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第六章 戴冠
第二節 metal
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砦の中心にそびえる神殿は、長老連……つまり、長老と、二人の祈祷師、三人の戦士長、砦の区画長を集めて会議が行なわれる目的で使用される。
俺が眼を覚ましたのは、その談合の間であった。
ウシュ――水辺に生える丈夫な植物を編んで作った布の上に、俺は寝かされていた。
「眼を覚ましたのね!」
カーラが、薄暗い天井と俺との間に、顔を突き出して来た。
全身の痛みを堪えながら上体を起こす。
談合の間には、寝かされていた俺と、看病をしていたカーラ、そしってワカフ翁がいた。
「良かった……熱を出して、一日中、眠っていたのよ。もう眼を覚まさないかと思った……」
カーラは涙ぐみそうになったが、眼を手でごしごしとやって、堪えた。
「そんな訳ないだろう? 約束したじゃないか、帰って来るって。……所で、砦の状況は?」
「今、オウマとこのカーラが、諸々の事をやってくれておる」
ワカフ翁が言った。俺が眼を覚ましそうであったから、カーラを呼んで来させたらしい。
「……マキアは?」
俺は妹の事を聞いた。あいつの眼に溜まった膿を、掻き出してやらなくちゃいけない。マキアは両親を喪った光景に激しいショックを受け、自ら光を閉ざしてしまった。長い間、眼を使わなかった影響でその機能が死に、黄色く濁って、膿さえ出すようになってしまった。それを取り除いてやるのが、俺の仕事だ。
「そう、マキアの事よ!」
カーラは何となく嬉しそうな声を上げた。
「今回のトゥケィの活躍で、あの子、砦の女たちからは女神扱いよ。何せ、英雄トゥケィの妹だもの」
「――そうか……」
何はともあれ、マキアへの差別意識が、砦の人々の中から薄れてくれたのは良い事だ。俺はその為に、戦士として戦って来たのだから。
「カーラ、お主は外へ戻りなさい。儂はトゥケィに、次期長老に話す事があるでな」
「はい、ワカフ翁。じゃあ、またね、トゥケィ。ううん、ククルカン・トゥケィ」
カーラは俺に微笑んで、軽やかな足取りで談合の間を後にした。
ククルカン――ワカフ翁はカーラがそのように俺を呼んだ事に、薄く微笑んだ。ククルカンとは長老よりも地位が高いとされる大司教の事で、かつてダヴェヌラをこの地へ導き、ヌェズキと結んでヴァーマ・ドゥエルを建設した人物の名前でもあった。
そのワカフ翁は、俺に立つように促して、部屋の突き当りまで進んだ。
立ち上がった俺は、いつも身に着けていた石鉈の重みがない事に不安を感じた。しかし辺りを見回して見ると、石鉈の内側から現れた一対の剣と、赤い鎧の両腕部分が置かれている。ワカフ翁は俺にそれを持って付いて来るように言った。
俺が眠っている間に用意していた松明に火を点けたワカフ翁は、部屋の突き当りの、複数の石を四角く形成して積み上げた壁の一ヶ所を緩く手で押し込んだ。
がこん、と、重たいものが落ちる音がした。ワカフ翁に促された俺は、そのブロックが抜けた個所に手を添えて、手前に引いた。ぐるりと壁が反転し、更なる地下への階段が現れた。
「これは……」
ワカフ翁が階段を下ってゆく。
談合の間は、積み重ねられた神殿の中程にあり、それより下に部屋がある事は不思議ではない。聞く話によれば、ヌェズキ以前からあった石の建築物に、更に加工した石を重ねて積み上げたのが、今の中央神殿であるという。しかし、こうして隠さなければならない部屋ではない筈だった。
「ここが、長老が隠れていた秘密の通路なのですか?」
