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第四章 覚醒
第六節 strange
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疲労が溜まっている。
全身の関節がゆるゆるになって、固定するのが難しい。
石鉈を持ち上げる所か、一歩踏み出したり、拳を握る事ですら、体力を消耗する。
それでも俺は、タムザ・クファーンと戦っている。
タムザ・クファーンは武器を持っていないと言うのに、俺に対して接近戦を仕掛けて来た。
武器ならば、ない事はない。両腕にのみ装着している、ヒヒイロカネの鎧だ。
とても俺の石鉈を防げるとは思えないような、細身の、軽い鎧なのに、俺の石鉈と真っ正面からぶつかり合っても全く揺らぐ事のない鎧。
例え、鎧がどれだけ分厚く頑丈であっても、この石鉈を受け止めればその衝撃が内部の装着者を襲う。
そのダメージが、タムザ・クファーンにはないようであった。
衝撃が何処かへ消し飛んでいるかのように、タムザ・クファーンは石鉈を受け止めて、切り返して来る。
タムザ・クファーンが接近戦を仕掛けて来るのは、恐らく奴の戦い方は、組技が主だろうからだ。
身を沈めて脚を刈り取ろうとする。
腕を取って肘を逆に曲げて来ようとする。
背後に回り腰を抱えて地面から引っこ抜こうとする。
そういう事が、奴は得意なのだろう。
俺の石鉈を、拳や、掌底や、腕刀で、叩き落とし、抑え込み、払い除ける。
その間に突きや蹴りを繰り出して来るが、本命の打撃ではない。俺の間合いを越えて密着し、重心の脆い部分を破壊して放り投げる心算なのだ。
その意味で、俺は奴に敗けていない、寧ろ有利である。
何故なら俺の石鉈は、奴が得意とする間合いよりも遠くからの攻撃を可能とするからだ。
けれどそれ故に、奴は自分の間合いに入る為に石鉈を防ぎ切り、俺の隙を見付けて飛び込んで来る。
俺はそれを払うが、タムザ・クファーンはこれも喰らわずに済ませてしまう。
俺が奴に捕らえられる事はなかったが、俺も奴を押し切る事が出来なかった。
嫌な戦いだ。
体力勝負になる。
俺の体力は、ヴァーマ・ドゥエルでは一番だったといっても良い。駆けっこで、俺は敗けた事がない。
でもそれは、総合的に評価した場合の事だ。
一番、苦痛や疲労に耐えて何かをする事が出来たのは、やはりアーヴァンだ。
素手で本気で時間無制限でぶつかり合ったら、奴に勝てないかもしれない。
戯れで、あいつと相撲を取った事があった。あいつは何度殴っても、いつものぼぅっとした顔で立ち上がって来て、俺に掴み掛って来た。何度投げ飛ばしても、何度関節を極めても、怖いくらいにあいつは立ち上がって、挑戦した。
結局、あいつの方から敗けたと宣言したのだが、本当に敗けたのは俺だったかもしれない。
あいつの心を、例え戯れであっても折れなかったのは、俺が敗けたという事だった。
もう立つな――
もう耐えないでくれ――
子供の遊びとは言え、疑似的な戦いである場所で、そんな風に相手に懇願するのは、少なくとも勝利者のやる事ではない。
「――っ」
いけない。
俺は一瞬、俺の右手に回り込んだタムザ・クファーンから眼を離してしまった。
タムザ・クファーンは俺が鉈を思い切り振り抜けない右側に移動して、身を地に伏せて、矢のように突撃した。俺の腰にタムザ・クファーンが組み付いて、俺の背中を樹に押し付ける。
危なかった――若しそこに樹がなければ、俺は地面に組み敷かれていた。そうなってしまえば、石鉈を持っているとかいないとかは関係がない。
俺はタムザ・クファーンの肩口に膝を押し当て、背中よりも先に折り畳んだ足が樹の幹に触れるようにした。
だから樹の幹を蹴る形になった足が、衝撃を膝まで流し、タムザ・クファーンの身体を叩いたのだ。
ダメージ自体はなかったようだが、咄嗟の機転に動きを止めるタムザ・クファーン。
俺は開いている左手で拳を作り、奴の後頭部に振り下ろした!
