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第三章 復活
第六節 vow
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俺は――トゥケィ=ゼノキスァは、カーラとオウマを連れて、砦の隅の方の建物まで避難した。
目立たない場所にひっそりと建つ建物に入り、地下へ進む。階段を降り切ると、冷たい空気が肌を撫でた。
広大な空間が、眼の前に広がった。
蒼白く輝く地下洞窟は、この辺り一帯に張り巡らされた水の巣だ。
豊富な地下水が地盤を侵食して大地の下に水道を形成し、その浸食の大きい部分が自然と作り上げた空白地点。
薄っすらと明るいのは、洞窟の上に生え揃った光る苔のお陰だ。これが水面に反射して、洞窟内でも一定の明かりを提供してくれる。
俺は一先ず、身体を洗う事にした。俺の身体には凝固した血液と死臭が染み込んでおり、それを洗い流さなければオウマは兎も角、カーラは嫌がるであろうと思ったのだ。
その間にオウマは、一旦地上に戻った。
俺が身体に染み付いた腐臭を流し終えると、丁度オウマが戻って来た所であった。
「着ろ」
オウマはカーラに、新しい貫頭衣を持って来た。普段、ルマ族が身に着けているものではなくて、俺たち平民の着る簡素な貫頭衣だ。カーラは渋る素振りもなく、それを身に着けた。
「それは?」
カーラが、オウマが手にしていた布の包みを指差した。二つの包みには赤黒い染みが浮かんでおり、直前まで俺の身体が放っていたのと同じ匂いを漂わせていた。
「俺のはないの?」
服の事だ。オウマは舌打ちをしながら、取って来てくれていた衣服一式を渡してくれた。股間に布を巻いて陰茎を隠し、太腿まである上衣をすっぽりと被る。側面は両肩の位置を余して縫ってあり、腕を外側に出す。腰の位置に蔓を巻き付けて裾が余計に広がるのを防止して、腕と脛に包帯を巻き始めた。
オウマは手早く佇まいを正した俺の前で、包みを開いて見せた。
「ひ――」
カーラが小さく悲鳴を上げた。
俺の右隣にカーラがおり、オウマとは向かい合うようにして地面に座っている。オウマは三角形を作る俺たちの中央に、二つの包みの中身を置いた。
「アーヴァン……」
顔の左半分の皮膚と、両眼がなくなっており、無数の矢傷が蜂の巣のようになっているが、それが紛れもなく俺の友、優しき巨漢、アーヴァンの首級であった。オウマが背中に括り付けているヴォルギーンの穂先からは血が滴っている。きっとアーヴァンの頸を斬り落したのは、オウマなのだろう。
そしてもう一つは、オウマの姉のシュメだった。顎が垂れ流した血で赤黒く変わっており、瞳は瞼の裏に消えていた。唇が捲れて喰い縛った歯が痛々しい。
「な、何の心算なの、オウマ……!」
怒りさえ滲ませて、カーラが詰問した。
オウマは手持ちの石包丁を取り出して、姉の頭頂部に刃先をめり込ませた。ぐりぐりとこじって頭蓋骨を割り開くと、そこに手を突っ込んで脳みそを掻き出し、喰らい始めた。
「やめて! ……やめてよ、オウマ!」
「黙ってろ!」
オウマが声を荒げた。
「喰え、トゥケィ……」
オウマはアーヴァンの首を、俺の方に突き出した。
俺は思わずアーヴァンの首を抱き、その無念の表情を見下ろした。皮膚の裏側を覗かせたそれは、とてもあのアーヴァンの顔だとは思えなかった。ずっしりと重たい人頭を、俺は、何を言う事もなく見つめ続けた。
「喰うんだ、トゥケィ。奴の無念も連れてゆく……」
「オウマ!?」
「死んだ筈のお前がどうして生きているのか、そんな事は重要じゃない。重要なのは、俺たちの平和の都とやらは、既になくなっちまったって事だ。だが幸い、女たちは生きている。奴らに連れて行かれてしまったが、殺される訳じゃない。女たちを取り戻すんだ。そして再び、俺たちの砦を立て直すんだよ」
オウマは姉の脳を喰らいながら語った。灰色の肉片が、真っ赤になったオウマの口から唾と一緒に飛んだ。
「奴らを殺すんだ。俺たちの故郷を奪ったリオディン・ダグラ族を絶滅させてやる。みんな一緒に、だ。シュメも、アーヴァンも、戦士長たちも、みんなの無念を喰らえ。俺たちの身体に、奴らの怨念を憑りつかせて戦うんだ!」
