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第二章 黎明編
第19話 若き当主
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騎士団掌握の二日後、公爵夫妻の病死が公にされた。まだ十三歳の弟に代わり、ミレーヌが若き当主として立つことが発表される。さらに、家令や騎士団幹部の逮捕、そして新体制の発布は、領内に先行きの不透明さからくる動揺を広げていた。
特に女性であるレベッカの筆頭書記官の就任は、伝統的な価値観への挑戦と受け止められ、賛同と批判が入り乱れる感情が領内を駆け巡った。しかし、ミレーヌはその動揺には目もくれない。彼女は公爵家を掌握した成果に深く満足していた。
公爵夫妻の病死を公表した五日後の午前に、公爵夫妻の密葬が家中の主だった者のみでひっそりと執り行われた。領地の未来を担うべき当主ミレーヌは、感情を見せることなくその場に立っていた。
◆◇◆◇
密葬から三週間後、ラウールが王都の情勢を持ち帰った。
国王と家臣の間では、年若いミレーヌが公爵家を継ぐことに不安を抱きつつも、いくつかの要因からその承継を認めざるを得ないという見方が強まっていた。
第一に、見舞いの使者を、幼き公爵令嬢が完璧に応対したこと。第二に、公爵夫妻発症後、三か月以上も、ミレーヌが領主代行として、公爵家を混乱なく治めていること。
そして最も重要なのが、国土の七割以上は数多くの貴族が直接統治しており、国王の権威によってかろうじてまとまっているに過ぎないというカッツー王国の現状だ。国内有数の大貴族に対して、嫡筋にも拘らず当主選定に、国王が異を唱えれば、国内の貴族全体に動揺が広がる。それだけは国王も断じて避けなければならない。
さらに、国王は、問題なく統治されている公爵領よりも、一旦婚約破棄した王太子の婚約を急いでいるのかもしれないとのことであった。
その報告を受けて、レベッカに指示を出すミレーヌ。
「レベッカ、叙任のため王都に働きかけるよう手配しなさい」
ミレーヌの指示に、筆頭書記官となったレベッカは微かに眉をひそめた。
「ミレーヌ様、叙任がそのまま認められるのでしょうか?」
「なぜ?」
「言いにくいことですが、婚約破棄の件もあり、王太子殿下が反対する可能性があります。それにミレーヌ様は、国王から見れば、年若い女性です。公爵家当主の承継は、いわば公爵領内の話ですが、叙任となると王国内の貴族全体のバランスもあり、すんなり通るとは思えませんが」
香織の企画書を詰まらなさそうに見た上司の顔が、ミレーヌの脳裏に浮ぶ。この世界もろくでもないと改めて痛感する。
それに王太子は、私を蹴倒した男。彼が叙任を阻む感情的な意図は理解不能だが、ミレーヌには関係のないことだった。
ミレーヌは冷徹な眼差しで言い放った。
「それなら、国王に仕える家臣の人となりを調べないと。ラウール、それは貴方に任せるわ」
ラウールは訝しげに首を傾げた。
「家臣の人となりですか?」
ミレーヌは薄く笑みを浮かべた。
「簡単よ。守銭奴なら賄賂を送ればいいし、好色なら女を使って篭絡すればいいの。そして叙任の働きかけをすればいいでしょう」
◆◇◆◇
翌日の、午後の日差しが差し込む会議室には、先ほどまでのジャックに代わり、ラウールとレベッカ、そして新家令となったパトリスの三人が並んでいた。ミレーヌは目の前の報告書に視線を落とす。
「今まで、公爵家の財務状況の報告書を見てきたけれど、正直言って、まるで小遣い帳ね。キャッシュフローとか出してくれないと全く分からないわ」
その言葉に、ラウールが困惑した表情を浮かべた。
「き、きゃっしゅふろー、でございますか? それは何なのですか?」
ミレーヌは痛感した。この世界の会計概念は、彼女が知るそれとはあまりにもかけ離れている。複式簿記すら根付いていないのかもしれない。頭の奥が、ずきりと痛む。
「いいわ、あとで教えるから。計数に強そうな者を何人か同席させなさい」
「承知いたしました」
ミレーヌは密かに、人材不足を痛感した。罪人などから駒を登用しても全く足りない。このままでは、思い描いた戦略の修正を余儀なくされる。いや、そんな悠長に時間をかけている場合ではない。