「いや、そうではない。例えどんな窮地にあっても、ここだけは、開けてはならないとされておった」
ワカフ翁は振り向かずに行った。傾斜が急なので、老齢の翁では注意深く進まなければ足を踏み外してしまうかもしれない。俺は軽率に声を掛けた事を恥じ、翁が目的の場所まで辿り着くまで黙っている事にした。
やがて平らな場所に着いたが、随分と長い事、歩いていたような気がする。神殿に上がった分以上、下りているようだった。とするとここは、地下だろうか。俺たちがカーラや子供たちを隠した地下洞窟のような。
けれどこの辺りは地盤が良いとは言えず、下手に地下の工事に着手すれば沈下が起きる可能性があるとして、少なくとも俺たちの世代では手付かずの筈だった。あの地下洞窟は天然のもので、そうでなければ最悪、カーラたちが生き埋めになっていたかもしれない。
「ダヴェヌラの技術じゃ」
階段を降り切っても、暫く道は続いた。だが、腕部分だけとは言え、鎧を担いでいる事による疲労感はなかった。思いの他軽量な鎧だった。
「ダヴェヌラの? ならば何故、今の世代には引き継がれていないんです?」
「これから話す……」
松明の火が小さくなっている。それだけの時間を掛けて、漸く俺たちは、一つの扉の前に立った。
「開けよ」
ワカフ翁に言われて扉に手を掛けると、ひんやりとした感触が伝わって来た。これは……
「ヒヒイロカネ?」
「違う。これは、ただの金属じゃ」
俺は、金属の扉を開けた。同じように冷たい感触があるのに、ヒヒイロカネの鎧や剣とは異なり、岩のような重さであった。扉の隙間から、黄色い光が漏れ出して来る。
扉を開けると、飛び込んで来たのは太陽のような眩い輝きだった。思わず顔を覆った俺だが、光に慣れて来ると、ゆっくりと眼を開けられるようになり、それを直視した。
「――これは!?」
俺はそこに、ヴァマーラ……即ち善人が死後に向かうという安穏の世界を見た。
壁が一面、黄色に染まっていた。しかもその黄色は、ヒヒイロカネのように強い光沢を放っている。部屋の中には獣や人の姿をした像や器、装飾品、武器の形をしたものなどが所狭しと、しかし整然と詰め込まれて並んでおり、雑多ながらも調和の取れた世界を創り上げていた。
それらの中央には、高い天井まで届くような、巨大な金の像があった。どうやら人を象っているらしいが、その姿に俺は驚いた。胸の前で手を組み、薄く広がる衣を纏った女の像だ。その背中には猛禽類の翼が生えており、極めて神聖なものと映った。まるで、俺が死に際に夢で見た異世界から出奔すべく、自ら命を断った時に現れたあの光輝く女のようだった。だが、その足元を良く見てみると、彼女の腰から伸びた太い蛇のようなものに巻き付かれていた。彼女の下半身が丸ごと、とぐろを巻いた蛇のようになっているのだ。
「これは一体……何ですか!? ヒヒイロカネの技術が、ヴァーマ・ドゥエルにもあったという事ですか?」
見た事もない程の眩さに動揺する俺に対し、ワカフ翁は冷静だ。松明の火を消すと、黄金の部屋の中に入り込み、空いている地面に座り込んだ。
俺もその場に腰を下ろす。
「トゥケィよ、お主は知っておるのか? 我らがヒヒイロカネと呼んでいるものが、他の金属器とは一線を画すものである事を」
ワカフ翁は言った。
いいえ、と、俺は首を横に振る。ヴァーマ・ドゥエルは土木と石工技術の都だ。だからこそ、ディバーダ族の武器やドドラグラ族の鎧を脅威に感じていた。ディバーダ族が、彼ら自身が用いる武器をヒヒイロカネと呼んでいたから、俺たちはその光を纏う硬質なものの素材を、ヒヒイロカネと呼ぶ事にしたのだ。
「お前たちの知っている事は事実ではない。ヒヒイロカネは、恐らくあらゆる物質の中で頂点に君臨するものだ。その精錬過程で生まれる、不純物を混じらせたものが、このガルドを含む多くの金属じゃ」
