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第五章 変身
第四節 tactics
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頭の奥に、あの、冷たい感覚が蘇る。
脳細胞が皺に至るまで一気に凍て付くような、あの感覚は、俺の意識を奪い取ろうとする。
全身の感覚が失われ、自分が立っている地面さえも知覚する事が出来ない。
俺は絶対零度の暗闇に放り出されたような気分になった。
俺の眼が虚ろになり、闘気が失せた事を感じ取ったタムザ獣は、この機に攻撃を仕掛けた。
はっと我に返った時にはもう遅く、俺の身体はタムザ獣によって吹き飛ばされていた。
したたかに背中を樹に打ち付けたのが、俺の感覚を取り戻させてくれた。
けれどお陰で、俺の全身は痛みに襲われ、立ち上がる事さえままならない。
息が出来ない……!
今のタムザ獣の突進が、俺の肺から全ての空気を搾り取ってしまい、せり上がった横隔膜が呼吸を許してくれなかった。
俺はさっきまでのタムザ・クファーンのように、身体を芋虫のように丸めて、激痛と苦しさに打ちひしがれた。
タムザ獣は赤い手と黒い足で這って俺に接近し、鎧を纏った前肢を持ち上げて振り下ろした。
俺はどうにか身体を横に転がせて、タムザ獣の攻撃を躱す。
何て事なく振り下ろした筈の手なのに、タムザ獣の一撃は地面を陥没させ、その近くにあった樹の根を吹き飛ばしてしまう威力があった。
前肢であれだけなのに、突撃を受けて俺が命を失っていないという事は、向こうも少しばかりではあるが俺を警戒していたという事だ。
だが、油断していた俺を、軽い一撃で吹き飛ばせた事で、奴は彼我の実力差を知っただろう。
俺が、自分よりも遥かに劣るという事を。
理性とか、知性とか、そういう部分ではない。作戦の組み立てや、戦法の練り方などを容易に覆し得る力がある事を、俺は改めて知った。
――いや。
俺は気力を振り絞って立ち上がり、大きく息を吸い込んだ。下腹に力を込めると、体力が少しでも回復したような気になって、またぞろ戦うエネルギーが湧いて来る。
石鉈を、俺は逆手に持ち替え、地面に突き立てた。腹の部分をタムザ獣に向けている。
タムザ獣は長い舌を突き出して、たっぷりと涎を地面にこぼした。俺が守りに入った事を知ったのだ。
そう、今の俺にはそれしかない。
以前の俺は、天性の運動能力を活用する事しかしなかった。駆けっこから力仕事から殺し合いに至るまで、俺は自らの肉体の才能のみを用いて戦って来た。
けれど、それが通じるのは俺よりも弱い相手だけだ。俺よりも体格や腕力で劣り、身体操作方法で劣るものにしか、そのやり方は通じない。
実際、アーヴァンがマジになったとしたら、俺はその戦い方では敗けてしまっただろう。俺がアーヴァンに勝つ事が出来ていたのは、アーヴァンが争いを好まない心優しい性格であった事、そしてこの俺が、身体能力を真正面から
ぶつけ合おうとしなかったからだ。
オウマが、リオディン・ダグラ族一〇〇人に対してやったのと同じだ。
卑怯と言われようが、時間と手間を掛けようが、策略を用いて勝利する。
狩りだってそうだ。
身体能力では遥かに勝る大型の肉食獣を狩る為に、植物で拘束具を造り、石を尖らせ、集団で追い込む。
相手が一人で、こちらが一人で、そして彼我の実力差が開いていればいるだけ、勝つ方法はそれしかなくなる。
タムザ獣が、俺に一歩、近付いた。
それだけで、奴の身体が放つ獣の匂いが、俺の皮膚に染み込んで来るようだ。
石鉈の向こうから、タムザ獣の鋭い視線が、俺に注がれているのが分かる。
人間的ではない視線だ。
どのように殺すか――そんな事は考えていない。考えていたとしても、それは、どのように喰らうか――その流れの中で必要になってしまうものでしかない。
俺は生唾を呑み込んだ。咽喉のうねりが、やけに響いたような気がする。
