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第十三章 百鬼曼陀羅
第一節 吉祥戦女
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アミューズメントホテル“SHOCKER”の最上階は、大きく四つのフロアに分かれている。
一つは、紀田勝義のオフィス。紀田が普段住んでおり、寝起きはここでする。
一つは、応接室。滅多にない来客の為に造ってある。
一つは大浴場。紀田はここに、女や少年を連れ込んで、性的暴行を働いていた。
そして監禁部屋。
他の部屋が、かつて高層ホテルであった名残を残しており、一個人が暮らすとすれば豪邸の様相を呈しているのに対し、この部屋だけは打ちっ放しのコンクリートで四方を囲まれた、冷たく物々しい造りになっている。
壁には様々な拷問器具が備え付けられており、大浴場と同じく、紀田が気に入った女を連れ込んで非道な行為をする際に使われた。
この監禁部屋は、辿り着くまでに目立たないドアを開けて通路に入る必要がある。故に、単に応接室を訪れた人間ではその存在さえも分からない。
通路を進むとその先が堅牢な鉄の扉になっている。錆び付いた扉は、その前に引き出された女にとって、地獄の門に相違なく映るだろう事は容易に想像出来た。
その扉の前に、五人の男がいる。
いると言っても、その内の三人は、床に横たわって動かない。
一人は、頭皮を毟り取られて頭蓋骨を剥き出している。
一人は顔面が陥没しており、もう一人は顎が砕かれて口をだらしなく開けていた。
だから動いているのは、二人だけだ。
「おい! この、女ァっ! 出て来やがれ!」
その二人も、活動的なのは一人だけだ。
ズボンの前と後ろと、大小便で汚した男である。
鉄の扉を怒りに任せて叩き付けている失禁男の後ろで、壁にもたれ掛かっているのは、鼻が潰れ、前歯がなくなった男だ。
五人とも、蛟に倒されながらも復活した明石雅人によって、叩きのめされている。
失禁男は直接的な攻撃をされなかったので、こうして元気で叫んでいた。
鼻が潰れた男も重症であるが、辛うじて意識を取り戻している。
「てめぇら、助かると思ってるのか! 諦めて出て来い! あんなチンピラが俺たち勝義会をどうこう出来る訳ねぇだろう! 見ていやがれ、てめぇら所詮、雌豚なんだよ! 会長が戻って来たらなぁ、ぶち犯してから、二度と見れねぇツラにしてやる!」
失禁男は、部屋の内側にいる女たちに呼び掛けた。
繁華街のスナック“わかば”に出勤した所を捕らえられた里中いずみと、弥名倉橋から拉致された渋江杏子だ。
雅人によって救出された杏子は、この監禁部屋で雅人を待った。
鍵がなければ外からは開けられない部屋は、場合によっては他者の侵入を防ぐ要塞と化す。
雅人は、自分がノックアウトした男たちを廊下に放置し、鍵を杏子に渡して、内側からロックさせた。
杏子は、雅人から与えられた特大サイズの革ジャンを羽織り、自分と同じく勝義会のチンピラから拷問を受けたいずみと寄り添って、雅人による救出を待っているのだ。
雅人が、蛟と再会し、純と邂逅し、戻って来た紀田と戦っている間に、比較的無傷だったチンピラが敵意を取り戻し、監禁部屋に閉じ籠った二人を脅し始めたのだ。
屋上から響く振動が何であるか気になったが、彼にとってはそれ以上に、杏子といずみを引き出して、自分たちが味わわされた屈辱を晴らさねばならなかった。
そう思って、鉄の扉を、自分の拳の皮が捲れるまで殴っていた。
「あの糞女共が。舐めた事やりやがって」
自分が糞便を漏らしている事さえ忘れる怒りに、失禁男は身を焦がす。
そうしていると、通路の扉が開いた。
振り向けば、狭い廊下を、姿勢を正して歩いて来る者があった。
燕尾服を着ていたし、髪も短いから男かと思ったが、身体のラインを見ると女だ。
「何だ、てめぇは!」
お決まりの安っぽい台詞を、失禁男が叫んだ。
燕尾服の女――祥は、その場に倒れた三人と、立っている二人を見据えて、明確な侮蔑に表情を歪めた。
「大したものだ。見ただけで内面の汚らわしさが分かる」
「何だとォ?」
祥の唾を吐くような罵声に、失禁男が憤り、走り寄った。
右の拳を振り上げている。
祥は、白い手袋をした右手を回し、失禁男の手首を外側から押さえると、同時に縦にした左の拳を勢い付いて接近して来た相手のこめかみに押し付けていた。
失禁男が、二度目の失禁をして、その場に倒れる。
呆気に取られる鼻を潰した男の前で、祥が訝るような顔をした。
「――嘘ッ、こいつウンコ漏らしてるじゃん! きったねぇなぁ!」
純に応対する時の敬語でも、寸前まで見せていた凛とした口調でもなく言って、祥は廊下の壁にへばりついて顔を歪めた。
「萎えるわぁ……。服、汚れてないよね。靴とか……ほっ」
「この、アマ!」
左右の靴底を確認する祥に、鼻を潰された男も襲い掛かる。
飛び掛かって来た男を察知すると、祥は再び瞳をぎらりと輝かせた。
身体を沈めて回転し、すれ違いざまに男の膝を後ろから叩く。
片膝を勢い良く床に着き、その意外なくらいの痛さに気を取られた男の後頭部を、祥は踏み付けた。
潰れた男の鼻は、先に倒れていた失禁男の尻に押し付けられる事となった。