オウマはどうやら、本気で言っているようだった。とうに廃れたヌェズキの伝統に則り、死者の魂を、肉体を喰らう事で自身に宿し、力を得ようというのだ。
俺がアーヴァンの首を喰う事を躊躇っていると、オウマは俺の手からアーヴァンの首を奪い取り、姉のものに対してしたのと同じように、彼の脳を啜り始めた。
カーラは、錯乱したようなオウマの行動に狂気を感じている。オウマはかつての伝統に沿った行動をしてはいるのだが、それとは別に、家族や仲間たちを殺されて、狂い始めている部分もあるのだろう。
「オウマ……」
俺は静かに言った。
「俺もお前と同じ気持ちだ。仲間たちの仇を討つ……」
「トゥケィ……」
カーラが不安げに、俺の方を見た。
「マキアも奴らに連れて行かれてしまったようだからな……助けなくちゃならない」
マキアは、俺の妹だ。
一〇年前、崖崩れで両親が死んでから、唯一俺の肉親となった少女。
生れ付きの容姿に加え、視力を失った事で、マキアへの差別はより一層酷くなった。そんな彼女を助ける為に、俺は強くあらなくてはならなかったのだ。
今、マキアを取り戻す為に戦わなくて、俺の命にどんな意味があるのだろう。
「だけど、オウマ、俺は奴らを殺す心算はない。出来る限り、一人として、殺したくはないんだ」
「何だと!? トゥケィ、貴様……」
「聞け、オウマ!」
俺は一喝した。
「例え女たちを取り戻しても、この砦はもうなくなったも同然だ。戦士の多くが死んだ。だから奴らは殺さずに、生かして捕らえ、俺たちの仲間として砦の再建に役立てるんだ」
「仲間? ……ふん、そういう事か」
アーヴァンの脳を食べ終わったオウマが、口の周りを舌で舐め取って、にやりと笑った。俺の言っている事を理解したようだった。
「仲間なんて綺麗な言葉を使うなよ。奴隷だろ、奴婢だろ」
「そうだ」
「ふ……見直したぜ、トゥケィ。お前はやっぱり、アーヴァンのようなお優しい心の持ち主とは違うようだな」
アーヴァンは出来る限り、戦いを好まなかった。だから俺と同じ状況になっても、俺たちの砦を壊滅させた者たちを、俺たちの為に働かせようとは思わなかったと思う。奴は争いが終わったとすれば、その時は、他の部族とも可能な限り理解し合い、共に生きてゆく事が出来ると考えていたのだろう。
きっとオウマは、アーヴァンからそうした類の話を聞いていたのではないだろうか。
だから俺が言った“仲間”という言葉に込めた真意、つまり、俺たちの砦を滅ぼした敵を、奴隷として有効活用するという提案を、アーヴァンにはなかったものとして認めたのだ。
「で、いつ出る?」
「オウマ、君の調子が戻ったら、だ。戦えるのは俺たち二人しかいないんだからな」
「それなら気にするな。俺はもう平気だ、いつだってやれるぜ」
オウマは背中のヴォルギーンを抜き放って、構えた。さっきは通用しなかったが、あれは恐らく、オウマの方にも動揺があったから、攻撃が巧くゆかなかった所為だ。
実際、俺は奴らを倒せている。俺よりも運動能力では劣ると言っても、オウマの実力は砦の戦士たちの中でも、俺やアーヴァンに並ぶくらいであったのだ。
「わ、私も行くわ!」
カーラが声を上げた。普段は喧嘩ばかりしている俺とオウマだったが、この時はとことん、馬が合った。
「駄目だ」
「君は連れてゆけない」
「ど、どうして!?」
「足手纏いになる」
オウマはカーラの疑問を、一刀の下に切り捨てた。そこまで直接的な表現をする気はないが、俺もおおよそオウマと同じ意見である。
「心配しないでくれ、俺とオウマは敗けないよ。必ず帰って来る」
「で、でも……」
「皆が帰って来た時、誰も待っていてくれる人がいないんじゃ、甲斐がないってものさ。カーラ、俺たちが帰るのを信じて、待っていてくれ。必ず帰って来るよ、カーラ、カーラ・ウシュ」
俺はカーラの手を握り、そう言って微笑んだ。
俺たちは滅多にフルネームでは呼び合わない。自分の姓は聖なるものであり、例え同じ砦の仲間であってもなるべく隠そうとする。アーヴァンやオウマは、俺たちのゼノキスァという姓を知らないだろう。カーラはルマ族の長女であるから、自然とその名を知られてしまっている。