タムザ獣の眼がぎらりと光り、四肢が地面を蹴った。
俺に向かって、再びあの突撃が敢行される。
俺は奴を充分引き付けると、その場で跳躍して、石鉈の柄を蹴って更に高く舞い上がった。
タムザ獣の身体が、地面に突き立った石鉈に直撃し、そのまま武器を粉砕した。
タムザ獣は突進の勢いで俺が背にしていた樹に頭から激突する。
宙に舞い上がった俺は、まさにタムザ獣が衝突した樹の、突き出した枝を掴んでおり、タムザ獣に対して斜めに向かって体重を掛けた。
根元から折れた樹が、タムザ獣の頭上に倒れてゆく。しかも俺の体重によって倒れる方向を変えさせられた樹は、タムザ獣の胴体を押し潰すようにして迫った。
地響きと共に、樹はタムザ獣の身体の上に落下した。幾ら皮膚が固かろうが、筋肉が丈夫だろうが、これだけの樹を押し倒す事が出来ようが、こうして押し潰されては少しは痛みを覚えるだろう。
俺は、携帯していた翡翠石の包丁を取り出すと、樹の下敷きになったタムザ獣の背中に駆け上がり、石包丁を振り上げ、そして頭部に向かって突き立てた。
最初の一撃は、鱗に阻まれて通らなかった。だが、次の振り下ろしで鱗が弾け、三度も石包丁を叩き付けると皮膚と筋肉が裂けて血がこぼれた。
タムザ獣は暴れようとするのだが、樹が邪魔で巧くいかない。
俺はタムザ獣の頸に腕を回した。思った通り、咽喉元にはあの硬質な鱗が生じていない。
背中には鱗が尖り、俺の身体を傷付けるのだが、それくらいの痛みならば我慢出来た。俺は石包丁を何度も振り下ろして、奴の頭蓋骨を砕いてやろうとする。
何度目かの突きで、漸く石包丁が、タムザ獣の頭蓋骨を割り、根元までぶっすりと差し込まれた。タムザ獣は悶え苦しみ、顎を開いて胃の中のものを吐き出した。酸っぱい匂いが充満する。
俺はリオディン・ダグラ族の帯をほどくと、タムザ獣の頸に巻き付け、両端を持ってねじり、手前に引いた。タムザ獣の剥き出しの咽喉に帯が喰い込んで、血流を止める。
若し、この異形の怪物が、しかし生物であった場合、その身体の構造は変わらない筈だ。呼吸を止め、脳への血流を止めれば、死ぬ!
タムザ獣は最後の足掻きのように暴れ回った。俺は奴の背に乗って振り落とされないようにしながら、帯を手前に引っ張って奴を絞り上げた。窒息などという生温い殺し方ではない、頸骨をねじ折ってやる心算だ。
「死ねぇッ!」
俺は眼を引ん剥いて、唾を飛ばして叫んだ。腹が自分の膂力で引き千切れそうなくらいに身体を反らし、タムザ獣の頸を兎に角引っ張った。
そうしていると、やがて奴の抵抗が止まった。骨が折れた様子はないが、脳にも石包丁を突き立ててやっているのだ、とうとう命を落としたに違いなかった。
――やった!
だが、そう思って力を緩めた瞬間、俺の下腹部を貫く熱があった。視線を落としてみると、タムザ獣の背中から一本の赤い棘が突き出しており、その反対側が俺の脇腹に突き刺さっていた。
「ひ……」
俺は赤い棘の突き刺さった部分から赤い液体がこぼれたのを見て、情けない声を上げた。どろりと溢れた錆びた匂いを漂わせる液体……俺はタムザ獣の身体を蹴って、地面に転がり、逃れた。
この時に棘は抜けたのだが、その所為で寧ろ出血量は多くなった。俺は脇腹の傷口を手で押さえたが、指の隙間から滾々と血は溢れて来る。
改めてタムザ獣の姿を見ると、又もやその姿は変化を遂げていた。俺を貫いた棘を中心に、黒かった鱗の色が光沢を持った薄い赤色に変わってゆく。身体を覆う獣毛、獣毛が変化した鱗、その上に更にもう一枚、薄い赤い光を湛えた鎧を張り付けたようであった。
何よりも、タムザ獣の前肢から、あの鎧がなくなっている。腕も他の部分と同じように獣毛と鱗に包まれて肥大化している。まるで、あの腕の鎧が、肉の内側に沈み込み、鱗の表面に染み出したかのようであった。
あり得ない……
ヒヒイロカネが、肉体と一体化したと言うのか? しかもこの短時間で、ああも変貌するのか!?
