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第一章 来訪者たち
第十二節 異常接近
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「今日は付き合ってくれてありがとう、青蓮院くん」
響は、小皿に焼き鳥を串から外しながら言った。同級生として、変に気を遣わないように努めているらしいのだが、語尾が何となく震えていた。
純は串を横にして、一つずつ、先の方にずらしながら食べている。
「構わないよ」
「実はこの子、青蓮院くんのファンみたいでさぁ」
「ちょ……響ィ」
ひなたが顔を赤くした。
悪戯っ子のように笑い、響が続ける。
「でもシャイなもんで、なかなか声が掛けられないでいたんだよね。だから私が、一肌脱いで上げたって訳! ……それに、私も青蓮院くんの事、気になってたしね……」
「そう」
純は、殊更に多くを語ったりはしない。他の相手でもそうだが、その話を聞いて、仏像の笑みを浮かべるだけだ。しかし彼が普段から見せているその微笑みが自分に向けられているというそれだけで、老若男女問わずに幸せな気分になってしまう。
響もひなたも、純のたった一言を浴びて、全身がとろけ出しそうになっていた。
食事を終えて、店を出た。
ほろ酔い気分の響が、矢継ぎ早に話題を提供してゆく。純がそれを聞いて頷き、酒を入れていない筈のひなたがその横顔を見て、女の部分を疼かせていた。或いは響が喋りをやめないのも、往来で理性を失くしてしまうのを防ぐ為なのかもしれない。
響が先導する形で、繁華街の裏通りに回った。酔っ払った男や、やけに露出の高い服を着た女、如何にも怖そうな人たちが歩いている。響も少しだけ躊躇いを浮かべたように見えたが、純は涼しい顔である。
三人は、そして、紫色のネオンが光る建物を見付け、そこへ足を踏み入れた。
――その後ろ姿を、遠巻きに見ている男があった。
「おーおー、両手に華たァ羨ましいこって」
男は片手を革ジャンのポケットに入れたまま歩いており、もう片方の手で複雑に絡み合った揉み上げをほどくように掻きながら、言った。
ざんばらの髪の色が、赤い男だ。染めたのではなく、元からそういう色をしているらしい。
身長は、一八五センチくらいだろう。体重は、九〇キロの後半か、一〇〇キログラムまで差し掛かっているのではないだろうか。
と言っても、肥満体形である訳ではなかった。シャツを押し上げる大胸筋が、ゴムタイヤのように大きく膨らんでいる。胴体は樽型であるのだが、黒いの革ジャンの上からでも分かる発達した広背筋が、ウェストを細く見せていた。
肩幅が広い。そしてその広い肩との境目が分からないくらいに、頸が太かった。角張った顎が、その太い頸に乗っている。
腕は丸太のように太い。分厚い筋肉の上に、薄く脂肪の層を重ねているのである。
腰の所で、蒼いジーンズがしわしわによれていた。裾も、昔に流行ったラッパズボンのように広がっている。だがその太腿だけは、タイツか何かのようにぴったりと張り付いていた。腰に比べて太腿の径が大き過ぎるので、ウェストのサイズに合わせたズボンでは穿く事が出来ないのだ。
くたくたになったスニーカーを、靴下のような感覚で履いている。
「顔の良い奴は良いねぇ。何もしなくても女が寄ってくらぁ」
「本当、嫌になりますよねぇ」
独り言ちる赤毛の男に、背後から近付いて来た男が声を掛けた。
「兄貴、折角ですし、うちで、どうですか?」
「うちで?」
赤毛の男に声を掛けた男は、肩越しに振り向かれてぎょっとなった。
眠たそうな半眼の内側に、顎を開いたライオンを幻想したのだ。
獅子鼻気味になっているが、鼻の軟骨が削り切られているようだった。