(もっと駒が欲しい。それに時間も足りない……)
彼女の思考は一瞬、焦燥に駆られた。だが、すぐに冷静さが戻る。
(いや、焦る必要はないか。私は三十半ばのOLではない。今はまだ十七歳の小娘だ。十年経っても、二十七歳。何を私は、焦っているのか。)
ミレーヌが長く沈黙に耽る間、その場にいる三人の配下は、ただ主の言葉を待つしかなかった。
特に女性であるレベッカの筆頭書記官の就任は、伝統的な価値観への挑戦と受け止められ、賛同と批判が入り乱れる感情が領内を駆け巡った。しかし、ミレーヌはその動揺には目もくれない。彼女は公爵家を掌握した成果に深く満足していた。
公爵夫妻の病死を公表した五日後の午前に、公爵夫妻の密葬が家中の主だった者のみでひっそりと執り行われた。領地の未来を担うべき当主ミレーヌは、感情を見せることなくその場に立っていた。
◆◇◆◇
密葬から三週間後、ラウールが王都の情勢を持ち帰った。
国王と家臣の間では、年若いミレーヌが公爵家を継ぐことに不安を抱きつつも、いくつかの要因からその承継を認めざるを得ないという見方が強まっていた。
第一に、見舞いの使者を、幼き公爵令嬢が完璧に応対したこと。第二に、公爵夫妻発症後、三か月以上も、ミレーヌが領主代行として、公爵家を混乱なく治めていること。
そして最も重要なのが、国土の七割以上は数多くの貴族が直接統治しており、国王の権威によってかろうじてまとまっているに過ぎないというカッツー王国の現状だ。国内有数の大貴族に対して、嫡筋にも拘らず当主選定に、国王が異を唱えれば、国内の貴族全体に動揺が広がる。それだけは国王も断じて避けなければならない。
さらに、国王は、問題なく統治されている公爵領よりも、一旦婚約破棄した王太子の婚約を急いでいるのかもしれないとのことであった。
その報告を受けて、レベッカに指示を出すミレーヌ。
「レベッカ、叙任のため王都に働きかけるよう手配しなさい」
ミレーヌの指示に、筆頭書記官となったレベッカは微かに眉をひそめた。
「ミレーヌ様、叙任がそのまま認められるのでしょうか?」
「なぜ?」
「言いにくいことですが、婚約破棄の件もあり、王太子殿下が反対する可能性があります。それにミレーヌ様は、国王から見れば、年若い女性です。公爵家当主の承継は、いわば公爵領内の話ですが、叙任となると王国内の貴族全体のバランスもあり、すんなり通るとは思えませんが」
香織の企画書を詰まらなさそうに見た上司の顔が、ミレーヌの脳裏に浮ぶ。この世界もろくでもないと改めて痛感する。
それに王太子は、私を蹴倒した男。彼が叙任を阻む感情的な意図は理解不能だが、ミレーヌには関係のないことだった。
ミレーヌは冷徹な眼差しで言い放った。
「それなら、国王に仕える家臣の人となりを調べないと。ラウール、それは貴方に任せるわ」
ラウールは訝しげに首を傾げた。
「家臣の人となりですか?」
ミレーヌは薄く笑みを浮かべた。
「簡単よ。守銭奴なら賄賂を送ればいいし、好色なら女を使って篭絡すればいいの。そして叙任の働きかけをすればいいでしょう」
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その言葉に、ラウールが困惑した表情を浮かべた。
「き、きゃっしゅふろー、でございますか? それは何なのですか?」
ミレーヌは痛感した。この世界の会計概念は、彼女が知るそれとはあまりにもかけ離れている。複式簿記すら根付いていないのかもしれない。頭の奥が、ずきりと痛む。
「いいわ、あとで教えるから。計数に強そうな者を何人か同席させなさい」
「承知いたしました」
ミレーヌは密かに、人材不足を痛感した。罪人などから駒を登用しても全く足りない。このままでは、思い描いた戦略の修正を余儀なくされる。いや、そんな悠長に時間をかけている場合ではない。
(もっと駒が欲しい。それに時間も足りない……)
彼女の思考は一瞬、焦燥に駆られた。だが、すぐに冷静さが戻る。
(いや、焦る必要はないか。私は三十半ばのOLではない。今はまだ十七歳の小娘だ。十年経っても、二十七歳。何を私は、焦っているのか。)
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