そんな訳がない。
ヴァーマ・ドゥエルでは金属器を用いてはいなかったが、他の部族から――主にオウマの指示で――奪い取った鉄器や銅器などを研究し、生活に生かそうともしていた。
だがその実験で、こうも短い時間で変化するなどという事は観測されていない。
だが、タムザ・クファーンが見る見る猛獣……いや、魔獣の如き姿に変わったのを目の当たりにして、今更、金属の一つや二つが変化する事を信じられないという事も、出来ないだろう。
今、必要なのは、眼の前の信じ難い現実を疑うよりも、生きる事だ。
例え相手が何であろうと、勝ち残り、生き延びる事しかない。
俺は、ディバーダ族がゾデと呼ぶ、リオディン・ダグラ族の服の腕部分を引き千切り、腰に巻き付けた。これで少しも出血が治まってくれれば御の字だ。
赤く輝く鉄の獣となったタムザと、俺は向かい合った。
さて、どうしたものか……作戦は一つも思い浮かばないが、それでも、挑まない訳にはいかないのだ。
すると、さっきから傍観を続けているナーガ・ゾデのククーラが言った。
「早くしろ」
何をだ? と、問い返すような事はしない。奴に注意を向ければ、その間に鉄騎獣タムザが迫る。
「折角くれてやった力だ、使わないでどうすると言うんだ? それとも、俺が目覚めさせてやらなければならないか?」
こんな風にな――ナーガ・ゾデのククーラが俺をせせら笑うように言うと、不意に空気を静かに裂く音色が、森の中に鳴り響き始めた。
ナーガ・ゾデのククーラが、唯一露出した唇を尖らせて、口笛を鳴らし始めたのだ。
そして俺は、みたび、あの頭痛に襲われる事となった。
脳細胞が皺に至るまで一気に凍て付くような、あの感覚は、俺の意識を奪い取ろうとする。
全身の感覚が失われ、自分が立っている地面さえも知覚する事が出来ない。
俺は絶対零度の暗闇に放り出されたような気分になった。
俺の眼が虚ろになり、闘気が失せた事を感じ取ったタムザ獣は、この機に攻撃を仕掛けた。
はっと我に返った時にはもう遅く、俺の身体はタムザ獣によって吹き飛ばされていた。
したたかに背中を樹に打ち付けたのが、俺の感覚を取り戻させてくれた。
けれどお陰で、俺の全身は痛みに襲われ、立ち上がる事さえままならない。
息が出来ない……!
今のタムザ獣の突進が、俺の肺から全ての空気を搾り取ってしまい、せり上がった横隔膜が呼吸を許してくれなかった。
俺はさっきまでのタムザ・クファーンのように、身体を芋虫のように丸めて、激痛と苦しさに打ちひしがれた。
タムザ獣は赤い手と黒い足で這って俺に接近し、鎧を纏った前肢を持ち上げて振り下ろした。
俺はどうにか身体を横に転がせて、タムザ獣の攻撃を躱す。
何て事なく振り下ろした筈の手なのに、タムザ獣の一撃は地面を陥没させ、その近くにあった樹の根を吹き飛ばしてしまう威力があった。
前肢であれだけなのに、突撃を受けて俺が命を失っていないという事は、向こうも少しばかりではあるが俺を警戒していたという事だ。
だが、油断していた俺を、軽い一撃で吹き飛ばせた事で、奴は彼我の実力差を知っただろう。
俺が、自分よりも遥かに劣るという事を。
理性とか、知性とか、そういう部分ではない。作戦の組み立てや、戦法の練り方などを容易に覆し得る力がある事を、俺は改めて知った。
――いや。
俺は気力を振り絞って立ち上がり、大きく息を吸い込んだ。下腹に力を込めると、体力が少しでも回復したような気になって、またぞろ戦うエネルギーが湧いて来る。
石鉈を、俺は逆手に持ち替え、地面に突き立てた。腹の部分をタムザ獣に向けている。
タムザ獣は長い舌を突き出して、たっぷりと涎を地面にこぼした。俺が守りに入った事を知ったのだ。