耳の付け根が餃子のようによじれている。
格闘家にありがちな特徴だ。顔を殴られたり、床に投げ落とされたりするので、鼻骨が折れる事がある。又、受け身や寝技の練習をしていると、耳を擦ってしまうのでよじれるのだ。
「へへ、兄貴、うちのリフレなんて、どうですか。見た所、プロレスラーの方……って感じですけど、地方巡業ですか。何なら、お疲れなんじゃないですかね。可愛い女の子にマッサージとかやって貰って、リラックスしていきません?」
男は親指で自分の後ろを指差した。背の高い石塀に囲まれた、簡素な建物がある。建物の外側に階段が取り付けられていて、踊り場でギャルソンルックの男が煙草を吸っていた。三階分の窓からは、下から黄色、ピンク、紫の明かりが漏れている。特に最上階の窓には、カーテン越しに女性のシルエットが確認された。
男は客引きだった。
「こんな顔でびびらない女の子がいるのかい」
「勿論、お顔なんかで判断するようなアホな子はいませんったら。一時間八〇〇〇円、まぁ、オプションは別に頂く事になりますけど……それに、回転もお得ですよ」
「そいつは良さそうだ。……が、男の客引きはどうにも気分が乗らねぇ。今度はその可愛い女の子に誘って貰いたいね」
赤毛の男はそう言って笑うと、客引きの肩をぽんぽんと叩いて、その場を去って行った。
彼の姿が見えなくなるまではにこにこしていた客引きだったが、視界から消えると舌を鳴らして、自分の店の傍まで戻ってゆく。
そして暫くすると又も人がやって来て、同じように声を掛けるのだが、
「……黙れ」
と、傷の中に顔があるような男に言われ、委縮してしまった。
しかし傷の男は、赤毛の男とは違い、すぐにその場を離れるような事はしなかった。
客引きが、居心地が悪いからと店の中へ引っ込んでゆくが、傷の男はその場を動かなかった。
漸く傷の男が歩を進めたのは、それから四時間くらい経っての事である。
ラブホテルから、二人の女を連れた髪の長い男が、出て来た。
響は、小皿に焼き鳥を串から外しながら言った。同級生として、変に気を遣わないように努めているらしいのだが、語尾が何となく震えていた。
純は串を横にして、一つずつ、先の方にずらしながら食べている。
「構わないよ」
「実はこの子、青蓮院くんのファンみたいでさぁ」
「ちょ……響ィ」
ひなたが顔を赤くした。
悪戯っ子のように笑い、響が続ける。
「でもシャイなもんで、なかなか声が掛けられないでいたんだよね。だから私が、一肌脱いで上げたって訳! ……それに、私も青蓮院くんの事、気になってたしね……」
「そう」
純は、殊更に多くを語ったりはしない。他の相手でもそうだが、その話を聞いて、仏像の笑みを浮かべるだけだ。しかし彼が普段から見せているその微笑みが自分に向けられているというそれだけで、老若男女問わずに幸せな気分になってしまう。
響もひなたも、純のたった一言を浴びて、全身がとろけ出しそうになっていた。
食事を終えて、店を出た。
ほろ酔い気分の響が、矢継ぎ早に話題を提供してゆく。純がそれを聞いて頷き、酒を入れていない筈のひなたがその横顔を見て、女の部分を疼かせていた。或いは響が喋りをやめないのも、往来で理性を失くしてしまうのを防ぐ為なのかもしれない。
響が先導する形で、繁華街の裏通りに回った。酔っ払った男や、やけに露出の高い服を着た女、如何にも怖そうな人たちが歩いている。響も少しだけ躊躇いを浮かべたように見えたが、純は涼しい顔である。
三人は、そして、紫色のネオンが光る建物を見付け、そこへ足を踏み入れた。
――その後ろ姿を、遠巻きに見ている男があった。
「おーおー、両手に華たァ羨ましいこって」
男は片手を革ジャンのポケットに入れたまま歩いており、もう片方の手で複雑に絡み合った揉み上げをほどくように掻きながら、言った。