ばきゃっ! と、嫌な音がして、タムザ・クファーンの頭ががくんと折れた。
それでもタムザ・クファーンは怯まずに、俺の腰をがっちりと抱え込むと、身体を逸らした。
俺の身体に奴の鎧が喰い込んで、みりみりと絞め上げる。
熱を孕んだ赤い鎧に内蔵を絞られて、俺は腹の中のものを吐き出したい衝動に駆られた。
もう一度拳を作って、タムザ・クファーンの、今度は背中に打ち下ろした。
そこを強打されて、二度と歩けなくなった人間がいるような場所だ。
タムザ・クファーンは膝を折った。低くなった奴の頭部に、俺は膝を跳ね上げた。
さっきとは逆に、タムザ・クファーンの頭が勢い良く後方に反れる。
腰から、赤い鎧の手が離れた。
「かぁぁぁぁぁぁっ!」
俺は石鉈を握り直し、胴体を薙ぎ払うようにして振るった。
その場で一回転して威力を高め、地面を陥没させるくらいに踏み込んで力を蓄え、横薙ぎに振り抜く!
タムザ・クファーンは額を割られながらも、真っ赤に充血した眼で俺を睨み、両腕を身体の前で重ねた。
石鉈に、亀裂が走ってゆく。
だが、タムザ・クファーンの身体が、回転石鉈の威力に耐え切れずに、森の奥へと吹っ飛んで行った。
木々の隙間を通って、真っ直ぐに放り投げた石がそうした軌道を取るように。
「やった!」
オウマの声がした。
女たちも、次々と、俺の勝利を讃えるような言葉を発した。
だが、まだだ。
まだ終わっていないと、俺の中で何かが言う。
「オウマ、皆を早く、砦に連れ帰るんだ……」
そろそろ火の手も回り切る。適当な所で消火活動をしなければ、森全体が危険だ。
幾つかの樹を伐ってバリケードを作り、それ以上炎の被害が広がるのを防がなければいけない。
辺りは、オウマが撃ち込んだ火矢のお蔭で、昼間と変わらないくらいに明るくなっていた。
オウマが女たちを解放し、リオディン・ダグラ族の投げ捨てて行った斧や鉈、剣を拾って、何人かに渡す。
「体力がある奴は火を止めるのに協力してくれ」
中には渋る女もいたが、無理にそれらを渡して、樹の伐採の指示を素早く出した。
「お兄さん……っ!」
不安げなマキアの声に、俺は振り向いた。
マキアは地を這い、俺の居場所を探して、小さな顔をきょろきょろと回している。
俺はマキアの傍に跪き、彼女の手に触れた。
軽く握っても砕けてしまいそうな、小さく、細く、脆く、弱く、白い手……
彼女が不安な夜は、何度も俺の指を握らせてやった手だ。
マキアは、黄色い眼の焦点を俺に合わせる事が出来ない。けれど俺の存在を感じ取っている筈だ。
「大丈夫だ」
俺はマキアの手に、俺の手を握らせ、俺の鼓動を聞かせ、彼女の身体に刻み付けた。
大丈夫だ、俺は敗けない。
俺は立ち上がると、森を焼く炎の向こう、闇の中へと吹き飛んだタムザ・クファーンを追って走り出した。
タムザ・クファーンは樹の陰で、身体を丸めて縮こまっていた。
流石にあの一撃は、彼にも響いたのだろう。
しかし闇の中でも赤い揺らぎを見せる鎧に、傷がないのは変わらなかった。
タムザ・クファーンは俺が近付いて来たのに気付くと、さっと顔を上げた。
俺は、亀裂を縦横無尽に走らせた――とは言え大質量の武器としては変わらずに使用可能――な石鉈を突き付けた。
「投降しろ、あんたの部下も全て纏めて、俺たちの軍門に下れ」
その言葉が、彼に通じたかは分からない。だが、この状況で何か言う事があれば、それだけだろう。
タムザ・クファーンは首を左右に振ると、起き上がって、俺に飛び掛かろうとした。
俺は奴の腹を蹴り飛ばし、近くの樹の幹に押し付けた。
「殺す心算はない。お前たちが故郷を奪った償いは、お前たちの命を使う事でさせてやる」
それでもまだ、タムザ・クファーンの闘志は萎えていないようだった。
最悪、この男の首級を持って、リオディン・ダグラ族を掌握するしかないのだろうか。
俺が石鉈を振り上げようとした時――だった。
何者かが接近する気配があった。
「誰だ!?」
その問い掛けに、現れた男は答えた。
「俺さ……」
男に、見覚えがあった。
