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第五章 崩壊編
第84話 膠着状態
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ミレーヌが籠る要塞都市ガレルッオの前で、カッツー王国の北方面軍二万七千人が布陣を終えた。その兵数は、当初計画の六割程度に過ぎず、指揮官のブローリ公爵も最大動員兵の四割程度しか率いていない。
攻め込むべきガレルッオは、通常の城壁に加え、その周囲を重厚な土塁と、深く掘られた空堀が取り囲んでいる。この世界でも土塁が設けられた城は存在したが、ここまで高い土塁、そして深い空堀の防御施設は、まさに鉄壁であった。
「城壁の周りに土塁か。あそこまで高い土塁は見たことがないな。卿はどうか?」
「私も初めて見ました。どういたしますか?」
陣から遠望しているブローリ公爵と腹心のラクール子爵。公爵は、ミレーヌが事前に施した防御策が、自分たちの想定を遥かに超えていたことを即座に悟った。
「無理攻めして、貴族たちの恨みを買うのは愚策だ。まずはトレビュシェットで土塁を破壊してみるか」
こうして、要塞都市ガレルッオの戦いが始まった。慎重なブローリ公爵は、巨大な攻城兵器であるトレビュシェット四機を使って土塁の破壊を試みた。だが、投げ出された石は土塁にめり込むだけで、致命的な損傷を与えることができない。
それでも、ブローリ公爵は連日投石を指示した。一向に芳しい成果が上がらないのを見かねて、ラクール子爵が公爵に尋ねた。
「よろしいのでしょうか?」
「何がだ?」
「投石は城壁に対しては有効ですが、土塁を破壊することは難しいかと」
「致し方あるまい。攻撃せずに対陣しているだけでは、王太子にあらぬ疑いをかけられる。かといって無理に攻撃すれば、たぶん我々は手痛い損害を受ける」
「それはなぜ?」
ブローリ公爵は、懐から書簡を取り出しラクール子爵に渡した。それは、ロサークの戦況を逐一報告するために送った斥候からの第一報だった。簡潔な文面だったが、その内容は、公爵に深い衝撃を与えていた。
「射程二百メートルですと! そんな銃を数百丁配備しているのですか……」
「そうだ。あの土塁に登ったのが最後だ。今までどおり投石をさせろ」
この指示に不満に思った貴族がいた。王太子の覚えがめでたいノラン・ミュルヴィル子爵など、国王派の中でも王太子グループと目される者たちであった。
攻撃が始まってから五日後、ミュルヴィル子爵は、ブローリ公爵に直訴するため、本陣で相対した。
「何か用か?」
「我々は石を投げつけるために参陣したわけではありません」
「卿は、私の指揮に不満があるということか?」
「そ、そのような事は申していません。私は、膠着した状況を打破する方策を披露させていただきたく」
ブローリ公爵は、黙って子爵を見据えた。彼の声が一段と低くなったことに、ミュルヴィル子爵はさらに慌て、しどろもどろに言い訳を続けた。その姿は、まるで叱責を恐れる子供のようだった。
「ほう、その方策とは?」
「はい、このような圧倒的な数の優位を前にして、知恵や策略は無用です。ただ全軍で突撃すれば、それだけで城は落ちます」
ミュルヴィル子爵の方策を聞いたブローリ公爵はため息をついた。
「卿は、そのような戯言を披露するためにわざわざ私の元へと来たのか?」
「戯言とはどういう意味でしょうか!」
若いミュルヴィル子爵は身分の差を超えて怒鳴った。だが、ブローリ公爵は表情一つ変えない。そして、公爵は、若者の怒りや感情を一切気にせず、彼の愚かさを指摘し、淡々と論破した。
「敵は我々よりも高性能の銃を大量に保有している。それに、あの土塁を卿は見ただろう。闇雲に総攻撃しても城壁にたどり着く前に、死ぬのがおちだ。それがわからんのか」
ブローリ公爵は、子供にもわかるようなことを説明しなければならないのかと内心呆れかえっていた。