そう、今の俺にはそれしかない。
以前の俺は、天性の運動能力を活用する事しかしなかった。駆けっこから力仕事から殺し合いに至るまで、俺は自らの肉体の才能のみを用いて戦って来た。
けれど、それが通じるのは俺よりも弱い相手だけだ。俺よりも体格や腕力で劣り、身体操作方法で劣るものにしか、そのやり方は通じない。
実際、アーヴァンがマジになったとしたら、俺はその戦い方では敗けてしまっただろう。俺がアーヴァンに勝つ事が出来ていたのは、アーヴァンが争いを好まない心優しい性格であった事、そしてこの俺が、身体能力を真正面から
ぶつけ合おうとしなかったからだ。
オウマが、リオディン・ダグラ族一〇〇人に対してやったのと同じだ。
卑怯と言われようが、時間と手間を掛けようが、策略を用いて勝利する。
狩りだってそうだ。
身体能力では遥かに勝る大型の肉食獣を狩る為に、植物で拘束具を造り、石を尖らせ、集団で追い込む。
相手が一人で、こちらが一人で、そして彼我の実力差が開いていればいるだけ、勝つ方法はそれしかなくなる。
タムザ獣が、俺に一歩、近付いた。
それだけで、奴の身体が放つ獣の匂いが、俺の皮膚に染み込んで来るようだ。
石鉈の向こうから、タムザ獣の鋭い視線が、俺に注がれているのが分かる。
人間的ではない視線だ。
どのように殺すか――そんな事は考えていない。考えていたとしても、それは、どのように喰らうか――その流れの中で必要になってしまうものでしかない。
俺は生唾を呑み込んだ。咽喉のうねりが、やけに響いたような気がする。
タムザ獣の眼がぎらりと光り、四肢が地面を蹴った。
俺に向かって、再びあの突撃が敢行される。
俺は奴を充分引き付けると、その場で跳躍して、石鉈の柄を蹴って更に高く舞い上がった。
タムザ獣の身体が、地面に突き立った石鉈に直撃し、そのまま武器を粉砕した。
タムザ獣は突進の勢いで俺が背にしていた樹に頭から激突する。
宙に舞い上がった俺は、まさにタムザ獣が衝突した樹の、突き出した枝を掴んでおり、タムザ獣に対して斜めに向かって体重を掛けた。
根元から折れた樹が、タムザ獣の頭上に倒れてゆく。しかも俺の体重によって倒れる方向を変えさせられた樹は、タムザ獣の胴体を押し潰すようにして迫った。
地響きと共に、樹はタムザ獣の身体の上に落下した。幾ら皮膚が固かろうが、筋肉が丈夫だろうが、これだけの樹を押し倒す事が出来ようが、こうして押し潰されては少しは痛みを覚えるだろう。
俺は、携帯していた翡翠石の包丁を取り出すと、樹の下敷きになったタムザ獣の背中に駆け上がり、石包丁を振り上げ、そして頭部に向かって突き立てた。
最初の一撃は、鱗に阻まれて通らなかった。だが、次の振り下ろしで鱗が弾け、三度も石包丁を叩き付けると皮膚と筋肉が裂けて血がこぼれた。
タムザ獣は暴れようとするのだが、樹が邪魔で巧くいかない。
俺はタムザ獣の頸に腕を回した。思った通り、咽喉元にはあの硬質な鱗が生じていない。
背中には鱗が尖り、俺の身体を傷付けるのだが、それくらいの痛みならば我慢出来た。俺は石包丁を何度も振り下ろして、奴の頭蓋骨を砕いてやろうとする。
何度目かの突きで、漸く石包丁が、タムザ獣の頭蓋骨を割り、根元までぶっすりと差し込まれた。タムザ獣は悶え苦しみ、顎を開いて胃の中のものを吐き出した。酸っぱい匂いが充満する。
俺はリオディン・ダグラ族の帯をほどくと、タムザ獣の頸に巻き付け、両端を持ってねじり、手前に引いた。タムザ獣の剥き出しの咽喉に帯が喰い込んで、血流を止める。
若し、この異形の怪物が、しかし生物であった場合、その身体の構造は変わらない筈だ。呼吸を止め、脳への血流を止めれば、死ぬ!