ガルド――というのは、太陽の光を形容する言葉だ。因みに、月の放つ白い光の事は、ジルヴァという。
翁は語った。
金属とは、土中から掘り出された鉱石に手を加えて、より強固に、より美しく、より完全な性質に近付けたものであるという。かつての祈祷師たちは、あらゆる物体には完全に近付こうとする意志が存在し、土中の鉱石に於ける完全とはこのガルドであるから、あらゆる鉱物はこのガルドに成る可能性を秘めていると考えていた。
けれども、土中の微生物や雨や乾燥などの環境の変化により、ガルドになるのに必要な物質を破壊されたり排除されたり、逆に、ガルドとしては不要な物質を取り込んでしまったりして、完全にガルドに成る事が出来ない。
しかし、その鉱物の完成形とされるガルド以上に完全である物質が、ヒヒイロカネであるという。
「かつて、ヒヒイロカネを目指して多くの研究が行なわれた」
取り出した鉱物を、土中と同じ環境に置き、しかしガルドと成る為の条件を揃えた。
逆に、複数の金属を混ぜ合わせて、軽くて丈夫な金属を作り出そうと試行錯誤を繰り返した。
そうして得られた、金の展性や、銀の光沢、鋼の剛性などだが、どれもヒヒイロカネには及ばない。
ヒヒイロカネとは、羽根のように軽く、太陽フレアの輝きを放ち、自在に形状を変化させ、この世界のあらゆる衝撃によっても壊れない。
その一つの条件を適えたとしても、他の条件には当てはまらず、完全なヒヒイロカネを造り上げる事は出来なかった。
「これは、その失敗作たちじゃ」
ワカフ翁は無造作にガルド製の器を手に取った。光沢も形状も美しいが、それはヒヒイロカネを目指すものとしてはとても成功作とは言えないものであるらしい。
いや、そんな事よりも……
「長老、ではヴァーマ・ドゥエルには、ガルド……いや、ガナを扱う技術が存在していたという事ですか? にも拘らず、これらを生活や防衛の為に活かさずに、封印していたという事なのですか? それ所か、ディバーダ族がヒヒイロカネを用いている事を知りながらも、これらを使おうとしなかったと言うのならば……それは、何故ですか!?」
別に俺は、オウマと違って、戦争がしたい訳じゃない。あいつだって好戦的ではあっても、無駄な戦いを好むという訳ではない。敵がいて俺たちを脅かしている、だと言うのに、彼らの侵略から身を守る手段の為に最善を尽くさない――オウマがそれが気に入らなかった。
その気持ちが分かったような気がした。仮にヒヒイロカネでなくとも、こうした金属器が戦士たちの手に渡れば、犠牲者を減らす事が出来たのではないだろうか。
「それも含めて、お主には話して置く心算じゃ。だが、儂の……儂や先代の長老、そして当時の司祭や戦士長らの気持ちも分かってくれ。我々は二度と、あのような悲劇を起こしたくなかったのじゃ」
「悲劇……?」
「ああ。元々……ダヴェヌラがやって来るまで、ヴァーマ・ドゥエルは、黄金の都(ガルド・ドゥエル)じゃった。ガルドの鉱石が採れ易い土地だったのじゃよ。しかしヌェズキたちにはそれらを加工する術に於いて無知であった。そこで訪れたダヴェヌラたちがガナの加工技術を教え、こうしたものたちを造り上げられるようになった。しかしこの地で採れる豊富なガルドを求めて様々な敵が訪れた。フィダス族も、バックベム族も、ドドラグラ族も……リオディン・ダグラ族は、我らがガルドに関する技術を秘匿して以降の侵略者であるから、その事を知らぬのも当然かもしれんがの」
「豊富なガルドを……その採掘や加工をするヌェズキたちを守る為に、ダヴェヌラは共に砦を築き上げたという事ですか? そこまでの事をしなければならなかった程の侵略があったという……」
