獣神転生ゼノキスァ

石動天明

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第四章 覚醒

第二節 chase

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「一つ――気になる事があるんだ」

 オウマが声を潜めて言った。
 俺たちは奴らの残した足跡を辿っている。少なくとも一〇〇人前後の、馬を使った大移動だ。連れ去られた女たちの数はそれよりももっと多い。通れる道筋は決まっているだろうし、足跡を消さずに進んでくれているのはありがたかった。

「何だ?」
「奴らは俺たちが使っていた水路を利用して侵入して来た。しかも、特に隠されていた水路を使って、だ」

 ダヴェヌラが齎した土木技術や治水事業によって、ヴァーマ・ドゥエルは発展して来た。森を二つに分断し、長く伸びて海へと繋がるという大河から、少しばかり水を分けて貰っている。人工的な河を作り、砦の中まで導いているのだ。

 この人工河川のお蔭で、大雨などで大河が氾濫しても、その影響が少なくて済む。河川の途中には河に泥などが溢れた場合、その流入を防ぐ為の場所が幾つかあって、道を石の壁で封じつつ別のルートに逃がすような造りになっている。

 長い時間を掛けて、地下にあるのと同じように、網の目のように細かく造られた河川だ。
 その水路を使って、リオディン・ダグラ族は砦にまんまと侵入した。川の流れに沿って馬を進ませて体力を温存、砦への入り口を発見して、そこからは自分で泳いで進んだ。

 今回、リオディン・ダグラ族が用いた水路は、最も多くの水を砦に供給する為の道だった。そして最も大きいが為に、厳重な偽装によって隠されている。幾つにも枝分かれしたダミーの川を造り、氾濫した水をシャットする機能も他と比べてより高い。人の手による整備を定期的に行なう為に広くなっているものの、その入り口を大河の側から見付ける事は難しい。

 地面を深く掘り、縮小した壁を建てて屋根を造り、その上に土を被せ、樹を植えている。地下通路にはみ出した木の根によって石壁が崩れないように見回る仕事もあった。

 俺が夢で見た世界と比べると技術的には甘いが、俺たちの周りの文明と見比べてみればかなり高度な技術であった。

「何故、奴らは、あの通路の事を知っていたのだろうな……」

 ヴァーマ・ドゥエルを侵略したリオディン・ダグラ族は、壁の手前に待機させていた馬に乗り、今度は地上をゆっくりと進んでいる。これまではきっと、通った事のない道だ。馬の為に木を伐採して道を切り開きながらの帰還は、思ったよりも時間が掛かるらしい。

「若しかしてオウマ、内通者がいると、思っているのか?」
「その可能性は、ないとは言えない」

 オウマは悔し気に唇を噛んだ。普段から、長老や戦士たちの考えが甘いと言っていたオウマでも、別に砦の人々を嫌っている訳ではない。裏切り者がいるとしたら、それは、許せないであろう。

「オウマ、怒るな」
「あん?」

 俺は言った。

「怒りは眼を曇らせる。正常な判断が出来なくなるぞ。戦いは冷静にしなければいけない」
「……お前、変わったな」
「え?」
「前までのお前は、自由奔放と言うか、熱血漢と言うか……後先考えない鬱陶しい奴だと思っていた。今回だって、その先走る性質の所為で死んだのだろうな、と」
「――」
「まるで別人だぜ、昨日までのお前とは」
「別人……」

 オウマが何気なく言った言葉が、俺の胸に突き立った。

 オウマは、俺にその時の記憶はなくても、一度は戦いの中で死んだ経験から、自然と慎重に、冷静に考えるようになったと思ったのだろう。誤りを犯した人間は、それ以降、慎重になるか臆病になる。

 けれど、確かに俺は、別人であるのかもしれない。さっきまで一晩の内に経験した一〇年以上、俺はトゥケィ=ゼノキスァとしてではなく別の人間として過ごしていたのだ。

 死んでから俺はグェルヴァでの裁判で、俺のアィダラを別の世界に送り込まれ、そこで自らの生命を断つ事で元々生きていたこの世界にアィダラを帰還させた。だが、俺のアィダラを残したまま別世界で過ごした俺は、その異世界での俺の、自殺に至るまでのアィダラまで、こちらに持ち帰って来てしまった。

 そう考えると、果たして今の俺は、昨日までのトゥケィ=ゼノキスァなのか? それとも、一度死んで生まれ変わった世界に於ける俺なのか?