タムザ獣は最後の足掻きのように暴れ回った。俺は奴の背に乗って振り落とされないようにしながら、帯を手前に引っ張って奴を絞り上げた。窒息などという生温い殺し方ではない、頸骨をねじ折ってやる心算だ。
「死ねぇッ!」
俺は眼を引ん剥いて、唾を飛ばして叫んだ。腹が自分の膂力で引き千切れそうなくらいに身体を反らし、タムザ獣の頸を兎に角引っ張った。
そうしていると、やがて奴の抵抗が止まった。骨が折れた様子はないが、脳にも石包丁を突き立ててやっているのだ、とうとう命を落としたに違いなかった。
――やった!
だが、そう思って力を緩めた瞬間、俺の下腹部を貫く熱があった。視線を落としてみると、タムザ獣の背中から一本の赤い棘が突き出しており、その反対側が俺の脇腹に突き刺さっていた。
「ひ……」
俺は赤い棘の突き刺さった部分から赤い液体がこぼれたのを見て、情けない声を上げた。どろりと溢れた錆びた匂いを漂わせる液体……俺はタムザ獣の身体を蹴って、地面に転がり、逃れた。
この時に棘は抜けたのだが、その所為で寧ろ出血量は多くなった。俺は脇腹の傷口を手で押さえたが、指の隙間から滾々と血は溢れて来る。
改めてタムザ獣の姿を見ると、又もやその姿は変化を遂げていた。俺を貫いた棘を中心に、黒かった鱗の色が光沢を持った薄い赤色に変わってゆく。身体を覆う獣毛、獣毛が変化した鱗、その上に更にもう一枚、薄い赤い光を湛えた鎧を張り付けたようであった。
何よりも、タムザ獣の前肢から、あの鎧がなくなっている。腕も他の部分と同じように獣毛と鱗に包まれて肥大化している。まるで、あの腕の鎧が、肉の内側に沈み込み、鱗の表面に染み出したかのようであった。
あり得ない……
ヒヒイロカネが、肉体と一体化したと言うのか? しかもこの短時間で、ああも変貌するのか!?
そんな訳がない。
ヴァーマ・ドゥエルでは金属器を用いてはいなかったが、他の部族から――主にオウマの指示で――奪い取った鉄器や銅器などを研究し、生活に生かそうともしていた。
だがその実験で、こうも短い時間で変化するなどという事は観測されていない。
だが、タムザ・クファーンが見る見る猛獣……いや、魔獣の如き姿に変わったのを目の当たりにして、今更、金属の一つや二つが変化する事を信じられないという事も、出来ないだろう。
今、必要なのは、眼の前の信じ難い現実を疑うよりも、生きる事だ。
例え相手が何であろうと、勝ち残り、生き延びる事しかない。
俺は、ディバーダ族がゾデと呼ぶ、リオディン・ダグラ族の服の腕部分を引き千切り、腰に巻き付けた。これで少しも出血が治まってくれれば御の字だ。
赤く輝く鉄の獣となったタムザと、俺は向かい合った。
さて、どうしたものか……作戦は一つも思い浮かばないが、それでも、挑まない訳にはいかないのだ。
すると、さっきから傍観を続けているナーガ・ゾデのククーラが言った。
「早くしろ」
何をだ? と、問い返すような事はしない。奴に注意を向ければ、その間に鉄騎獣タムザが迫る。
「折角くれてやった力だ、使わないでどうすると言うんだ? それとも、俺が目覚めさせてやらなければならないか?」
こんな風にな――ナーガ・ゾデのククーラが俺をせせら笑うように言うと、不意に空気を静かに裂く音色が、森の中に鳴り響き始めた。
ナーガ・ゾデのククーラが、唯一露出した唇を尖らせて、口笛を鳴らし始めたのだ。
そして俺は、みたび、あの頭痛に襲われる事となった。
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