「それもある。しかしそれ以上の悲劇が我らを襲った。ガルドが……そしてヒヒイロカネの輝きが人々を狂わせてしまったのじゃ……」
長老ワカフ翁は、悲壮な表情を浮かべ、悲痛な声を絞り出した。
俺が眼を覚ましたのは、その談合の間であった。
ウシュ――水辺に生える丈夫な植物を編んで作った布の上に、俺は寝かされていた。
「眼を覚ましたのね!」
カーラが、薄暗い天井と俺との間に、顔を突き出して来た。
全身の痛みを堪えながら上体を起こす。
談合の間には、寝かされていた俺と、看病をしていたカーラ、そしってワカフ翁がいた。
「良かった……熱を出して、一日中、眠っていたのよ。もう眼を覚まさないかと思った……」
カーラは涙ぐみそうになったが、眼を手でごしごしとやって、堪えた。
「そんな訳ないだろう? 約束したじゃないか、帰って来るって。……所で、砦の状況は?」
「今、オウマとこのカーラが、諸々の事をやってくれておる」
ワカフ翁が言った。俺が眼を覚ましそうであったから、カーラを呼んで来させたらしい。
「……マキアは?」
俺は妹の事を聞いた。あいつの眼に溜まった膿を、掻き出してやらなくちゃいけない。マキアは両親を喪った光景に激しいショックを受け、自ら光を閉ざしてしまった。長い間、眼を使わなかった影響でその機能が死に、黄色く濁って、膿さえ出すようになってしまった。それを取り除いてやるのが、俺の仕事だ。
「そう、マキアの事よ!」
カーラは何となく嬉しそうな声を上げた。
「今回のトゥケィの活躍で、あの子、砦の女たちからは女神扱いよ。何せ、英雄トゥケィの妹だもの」
「――そうか……」
何はともあれ、マキアへの差別意識が、砦の人々の中から薄れてくれたのは良い事だ。俺はその為に、戦士として戦って来たのだから。
「カーラ、お主は外へ戻りなさい。儂はトゥケィに、次期長老に話す事があるでな」
「はい、ワカフ翁。じゃあ、またね、トゥケィ。ううん、ククルカン・トゥケィ」
カーラは俺に微笑んで、軽やかな足取りで談合の間を後にした。
ククルカン――ワカフ翁はカーラがそのように俺を呼んだ事に、薄く微笑んだ。ククルカンとは長老よりも地位が高いとされる大司教の事で、かつてダヴェヌラをこの地へ導き、ヌェズキと結んでヴァーマ・ドゥエルを建設した人物の名前でもあった。
そのワカフ翁は、俺に立つように促して、部屋の突き当りまで進んだ。
立ち上がった俺は、いつも身に着けていた石鉈の重みがない事に不安を感じた。しかし辺りを見回して見ると、石鉈の内側から現れた一対の剣と、赤い鎧の両腕部分が置かれている。ワカフ翁は俺にそれを持って付いて来るように言った。
俺が眠っている間に用意していた松明に火を点けたワカフ翁は、部屋の突き当りの、複数の石を四角く形成して積み上げた壁の一ヶ所を緩く手で押し込んだ。
がこん、と、重たいものが落ちる音がした。ワカフ翁に促された俺は、そのブロックが抜けた個所に手を添えて、手前に引いた。ぐるりと壁が反転し、更なる地下への階段が現れた。
「これは……」
ワカフ翁が階段を下ってゆく。
談合の間は、積み重ねられた神殿の中程にあり、それより下に部屋がある事は不思議ではない。聞く話によれば、ヌェズキ以前からあった石の建築物に、更に加工した石を重ねて積み上げたのが、今の中央神殿であるという。しかし、こうして隠さなければならない部屋ではない筈だった。
「ここが、長老が隠れていた秘密の通路なのですか?」
「いや、そうではない。例えどんな窮地にあっても、ここだけは、開けてはならないとされておった」
ワカフ翁は振り向かずに行った。傾斜が急なので、老齢の翁では注意深く進まなければ足を踏み外してしまうかもしれない。俺は軽率に声を掛けた事を恥じ、翁が目的の場所まで辿り着くまで黙っている事にした。