全身を包帯で覆った男だ。
身体中に何らかの傷を負い、それを隠す為に包帯を巻いているという場合はある。
だが、顔に至るまで、口元のみを露出し、眼も耳も鼻も塞いでいるような事例を、俺は知らなかった。
ナーガ・ゾデのククーラ……
「てめぇっ……!」
「良かった、生きていたんだな」
ナーガ・ゾデのククーラは言った。
よくもいけしゃあしゃあと、そんな事を言えたものだ。
俺を殺したのは、この男なのに。
そうだ……ダブーラ・アブ・シャブーラの腹を踏み付け、もう少しで奴を殺せそうだった俺に、突如として現れたこの男が、ガビジを投擲したのだ。不意のガビジを俺は避けられず、眉間に突き立てられた。意識は失っていたが、見開きっ放しだった眼に焼き付いていた光景が、この男の出現と共に蘇った。
ナーガ・ゾデのククーラは赤い唇を吊り上げると、顔の正面を――眼を、ではない――俺からタムザ・クファーンの方へ向けた。
「無様だな、折角、その鎧をくれてやったのに」
ナーガ・ゾデのククーラはそう言って、タムザ・クファーンに掌をかざした。
「その鎧は、こう使うんだよ……」
ぼそりと言うと、タムザ・クファーンに向けた手がぴんと緊張し、その掌に光の粒が収束してゆくのが見えた。
ナーガ・ゾデのククーラの手が赤黒く発光し、掌の中に集まった光の珠が、タムザ・クファーンの身体の中に入り込んだ。
タムザ・クファーンは、大きく身体を痙攣させると、その場で苦悶の声を上げてのたうち回り始めた。
「何をした……!?」
「お前も、だ。お膳立ては整えてやったのに、やはり自らの力では、それを使いこなせないか」
ナーガ・ゾデのククーラは、タムザ・クファーンに放った光の珠を、俺の方にも飛ばして来た。俺はそれを躱したが、光の珠は自然と消滅して、どのような現象も引き起こさなかった。
――何だ、今のは……?
まるで幻のように消えた光の珠を不思議に思っていたが、タムザ・クファーンの呻きが止まり、それ所ではないと思い出した。そして俺は、この世のものとは思えない光景を、身にする事になったのだ。
「……何だ……これは……!?」
全身の関節がゆるゆるになって、固定するのが難しい。
石鉈を持ち上げる所か、一歩踏み出したり、拳を握る事ですら、体力を消耗する。
それでも俺は、タムザ・クファーンと戦っている。
タムザ・クファーンは武器を持っていないと言うのに、俺に対して接近戦を仕掛けて来た。
武器ならば、ない事はない。両腕にのみ装着している、ヒヒイロカネの鎧だ。
とても俺の石鉈を防げるとは思えないような、細身の、軽い鎧なのに、俺の石鉈と真っ正面からぶつかり合っても全く揺らぐ事のない鎧。
例え、鎧がどれだけ分厚く頑丈であっても、この石鉈を受け止めればその衝撃が内部の装着者を襲う。
そのダメージが、タムザ・クファーンにはないようであった。
衝撃が何処かへ消し飛んでいるかのように、タムザ・クファーンは石鉈を受け止めて、切り返して来る。
タムザ・クファーンが接近戦を仕掛けて来るのは、恐らく奴の戦い方は、組技が主だろうからだ。
身を沈めて脚を刈り取ろうとする。
腕を取って肘を逆に曲げて来ようとする。
背後に回り腰を抱えて地面から引っこ抜こうとする。
そういう事が、奴は得意なのだろう。
俺の石鉈を、拳や、掌底や、腕刀で、叩き落とし、抑え込み、払い除ける。
その間に突きや蹴りを繰り出して来るが、本命の打撃ではない。俺の間合いを越えて密着し、重心の脆い部分を破壊して放り投げる心算なのだ。
その意味で、俺は奴に敗けていない、寧ろ有利である。
何故なら俺の石鉈は、奴が得意とする間合いよりも遠くからの攻撃を可能とするからだ。
けれどそれ故に、奴は自分の間合いに入る為に石鉈を防ぎ切り、俺の隙を見付けて飛び込んで来る。
俺はそれを払うが、タムザ・クファーンはこれも喰らわずに済ませてしまう。
俺が奴に捕らえられる事はなかったが、俺も奴を押し切る事が出来なかった。
嫌な戦いだ。
体力勝負になる。
