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第37話 執事と感謝と国の過去

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>>執事アーカムの視点

 ミリア様が回復された。聖女様の時よりも顔色が良さそうに思える。

 まだ経過を見ないと分からない、とはニコ自身もデムスも言っているのでしばらく様子見は必要だ。


 それにしても……ニコ……聖魔法が使えるとは……魔法は使えないと言っていたはずだ。 デムスにも後で確認しよう。

 公爵夫妻はミリア様とお話しをされている。まだ横になったままだが、とても気持ちが軽くなり、調子が良くなったよう、と喜んでいる。

 公爵夫妻を残し、ニコとデムスを伴い応接室へ戻る。


 ニコにお茶を勧め、

「先ずはありがとう。ニコ」

「いえ、僕は大した事はしていませんよ」

 相変わらず謙遜する。

「本当にさっきのは『回復』なのかい?」

 デムスも気になっていたようだ。

「はい。『回復』です。本当に疲れを取る程度の力しかありませよ……今回はそれと」

 提げている鞄から麻袋を取り出し、中から魔鉱石を取り出した。
 先程も出していた。

「この魔石のおかげだと思います。これ、アーカムさんに差し上げようと思って持ってきていたのです」

 魔鉱石を渡される。
 窓からの光を受けて薄っすらと虹色に輝いている。

「これは……もしかすると『神輝石』……かもしれない」

 デムスさんが横から鉱石を覗き込む。

「『神輝石』ですか? 『特殊魔石』ではないのですね?」

 ニコも意外そうな顔をしていた。『特殊魔石』?聞いた事がない。

「『神輝石』は神が宿るといわれる鉱石だよ。希少過ぎて虹色に輝く以外は効果は知られていないのだよ」
「たまたま思いついて使っただけなのですが効果があってよかったです!」

 笑顔なニコに思案顔なデムス。

「でもな、ニコ、これはどうするつもりだ?」
「こちらはアーカムさんか公爵様へお譲りします。魔鉱石のついでに採れただけなので」
「かなり値が付くぞ? それでもいいのか?」
「良くして頂いているので大丈夫です!」

 ニコが『神輝石』を差し出してくる。
 欲はないのか?

「流石にこれは受け取れない。ニコが持っていなさい」

 ニコの方へ押し返す。 

「……はい。わかりました」

 ニコは返事をしつつ何か思う事があるようだ。

「ニコ、何かあったか?」
「ミリア様ですがどうしてあのような状態になったのでしょうか?」
「原因は不明なのだよ。ミリア様はほとんどこの屋敷からお出にならないからね」

 倒れられる数日前からもほとんど屋敷の中で過ごされていた。使用人は全て身元がしっかりとしている。

「どこかに危害を加えようとしている者がいるのですね。皆さん良い人なのに……」

 素直に怒り、心配してくれる。素直で良い子だ。

「……ニコはこの国の状況を知っているかね?」
「すいません。王政としか僕は分かりません」
「市民であればそうだね。この国は数年前まで『現王家派』と『旧王家派』で争いがあったんだよ」


 百年以上前、この国は元々違う国だったがクーデターが起きた。
 国王は愚鈍で宰相とその側近達に言われるがままだった。
 その結果、貴族ばかりが優遇され、国民には圧政を敷かれ、国は荒れた。
 そのような状況が五年過ぎた頃、クーデターが起きた。

 クーデター側が圧勝したが宰相を始めとした貴族は城を攻め落とされる前に逃げ出していた。

 国王は愚鈍だったが人としてとても優しい人物だった。
 クーデターの首謀者である騎士団の団長は国王とは幼馴染で人柄も良く分かっていたので処刑にするには忍びなく、一家を遠くの街で幽閉されるだけに留めた。

 この時の団長が国王となり、今の「元王家派」となる。

 そして逃げた宰相を筆頭とする貴族たちは近隣諸国へ亡命し、復讐すべく
機会を伺い、幽閉された国王を他国へ連れていき、秘密裏に亡命政府を立ち上げた。これが「旧王家派」と呼ばれている。

 旧王家派は近隣諸国と協定を結び、事あるごとに戦争を仕掛けてきた。これは現在も続いている。

 そしてひっそりと国に忍び込み、長い時間をかけて貴族として王政に就く者が現れた。
 旧王家派がこの国の貴族として馴染んできた頃、派閥争いを起こした。当時の要職を解任させた。私とデムスもそうだ。