 分からなくなってしまいそうであった。

 尤もオウマからすれば、そんな事は関係ないのだろう。ソッツァは誰にも見えない。ソッツァに包まれたアィダラはその行動から違いが分かるかもしれないが、ボーディを見てしか人を判断出来ない人間は、その違いに気付かない。

「ああ、それより……」

 オウマは話題を変えた。

「ン・ダーモの事だ」
「ン・ダーモ?」

 オウマの舎弟の一人で、いつもいやらしい笑みを張り付け、人にへいこらしている卑小な男だった。
 しかしそんな奴でも、オウマに相手して貰える時は喜んでいたし、彼の言う事なら何でも聞いた。

「奴は、昨日、お前を呼びに行ったんだよな?」
「ああ……」

 そこで、死んでしまった。
 ディバーダ族の男に捕らえられ、頸を頑丈な蔓で吊るされて、糞便を垂れ流して死んだ。

「そうか、奴は死んだのか……」
「済まない、オウマ」
「――何故、お前が謝るんだ」
「俺があいつから眼を離したから……」
「莫迦、悪いのはディバーダ族だ。その所為で死んだんだろ、奴は。……だが、そうか、だったら遺体も残っていない筈だよな。喰われちまったのか、あいつ……」

 あの後、か。

 ディバーダ族が好んで使うガビジで、ン・ダーモを吊り上げた蔓を切り、地上に下ろした。それからン・ダーモを殺したディバーダ族の男を倒し、そこで現れたのがダブーラ・アブ・シャブーラだ。

 俺を殺した後で、ダブーラ・アブ・シャブーラが、ン・ダーモを喰ったという事だろうか。
 しかし――

「ン・ダーモを喰う時間があったなら、どうして俺は、喰われなかったんだろう……」
「む……そう言えば、そうだな」

 食人に慣れている彼らにとって、人を一人喰うのも二人喰うのも、そんなに時間が掛かる事はない筈だ。だのに、俺の遺体は戦いの傷以外はなく、ン・ダーモは骨一つ残らずに姿を消した。

「何だか妙だな……」

 そう呟いて、俺は言葉を止めた。
 オウマも歩みを止めている。

 陽は傾いており、空が揺らめく炎の色に変わっていた。風が強く吹き始め、薄紫色に染まった雲が流れてゆく。
奴らに追い付いたのだった。

 奴らは開けた場所で、伐り倒した樹に腰掛け、奪い取った食糧や飲み物を口に運んでいる。
 彼らの周囲に、一〇人くらいの兵士が外を向いて立っている。見張りだろう。
 中央にいる者たちは、火を焚いて夜に備えているようだった。
 馬は……五〇頭程だろうか。酒宴の席から程良く離れた場所で、樹に繋がれている。

 遠くの樹の上から、俺たちは気配を消して奴らの中心を観察した。

 肉を喰い、穀物を口に運んで、酒を飲んでいる。
 この辺りで一番旨い酒は棘のある多肉植物から造られる。株が成長して伸びて来た茎を手折り、中に詰まった液体を採取して発酵させて造る酒だ。粘着質な白い液体で、植物から取り出した状態でもうかなり甘さがある。発酵させると滑らかで、アルコールの中で甘さが際立った。日にちが経つとすぐに味が落ちてしまうので、早めに飲んでしまった方が良い。

 この酒宴の合間に、奴らは、攫った女たちに手を伸ばした。

 多くの女たちは、両手を縄で縛られ、逃げられないようにされている。屈強なリオディン・ダグラ族の男にぐぃと引っ張られると抵抗する気力もなく倒れ込んでしまい、あっと言う間に裸に剥かれてしまった。

 助けを求めて悲鳴を上げるのだが、リオディン・ダグラ族に俺たちの言葉が通じない。少量の酒と肉で興奮した男が、その女を組み敷いているのを、男たちは笑いながら眺めていた。

 凄まじい怒りが、腹の底から込み上げて来る。奴らの頸を全て、この鉈で切り飛ばしてやりたい衝動に駆られた。だが、怒りで眼を曇らせるなとオウマに言った口で、殺意をこぼす訳にはいかない。

「オウマ、落ち着いているか……」
「俺は冷静だぜ……」

 オウマの声は震えていた。冷静でいられる訳がない。

 俺たちは怒りに震えながらも心を凍らせて、冷徹に状況を把握しようとした。さっきも言ったように、九〇人の兵士が酒宴に興じ、その他の約一〇人が周囲に立って見張りをしている。女たちも、見張りの者たちの包囲網の中にあり、彼女らは五、六人のグループで纏められ、それぞれ頑丈そうな樹に、縄尻を結ばれていた。

 その中には当然、俺の妹、眼の見えないマキアもいる。彼女にとって、異民族に乱暴される仲間たちを見なくて済むのは、果たして幸福だろうか。

 しかし奴らが、ヴァーマ・ドゥエルの中でも珍しい容姿のマキアに注目しないとは考え難かった。他の女たちに飽きれば、真っ白い肌の盲目の少女を引き立てて、女として最大の残虐を加える事だろう。

 そうなっても、俺は冷静でいられるか!?

 オウマの手前、そうでなければいけないのだが――

「トゥケィ、心を静めろ」

 今度は逆に、オウマが俺を諫めた。
 俺が指を掛けた枝が、みしみしと軋むのを見たのだ。

「分かってる……」

 一つも分かっていない声で返事をした時、不意に、頭に鋭い痛みが走った。
 頭の奥に氷柱をねじ込まれたような、冷たく鋭利な痛みだった。
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