「糞野郎。お前にはそれがお似合いだよ」
祥はそう言ってから、はたと我に返り、誰が見ている訳でもないのにきょろきょろと周囲を見渡すと、咳払いをして鉄の扉に向かった。
一つは、紀田勝義のオフィス。紀田が普段住んでおり、寝起きはここでする。
一つは、応接室。滅多にない来客の為に造ってある。
一つは大浴場。紀田はここに、女や少年を連れ込んで、性的暴行を働いていた。
そして監禁部屋。
他の部屋が、かつて高層ホテルであった名残を残しており、一個人が暮らすとすれば豪邸の様相を呈しているのに対し、この部屋だけは打ちっ放しのコンクリートで四方を囲まれた、冷たく物々しい造りになっている。
壁には様々な拷問器具が備え付けられており、大浴場と同じく、紀田が気に入った女を連れ込んで非道な行為をする際に使われた。
この監禁部屋は、辿り着くまでに目立たないドアを開けて通路に入る必要がある。故に、単に応接室を訪れた人間ではその存在さえも分からない。
通路を進むとその先が堅牢な鉄の扉になっている。錆び付いた扉は、その前に引き出された女にとって、地獄の門に相違なく映るだろう事は容易に想像出来た。
その扉の前に、五人の男がいる。
いると言っても、その内の三人は、床に横たわって動かない。
一人は、頭皮を毟り取られて頭蓋骨を剥き出している。
一人は顔面が陥没しており、もう一人は顎が砕かれて口をだらしなく開けていた。
だから動いているのは、二人だけだ。
「おい! この、女ァっ! 出て来やがれ!」
その二人も、活動的なのは一人だけだ。
ズボンの前と後ろと、大小便で汚した男である。
鉄の扉を怒りに任せて叩き付けている失禁男の後ろで、壁にもたれ掛かっているのは、鼻が潰れ、前歯がなくなった男だ。
五人とも、蛟に倒されながらも復活した明石雅人によって、叩きのめされている。
失禁男は直接的な攻撃をされなかったので、こうして元気で叫んでいた。
鼻が潰れた男も重症であるが、辛うじて意識を取り戻している。
「てめぇら、助かると思ってるのか! 諦めて出て来い! あんなチンピラが俺たち勝義会をどうこう出来る訳ねぇだろう! 見ていやがれ、てめぇら所詮、雌豚なんだよ! 会長が戻って来たらなぁ、ぶち犯してから、二度と見れねぇツラにしてやる!」
失禁男は、部屋の内側にいる女たちに呼び掛けた。
繁華街のスナック“わかば”に出勤した所を捕らえられた里中いずみと、弥名倉橋から拉致された渋江杏子だ。
雅人によって救出された杏子は、この監禁部屋で雅人を待った。
鍵がなければ外からは開けられない部屋は、場合によっては他者の侵入を防ぐ要塞と化す。
雅人は、自分がノックアウトした男たちを廊下に放置し、鍵を杏子に渡して、内側からロックさせた。
杏子は、雅人から与えられた特大サイズの革ジャンを羽織り、自分と同じく勝義会のチンピラから拷問を受けたいずみと寄り添って、雅人による救出を待っているのだ。
雅人が、蛟と再会し、純と邂逅し、戻って来た紀田と戦っている間に、比較的無傷だったチンピラが敵意を取り戻し、監禁部屋に閉じ籠った二人を脅し始めたのだ。
屋上から響く振動が何であるか気になったが、彼にとってはそれ以上に、杏子といずみを引き出して、自分たちが味わわされた屈辱を晴らさねばならなかった。
そう思って、鉄の扉を、自分の拳の皮が捲れるまで殴っていた。
「あの糞女共が。舐めた事やりやがって」
自分が糞便を漏らしている事さえ忘れる怒りに、失禁男は身を焦がす。
そうしていると、通路の扉が開いた。
振り向けば、狭い廊下を、姿勢を正して歩いて来る者があった。
燕尾服を着ていたし、髪も短いから男かと思ったが、身体のラインを見ると女だ。
「何だ、てめぇは!」
お決まりの安っぽい台詞を、失禁男が叫んだ。
燕尾服の女――祥は、その場に倒れた三人と、立っている二人を見据えて、明確な侮蔑に表情を歪めた。
「大したものだ。見ただけで内面の汚らわしさが分かる」
「何だとォ?」
祥の唾を吐くような罵声に、失禁男が憤り、走り寄った。
右の拳を振り上げている。
祥は、白い手袋をした右手を回し、失禁男の手首を外側から押さえると、同時に縦にした左の拳を勢い付いて接近して来た相手のこめかみに押し付けていた。
失禁男が、二度目の失禁をして、その場に倒れる。
呆気に取られる鼻を潰した男の前で、祥が訝るような顔をした。
「――嘘ッ、こいつウンコ漏らしてるじゃん! きったねぇなぁ!」
純に応対する時の敬語でも、寸前まで見せていた凛とした口調でもなく言って、祥は廊下の壁にへばりついて顔を歪めた。
「萎えるわぁ……。服、汚れてないよね。靴とか……ほっ」
「この、アマ!」
左右の靴底を確認する祥に、鼻を潰された男も襲い掛かる。
飛び掛かって来た男を察知すると、祥は再び瞳をぎらりと輝かせた。
身体を沈めて回転し、すれ違いざまに男の膝を後ろから叩く。
片膝を勢い良く床に着き、その意外なくらいの痛さに気を取られた男の後頭部を、祥は踏み付けた。
潰れた男の鼻は、先に倒れていた失禁男の尻に押し付けられる事となった。
「糞野郎。お前にはそれがお似合いだよ」
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