獣神転生ゼノキスァ

石動天明

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第四章 覚醒

第五節 confident

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 マキアが声を掛けてくれなければ、俺の頭は吹き飛んでいたかもしれない。

 打ち込まれた拳を、俺は身体ごと傾けて躱し、その動きのまま右脚を跳ね上げて、足刀部分で蹴り付けた。
 俺の蹴りは、俺を殴ろうとした男の腹に直撃する。しかし弾力ある腹に阻まれて、威力は発揮しなかった。

 後退する男と、俺は向かい合った。

 一般的なリオディン・ダグラ族の男と、そう変わりはない。体形、顔立ち、服装……異なるのは、その両腕にだけ鎧を装着している事だった。

 炎の照り返しのせいだろうか、ヒヒイロカネの鎧は、やけに赤々としている。

「×××××××……」

 リオディン・ダグラ族の男は、彼らの言葉で何かを言った。自分自身の事を指差している事からして、名乗りを上げているという事だろうか?
 
 俺はその男を、彼の言葉からどうにか聞き取った、タムザ・クファーンと呼ぶ事にする。

 タムザ・クファーンは一頻り何かを語った後、鎧の拳と拳をぶつけ合わせて構えた。どうやら、彼が連中の総大将であり、俺との一騎討ちを考えているようだった。

「トゥケィ!」

 森の中から、オウマが声を掛けて来た。俺は振り向かずに、オウマに言った。

「女たちを頼む」
「――分かった」

 オウマも状況を察したのだろう、頷いて、俺の代わりに女たちを開放しようとした。

 俺は石鉈を抜いて、タムザ・クファーンに歩み寄った。
 さっきまで奴らの宴会場であり、奴らと俺との戦場であった空間は、忽ち、俺と奴との闘技場に変化した。

 タムザ・クファーンは、両手を広げて顔の高さで持ち上げるような構えを採っている。
 俺は石鉈を腰に構え、敵が接近して来たら横一文字に叩き付けられる構えだ。

 どちらも、自分からは攻めてゆかなかった。焦りと共に下手に動けば、相手の餌食だ。

 女たちでさえ、固唾を呑んで見守っている。
 その場でする音は、炎が植物を燃やす音、熱によって巻き起こった風が木々を揺らす音。
 人と人との営みの音は、大自然の調べに掻き消されている。

 火照った身体の中で、心臓がばくばくと動いていた。さっき、樹上で感じた嫌な鼓動ではない。戦いに際して冷静さを失おうとする自身を落ち着かせる為、敢えて焦りを生んでいるのだ。

 焦りがあると気付いたら、それを失くすように努めるのが戦士だ。けれど焦りを失くす事ばかりに捉えられてもいけない。焦りがある事は構わない。それを失くそうとする事も構わない。焦りでさえも呑み込んで、やがて来る一合の為に備えるのだ。

 みり……

 何かが軋む音がした。
 タムザ・クファーンが背にしている樹が、幹を焼き切られて、崩れ落ちようとしているのだ。

 その軋みは次第に大きくなり、めりめりめり……ッ! と、明らかにその身体を傾けてゆく。

 タムザ・クファーンの意識が、そちらに向いた。
 例え一瞬でも、俺の姿を見失った。

 その隙に、俺は石鉈をぶち込んでやろうとした。昨日、ダブーラ・アブ・シャブーラがやったように、脚を使って石鉈を蹴り上げ、縦軌道で打ち下ろす。

 タムザ・クファーンの背後から樹が倒れて来る。

 どうする!?

 俺の攻撃を避けるか、樹を避けるか。
 しかしタムザ・クファーンは冷静で、薄い唇ににっと笑みを浮かべると、その場で回転した。
 右の裏拳が倒れ来る樹の幹を、左の拳が迫り来る俺の石鉈を、叩いた。

 刹那――

 裏拳を打ち込まれた樹の幹がその点から圧し折られ、同時に俺の石鉈に大きな亀裂が走った。

 タムザ・クファーンはその場から離脱し、俺も横に跳んで樹を躱さなければいけなくなった。

 ずどん、どん、と、重々しい音と共に、俺の眼の前に二つの樹が倒れて来る。タムザ・クファーンの拳で真っ二つに圧し折られたものである。

「ぐ……」

 驚いて顔を上げると、タムザ・クファーンは何でもない顔だ。しかも、俺の石鉈を思い切り打ち上げたというのに、鎧には一切の歪みさえ生じていなかった。

 しかも鎧を身に着けていてあの軽業……鎧が、ドドラグラ族のもののように分厚ければ、俺の石鉈を防ぐ事も分からないではない。だがそうすると、ヒヒイロカネはかなりの重量を持つ筈だ。タムザ・クファーンの身のこなしからすると、あの鎧はかなり軽量に造られている。にも拘らず、奴は俺の石鉈に、ひびを入れてさえみせた。

