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第五章 崩壊編
第87話 抜け駆け
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戦争が始まってから一か月以上が経過したが、戦線は将棋の千日手のような膠着状態に陥っていた。北と東の要塞を前に、討伐軍の攻撃は完全に停滞し、兵士たちの間には厭戦気分が漂い始めていた。そんな膠着状態が続く中、後詰の本軍を預かるドガ将軍の陣に面会者が訪れた。その人物は、王太子エドワードの信頼厚い、ロバン・タレーラン侯爵だった。
「どうされた、タレーラン殿」
「将軍、ロサークなど放置して、領都へ攻め入りましょう」
ドガ将軍は内心溜息をついた。タレーランの提案は二度目だったからだ。前回、補給線を維持できないことから却下したが、今回も同じことを言わなければならないのかと思った。
「将軍は、先日、王太子がお越しになった際のお言葉をお聞きになったでしょう。今こそ殿下のご期待に沿うことが我々に課せられた指名なのです!」
そして、ドガ将軍の前でタレーラン侯爵は自分の策を改めて披露した。侯爵は、ロサークでの膠着を嫌い、本軍全軍を街道から外れた獣道を利用して一気に領都を突くべきだと主張した。獣道のルートなどは、以前に来た商人から聞いたので全く問題はなく、補給物資など現地で調達すれば事足りると、彼は軍事的な常識を無視した発言を繰り返した。
「何度も言う、却下だ」
「どうしてですか!」
「卿は、二万以上の軍を満足させる食事の量を知っているのか?」
「……」
タレーラン侯爵は言葉に詰まった。彼は、二万の兵が消費する食料と水の量が、王都から運ぶ馬車の数にしてどれほどの規模になるか、想像もしていなかった。ドガ将軍は、その無計画さに冷ややかな視線を向けた。
「それに獣道などは一度に二人通ればいいほうだ。大軍の行軍に不向きなことくらい考えればわかるはず」
「将軍は、大儀よりも兵士の安全を第一に考えているのですね」
「当たり前だ。大切な王軍、一兵たりとも損ねては王太子に申し訳が立たない」
ドガ将軍の言葉は、表向きは忠誠心を示していたが、その実、王太子に叱責されたくないという保身が半分、そして無能な貴族の策で兵を無駄にしたくないという合理性が半分だった。彼は、タレーランのような愚かな貴族が自滅するのは構わないが、巻き込まれるのはご免こうむりたいと思っていた。
「わかりました。将軍とお話にしても無駄ということが。失礼します」
「おい、まて」
顔を真っ赤にさせながらタレーラン侯爵はドガ将軍の本陣から去っていった。ドガ将軍は、去り際にタレーラン侯爵が放った、荒々しい足音を静かに聞いていた。
その日の午後、ドガ将軍が本陣の机で地図を広げていると、部下が報告にやってきた。
「ご報告します。タレーラン侯爵の手勢が陣を離れました」
「なんだと! あの若造が、勝手な真似をしおって」
ドガ将軍は立ち上がって叫び、机を叩いた。
「これだから貴族どもは、信用できんのだ」
「どうされますか?」
見かねた副官が声を掛けた。
「ほおっておけ。今更呼び止めても無駄だ。それに、いずれ飢え死にするだけだしな」
一方、タレーラン侯爵は、四千の手勢を連れて意気揚々と行軍していた。「最初から、あのような臆病な将軍など構う必要はなかったのだ」と、時間をロスしたことを悔やんだ。だが、これからは自分が最大の軍功をあげることになると、胸を高鳴らせる。前日には、商人から領内奥深くへの道案内の者を紹介してもらったことも、彼の自信を裏付ける決定的な要因だった。彼の意気込みが伝わったかのように、兵たちも速やかに行軍していく。
その様子を、遠くの森から数名の屈強な男たちが静かに見守っていた。一人が指示を受けると、足早に公爵領へと戻っていった。
「どうされた、タレーラン殿」
「将軍、ロサークなど放置して、領都へ攻め入りましょう」
ドガ将軍は内心溜息をついた。タレーランの提案は二度目だったからだ。前回、補給線を維持できないことから却下したが、今回も同じことを言わなければならないのかと思った。
「将軍は、先日、王太子がお越しになった際のお言葉をお聞きになったでしょう。今こそ殿下のご期待に沿うことが我々に課せられた指名なのです!」
そして、ドガ将軍の前でタレーラン侯爵は自分の策を改めて披露した。侯爵は、ロサークでの膠着を嫌い、本軍全軍を街道から外れた獣道を利用して一気に領都を突くべきだと主張した。獣道のルートなどは、以前に来た商人から聞いたので全く問題はなく、補給物資など現地で調達すれば事足りると、彼は軍事的な常識を無視した発言を繰り返した。
「何度も言う、却下だ」
「どうしてですか!」
「卿は、二万以上の軍を満足させる食事の量を知っているのか?」
「……」
タレーラン侯爵は言葉に詰まった。彼は、二万の兵が消費する食料と水の量が、王都から運ぶ馬車の数にしてどれほどの規模になるか、想像もしていなかった。ドガ将軍は、その無計画さに冷ややかな視線を向けた。
「それに獣道などは一度に二人通ればいいほうだ。大軍の行軍に不向きなことくらい考えればわかるはず」
「将軍は、大儀よりも兵士の安全を第一に考えているのですね」
「当たり前だ。大切な王軍、一兵たりとも損ねては王太子に申し訳が立たない」
ドガ将軍の言葉は、表向きは忠誠心を示していたが、その実、王太子に叱責されたくないという保身が半分、そして無能な貴族の策で兵を無駄にしたくないという合理性が半分だった。彼は、タレーランのような愚かな貴族が自滅するのは構わないが、巻き込まれるのはご免こうむりたいと思っていた。
「わかりました。将軍とお話にしても無駄ということが。失礼します」
「おい、まて」
顔を真っ赤にさせながらタレーラン侯爵はドガ将軍の本陣から去っていった。ドガ将軍は、去り際にタレーラン侯爵が放った、荒々しい足音を静かに聞いていた。
その日の午後、ドガ将軍が本陣の机で地図を広げていると、部下が報告にやってきた。
「ご報告します。タレーラン侯爵の手勢が陣を離れました」
「なんだと! あの若造が、勝手な真似をしおって」
ドガ将軍は立ち上がって叫び、机を叩いた。
「これだから貴族どもは、信用できんのだ」
「どうされますか?」
見かねた副官が声を掛けた。
「ほおっておけ。今更呼び止めても無駄だ。それに、いずれ飢え死にするだけだしな」
一方、タレーラン侯爵は、四千の手勢を連れて意気揚々と行軍していた。「最初から、あのような臆病な将軍など構う必要はなかったのだ」と、時間をロスしたことを悔やんだ。だが、これからは自分が最大の軍功をあげることになると、胸を高鳴らせる。前日には、商人から領内奥深くへの道案内の者を紹介してもらったことも、彼の自信を裏付ける決定的な要因だった。彼の意気込みが伝わったかのように、兵たちも速やかに行軍していく。
その様子を、遠くの森から数名の屈強な男たちが静かに見守っていた。一人が指示を受けると、足早に公爵領へと戻っていった。
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