 その後、私は公爵の元で執事として働く事になるが、公爵から王城の話しは毎日聞いた、

 一部の貴族が特権を主張したり、税の引き上げを頻繁に国王と宰相に願い出し、却下されていた。

 そのような事があると決まって城内で原因不明の事故が発生したらしい。魔道具の爆発や火事は頻繁に発生しており、怪我人も多く出た。死者も少なからず出た。

 我慢の限界に来た国王は自身の諜報部隊へ調査を指示した。

 時間はかかったが原因を突き止めた。
 国王も諜報部隊も今まで気付かなかった事に衝撃を覚えた。

 正体を暴き、状況を知った国王の信頼ある臣下の間からは新旧の国王派と呼ぶようになった。

 事情を知る一人となった公爵は国王より沈静化を指示された。

 公爵は既にこの国の貴族である「旧王家派」と話し合いを繰り返した。

 当然、知らぬ存ぜぬで返される為、強行的に爵位を剥奪する事にした。
 事前に知った「旧王家派」は自領の騎士団を使い、王城に攻め込んできた。

 しかし、守備をした近衛騎士団は強く、倍の数がいた敵兵を瞬く間に制圧した。

 クーデーターとして関連する貴族を捕まえるよう速やかに動いたが上位の貴族は軒並み近隣諸国へ逃げていた。
 
「どれも国民もこの街の者も気付いていない「戦争」だ」

「アーカムさんもデムスさんもかなり止事無い人だったんですね……」

 ニコは変な事を言っているな。

「私は確かに伯爵位を持っているがただの執事だと思っているよ」

「そうですね!伯爵様と思ってしまうと少し緊張してしまいます」

 ニコらしい。

「そんな過去があるのだよ。この国には」

 デムスも思い返している顔だ。辛いが懐かしいな。

「……そうするとミリア様の呪い? 病気? も「旧王家派」の仕業という事ですね……」

「そう思われている。だがいつ、誰にやられたのかは分からないのだよ」

「もしかするとミリア様が分かりにならないのでしょうか?」

 今までほぼ寝たままだった事と心苦しくて誰も聞けなかった……。

「ニコ、改めて見舞いとして来てもらって君から聞いてもらえないか?」

 ニコはしばらく悩んだ顔をしている。

「無礼討ちは無しですよ? 一般市民なのですから。それでしたらお引き受けします」

 無礼討ち……そんな事考えてもいなかったよ。

「大丈夫だ。マナーなんて気にしなくて良い。次は正面から来たまえ」

「わかりました!」

 そんな返事を貰った所で公爵夫妻が入って来た。
 
 応接室での経緯を説明する。

「ニコ、頼んだよ。お陰でミリアの調子は良くなりそうだ」

 公爵は嬉しそうだ。素直な笑顔を久しぶりに見た。 
 
「はい! いつ来たらよいですか?」

「そうだな……明日から毎日少しだけでも来てもらえないか?」

 公爵が私を見ながら言う。

「ニコ、頼めるか? 依頼させてもらう」

 私からも頼む。

「依頼……お見舞いですよね? だから依頼なんて言わないでください」

 ニコらしいな。

「分かった。ニコ、ミリアの見舞いに来てくれ。君の都合で来てくれればいい」

 公爵からも改めてお願いをする。

「はい! わかりました。それではミリア様が立って歩けるようになるまでは毎日お昼前にお見舞いに伺いますね」

「よろしく頼むよ」

 公爵がニコの手を取り握手をする。力が込められているのが分かる。

 その次に公爵夫人もニコの手を取り、

「宜しくお願いします。ニコ」

 ニコの手を両手で優しく包むように握る。

「はい!」


 その後、公爵夫婦はミリア様の元に戻った。まだもう少し話しをしたいようだ。

 そして、魔鉱石採掘の依頼書にサインをするとニコは「また、明日」と言って帰った。「まるいひつじ亭」で依頼料を受け取りに行くだろう。

 明日、マスターにも報告しなければ。

 デムスが寄ってきて麻袋を渡してきた。

「ニコからだ」

 『神輝石』だ。

「なぜデムスが持っている!?」
「君が依頼書にサインをしに外した瞬間を狙って渡してきた。『ミリア様のために使って下さい』とのことだ」
「ニコらしい気遣いだな。貴族相手に金銭の心配をするなんてな」
「あの子は身分差をあまり気にしないからな」
「そうだな。でも、受け取ってよいのか?」
「……これは国宝級の奇物だから本来は国王に献上すべきだろう。だが、今は再発を考えて預かっておくのも有りだろう」
「そうだな。フォルトに伝えて預ける事にする」
「それがいい。しっかりした場所に保管しておくんだぞ」

 その後、私もミリア様と少しだけ話した。私の淹れたお茶が飲みたい、と言って頂けた。

 本当に感謝以外の言葉が無い。
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