獣神転生ゼノキスァ

石動天明

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第六章 戴冠

第三節 chronicle

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「――鼠よ」

 男女の二人組が、森の中を掻き分けて歩いている。まだ、陽の昇らない時刻の事であった。

 清潔な衣が土で汚れる事も気にせずに歩を進めるのは、ディバーダ族のカムンナーギ・メルバだ。
 その後を付いてゆくのは、ヴァーマ・ドゥエルの裏切り者、ン・ダーモである。

 ディバーダ族の洞窟を出た二人は、或る場所を目指して、森を歩いていた。

「ね、鼠って呼ぶな! 俺はン・ダーモだ!」
「鼠で充分だ。それとも小鼠の方がお気に入りか?」

 メルバは振り向きもせずに、ン・ダーモに言った。ン・ダーモは何度か後ろから襲い掛かってやろうかとも思ったが、先に不思議な念動力によって弾き飛ばされている事から警戒してしまう。今、彼女は自分にヒヒイロカネを与える為に案内しているのだ、上にいるのは俺なのだ、と、自分に言い聞かせるしかなかった。

「うるせえっ。……それより、きちんとヒヒイロカネの場所に向かってるんだろうな」
「吼えるな。獣に喰われても知らんぞ」
「分かってらぁ。……しかし、そもそもヒヒイロカネっていうのは何なんだ?」
「お前……ヴァーマ・ドゥエルでヒヒイロカネに関する記録を見たのではないのか」
「見たさ。でも、ヒヒイロカネが何なのかって事は記録されちゃいなかったぜ」
「ふ……まぁ、お前がそんな事だけでも知れただけ、良くやったと言ってやるべきかな」

 メルバは冷笑した。ン・ダーモはぐっと堪えざるを得ない。
 ン・ダーモはせめてメルバに莫迦にされないように、自分が得た知識を共有する事にした。
 戦いから一日が過ぎ、トゥケィに長老ワカフが話す事になる内容と先ずは同じであった。

「その通りだ。全てのガナはヒヒイロカネへ至る為の試行錯誤の結果生まれたもの。しかしそれは我ら人間の内での話だ。ヒヒイロカネ自体は、元からヒヒイロカネとして存在していたものなのだよ。数百年以上前からな……」
「どういう事だ?」
「貴様はあの壁画を見たか? 天よりヒヒイロカネが地上に落下する壁画を」
「見たよ」

 ン・ダーモは中央神殿に密かに潜り込み、その壁画を眼にしている。そこには、ヴァーマ・ドゥエルの誕生から現在に至るまでの歴史が刻み込まれていた。

 それによれば、ダヴェヌラが来訪する以前、空から地上にヒヒイロカネの塊がやって来て、これによって地質が変化して上質な鉱物が発掘されるようになった。しかし技術を持たなかったヌェズキに、ダヴェヌラが金属の加工技術を教え、二つの種族は手を取り合って繁栄した。

 この歴史の、金属にまつわるエピソードが、ン・ダーモたちが学んだ歴史からは抜け落ちていた。

「だが、あれは所謂、昔の事を神聖化する為のお伽噺だろう? 良くある事さ、そういう作り話は――」

 とは、オウマの弁である。ヒヒイロカネに関する話ではないが、ヴァーマ・ドゥエルに存在する様々な神話を、オウマはそのように言っていた。獣の姿をした神によって穀物や石工技術が齎されたのではない、人から人によって、文化が受け継がれて来ただけだ。

 メルバは、ン・ダーモが見栄を張ったのを見透かしていたのだろう。ふん、と鼻で笑うと、続けた。

「しかしヒヒイロカネに関しては、恐らくその記述は間違っていないだろう。実際にヒヒイロカネは、天から与えられたものだからな」
メルバが空を見上げると、丁度、紺色の天を横切る白い光が見えた。流れ星だ。メルバは流星を指差した。
「あれだ。あれがこの地へ降り注いだのだ」
「流れ星が?」
「そうだ。ヒヒイロカネは隕石ほしと共にやって来たのだ」





 ワカフ翁が取り出したのは、一枚の盤であった。黄金の盤だ。
 そこには、天からやって来た巨大な塊を讃える人々の姿が刻まれている。

「ダヴェヌラは星を見て旅をする一族じゃった」

 そうした話は、聞いた事がある。ヴァーマ・ドゥエルは天体に関する知識に富んでいる。俺たちは当たり前だと思って過ごしていたが、ドドラグラ族やリオディン・ダグラ族とは、その知識量に於いて圧倒的な差が生じていた。まさか、この大地が球状である事を知らない者たちがいるとは思わなかったくらいだ。

 その高度な天体観測についての研究は、ダヴェヌラが元から天上の星を見て生きる人々であったからと言われている。物事の吉凶は勿論、星の紡ぐ物語の変遷によって季節の移り変わりを知り、三六四日で一年という周期を発明した。

「ダヴェヌラは或る時、空に大きな星を見て、赤き光に導かれてこの地へとやって来た。そこには既に小さな集落があったが、空から降って来たものにより、壊滅状態に陥っていた。地上に落下したものは、巨大な鉱物であった。人間と大体同じ大きさの、な」

