の匂いとタバコの煙が渦を巻くこの空間も大嫌いだ。
捕虜収容所なら収容所らしくしろ。これじゃ場末の居酒屋じゃあないか。
生真面目な男であるアレクセイ・エリョーメンコ下級政治委員は、時が止まったような際限なき宴の繰り返しに、心底嫌気がさして心の中で絶叫した。
ここはスターリングラード捕虜収容所、誰が呼んだか通称、飲んだくれの墓場。極一般的な大日本帝国の捕虜収容所である。
祖国は存亡の危機にある。
東から現れた日本は、先祖返りしたモンゴル人と裏切り者の中国人を引き連れて祖国を蹂躙中。
ドイツはドイツでこれまでの恩を忘れて殴りかかって来る。
このままでは母なるロシアの大地はファシスト共の手に落ちる。
だから私は政治党員としての使命を果たす為、ここ偉大なる同志スターリンの名前を冠する都市にきたのだ。
ヴォルガ川の向こうから来た血も涙もない日本軍は都市を焦土に変えてしまった。
道路という道路にバリケードを築き、塹壕を張り巡らせ、老いた市民を家から追い出してまで要塞化した都市を日本の連中は半月と少しで陥落させた。
連日連夜、巨砲を都市に撃ちこみ、それが終わると降伏しろとビラを撒く。
何が、
「降伏すれば好待遇、衣食住完備、今なら食べ放題、飲み放題、カワイイメイドが待ってます」だ!
真面目に戦争してるこっちを馬鹿にするのもいい加減にしろ!
兵隊共も兵隊共だ。
「水着の女が呼んでる!」
などと世迷言を言って逃げ出す奴は出るは、日本軍が降伏を促す為に落として来た物資を隠匿して酒盛りするは風紀の紊乱甚だしい。
シャンパンが如何した!キャビアが如何した!大祖国戦争なんだぞ大祖国戦争!
結局我々は降伏を選んだ。
窮乏には耐えられても、目の前にご馳走を並べられて、食えそうで食えない。
そんな状況には人は耐えられない。先に捕虜になった裏切者共のドンチャカ騒ぎを大音量で毎日聞かされる市民の厳しい目にもだ。
日本軍は嘘を言っていなかった。放り込まれた、だだっ広い地下収容所では酒も食い物も際限なく出てくる。
頼めば女も抱ける、と言うより管理しているのが全部女だ。放り込まれた初日に言われた言葉は
「まことにご不便をおかけしますが、こちらに滞在して頂きます。皆さまのお仕事は怠惰に暮らしていただく事です。どうぞ何なりとお申し付けください」
ここに放り込まれた連中はそれからずっと酒浸りだ。
飲めない奴は食い通し。
サーロとキャビアをバケツ一杯ウォッカで流し込んでぶっ倒れたのはヤコブ・パブロフ軍曹だったか。
馬鹿にしてやがる。あいつら俺たちを太らせて食うつもりなのか?魔女の婆さんじゃないんだぞ。
クソッ、祖国は負ける。間違いなく負ける。こんな事出来る奴らにかないっこない。
だが負けた後ロシア人はどうなる?皆家畜になるのかこの収容所の人間みたいに?タタール人は俺たちを奴隷にしたが、今度のはもっとひどいじゃないか!
アレクセイ・エリョーメンコ下級政治委員はグルグル回る宴席の地獄の中で一人懊悩していた。
以上、一般的な捕虜収容所の様子である。
しかも、ジュチウルスの様に、侵略の先兵として前線に立たせる様な真似はしないし、袋に詰める様な事もしない。
正確には興味が無いと言った方が正しい。
滅ぼしたいのは社会主義と言う名の特定外来種なのだ。
マキシム機関銃の熱烈なエールを受けて突撃してくるルーシや極北の在来種ではない。
そんなわけで馬蹄で踏みつぶされる前に降伏した者や、踏みつぶされてなお生きていた幸運だか不幸だか分からない者は、かなりの量が捕虜として捕らえられている。
枢軸各国に捕らえられた捕虜の運命は概ね暗いものだ。
良くて捕虜収容所と言う名の星空の見える素敵なキャンプ地で、着の身着のまま冬季キャンプ生活。
悪くすれば重機関銃に見守られ素手による地雷撤去、又は徒歩による効率的なマインスイーパー。
極め付きに運の悪い者は、終の棲家を自分で掘って審判の日まで長い昼寝をすることになる。
では大日本帝国に捕まったお客様はいかような歓待を受けるのであろうか?
