超神曼陀羅REBOOT

石動天明

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第四章 戦いの狼煙

第十四節 次なるステージ

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 鎧騎士は膝をたわめて、天井まで届くようなジャンプをした。するとランドセルのノズルから火を噴いて、ケイトに迫ろうとする怪物の前に降り立たせた。

 鎧騎士の後ろ蹴りが、怪物の顎にクリーンヒットする。怪物は顎を蹴り砕かれ、身体を逸らすようにして直立し、そして仰向けになった。

 これでも立ち上がろうとする怪物を見た鎧騎士が、右脚を前に出した。脛当ては正面に山なりに突き出しているのだが、その中央からすらりと何かが飛び出した。

 刃だ。

 足首より少し高い位置にジョイントが仕込まれており、これが小刀を脛から見て正眼に固定している。

 鎧騎士はベルトのサイドバックルを操作した。サイドバックルにはレバーやスイッチ、ボタンが幾つか備わっており、これを操作する事で、刀が脹脛の方へ移動していった。踵から後方に、刀が生えている様子だ。

 鎧騎士は怪物に接近すると、ローキックを前肢に見舞った。折れていない方の上腕に、鉄の脛当てが炸裂し、骨が砕ける。そして返す刀で頭部を狙った。怪物は身体を逸らして躱そうとするが、蹴りの軌道を追い掛けて来た小刀が頬に潜り込んで反対側まで突き抜け、下顎をそのまま落としてしまう。

 血の涎掛けをした怪物が、逆上したように鎧騎士に躍り掛かる。

 鎧騎士は左のアッパーカットを、鱗のプレートで覆われた胸に突き刺した。生体鎧など鉄のナックルパートの前には紙切れ同然だ。鎧騎士の拳は怪物の胸骨を砕いて心臓に達した。

 すると鎧騎士の左腕が火を噴いた。上腕装甲の突起もスラスターであったらしい。鎧騎士はその場で上昇しながら半回転し、その拳は心臓をぶち抜き、肩甲骨を砕きながら、瘤の脂を撒き散らした。

 抉り取られた部分から、大量に血を吐き出す怪物。

 鎧騎士は背中の棒を引き抜きながら、サイドバックルを操作。右脚の刀のジョイントが脛当てに沿ってせり上がって来て、茎を露出させた。この茎を左手で掴んで取り上げ、背中から引き抜いた棒――刀の柄と合体させる。

 鎧騎士が小刀を一閃した。怪物の頸がぽーんと飛び、天井にぶつかって落下する。硬い地面に激突して、怪物の頭蓋骨おはちが割れ、切断面からは血液が、眼窩からは眼球が飛び出した。

 血の噴水を作りながら、怪物の巨体が倒れ込む。
 その生命活動は、完全に停止したらしかった。

 鎧騎士は、ケイトたちを確認した。二人とも何が起こったのか分からない様子で、言葉を失っている。もう一人……治郎は、鎧騎士をあの昏い瞳で睨み付けている。拳を血が滲むくらい強く握り、背中にどす黒い空気を纏っているようであった。

 治郎は地面に唾を吐くと、鎧騎士のオートバイが開けた工場の壁の孔から外へ出た。これだけ騒ぎを起こせば、誰かが警察に通報すると思われたし、そうなったら面倒だと考えたのだろう。

 鎧騎士はケイトに歩み寄った。

「怪我はないかい」

 くぐもった声がした。ケイトにはどうやら、怪物による打撲や擦過傷はあっても、他に命に係わる傷はないらしかった。

 ヨシオは、普通なら眼を背けたくなるような顔になっているのだが、口も足も、怪物による被害ではないらしかった。そうでないのならば、自分に助ける義務はないとばかりに、鎧騎士はバイクに歩み寄った。

 鎧騎士がシートの下から取り出したのは、グリップのある筒であった。この先端を怪物の遺体に向けた鎧騎士がトリガーを引くと、筒先から紅蓮の炎が噴射されて怪物を包み込んだ。炎と共に油が発射されており、やがて高火力によって怪物の骸は炭と消えるだろう。

 サイレンが聞こえた。火炎放射器を仕舞った鎧騎士はバイクに乗り、やって来た時と同じようにその場を離脱した。工場内には、消し炭となった怪物の遺体と、呆然とする男女、何も知らずに気を失っている男と、怪物が喰い散らかした男の死体が残っていた。





 鎧騎士は人目に付かない場所までバイクで走り、田園地帯を見下ろす崖の上にやって来た。

 兜の眉間のランプが、蒼く明滅している。鎧騎士はヘッドセットに両手をやり、顔の正面へ回すような動作をした。するとランプを備えた前立てが持ち上がり、逆にひさしは、チンガードに向かって鰐が上下の顎を閉じるように下がった。後頭部を覆っていた部分も鉢金に収納され、白っぽいヘルメットが出現する。

 鰐型の兜を取り外すと、ガスマスクのような顔が現れた。ゴーグルはヘッドセットの下の軸で横に展開するようになっており、マスクとヘルメットも取り外すと、白い肌の美貌が出現した。

「ふぅーっ……」

 と、桜色の唇から息を吐き出したのは、青蓮院純である。顔を汗でべっとりと濡らし、ヘルメットを脱ぐ際に引っ掛かった前髪がざんばら気味になっている。その長い睫毛の上に、汗の雫が乗っていた。普段はポニーテールにしている後ろ髪は、ネックガードの下に収納されているのだ。

「最新のチューンアップは上々と言った所か……」

 崖の下から這い上がって来る爽やかな風で汗を拭き、傾き始めた太陽の光で鎧を煌かせる純。

 純は鰐の頭の形のヘルメットを、オートバイのタンクに置き、語り掛けるような口調で言った。

「これからよろしく頼むよ、〈クベラ〉」





男たちの異形の戦いは、次のステージへと進み始めていた。 
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