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第七章 魔獣、集結
第十節 カウントダウン
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グラスは橋の下から出て来る途中で、一旦橋の上に眼をやり、停まっている車を見やった。蛟に同行者がいないかどうか、確かめたのだ。
相手が一人であれば、男四人、団結して制圧する事も可能だと考えた。ましてや蛟の外見は、雅人のような分かり易い強さの記号を持っていない。
「人探しだってよ。こんな所に、女が来るもんか」
「バカヤロー、タンポポちゃんが女じゃねぇってのかよ」
「何だ何だ、ひょっとして女房に愛想を尽かされちまったのか?」
「良い男なのに、運がねぇなぁ、あんちゃん」
そんな会話をしていると、蛟が段ボール小屋から出て来た。探しても、杏子の痕跡がある訳ではない。
「どうだい、女はいたかい?」
「いいえ。……あちらの小屋も、拝見させて頂いて構わないでしょうか」
「構わないけど……」
蛟は、グラスに先導されるようにして、橋の下に向かった。
残りの三人は、付かず離れずの距離で、それを見守った。
「タンポポちゃん、いるかい」
グラスに声を掛けられて、リヤカーの荷台から毛布を跳ね除けたタンポポちゃんが上体を起こす。眠りを邪魔されたと言いたげな不満そうな顔であった。
「女、ですね……」
しかし、写真に写っている杏子とは別人だ。
蛟はタンポポちゃんに荷台からどいて貰うと、毛布を持ち上げた。荷台の硬さで背中を痛めないように敷かれていた段ボールを引き剥がすが、木の荷台があるだけだ。リヤカーの下を覗き込んでみても、ネズミがちろちろと逃げ出すだけで、如何に小柄とは言え杏子の姿は確認出来ない。
「もう満足したかい。他のグループの場所も探すってんなら教えるけど……」
グラスがそう言い掛けた所で、蛟は冷たい微笑と共に首を横に振った。
蛟が橋の下から出ると、不安そうな三人が事の行く末を眺めている。
蛟は五人のホームレスたちを一人ずつ眺めて、このように言った。
「これから皆さんに、チャンスを差し上げます」
「チャンス?」
「はい。この中に嘘を吐いている人がいます。その嘘を覆すチャンスです」
「嘘だって?」
「姿は見えませんが、この近くに私の探している女性がいる事は確実です」
「変な言い掛かりはよしてくれよ」
「これから私が、“この女性を知っていますね”と訊きます」
「だから、知らないって言ってるだろう!」
「ですので私が三秒数える間に、本当の事を言って欲しいのです」
「本当も何も、私たちは初めから……」
「この女性を知っていますね?」
蛟が、五人に対して写真を見せながら言った。
誰も答えないでいると、蛟はカウントダウンを始めた。
「イー」
「アル」
「サン」
次の瞬間、メガネの頭部が柘榴のように弾けた。
彼のアイデンティティであった眼鏡が、真っ赤な塗料をぶち撒けられたようになり、地面に落下してレンズをひび割れさせた。
その場に、柱状の赤い噴水が作り上げられていた。
それまでメガネと呼ばれていた男の顔が闇夜に溶け、肉体はその場に倒れ込んだ。
「ひぃぃぃぃっ!?」
残る四人が悲鳴を上げて、蛟から距離を取った。
蛟は全身に返り血を浴びると、その香りを肺いっぱいに吸い込み、とろけるような表情を見せる。
「この女性を知っていますね?」
そう訊くと、再びカウントダウンが行なわれた。
四人は、眼鏡の頭部が破裂した事に動揺して、その問いが発せられたのに気付けなかった。
「イー、アル、サン」
蛟は指を打ち鳴らした。
すると今度は、革ジャンの胸元から噴血が上がった。彼の胸が内側から裂けており、肋間から赤い液体が噴出している。
仰向けに倒れた革ジャンは、自ら噴き上げた血を全身に浴びせられて痙攣し、その勢いが治まると共に指の一本さえ動かす事が出来なくなった。
「この女性を知っていますね?」
蛟が再度、問いを発した。
「イー、アル、サン……」
「し、知ってる!」
そう言ったのはグラスであった。だが、グラスは最後まで言葉を紡ぐ事が出来なかった。開いた口の中に、圧縮された空気のようなものが詰め込まれるのを感じた。そしてその空気が、頬の内側を引き裂いてしまったのだ。
耳から反対側の耳まで、口が裂かれて赤い涎掛けを身に付けるグラス。
サングラスを血の水溜まりにこぼして痛みに悲鳴を上げ、悶絶するその頭部に、蛟がブーツの踵を踏み下ろした。
