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第四章 戦いの狼煙
第五節 下品な奴ら
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治郎が身を隠していた廃工場に、数人の若者たちが現れた。
「ユウジ、お前だったよな?」
「違ぇよ! ケイトとカズキだろ?」
「私じゃないわよぅ」
「俺かもしれねぇや」
「やっぱりヤスヒロじゃねぇか! なぁヨシオ」
工場は外側こそ稼働時のままだったが、中身は殆ど運び出されており、ただっ広く埃の積み重ねられた灰色の箱という具合であった。治郎はその片隅に座り込み、痛みが治まるのを待っていた。
治郎が開けっ放しにした鉄の扉に不信感を抱きながらも、工場の中に入って来たのは五人の男女であった。男が四人で、一人が女だ。治郎には、ケイトという名前の人物が女だという事くらいしか、分からなかった。
ユウジたち五人は工場の真ん中にやって来ると、工場の床に丸めて置いたブルーシートを敷いて座り込んだ。彼らはそれぞれコンビニの買い物袋をぶら下げており、その中身は酒やツマミなどであった。
「かんぱーい!」
「うぇーい!」
「昼間ッからやる酒はサイッコーだな!」
治郎に気付いた様子もなく、五人は缶ビールを開け、枝豆やら唐揚げやらスナック菓子やらを肴にぐびぐびとやり始めた。
彼らは時に奇声を上げ、下品に笑って飲み食いを続けた。
治郎の下腹部に、彼らの声がきんきんと響き渡る。しかし治郎にとって、自分以外の人間がああして騒いでいるのを黙って見ているのは、慣れたものであった。小学校の時も中学の時も、同じクラスに純がいた高等部の頃も、池田組の連中に連れられて出た賭け試合も、同じような空間であった。
ああやって騒いでいる連中を、治郎は疎ましく思っていた。彼らにすれば、その騒ぎに混ざって来ない自分は不気味な不純物であるという事も、治郎には分かっている。だがそれは治郎からしても同じ事だ。
あいつらが自分の事をゴミだと思うのは勝手だ。だから俺だってあいつらの事を屑だと思う。
治郎は、身体が休まる気はしなかったが、彼らが宴会をやめるまではここを動かないで置こうと思った。ああいう手合いは、部外者に対して強い嫌悪感を抱く。自分のように気持ちの悪い者がいれば何が何でも排除しようとする。
別に、あんな連中を相手にする事は、自分にとって容易い。例え奴らのやかましい声が、自分できんたまを引き千切った傷に響こうとも、戦力差を覆す事は不可能だ。
けれども余計な事をやって、回復が遅れたりするのは良い事ではない。又、今の治郎は池田組に追われる身となっているらしい――理由は分からないが――。ここで問題を起こせば、池田組の連中の耳に入り、彼らがここへやって来るかもしれない。
小川だの、木原だの、井波だのは問題ではないが、こぞって拳銃でも持ち出されてしまったのではさしもの治郎とてただでは済まない。
だから、黙っている事にした。
小学校の頃、草むしりをしていた治郎を見付けられなかった教師が、サボっていたと決め付けてひっぱたいた時と同じように。
中学の頃、中間テストの勉強の為に集まった女子たちが、治郎の机の周りを囲んでいた時と同じように。
治郎がそうしていると、早くも彼らに酔いが回り、服を脱ぎ出す者が現れた。缶ビールを持って奇妙な踊りをやり始めた一人を見て、他の者たちがげらげらと笑った。
踊る半裸の男は、紅一点のケイトに抱き付いてキスをすると、そのまま押し倒して相手の服を脱がし始めた。ケイトも抵抗する様子は見せずに、男の身体を受け入れている。
他の男たちも、口笛や手拍子で囃し立てながら服を脱ぎ、女に群がるようにして行った。
輪姦されるような形だったが、男女共に合意の上の事であったようで、女は笑いながら男の上で腰を振り、手に逸物を持ち、唇に雄を含んでいた。
淫らな言葉を繰り返し口にして、男たちと女は複雑に絡み合った。蛇の交尾と同じだ。鮫が、雌を見掛けると突撃しざまにねじ込んで、子種だけを吐き出してゆくのと同じだった。
すると、体位を変えるのに頭を動かした男の一人――ユウジが、治郎の方を向いた。
治郎は別に気にしなかったのだが、ユウジは驚いた様子で立ち上がり、仲間たちに言った。
「何だ、お前?」
「いつからそこにいやがった!?」
「てめぇ、何で俺たちの隠れ家にいるんだ!」
治郎は無視をした。
酔っ払っている上にSEXで気持ちが高ぶっている連中に、何を言っても無駄だ。それに自分のような喋り方では、彼らと意思の疎通が出来るとは思えない。
「黙ってんじゃねぇ!」
「何なんだてめぇはよぉ!」
男たちは激昂したように、治郎を罵倒する勢いで問い詰めた。
治郎はそれでも黙っていた。
「ねぇー、それより早く続きしようよぅ」