 タムザ・クファーンが、見た目以上の腕力を持っており、あれだけの頑強さの鎧を着て尚も軽業をやってみせる事が出来るのか。それともあの鎧を構成するヒヒイロカネが、何か特別であるのか。

 何にしても、他の兵士たちは兎も角、このタムザ・クファーンを殺さないでどうにかするという事は、かなり難しいのではないかと、俺は思った。

 言って置くが、俺は、タムザ・クファーンを強敵と認めてはいるが、俺が敗けるとは思っていない。
 昨日は、ダブーラ・アブ・シャブーラに敗けた。けれど今日、俺はタムザ・クファーンに勝つ。

 そうやって自分を奮い立たせていると、ずっしりと重い石鉈から、少しずつではあるが重さが抜けてゆくようであった。自分の身体の一部のように、自在に操れるような軽さまで、石鉈が自らを変えてゆくような。

 いつも、そうした感覚がある。だが今日は特別、その感覚が強かった。

 敗ける気がしない……。

 いつもよりも俺は、ずっとずっと、自身に満ち溢れていた。

「行くぜぇ……っ」

 俺は頬を伝って唇に入り込んだ汗を舌で拭い取ると、その塩気をエネルギーに変えて突っ込んだ。





 トゥケィとタムザ・クファーンが、戦っている。
 凄まじい衝突音が、森の中に響き渡っていた。
 タムザ・クファーンの両腕の鎧と、トゥケィの石鉈が、空気を曳き潰して押し砕き、苛烈にぶつかり合う。
 重量級の石と、軽量級の金属が、風のように吹き付けて激突し、火花を散らすのであった。

「――あの鎧……」

 オウマはその戦いを眺めながら言った。

 トゥケィの石鉈と渡り合うタムザ・クファーンの鎧は、薄っすらと赤い燐光を帯びた、細身のものだ。体格が立派なリオディン・ダグラ族の男からすると、腕に薄い木の板を巻き付けたのと変わらないくらいだろう。重量もさほどではなく、見た目の薄さからしても、とても石鉈を防げるとは思えない。

 だがオウマは、あの鎧の特異な輝きを憶えている。ドドラグラ族の総大将、バラド侯爵が装着していたものではないか? しかもバラド候は右腕だけに鎧を着けていたのに対し、タムザ・クファーンの鎧は両腕が揃っている。

「おい、あの鎧は何だ……?」

 オウマは近くにいた女に訊いた。

「右腕は、アーヴァンと戦った男が、着けていたものよ」

 リオディン・ダグラ族の襲撃は、アーヴァンによって絶命したバラド候と、彼が人質としてヴァーマ・ドゥエルに差し出した五人のドドラグラ兵にも及んだ。自ら拘束されていたドドラグラ兵は抵抗する間もなく殺害され、既に死んでいたバラドからリオディン・ダグラ族はあの鎧を剥ぎ取った。

 ヒヒイロカネ……ヴァーマ・ドゥエルには、鉄器が存在しない。最初に金属の存在を見せ付けたのは、ディバーダ族であった。彼らが身に着けている装飾品や武器を、彼らがヒヒイロカネと呼んでいたから、ヴァーマ・ドゥエルでは金属の事を総称してヒヒイロカネと言っている。

 だが、ドドラグラ族の鎧を間近で見て、あの薄っすらと赤い鎧との材質の違いを見てみると、ヒヒイロカネというのは、ディバーダ族特有の金属の名称ではないかとも思う。

 下級戦士たちも鉄器を身に着けてはいるが、ゾデ戦士たちがヒヒイロカネと言って用いる武器とは違う金属だ。オウマが回収したのは、大体が下級戦士やゾデ・ナージからだけであるから、若しヒヒイロカネが上位のゾデ戦士しか持つ事が出来ないものであるとすれば、あの燃え立つようにさえ見える金属と、その他の鉄器は、区別されるものなのだろうか。

 女たちの話では、バラド侯爵も、鎧を身に着けていてさえアクロバティックな戦闘を行なったという。タムザ・クファーンは、そのバラド候の動きと似ている。いや、身体操作法は異なるのだが、その戦闘スタイル……即ち徒手空拳を念頭に置いた戦い方は、バラド候とタムザ・クファーンに共通しているのだ。

 だが、トゥケィが敗ける訳がないという妙な自信が、オウマにはあった。
 昨日は敗れて死んだと誰もが思った。けれどトゥケィはこうして生きており、オウマの協力があったとは言え一〇〇人を蹴散らしてしまった。

 それに、あの鎧を装着したドドラグラ族のバラド候を、アーヴァンが倒しているのだ。
 あの鎧を装着したリオディン・ダグラ族のタムザ・クファーンを、トゥケィが倒せない訳がないのである。

「……お兄さん……」

 オウマの足元で、暗闇の中に轟く戦いの音に震えるマキアがいた。

「奴は勝つ」

 オウマはその場にしゃがみ込み、マキアに言った。

「トゥケィはもう、敗けたりしない」
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