やがて平らな場所に着いたが、随分と長い事、歩いていたような気がする。神殿に上がった分以上、下りているようだった。とするとここは、地下だろうか。俺たちがカーラや子供たちを隠した地下洞窟のような。
けれどこの辺りは地盤が良いとは言えず、下手に地下の工事に着手すれば沈下が起きる可能性があるとして、少なくとも俺たちの世代では手付かずの筈だった。あの地下洞窟は天然のもので、そうでなければ最悪、カーラたちが生き埋めになっていたかもしれない。
「ダヴェヌラの技術じゃ」
階段を降り切っても、暫く道は続いた。だが、腕部分だけとは言え、鎧を担いでいる事による疲労感はなかった。思いの他軽量な鎧だった。
「ダヴェヌラの? ならば何故、今の世代には引き継がれていないんです?」
「これから話す……」
松明の火が小さくなっている。それだけの時間を掛けて、漸く俺たちは、一つの扉の前に立った。
「開けよ」
ワカフ翁に言われて扉に手を掛けると、ひんやりとした感触が伝わって来た。これは……
「ヒヒイロカネ?」
「違う。これは、ただの金属じゃ」
俺は、金属の扉を開けた。同じように冷たい感触があるのに、ヒヒイロカネの鎧や剣とは異なり、岩のような重さであった。扉の隙間から、黄色い光が漏れ出して来る。
扉を開けると、飛び込んで来たのは太陽のような眩い輝きだった。思わず顔を覆った俺だが、光に慣れて来ると、ゆっくりと眼を開けられるようになり、それを直視した。
「――これは!?」
俺はそこに、ヴァマーラ……即ち善人が死後に向かうという安穏の世界を見た。
壁が一面、黄色に染まっていた。しかもその黄色は、ヒヒイロカネのように強い光沢を放っている。部屋の中には獣や人の姿をした像や器、装飾品、武器の形をしたものなどが所狭しと、しかし整然と詰め込まれて並んでおり、雑多ながらも調和の取れた世界を創り上げていた。
それらの中央には、高い天井まで届くような、巨大な金の像があった。どうやら人を象っているらしいが、その姿に俺は驚いた。胸の前で手を組み、薄く広がる衣を纏った女の像だ。その背中には猛禽類の翼が生えており、極めて神聖なものと映った。まるで、俺が死に際に夢で見た異世界から出奔すべく、自ら命を断った時に現れたあの光輝く女のようだった。だが、その足元を良く見てみると、彼女の腰から伸びた太い蛇のようなものに巻き付かれていた。彼女の下半身が丸ごと、とぐろを巻いた蛇のようになっているのだ。
「これは一体……何ですか!? ヒヒイロカネの技術が、ヴァーマ・ドゥエルにもあったという事ですか?」
見た事もない程の眩さに動揺する俺に対し、ワカフ翁は冷静だ。松明の火を消すと、黄金の部屋の中に入り込み、空いている地面に座り込んだ。
俺もその場に腰を下ろす。
「トゥケィよ、お主は知っておるのか? 我らがヒヒイロカネと呼んでいるものが、他の金属器とは一線を画すものである事を」
ワカフ翁は言った。
いいえ、と、俺は首を横に振る。ヴァーマ・ドゥエルは土木と石工技術の都だ。だからこそ、ディバーダ族の武器やドドラグラ族の鎧を脅威に感じていた。ディバーダ族が、彼ら自身が用いる武器をヒヒイロカネと呼んでいたから、俺たちはその光を纏う硬質なものの素材を、ヒヒイロカネと呼ぶ事にしたのだ。
「お前たちの知っている事は事実ではない。ヒヒイロカネは、恐らくあらゆる物質の中で頂点に君臨するものだ。その精錬過程で生まれる、不純物を混じらせたものが、このガルドを含む多くの金属じゃ」
ガルド――というのは、太陽の光を形容する言葉だ。因みに、月の放つ白い光の事は、ジルヴァという。
翁は語った。
