21 / 81
第二章 黎明編
第21話 二本の改革
しおりを挟む
自身の警護隊を組織したミレーヌは、当主の執務室で、筆頭書記官であるレベッカ・リカールを呼び入れた。ミレーヌの後ろには、新たに警護隊長となったフィデールが直立不動で控えている。
入室したレベッカの金色の髪が、午後の陽光を浴びてきらめく。彼女はミレーヌの前に立つと、感情を表に出さず、ただ静かに当主の言葉を待つ。その瞳には、すでにミレーヌの意図を深く読み取ろうとする光が宿っていた。
「レベッカ。貴女には、公爵領の流通改革を任せるわ」
「承知いたしました。具体的にはどのような改革を?」
「まずは、領内全ての関税と通行税の基準を統一し、文書化して公示しなさい。これに関して代官や関守の裁量権は認めないわ。
次に、公爵領内でのみ使用できる信用手形決済の導入を図りなさい。まずは公爵家が保証する形で、ラウールをはじめとした信頼できる大商人から試行的に発行を開始するわ。現金の持ち運びリスクを減らせるし、大規模な取引も円滑になるでしょう。」
「関税・通行税の標準化は理解できますが、その信用......手形決済というのはどういうことなのでしょうか?」
この世界に「信用手形決済」という概念が浸透していないことをミレーヌは即座に理解した。
(確か手形決済は、十二世紀にイタリアの両替商が生み出したと記憶していたけど、この世界では信用手形決済は、まだ生まれていないのね。キリスト教のような各国にまたがる強大な権威がないから信用力を担保できないのかしら……)
暫しの沈黙のあと、ミレーヌはレベッカに指示を出す。
「詳しくはこの指示書を読んでおきなさい」
「承知いたしました。あと、一つよろしいでしょうか? アッシ銀山はいかがいたしますか?」
公爵領の北部のアッシ山は、約七十年前に銀が見つかり、それ以来採掘をすすめ、王国内随一の採掘量を誇る。公爵家の財政を支える重要な銀山である。
「アッシ銀山ね。毎月の報告書を見たけど、採掘量をもっと増やしたいから、私が、実際に視察して考えるわ。レベッカは、指示したことをやりなさい」
「かしこまりました。必ずや、ミレーヌ様のご期待にお応えいたします」
レベッカの背筋は真っ直ぐに伸び、その声には一切の迷いがなかった。ミレーヌは満足げに、しかし感情を表さず、静かに頷き返した。
レベッカが退室した後、新たな家令となったパトリス・ギヨタを呼び出す。初老に差し掛かった彼は、ミレーヌの御前に立つと、隠しきれない緊張を滲ませていた。
「パトリス。貴方に公爵領の農地改革を任せるわ」
ミレーヌの言葉に、パトリスはわずかに目を見開いた。その表情には驚きと、どこか深い覚悟の色が浮かぶ。
「わ、私に、その大役を、ですか」
「ええ。貴方の手腕は、過去の差配などから全て承知しているわ。まず領内耕地を正確に測量し、ついでに休耕地を洗い出すの。そして、土地台帳を徹底的に整備する。これがあれば税収の見込みも把握できるし、耕地活用の効率化ができるわ。これを一年以内に行いなさい。詳しくはこの指示書をよく読んで理解しなさい」
ミレーヌの言葉は明確で、一切の感情を含まない。その冷徹な指示に、パトリスはかつて自身が領主の下で感じた理想と現実の違いをまざまざと感じた。
「承知いたしました。ミレーヌ様。この身、滅私奉公を誓います」
パトリスは深く頭を下げた。
「パトリス、問題が生じたら、一人で対処せずに必ず私に報告しなさい。些細なことでも構わないわ」
ミレーヌは淡々と頷く。耕地測量は、収穫量を偽って報告している輩と必ず軋轢が生まれると分かっていた。また、未だ残る農奴制が、彼らの生産意欲を削ぎ、公爵領全体の富を阻害していることもミレーヌは理解していた。パトリスには、そうした旧態依然とした制度の歪みにも、いずれメスを入れてもらわねばならない。
実を言えば、レベッカに任せたいところだが、彼女一人に多くの改革を任せるにはキャパシティオーバーだ。駒が不足している現状、パトリスに任せざるを得ない。パトリスがその善人ゆえに苦悩することも、ミレーヌはすでに想定内だった。
こうして、公爵領の経済を根底から変える二つの改革の命が下された。二つの改革案がミレーヌの想定内に進むかどうかは、この時点ではまだ誰も知る由も得ない。
入室したレベッカの金色の髪が、午後の陽光を浴びてきらめく。彼女はミレーヌの前に立つと、感情を表に出さず、ただ静かに当主の言葉を待つ。その瞳には、すでにミレーヌの意図を深く読み取ろうとする光が宿っていた。
「レベッカ。貴女には、公爵領の流通改革を任せるわ」
「承知いたしました。具体的にはどのような改革を?」