俺の体力は、ヴァーマ・ドゥエルでは一番だったといっても良い。駆けっこで、俺は敗けた事がない。
でもそれは、総合的に評価した場合の事だ。
一番、苦痛や疲労に耐えて何かをする事が出来たのは、やはりアーヴァンだ。
素手で本気で時間無制限でぶつかり合ったら、奴に勝てないかもしれない。
戯れで、あいつと相撲を取った事があった。あいつは何度殴っても、いつものぼぅっとした顔で立ち上がって来て、俺に掴み掛って来た。何度投げ飛ばしても、何度関節を極めても、怖いくらいにあいつは立ち上がって、挑戦した。
結局、あいつの方から敗けたと宣言したのだが、本当に敗けたのは俺だったかもしれない。
あいつの心を、例え戯れであっても折れなかったのは、俺が敗けたという事だった。
もう立つな――
もう耐えないでくれ――
子供の遊びとは言え、疑似的な戦いである場所で、そんな風に相手に懇願するのは、少なくとも勝利者のやる事ではない。
「――っ」
いけない。
俺は一瞬、俺の右手に回り込んだタムザ・クファーンから眼を離してしまった。
タムザ・クファーンは俺が鉈を思い切り振り抜けない右側に移動して、身を地に伏せて、矢のように突撃した。俺の腰にタムザ・クファーンが組み付いて、俺の背中を樹に押し付ける。
危なかった――若しそこに樹がなければ、俺は地面に組み敷かれていた。そうなってしまえば、石鉈を持っているとかいないとかは関係がない。
俺はタムザ・クファーンの肩口に膝を押し当て、背中よりも先に折り畳んだ足が樹の幹に触れるようにした。
だから樹の幹を蹴る形になった足が、衝撃を膝まで流し、タムザ・クファーンの身体を叩いたのだ。
ダメージ自体はなかったようだが、咄嗟の機転に動きを止めるタムザ・クファーン。
俺は開いている左手で拳を作り、奴の後頭部に振り下ろした!
ばきゃっ! と、嫌な音がして、タムザ・クファーンの頭ががくんと折れた。
それでもタムザ・クファーンは怯まずに、俺の腰をがっちりと抱え込むと、身体を逸らした。
俺の身体に奴の鎧が喰い込んで、みりみりと絞め上げる。
熱を孕んだ赤い鎧に内蔵を絞られて、俺は腹の中のものを吐き出したい衝動に駆られた。
もう一度拳を作って、タムザ・クファーンの、今度は背中に打ち下ろした。
そこを強打されて、二度と歩けなくなった人間がいるような場所だ。
タムザ・クファーンは膝を折った。低くなった奴の頭部に、俺は膝を跳ね上げた。
さっきとは逆に、タムザ・クファーンの頭が勢い良く後方に反れる。
腰から、赤い鎧の手が離れた。
「かぁぁぁぁぁぁっ!」
俺は石鉈を握り直し、胴体を薙ぎ払うようにして振るった。
その場で一回転して威力を高め、地面を陥没させるくらいに踏み込んで力を蓄え、横薙ぎに振り抜く!
タムザ・クファーンは額を割られながらも、真っ赤に充血した眼で俺を睨み、両腕を身体の前で重ねた。
石鉈に、亀裂が走ってゆく。
だが、タムザ・クファーンの身体が、回転石鉈の威力に耐え切れずに、森の奥へと吹っ飛んで行った。
木々の隙間を通って、真っ直ぐに放り投げた石がそうした軌道を取るように。
「やった!」
オウマの声がした。
女たちも、次々と、俺の勝利を讃えるような言葉を発した。
だが、まだだ。
まだ終わっていないと、俺の中で何かが言う。
「オウマ、皆を早く、砦に連れ帰るんだ……」
そろそろ火の手も回り切る。適当な所で消火活動をしなければ、森全体が危険だ。
幾つかの樹を伐ってバリケードを作り、それ以上炎の被害が広がるのを防がなければいけない。
辺りは、オウマが撃ち込んだ火矢のお蔭で、昼間と変わらないくらいに明るくなっていた。
オウマが女たちを解放し、リオディン・ダグラ族の投げ捨てて行った斧や鉈、剣を拾って、何人かに渡す。
「体力がある奴は火を止めるのに協力してくれ」
中には渋る女もいたが、無理にそれらを渡して、樹の伐採の指示を素早く出した。
「お兄さん……っ!」
不安げなマキアの声に、俺は振り向いた。
マキアは地を這い、俺の居場所を探して、小さな顔をきょろきょろと回している。