「ですが、半分死傷しても一万以上の兵です。その兵が城内にたどり着いて責め掛かれば、あのような城はすぐに落ちます」
その言を聞いてブローリ公爵は説得を放棄した。
「わかった。では卿が先陣として突撃せよ」
「わ、私がですか?」
「犠牲がいくらでも構わないと言うならば、率先して行え」
「そ、それは……」
「その程度の覚悟で私に具申するとはな。卿と話す時間はない、下がりたまえ」
ミュルヴィル子爵は顔を紅潮させ、屈辱に耐えながら退室した。ブローリ公爵は、その場に立ち上る土埃を眺めた。王太子のお気に入りの若い貴族は、目先の武功や感情に囚われすぎている。彼の心に、ミレーヌへの警戒心と、この愚かな討伐軍への失望感が深く刻まれた。
攻め込むべきガレルッオは、通常の城壁に加え、その周囲を重厚な土塁と、深く掘られた空堀が取り囲んでいる。この世界でも土塁が設けられた城は存在したが、ここまで高い土塁、そして深い空堀の防御施設は、まさに鉄壁であった。
「城壁の周りに土塁か。あそこまで高い土塁は見たことがないな。卿はどうか?」
「私も初めて見ました。どういたしますか?」
陣から遠望しているブローリ公爵と腹心のラクール子爵。公爵は、ミレーヌが事前に施した防御策が、自分たちの想定を遥かに超えていたことを即座に悟った。
「無理攻めして、貴族たちの恨みを買うのは愚策だ。まずはトレビュシェットで土塁を破壊してみるか」
こうして、要塞都市ガレルッオの戦いが始まった。慎重なブローリ公爵は、巨大な攻城兵器であるトレビュシェット四機を使って土塁の破壊を試みた。だが、投げ出された石は土塁にめり込むだけで、致命的な損傷を与えることができない。
それでも、ブローリ公爵は連日投石を指示した。一向に芳しい成果が上がらないのを見かねて、ラクール子爵が公爵に尋ねた。
「よろしいのでしょうか?」
「何がだ?」
「投石は城壁に対しては有効ですが、土塁を破壊することは難しいかと」
「致し方あるまい。攻撃せずに対陣しているだけでは、王太子にあらぬ疑いをかけられる。かといって無理に攻撃すれば、たぶん我々は手痛い損害を受ける」
「それはなぜ?」
ブローリ公爵は、懐から書簡を取り出しラクール子爵に渡した。それは、ロサークの戦況を逐一報告するために送った斥候からの第一報だった。簡潔な文面だったが、その内容は、公爵に深い衝撃を与えていた。
「射程二百メートルですと! そんな銃を数百丁配備しているのですか……」
「そうだ。あの土塁に登ったのが最後だ。今までどおり投石をさせろ」
この指示に不満に思った貴族がいた。王太子の覚えがめでたいノラン・ミュルヴィル子爵など、国王派の中でも王太子グループと目される者たちであった。
攻撃が始まってから五日後、ミュルヴィル子爵は、ブローリ公爵に直訴するため、本陣で相対した。
「何か用か?」
「我々は石を投げつけるために参陣したわけではありません」
「卿は、私の指揮に不満があるということか?」
「そ、そのような事は申していません。私は、膠着した状況を打破する方策を披露させていただきたく」
ブローリ公爵は、黙って子爵を見据えた。彼の声が一段と低くなったことに、ミュルヴィル子爵はさらに慌て、しどろもどろに言い訳を続けた。その姿は、まるで叱責を恐れる子供のようだった。
「ほう、その方策とは?」
「はい、このような圧倒的な数の優位を前にして、知恵や策略は無用です。ただ全軍で突撃すれば、それだけで城は落ちます」
ミュルヴィル子爵の方策を聞いたブローリ公爵はため息をついた。
「卿は、そのような戯言を披露するためにわざわざ私の元へと来たのか?」
「戯言とはどういう意味でしょうか!」
若いミュルヴィル子爵は身分の差を超えて怒鳴った。だが、ブローリ公爵は表情一つ変えない。そして、公爵は、若者の怒りや感情を一切気にせず、彼の愚かさを指摘し、淡々と論破した。
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