身体を彼我の体液でぬるぬるにしたケイトが、男たちに言った。
「それとも、君も混ざるぅ? あはははははっ」
「ユウジ、お前だったよな?」
「違ぇよ! ケイトとカズキだろ?」
「私じゃないわよぅ」
「俺かもしれねぇや」
「やっぱりヤスヒロじゃねぇか! なぁヨシオ」
工場は外側こそ稼働時のままだったが、中身は殆ど運び出されており、ただっ広く埃の積み重ねられた灰色の箱という具合であった。治郎はその片隅に座り込み、痛みが治まるのを待っていた。
治郎が開けっ放しにした鉄の扉に不信感を抱きながらも、工場の中に入って来たのは五人の男女であった。男が四人で、一人が女だ。治郎には、ケイトという名前の人物が女だという事くらいしか、分からなかった。
ユウジたち五人は工場の真ん中にやって来ると、工場の床に丸めて置いたブルーシートを敷いて座り込んだ。彼らはそれぞれコンビニの買い物袋をぶら下げており、その中身は酒やツマミなどであった。
「かんぱーい!」
「うぇーい!」
「昼間ッからやる酒はサイッコーだな!」
治郎に気付いた様子もなく、五人は缶ビールを開け、枝豆やら唐揚げやらスナック菓子やらを肴にぐびぐびとやり始めた。
彼らは時に奇声を上げ、下品に笑って飲み食いを続けた。
治郎の下腹部に、彼らの声がきんきんと響き渡る。しかし治郎にとって、自分以外の人間がああして騒いでいるのを黙って見ているのは、慣れたものであった。小学校の時も中学の時も、同じクラスに純がいた高等部の頃も、池田組の連中に連れられて出た賭け試合も、同じような空間であった。
ああやって騒いでいる連中を、治郎は疎ましく思っていた。彼らにすれば、その騒ぎに混ざって来ない自分は不気味な不純物であるという事も、治郎には分かっている。だがそれは治郎からしても同じ事だ。
あいつらが自分の事をゴミだと思うのは勝手だ。だから俺だってあいつらの事を屑だと思う。
治郎は、身体が休まる気はしなかったが、彼らが宴会をやめるまではここを動かないで置こうと思った。ああいう手合いは、部外者に対して強い嫌悪感を抱く。自分のように気持ちの悪い者がいれば何が何でも排除しようとする。
別に、あんな連中を相手にする事は、自分にとって容易い。例え奴らのやかましい声が、自分できんたまを引き千切った傷に響こうとも、戦力差を覆す事は不可能だ。
けれども余計な事をやって、回復が遅れたりするのは良い事ではない。又、今の治郎は池田組に追われる身となっているらしい――理由は分からないが――。ここで問題を起こせば、池田組の連中の耳に入り、彼らがここへやって来るかもしれない。
小川だの、木原だの、井波だのは問題ではないが、こぞって拳銃でも持ち出されてしまったのではさしもの治郎とてただでは済まない。
だから、黙っている事にした。
小学校の頃、草むしりをしていた治郎を見付けられなかった教師が、サボっていたと決め付けてひっぱたいた時と同じように。
中学の頃、中間テストの勉強の為に集まった女子たちが、治郎の机の周りを囲んでいた時と同じように。
治郎がそうしていると、早くも彼らに酔いが回り、服を脱ぎ出す者が現れた。缶ビールを持って奇妙な踊りをやり始めた一人を見て、他の者たちがげらげらと笑った。
踊る半裸の男は、紅一点のケイトに抱き付いてキスをすると、そのまま押し倒して相手の服を脱がし始めた。ケイトも抵抗する様子は見せずに、男の身体を受け入れている。
他の男たちも、口笛や手拍子で囃し立てながら服を脱ぎ、女に群がるようにして行った。
輪姦されるような形だったが、男女共に合意の上の事であったようで、女は笑いながら男の上で腰を振り、手に逸物を持ち、唇に雄を含んでいた。
淫らな言葉を繰り返し口にして、男たちと女は複雑に絡み合った。蛇の交尾と同じだ。鮫が、雌を見掛けると突撃しざまにねじ込んで、子種だけを吐き出してゆくのと同じだった。
すると、体位を変えるのに頭を動かした男の一人――ユウジが、治郎の方を向いた。
治郎は別に気にしなかったのだが、ユウジは驚いた様子で立ち上がり、仲間たちに言った。
「何だ、お前?」
「いつからそこにいやがった!?」
「てめぇ、何で俺たちの隠れ家にいるんだ!」
治郎は無視をした。
酔っ払っている上にSEXで気持ちが高ぶっている連中に、何を言っても無駄だ。それに自分のような喋り方では、彼らと意思の疎通が出来るとは思えない。
「黙ってんじゃねぇ!」
「何なんだてめぇはよぉ!」
男たちは激昂したように、治郎を罵倒する勢いで問い詰めた。
治郎はそれでも黙っていた。
「ねぇー、それより早く続きしようよぅ」
身体を彼我の体液でぬるぬるにしたケイトが、男たちに言った。
「それとも、君も混ざるぅ? あはははははっ」
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