「まずは、領内全ての関税と通行税の基準を統一し、文書化して公示しなさい。これに関して代官や関守の裁量権は認めないわ。
次に、公爵領内でのみ使用できる信用手形決済の導入を図りなさい。まずは公爵家が保証する形で、ラウールをはじめとした信頼できる大商人から試行的に発行を開始するわ。現金の持ち運びリスクを減らせるし、大規模な取引も円滑になるでしょう。」
「関税・通行税の標準化は理解できますが、その信用......手形決済というのはどういうことなのでしょうか?」
この世界に「信用手形決済」という概念が浸透していないことをミレーヌは即座に理解した。
(確か手形決済は、十二世紀にイタリアの両替商が生み出したと記憶していたけど、この世界では信用手形決済は、まだ生まれていないのね。キリスト教のような各国にまたがる強大な権威がないから信用力を担保できないのかしら……)
暫しの沈黙のあと、ミレーヌはレベッカに指示を出す。
「詳しくはこの指示書を読んでおきなさい」
「承知いたしました。あと、一つよろしいでしょうか? アッシ銀山はいかがいたしますか?」
公爵領の北部のアッシ山は、約七十年前に銀が見つかり、それ以来採掘をすすめ、王国内随一の採掘量を誇る。公爵家の財政を支える重要な銀山である。
「アッシ銀山ね。毎月の報告書を見たけど、採掘量をもっと増やしたいから、私が、実際に視察して考えるわ。レベッカは、指示したことをやりなさい」
「かしこまりました。必ずや、ミレーヌ様のご期待にお応えいたします」
レベッカの背筋は真っ直ぐに伸び、その声には一切の迷いがなかった。ミレーヌは満足げに、しかし感情を表さず、静かに頷き返した。
レベッカが退室した後、新たな家令となったパトリス・ギヨタを呼び出す。初老に差し掛かった彼は、ミレーヌの御前に立つと、隠しきれない緊張を滲ませていた。
「パトリス。貴方に公爵領の農地改革を任せるわ」
ミレーヌの言葉に、パトリスはわずかに目を見開いた。その表情には驚きと、どこか深い覚悟の色が浮かぶ。
「わ、私に、その大役を、ですか」
「ええ。貴方の手腕は、過去の差配などから全て承知しているわ。まず領内耕地を正確に測量し、ついでに休耕地を洗い出すの。そして、土地台帳を徹底的に整備する。これがあれば税収の見込みも把握できるし、耕地活用の効率化ができるわ。これを一年以内に行いなさい。詳しくはこの指示書をよく読んで理解しなさい」
ミレーヌの言葉は明確で、一切の感情を含まない。その冷徹な指示に、パトリスはかつて自身が領主の下で感じた理想と現実の違いをまざまざと感じた。
「承知いたしました。ミレーヌ様。この身、滅私奉公を誓います」
パトリスは深く頭を下げた。
「パトリス、問題が生じたら、一人で対処せずに必ず私に報告しなさい。些細なことでも構わないわ」
ミレーヌは淡々と頷く。耕地測量は、収穫量を偽って報告している輩と必ず軋轢が生まれると分かっていた。また、未だ残る農奴制が、彼らの生産意欲を削ぎ、公爵領全体の富を阻害していることもミレーヌは理解していた。パトリスには、そうした旧態依然とした制度の歪みにも、いずれメスを入れてもらわねばならない。
実を言えば、レベッカに任せたいところだが、彼女一人に多くの改革を任せるにはキャパシティオーバーだ。駒が不足している現状、パトリスに任せざるを得ない。パトリスがその善人ゆえに苦悩することも、ミレーヌはすでに想定内だった。
こうして、公爵領の経済を根底から変える二つの改革の命が下された。二つの改革案がミレーヌの想定内に進むかどうかは、この時点ではまだ誰も知る由も得ない。
10
あなたにおすすめの小説
誤解は解きません。悪女で結構です。
砂礫レキ
恋愛
オルソン家の伯爵令嬢エリカ。彼女は亡き母がメイドだった為に異母姉ローズとその母によって長年虐げられていた。
二人から男好きの悪女の噂を流布され、それを真に受けた結婚相手に乱暴に扱われそうになる。
その瞬間エリカは前世の記憶を思い出した。そして今の自分が「一輪の花は氷を溶かす」という漫画のドアマットヒロインに転生していることに気付く。
漫画の内容は氷の公爵ケビン・アベニウスが政略結婚相手のエリカを悪女と思い込み冷遇するが、優しさに徐々に惹かれていくという長編ストーリーだ。
しかし記憶を取り戻した彼女は呟く。「そんな噂を鵜呑みにするアホ男なんてどうでもいいわ」
夫からの愛を求めない新生エリカは悪女と呼ばれようと自分らしく生きることを決意するのだった。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