俺はマキアの傍に跪き、彼女の手に触れた。
軽く握っても砕けてしまいそうな、小さく、細く、脆く、弱く、白い手……
彼女が不安な夜は、何度も俺の指を握らせてやった手だ。
マキアは、黄色い眼の焦点を俺に合わせる事が出来ない。けれど俺の存在を感じ取っている筈だ。
「大丈夫だ」
俺はマキアの手に、俺の手を握らせ、俺の鼓動を聞かせ、彼女の身体に刻み付けた。
大丈夫だ、俺は敗けない。
俺は立ち上がると、森を焼く炎の向こう、闇の中へと吹き飛んだタムザ・クファーンを追って走り出した。
タムザ・クファーンは樹の陰で、身体を丸めて縮こまっていた。
流石にあの一撃は、彼にも響いたのだろう。
しかし闇の中でも赤い揺らぎを見せる鎧に、傷がないのは変わらなかった。
タムザ・クファーンは俺が近付いて来たのに気付くと、さっと顔を上げた。
俺は、亀裂を縦横無尽に走らせた――とは言え大質量の武器としては変わらずに使用可能――な石鉈を突き付けた。
「投降しろ、あんたの部下も全て纏めて、俺たちの軍門に下れ」
その言葉が、彼に通じたかは分からない。だが、この状況で何か言う事があれば、それだけだろう。
タムザ・クファーンは首を左右に振ると、起き上がって、俺に飛び掛かろうとした。
俺は奴の腹を蹴り飛ばし、近くの樹の幹に押し付けた。
「殺す心算はない。お前たちが故郷を奪った償いは、お前たちの命を使う事でさせてやる」
それでもまだ、タムザ・クファーンの闘志は萎えていないようだった。
最悪、この男の首級を持って、リオディン・ダグラ族を掌握するしかないのだろうか。
俺が石鉈を振り上げようとした時――だった。
何者かが接近する気配があった。
「誰だ!?」
その問い掛けに、現れた男は答えた。
「俺さ……」
男に、見覚えがあった。
全身を包帯で覆った男だ。
身体中に何らかの傷を負い、それを隠す為に包帯を巻いているという場合はある。
だが、顔に至るまで、口元のみを露出し、眼も耳も鼻も塞いでいるような事例を、俺は知らなかった。
ナーガ・ゾデのククーラ……
「てめぇっ……!」
「良かった、生きていたんだな」
ナーガ・ゾデのククーラは言った。
よくもいけしゃあしゃあと、そんな事を言えたものだ。
俺を殺したのは、この男なのに。
そうだ……ダブーラ・アブ・シャブーラの腹を踏み付け、もう少しで奴を殺せそうだった俺に、突如として現れたこの男が、ガビジを投擲したのだ。不意のガビジを俺は避けられず、眉間に突き立てられた。意識は失っていたが、見開きっ放しだった眼に焼き付いていた光景が、この男の出現と共に蘇った。
ナーガ・ゾデのククーラは赤い唇を吊り上げると、顔の正面を――眼を、ではない――俺からタムザ・クファーンの方へ向けた。
「無様だな、折角、その鎧をくれてやったのに」
ナーガ・ゾデのククーラはそう言って、タムザ・クファーンに掌をかざした。
「その鎧は、こう使うんだよ……」
ぼそりと言うと、タムザ・クファーンに向けた手がぴんと緊張し、その掌に光の粒が収束してゆくのが見えた。
ナーガ・ゾデのククーラの手が赤黒く発光し、掌の中に集まった光の珠が、タムザ・クファーンの身体の中に入り込んだ。
タムザ・クファーンは、大きく身体を痙攣させると、その場で苦悶の声を上げてのたうち回り始めた。
「何をした……!?」
「お前も、だ。お膳立ては整えてやったのに、やはり自らの力では、それを使いこなせないか」
ナーガ・ゾデのククーラは、タムザ・クファーンに放った光の珠を、俺の方にも飛ばして来た。俺はそれを躱したが、光の珠は自然と消滅して、どのような現象も引き起こさなかった。
――何だ、今のは……?
まるで幻のように消えた光の珠を不思議に思っていたが、タムザ・クファーンの呻きが止まり、それ所ではないと思い出した。そして俺は、この世のものとは思えない光景を、身にする事になったのだ。
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