人の名を、姓も含めて呼ぶという事は、その者たちの間に極めて強い絆があるという事だ。その名前を呼ぶ行為自体が、神聖な誓いの儀式であると言っても良い。
カーラの手がぽっと熱くなり、彼女の鼓動が俺の血液に染み込んだ。カーラは暫し逡巡したようであったが、俺の手を握り返して、頷いた。
「分かったわ、私、待ってる。トゥケィ、オウマ……みんなを連れて、帰って来て!」
俺は、何故か面白くなさそうにそっぽを向いているオウマに視線を一度やり、カーラに対して強く頷いた。
ディバーダ族の砦は、大河に面した洞窟だ。
洞窟の奥深くには、ヴァーマ・ドゥエルの地下にあるのと同じような空洞がある。
地下から湧き出す水は、光る苔の明かりで蒼く煌きながら揺らめいていた。
ヴァーマ・ドゥエルにとっては単なる緊急避難場所でしかなかった水の洞窟は、ディバーダ族にとっては神聖な場所であり、カムンナーギとナーガ・ゾデだけが足を踏み入れる事の出来る場所であった。
カムンナーギ・メルバは、泉の中で身体を清めていた。
服も装飾品も取り払った身体は、一分の隙もない。下品にならない程度に主張する乳房に、中心につぅっと腹筋が浮かんだ胴体、お尻は大きいのに垂れずに持ち上がり、すらりとした脚が伸びていた。
メルバが水浴びをしていると、洞窟の出入り口の方から、ナーガ・ゾデのハーラ・グル・アーヤバがやって来た。 ハーラ・グル・アーヤバも姉と同じように服を取り払った。
その姿は、奇怪という他にはなかった。まるで、木を削って造った人形のようなものであった。首から上と、右腕、そして左脚は血の通った肉であったが、他の部分は造りものなのだ。しかしその木の身体の内側からは、とくん、とくんと、脈打つ心臓の音が聞こえている。木の胴体の中には、腕や脚と同じ、生の臓器が隠されているのかもしれない。
そして顔を覆う包帯を外すと、鼻から上が根こそぎなくなっていた。眼窩や鼻頭さえ存在を確認出来ないのっぺらぼう、その唇だけが生々しく赤い。
「弟よ……」
メルバは、ハーラ・グル・アーヤバに問い掛けた。
「ゾデ・ナージのダブーラからの報告に、鱗族がヒヒイロカネの鎧を用いていたとあった。何か知らぬか」
「――」
ハーラ・グル・アーヤバが答えずにいると、カムンナーギのメルバはこのように言った。
「一〇年前、お前が兜を残して紛失した、“剥離の鎧”の事だ。何か心当たりはないのか――」
姉の問いに、ハーラ・グル・アーヤバは、赤い唇を歪めたのみであった。
目立たない場所にひっそりと建つ建物に入り、地下へ進む。階段を降り切ると、冷たい空気が肌を撫でた。
広大な空間が、眼の前に広がった。
蒼白く輝く地下洞窟は、この辺り一帯に張り巡らされた水の巣だ。
豊富な地下水が地盤を侵食して大地の下に水道を形成し、その浸食の大きい部分が自然と作り上げた空白地点。
薄っすらと明るいのは、洞窟の上に生え揃った光る苔のお陰だ。これが水面に反射して、洞窟内でも一定の明かりを提供してくれる。
俺は一先ず、身体を洗う事にした。俺の身体には凝固した血液と死臭が染み込んでおり、それを洗い流さなければオウマは兎も角、カーラは嫌がるであろうと思ったのだ。
その間にオウマは、一旦地上に戻った。
俺が身体に染み付いた腐臭を流し終えると、丁度オウマが戻って来た所であった。
「着ろ」
オウマはカーラに、新しい貫頭衣を持って来た。普段、ルマ族が身に着けているものではなくて、俺たち平民の着る簡素な貫頭衣だ。カーラは渋る素振りもなく、それを身に着けた。
「それは?」
カーラが、オウマが手にしていた布の包みを指差した。二つの包みには赤黒い染みが浮かんでおり、直前まで俺の身体が放っていたのと同じ匂いを漂わせていた。
「俺のはないの?」
服の事だ。オウマは舌打ちをしながら、取って来てくれていた衣服一式を渡してくれた。股間に布を巻いて陰茎を隠し、太腿まである上衣をすっぽりと被る。側面は両肩の位置を余して縫ってあり、腕を外側に出す。腰の位置に蔓を巻き付けて裾が余計に広がるのを防止して、腕と脛に包帯を巻き始めた。
オウマは手早く佇まいを正した俺の前で、包みを開いて見せた。
「ひ――」
カーラが小さく悲鳴を上げた。
俺の右隣にカーラがおり、オウマとは向かい合うようにして地面に座っている。オウマは三角形を作る俺たちの中央に、二つの包みの中身を置いた。