ざんばらの髪の色が、赤い男だ。染めたのではなく、元からそういう色をしているらしい。
身長は、一八五センチくらいだろう。体重は、九〇キロの後半か、一〇〇キログラムまで差し掛かっているのではないだろうか。
と言っても、肥満体形である訳ではなかった。シャツを押し上げる大胸筋が、ゴムタイヤのように大きく膨らんでいる。胴体は樽型であるのだが、黒いの革ジャンの上からでも分かる発達した広背筋が、ウェストを細く見せていた。
肩幅が広い。そしてその広い肩との境目が分からないくらいに、頸が太かった。角張った顎が、その太い頸に乗っている。
腕は丸太のように太い。分厚い筋肉の上に、薄く脂肪の層を重ねているのである。
腰の所で、蒼いジーンズがしわしわによれていた。裾も、昔に流行ったラッパズボンのように広がっている。だがその太腿だけは、タイツか何かのようにぴったりと張り付いていた。腰に比べて太腿の径が大き過ぎるので、ウェストのサイズに合わせたズボンでは穿く事が出来ないのだ。
くたくたになったスニーカーを、靴下のような感覚で履いている。
「顔の良い奴は良いねぇ。何もしなくても女が寄ってくらぁ」
「本当、嫌になりますよねぇ」
独り言ちる赤毛の男に、背後から近付いて来た男が声を掛けた。
「兄貴、折角ですし、うちで、どうですか?」
「うちで?」
赤毛の男に声を掛けた男は、肩越しに振り向かれてぎょっとなった。
眠たそうな半眼の内側に、顎を開いたライオンを幻想したのだ。
獅子鼻気味になっているが、鼻の軟骨が削り切られているようだった。
耳の付け根が餃子のようによじれている。
格闘家にありがちな特徴だ。顔を殴られたり、床に投げ落とされたりするので、鼻骨が折れる事がある。又、受け身や寝技の練習をしていると、耳を擦ってしまうのでよじれるのだ。
「へへ、兄貴、うちのリフレなんて、どうですか。見た所、プロレスラーの方……って感じですけど、地方巡業ですか。何なら、お疲れなんじゃないですかね。可愛い女の子にマッサージとかやって貰って、リラックスしていきません?」
男は親指で自分の後ろを指差した。背の高い石塀に囲まれた、簡素な建物がある。建物の外側に階段が取り付けられていて、踊り場でギャルソンルックの男が煙草を吸っていた。三階分の窓からは、下から黄色、ピンク、紫の明かりが漏れている。特に最上階の窓には、カーテン越しに女性のシルエットが確認された。
男は客引きだった。
「こんな顔でびびらない女の子がいるのかい」
「勿論、お顔なんかで判断するようなアホな子はいませんったら。一時間八〇〇〇円、まぁ、オプションは別に頂く事になりますけど……それに、回転もお得ですよ」
「そいつは良さそうだ。……が、男の客引きはどうにも気分が乗らねぇ。今度はその可愛い女の子に誘って貰いたいね」
赤毛の男はそう言って笑うと、客引きの肩をぽんぽんと叩いて、その場を去って行った。
彼の姿が見えなくなるまではにこにこしていた客引きだったが、視界から消えると舌を鳴らして、自分の店の傍まで戻ってゆく。
そして暫くすると又も人がやって来て、同じように声を掛けるのだが、
「……黙れ」
と、傷の中に顔があるような男に言われ、委縮してしまった。
しかし傷の男は、赤毛の男とは違い、すぐにその場を離れるような事はしなかった。
客引きが、居心地が悪いからと店の中へ引っ込んでゆくが、傷の男はその場を動かなかった。
漸く傷の男が歩を進めたのは、それから四時間くらい経っての事である。
ラブホテルから、二人の女を連れた髪の長い男が、出て来た。
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