輸送機からの紐なしバンジーか赤痢持ちのカニ食べ放題か、はたまた奇抜な追加装甲として戦車に括り付けられるのだろうか。
大日本帝国の一般的な捕虜管理方法を探る為、取材班はシベリアの彼方に飛んだ。
「ソヴィエト連邦国防人民委員令第227号。いかなる指揮官も命令無しに後退してはならず、これに逆らった者は、みな先任順位に応じて軍法会議にかけられる。一歩も下がるな。
なんとまあ近代的だこと。こいつを聞かされた時は流石の俺も鼻白んだね。
人民の国が人民を肉の盾にすると堂々と良いなさるんだから。
まあ、分かるよ国家存亡の危機なんだろ。東はマカクの帝国、西は中世で脳が生き腐れてるニミェーツ共、そいつらに挟まれてちゃ生きた心地はしないわなぁ。
でもよぉ。女子供まで戦場に出すこたぁないだろう。家の小隊に来たお嬢ちゃん、たしかゾーヤとか言ったかな。16だって言うじゃねぇか。可愛い子だったんだぜ。それがよぅ、頭を塹壕から出した途端。
パーンだ。綺麗に首から上が無くなっちまってよ。分かるかこの残酷さ。ええっ同志政治委員さんよぅ」
酒臭い息を吹きかけて絡んでくる赤軍伍長。名前はええとデミトリとか言ったか。
こいつには、いい加減うんざりだ。
こいつだけじゃない、そこかしこで飲んだくれている奴も、酒やらつまみやらを差し出して来る日本軍の女たちも、酒の匂いとタバコの煙が渦を巻くこの空間も大嫌いだ。
捕虜収容所なら収容所らしくしろ。これじゃ場末の居酒屋じゃあないか。
生真面目な男であるアレクセイ・エリョーメンコ下級政治委員は、時が止まったような際限なき宴の繰り返しに、心底嫌気がさして心の中で絶叫した。
ここはスターリングラード捕虜収容所、誰が呼んだか通称、飲んだくれの墓場。極一般的な大日本帝国の捕虜収容所である。
祖国は存亡の危機にある。
東から現れた日本は、先祖返りしたモンゴル人と裏切り者の中国人を引き連れて祖国を蹂躙中。
ドイツはドイツでこれまでの恩を忘れて殴りかかって来る。
このままでは母なるロシアの大地はファシスト共の手に落ちる。
だから私は政治党員としての使命を果たす為、ここ偉大なる同志スターリンの名前を冠する都市にきたのだ。
ヴォルガ川の向こうから来た血も涙もない日本軍は都市を焦土に変えてしまった。
道路という道路にバリケードを築き、塹壕を張り巡らせ、老いた市民を家から追い出してまで要塞化した都市を日本の連中は半月と少しで陥落させた。
連日連夜、巨砲を都市に撃ちこみ、それが終わると降伏しろとビラを撒く。
何が、
「降伏すれば好待遇、衣食住完備、今なら食べ放題、飲み放題、カワイイメイドが待ってます」だ!
真面目に戦争してるこっちを馬鹿にするのもいい加減にしろ!
兵隊共も兵隊共だ。
「水着の女が呼んでる!」
などと世迷言を言って逃げ出す奴は出るは、日本軍が降伏を促す為に落として来た物資を隠匿して酒盛りするは風紀の紊乱甚だしい。
シャンパンが如何した!キャビアが如何した!大祖国戦争なんだぞ大祖国戦争!
結局我々は降伏を選んだ。
窮乏には耐えられても、目の前にご馳走を並べられて、食えそうで食えない。
そんな状況には人は耐えられない。先に捕虜になった裏切者共のドンチャカ騒ぎを大音量で毎日聞かされる市民の厳しい目にもだ。
日本軍は嘘を言っていなかった。放り込まれた、だだっ広い地下収容所では酒も食い物も際限なく出てくる。
頼めば女も抱ける、と言うより管理しているのが全部女だ。放り込まれた初日に言われた言葉は
「まことにご不便をおかけしますが、こちらに滞在して頂きます。皆さまのお仕事は怠惰に暮らしていただく事です。どうぞ何なりとお申し付けください」
ここに放り込まれた連中はそれからずっと酒浸りだ。
飲めない奴は食い通し。
サーロとキャビアをバケツ一杯ウォッカで流し込んでぶっ倒れたのはヤコブ・パブロフ軍曹だったか。
馬鹿にしてやがる。あいつら俺たちを太らせて食うつもりなのか?魔女の婆さんじゃないんだぞ。
クソッ、祖国は負ける。間違いなく負ける。こんな事出来る奴らにかないっこない。
だが負けた後ロシア人はどうなる?皆家畜になるのかこの収容所の人間みたいに?タタール人は俺たちを奴隷にしたが、今度のはもっとひどいじゃないか!
アレクセイ・エリョーメンコ下級政治委員はグルグル回る宴席の地獄の中で一人懊悩していた。
以上、一般的な捕虜収容所の様子である。
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