「アーヴァン……」
顔の左半分の皮膚と、両眼がなくなっており、無数の矢傷が蜂の巣のようになっているが、それが紛れもなく俺の友、優しき巨漢、アーヴァンの首級であった。オウマが背中に括り付けているヴォルギーンの穂先からは血が滴っている。きっとアーヴァンの頸を斬り落したのは、オウマなのだろう。
そしてもう一つは、オウマの姉のシュメだった。顎が垂れ流した血で赤黒く変わっており、瞳は瞼の裏に消えていた。唇が捲れて喰い縛った歯が痛々しい。
「な、何の心算なの、オウマ……!」
怒りさえ滲ませて、カーラが詰問した。
オウマは手持ちの石包丁を取り出して、姉の頭頂部に刃先をめり込ませた。ぐりぐりとこじって頭蓋骨を割り開くと、そこに手を突っ込んで脳みそを掻き出し、喰らい始めた。
「やめて! ……やめてよ、オウマ!」
「黙ってろ!」
オウマが声を荒げた。
「喰え、トゥケィ……」
オウマはアーヴァンの首を、俺の方に突き出した。
俺は思わずアーヴァンの首を抱き、その無念の表情を見下ろした。皮膚の裏側を覗かせたそれは、とてもあのアーヴァンの顔だとは思えなかった。ずっしりと重たい人頭を、俺は、何を言う事もなく見つめ続けた。
「喰うんだ、トゥケィ。奴の無念も連れてゆく……」
「オウマ!?」
「死んだ筈のお前がどうして生きているのか、そんな事は重要じゃない。重要なのは、俺たちの平和の都とやらは、既になくなっちまったって事だ。だが幸い、女たちは生きている。奴らに連れて行かれてしまったが、殺される訳じゃない。女たちを取り戻すんだ。そして再び、俺たちの砦を立て直すんだよ」
オウマは姉の脳を喰らいながら語った。灰色の肉片が、真っ赤になったオウマの口から唾と一緒に飛んだ。
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オウマはどうやら、本気で言っているようだった。とうに廃れたヌェズキの伝統に則り、死者の魂を、肉体を喰らう事で自身に宿し、力を得ようというのだ。
俺がアーヴァンの首を喰う事を躊躇っていると、オウマは俺の手からアーヴァンの首を奪い取り、姉のものに対してしたのと同じように、彼の脳を啜り始めた。
カーラは、錯乱したようなオウマの行動に狂気を感じている。オウマはかつての伝統に沿った行動をしてはいるのだが、それとは別に、家族や仲間たちを殺されて、狂い始めている部分もあるのだろう。
「オウマ……」
俺は静かに言った。
「俺もお前と同じ気持ちだ。仲間たちの仇を討つ……」
「トゥケィ……」
カーラが不安げに、俺の方を見た。
「マキアも奴らに連れて行かれてしまったようだからな……助けなくちゃならない」
マキアは、俺の妹だ。
一〇年前、崖崩れで両親が死んでから、唯一俺の肉親となった少女。
生れ付きの容姿に加え、視力を失った事で、マキアへの差別はより一層酷くなった。そんな彼女を助ける為に、俺は強くあらなくてはならなかったのだ。
今、マキアを取り戻す為に戦わなくて、俺の命にどんな意味があるのだろう。
「だけど、オウマ、俺は奴らを殺す心算はない。出来る限り、一人として、殺したくはないんだ」
「何だと!? トゥケィ、貴様……」
「聞け、オウマ!」
俺は一喝した。
「例え女たちを取り戻しても、この砦はもうなくなったも同然だ。戦士の多くが死んだ。だから奴らは殺さずに、生かして捕らえ、俺たちの仲間として砦の再建に役立てるんだ」
「仲間? ……ふん、そういう事か」
アーヴァンの脳を食べ終わったオウマが、口の周りを舌で舐め取って、にやりと笑った。俺の言っている事を理解したようだった。
「仲間なんて綺麗な言葉を使うなよ。奴隷だろ、奴婢だろ」
「そうだ」
「ふ……見直したぜ、トゥケィ。お前はやっぱり、アーヴァンのようなお優しい心の持ち主とは違うようだな」
アーヴァンは出来る限り、戦いを好まなかった。だから俺と同じ状況になっても、俺たちの砦を壊滅させた者たちを、俺たちの為に働かせようとは思わなかったと思う。奴は争いが終わったとすれば、その時は、他の部族とも可能な限り理解し合い、共に生きてゆく事が出来ると考えていたのだろう。
きっとオウマは、アーヴァンからそうした類の話を聞いていたのではないだろうか。