金属とは、土中から掘り出された鉱石に手を加えて、より強固に、より美しく、より完全な性質に近付けたものであるという。かつての祈祷師たちは、あらゆる物体には完全に近付こうとする意志が存在し、土中の鉱石に於ける完全とはこのガルドであるから、あらゆる鉱物はこのガルドに成る可能性を秘めていると考えていた。
けれども、土中の微生物や雨や乾燥などの環境の変化により、ガルドになるのに必要な物質を破壊されたり排除されたり、逆に、ガルドとしては不要な物質を取り込んでしまったりして、完全にガルドに成る事が出来ない。
しかし、その鉱物の完成形とされるガルド以上に完全である物質が、ヒヒイロカネであるという。
「かつて、ヒヒイロカネを目指して多くの研究が行なわれた」
取り出した鉱物を、土中と同じ環境に置き、しかしガルドと成る為の条件を揃えた。
逆に、複数の金属を混ぜ合わせて、軽くて丈夫な金属を作り出そうと試行錯誤を繰り返した。
そうして得られた、金の展性や、銀の光沢、鋼の剛性などだが、どれもヒヒイロカネには及ばない。
ヒヒイロカネとは、羽根のように軽く、太陽フレアの輝きを放ち、自在に形状を変化させ、この世界のあらゆる衝撃によっても壊れない。
その一つの条件を適えたとしても、他の条件には当てはまらず、完全なヒヒイロカネを造り上げる事は出来なかった。
「これは、その失敗作たちじゃ」
ワカフ翁は無造作にガルド製の器を手に取った。光沢も形状も美しいが、それはヒヒイロカネを目指すものとしてはとても成功作とは言えないものであるらしい。
いや、そんな事よりも……
「長老、ではヴァーマ・ドゥエルには、ガルド……いや、ガナを扱う技術が存在していたという事ですか? にも拘らず、これらを生活や防衛の為に活かさずに、封印していたという事なのですか? それ所か、ディバーダ族がヒヒイロカネを用いている事を知りながらも、これらを使おうとしなかったと言うのならば……それは、何故ですか!?」
別に俺は、オウマと違って、戦争がしたい訳じゃない。あいつだって好戦的ではあっても、無駄な戦いを好むという訳ではない。敵がいて俺たちを脅かしている、だと言うのに、彼らの侵略から身を守る手段の為に最善を尽くさない――オウマがそれが気に入らなかった。
その気持ちが分かったような気がした。仮にヒヒイロカネでなくとも、こうした金属器が戦士たちの手に渡れば、犠牲者を減らす事が出来たのではないだろうか。
「それも含めて、お主には話して置く心算じゃ。だが、儂の……儂や先代の長老、そして当時の司祭や戦士長らの気持ちも分かってくれ。我々は二度と、あのような悲劇を起こしたくなかったのじゃ」
「悲劇……?」
「ああ。元々……ダヴェヌラがやって来るまで、ヴァーマ・ドゥエルは、黄金の都(ガルド・ドゥエル)じゃった。ガルドの鉱石が採れ易い土地だったのじゃよ。しかしヌェズキたちにはそれらを加工する術に於いて無知であった。そこで訪れたダヴェヌラたちがガナの加工技術を教え、こうしたものたちを造り上げられるようになった。しかしこの地で採れる豊富なガルドを求めて様々な敵が訪れた。フィダス族も、バックベム族も、ドドラグラ族も……リオディン・ダグラ族は、我らがガルドに関する技術を秘匿して以降の侵略者であるから、その事を知らぬのも当然かもしれんがの」
「豊富なガルドを……その採掘や加工をするヌェズキたちを守る為に、ダヴェヌラは共に砦を築き上げたという事ですか? そこまでの事をしなければならなかった程の侵略があったという……」
「それもある。しかしそれ以上の悲劇が我らを襲った。ガルドが……そしてヒヒイロカネの輝きが人々を狂わせてしまったのじゃ……」
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