「残念、少し遅かったですね……」
蛟は、灰髭とタンポポちゃんに向き直って、冷笑を浮かべつつ質問した。
「この女性を知っていますね?」
相手が一人であれば、男四人、団結して制圧する事も可能だと考えた。ましてや蛟の外見は、雅人のような分かり易い強さの記号を持っていない。
「人探しだってよ。こんな所に、女が来るもんか」
「バカヤロー、タンポポちゃんが女じゃねぇってのかよ」
「何だ何だ、ひょっとして女房に愛想を尽かされちまったのか?」
「良い男なのに、運がねぇなぁ、あんちゃん」
そんな会話をしていると、蛟が段ボール小屋から出て来た。探しても、杏子の痕跡がある訳ではない。
「どうだい、女はいたかい?」
「いいえ。……あちらの小屋も、拝見させて頂いて構わないでしょうか」
「構わないけど……」
蛟は、グラスに先導されるようにして、橋の下に向かった。
残りの三人は、付かず離れずの距離で、それを見守った。
「タンポポちゃん、いるかい」
グラスに声を掛けられて、リヤカーの荷台から毛布を跳ね除けたタンポポちゃんが上体を起こす。眠りを邪魔されたと言いたげな不満そうな顔であった。
「女、ですね……」
しかし、写真に写っている杏子とは別人だ。
蛟はタンポポちゃんに荷台からどいて貰うと、毛布を持ち上げた。荷台の硬さで背中を痛めないように敷かれていた段ボールを引き剥がすが、木の荷台があるだけだ。リヤカーの下を覗き込んでみても、ネズミがちろちろと逃げ出すだけで、如何に小柄とは言え杏子の姿は確認出来ない。
「もう満足したかい。他のグループの場所も探すってんなら教えるけど……」
グラスがそう言い掛けた所で、蛟は冷たい微笑と共に首を横に振った。
蛟が橋の下から出ると、不安そうな三人が事の行く末を眺めている。
蛟は五人のホームレスたちを一人ずつ眺めて、このように言った。
「これから皆さんに、チャンスを差し上げます」
「チャンス?」
「はい。この中に嘘を吐いている人がいます。その嘘を覆すチャンスです」
「嘘だって?」
「姿は見えませんが、この近くに私の探している女性がいる事は確実です」
「変な言い掛かりはよしてくれよ」
「これから私が、“この女性を知っていますね”と訊きます」
「だから、知らないって言ってるだろう!」
「ですので私が三秒数える間に、本当の事を言って欲しいのです」
「本当も何も、私たちは初めから……」
「この女性を知っていますね?」
蛟が、五人に対して写真を見せながら言った。
誰も答えないでいると、蛟はカウントダウンを始めた。
「イー」
「アル」
「サン」
次の瞬間、メガネの頭部が柘榴のように弾けた。
彼のアイデンティティであった眼鏡が、真っ赤な塗料をぶち撒けられたようになり、地面に落下してレンズをひび割れさせた。
その場に、柱状の赤い噴水が作り上げられていた。
それまでメガネと呼ばれていた男の顔が闇夜に溶け、肉体はその場に倒れ込んだ。
「ひぃぃぃぃっ!?」
残る四人が悲鳴を上げて、蛟から距離を取った。
蛟は全身に返り血を浴びると、その香りを肺いっぱいに吸い込み、とろけるような表情を見せる。
「この女性を知っていますね?」
そう訊くと、再びカウントダウンが行なわれた。
四人は、眼鏡の頭部が破裂した事に動揺して、その問いが発せられたのに気付けなかった。
「イー、アル、サン」
蛟は指を打ち鳴らした。
すると今度は、革ジャンの胸元から噴血が上がった。彼の胸が内側から裂けており、肋間から赤い液体が噴出している。
仰向けに倒れた革ジャンは、自ら噴き上げた血を全身に浴びせられて痙攣し、その勢いが治まると共に指の一本さえ動かす事が出来なくなった。
「この女性を知っていますね?」
蛟が再度、問いを発した。
「イー、アル、サン……」
「し、知ってる!」
そう言ったのはグラスであった。だが、グラスは最後まで言葉を紡ぐ事が出来なかった。開いた口の中に、圧縮された空気のようなものが詰め込まれるのを感じた。そしてその空気が、頬の内側を引き裂いてしまったのだ。
耳から反対側の耳まで、口が裂かれて赤い涎掛けを身に付けるグラス。
サングラスを血の水溜まりにこぼして痛みに悲鳴を上げ、悶絶するその頭部に、蛟がブーツの踵を踏み下ろした。
「残念、少し遅かったですね……」
蛟は、灰髭とタンポポちゃんに向き直って、冷笑を浮かべつつ質問した。
「この女性を知っていますね?」
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