だから俺が言った“仲間”という言葉に込めた真意、つまり、俺たちの砦を滅ぼした敵を、奴隷として有効活用するという提案を、アーヴァンにはなかったものとして認めたのだ。
「で、いつ出る?」
「オウマ、君の調子が戻ったら、だ。戦えるのは俺たち二人しかいないんだからな」
「それなら気にするな。俺はもう平気だ、いつだってやれるぜ」
オウマは背中のヴォルギーンを抜き放って、構えた。さっきは通用しなかったが、あれは恐らく、オウマの方にも動揺があったから、攻撃が巧くゆかなかった所為だ。
実際、俺は奴らを倒せている。俺よりも運動能力では劣ると言っても、オウマの実力は砦の戦士たちの中でも、俺やアーヴァンに並ぶくらいであったのだ。
「わ、私も行くわ!」
カーラが声を上げた。普段は喧嘩ばかりしている俺とオウマだったが、この時はとことん、馬が合った。
「駄目だ」
「君は連れてゆけない」
「ど、どうして!?」
「足手纏いになる」
オウマはカーラの疑問を、一刀の下に切り捨てた。そこまで直接的な表現をする気はないが、俺もおおよそオウマと同じ意見である。
「心配しないでくれ、俺とオウマは敗けないよ。必ず帰って来る」
「で、でも……」
「皆が帰って来た時、誰も待っていてくれる人がいないんじゃ、甲斐がないってものさ。カーラ、俺たちが帰るのを信じて、待っていてくれ。必ず帰って来るよ、カーラ、カーラ・ウシュ」
俺はカーラの手を握り、そう言って微笑んだ。
俺たちは滅多にフルネームでは呼び合わない。自分の姓は聖なるものであり、例え同じ砦の仲間であってもなるべく隠そうとする。アーヴァンやオウマは、俺たちのゼノキスァという姓を知らないだろう。カーラはルマ族の長女であるから、自然とその名を知られてしまっている。
人の名を、姓も含めて呼ぶという事は、その者たちの間に極めて強い絆があるという事だ。その名前を呼ぶ行為自体が、神聖な誓いの儀式であると言っても良い。
カーラの手がぽっと熱くなり、彼女の鼓動が俺の血液に染み込んだ。カーラは暫し逡巡したようであったが、俺の手を握り返して、頷いた。
「分かったわ、私、待ってる。トゥケィ、オウマ……みんなを連れて、帰って来て!」
俺は、何故か面白くなさそうにそっぽを向いているオウマに視線を一度やり、カーラに対して強く頷いた。
ディバーダ族の砦は、大河に面した洞窟だ。
洞窟の奥深くには、ヴァーマ・ドゥエルの地下にあるのと同じような空洞がある。
地下から湧き出す水は、光る苔の明かりで蒼く煌きながら揺らめいていた。
ヴァーマ・ドゥエルにとっては単なる緊急避難場所でしかなかった水の洞窟は、ディバーダ族にとっては神聖な場所であり、カムンナーギとナーガ・ゾデだけが足を踏み入れる事の出来る場所であった。
カムンナーギ・メルバは、泉の中で身体を清めていた。
服も装飾品も取り払った身体は、一分の隙もない。下品にならない程度に主張する乳房に、中心につぅっと腹筋が浮かんだ胴体、お尻は大きいのに垂れずに持ち上がり、すらりとした脚が伸びていた。
メルバが水浴びをしていると、洞窟の出入り口の方から、ナーガ・ゾデのハーラ・グル・アーヤバがやって来た。 ハーラ・グル・アーヤバも姉と同じように服を取り払った。
その姿は、奇怪という他にはなかった。まるで、木を削って造った人形のようなものであった。首から上と、右腕、そして左脚は血の通った肉であったが、他の部分は造りものなのだ。しかしその木の身体の内側からは、とくん、とくんと、脈打つ心臓の音が聞こえている。木の胴体の中には、腕や脚と同じ、生の臓器が隠されているのかもしれない。
そして顔を覆う包帯を外すと、鼻から上が根こそぎなくなっていた。眼窩や鼻頭さえ存在を確認出来ないのっぺらぼう、その唇だけが生々しく赤い。
「弟よ……」
メルバは、ハーラ・グル・アーヤバに問い掛けた。
「ゾデ・ナージのダブーラからの報告に、鱗族がヒヒイロカネの鎧を用いていたとあった。何か知らぬか」
「――」
ハーラ・グル・アーヤバが答えずにいると、カムンナーギのメルバはこのように言った。
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