 ワカフ翁は金の盤を見せながら言った。確かに、天からやって来たそれは、他の人々と同じか、それよりもほんの少し大きいくらいに描かれている。

「ダヴェヌラは隕石自体は何度も確認しておったし、それらに大地からは取り出せない鉱物が混じっておるのも知っていた。しかしその金属成分は微々たるものであり、生活や商業などには使えないものであった。だがこの地に落ちた隕石は……隕鉄と言うべきかな、隕鉄は違った。多くの隕石は石の中に僅かな金属成分を潜めているに過ぎなかったが、この時の隕鉄は、まさにガナそのものであったのだ。炎を孕んで赤く輝く金属の流星……ダヴェヌラは旅の途中で得た知識により、それをヒヒイロカネと名付けた」

 ワカフ翁は語った。

「ダヴェヌラはその地の原住民族と結び、ヴァーマ・ドゥエルの建設に取り掛かった。金属資源に恵まれた土地であり、更には伝説上の赤き隕鉄まで眼にした彼らは、これらをその地に文明を創り出す手掛かりとしたのじゃ。金属加工技術を伝え、これによって隕鉄を加工した。そして隕鉄を加工して出来上がったのが、一つの鎧と一対の剣じゃった」
「鎧と、剣?」

 俺は腰に携えた剣を抜いた。赤い刃を持った二振りの剣。そして俺の傍らには、ドドラグラ族のバラド=ドラグール、リオディン・ダグラ族のタムザ・クファーンが用い、俺が奪取した赤い左右の腕鎧がある。

 ワカフ翁は頷いた。

「その鎧と剣こそ、ヒヒイロカネと名付けられた隕鉄より造られしものよ……」
「……では、何故、この剣は兎も角、この鎧をリオディン・ダグラ族やドドラグラ族が持っていたのですか? それに、鎧と言うのならば他の部分もあるのではありませんか? だとすればそれらは何処に――?」

 焦る俺を手で制し、ワカフ翁は話を続けた。

「お主が手にした石鉈が、その答えの一つじゃ」
「石鉈……」

 俺はまだ、この剣の事をワカフ翁に話してはいなかったが、長老は既に把握していた。

「あれは儂がまだ幼かった頃の話じゃ。お前たちから見れば、三……いや、四代前の長老の頃じゃよ。その頃から、バックベム族やフィダス族、ドドラグラ族が我らの砦を襲撃するようになったのじゃ。当時、ヴァーマ・ドゥエルでは金属器を使用し、特にガルドの器や装飾品を遠方へ輸出し、その対価に様々な文化を取り入れようとしている所であった。ガルドは異国であってもかなり高価なものであったらしいでの。その話を聞き付けたそやつらが、豊富なガルド資源を持つヴァーマ・ドゥエルを侵略しようとやって来たのじゃ。

 当時のヴァーマ・ドゥエルは、どちらかと言えば、オウマのような、やや好戦的な若者たちが多かった。武器を手に取り戦おうとしたが、敵の方が何枚も上手じゃった。戦争によって疲弊した我々は、戦力の強化を推進するタカ派と、より強固な砦を建設し防衛力を高めようというハト派に分裂した。この地に残ったのは、お主も分かっていようがハト派で、タカ派はヴァーマ・ドゥエルを出奔し、近くの集落と合流してアージュラ族を立ち上げた。一方、砦に残ったハト派は、集落の守りを堅牢にすべく壁を高く積み上げ、水路を整備して隠し、そして我々が狙われる要因となっていた金属器を封印する事にした。ヴァーマ・ドゥエルとなる以前、ヌェズキたちが人喰いの文化を持っていた事は知っていよう。その聖体拝領を中止した代わりに、こうした壁画などによる記録が行なわれるようになったのだが、金属器について記したもの、それらによって生じたあらゆる道具や装飾品は、このように、中央の神殿に封印する事にしたのじゃ。……ここにあるものが全てではない、もっと多くのガルドが、ジルヴァが、ブローゾが、神殿には隠されておる」


 ワカフ翁は一旦、呼吸を整えた。額に汗が浮いているのは、単に話が長いからというだけではないだろう。

「分かるか、トゥケィ。我らが高度な技術、高価な資源を保有している事を周りに知られれば、それらを求める敵に襲われる事となる。ダヴェヌラが流浪の民となったのもその為じゃった。ダヴェヌラはあらゆる土地で文明開化を啓蒙し、やがてその膨大な知識と能力を疎まれて追放され、まつろわぬ民となるしかなかったのじゃよ。お主のように強い者は、皆の憧れじゃ。しかし同時に、その力を持たぬ者からは羨望と嫉妬に晒される」

 幸いな事に――俺が力を付ける事で、俺を疎む人間というものに、俺は出会った事がなかった。
 だが、圧倒的な力を持つ者を恐れる気持ちも、分からないではない事だった。

「それが、ヴァーマ・ドゥエルが金属文化を隠匿した理由ですか」
「そうじゃ。そして――そして更なる災禍わざわいが、我らを襲う事となる……」

 長老ワカフ翁の声が、震えていた。
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