悪女の針仕事〜そのほころび、見逃しません!〜
陰陽@4作品商業化(コミカライズ他)
ファンタジー
公爵令嬢として生まれながら、子ども時代からメイドや周囲の陰謀で、次々と濡れ衣を着せられ、「悪女」扱いされてきたミリアム。
第3王子との婚約を聖女に奪われ、聖女への嫌がらせの冤罪で国外追放された後、平民として生き延びる中で、何度も5年前へのロールバック(逆行)を繰り返すことに。
生計をたてる為に、追放後の平民生活で極めた針仕事が、ロールバックが繰り返されることで、針仕事の能力だけは引き継がれ、天才的な実力を手に入れる。
その時女神「アテナ」の加護を得て、2つの力を手にすることに。
「加護縫い」
(縫った布に強力な祝福を込められる)
「嘘のほころびを見抜く力」
(相手の嘘を布のほころびとして視覚的に捉え、引き抜く、または繕うことで、真実を暴いたり修正したりする)
を手にしたミリアムは、5歳の幼女時代まで遡り、2つの力で悪評をぬりかえ、仲違いしていた家族も、加護の力を与えることで協力な味方へと変貌。
さらに、女神から可愛いしもべ「アリアドネ」を授かり、元婚約者と聖女にザマァを狙う中、加護縫いの能力が最も高い人間を王太子妃に迎える決まりのある大国、ルーパート王国の王太子が近付いて来て……?
悪役令嬢の慟哭
浜柔
ファンタジー
前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。
だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。
※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。
※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。
「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。
「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。
婚約破棄?悪役令嬢の復讐は爆速で。
ハチワレ
恋愛
「リリム・フォン・アスタロト! 貴様との婚約を破棄する!」
卒業パーティーの最中、婚約者である王太子エリオットから身に覚えのない罪を突きつけられた公爵令嬢リリム。隣には「真実の愛」を語るマシュマロ系男爵令嬢シャーリーの姿。
普通の令嬢なら泣き崩れる場面――だが、リリムは違った。
悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!
たぬきち25番
恋愛
気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡
※マルチエンディングです!!
コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m
2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。
楽しんで頂けると幸いです。
※他サイト様にも掲載中です
婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。
黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」
豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。
しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。
虐げられた人生に疲れたので本物の悪女に私はなります
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
伯爵家である私の家には両親を亡くして一緒に暮らす同い年の従妹のカサンドラがいる。当主である父はカサンドラばかりを溺愛し、何故か実の娘である私を虐げる。その為に母も、使用人も、屋敷に出入りする人達までもが皆私を馬鹿にし、時には罠を這って陥れ、その度に私は叱責される。どんなに自分の仕業では無いと訴えても、謝罪しても許されないなら、いっそ本当の悪女になることにした。その矢先に私の婚約者候補を名乗る人物が現れて、話は思わぬ方向へ・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる