傲慢な世界よ、私が壊してあげるわ~公爵令嬢に転生したOLは悪の覇道を突き進む

かずまさこうき

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第六章 簒奪編

第110話 絶望的な状況

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 ブローリ公爵は執務室で出兵の最終確認のため書類を広げていた。そこへ、家令が入室し、セリア王妃からの密書を差し出した。彼は、訝し気に密書を読んだ。

(誘いに乗ったように見せかけるか。いや、欲の皮が張った女だが、妙に切れる。見破られたら寝首をかかれるうえに、ミレーヌにもあらぬ疑いをかけられ、分割統治の約束が反故されかねんな)

 公爵は、密書を机に置き、セリアの焦りに静かに笑った。この書簡が自分の元に届くほど、彼女は追い詰められているのだ。彼にとって、セリアはもはや風前の灯。組みする必要などあるまい。公爵は書簡を、ミレーヌとの盟約を確固とするための証とすることを決め、家令に命じ、ミレーヌに届けさせようとした。
 その時、部下が報告にやってきた。

「密偵からの連絡です。帝国軍が大規模な動員を実施しています」
「動員だと? どの程度か?」
「十五万程度と思われます」
「侵攻先はわかるか?」
「噂とのことですが、グラッセ公爵領ではないかと」

 ブローリ公爵は目を閉じて深く考え込んだ。ヴィスタ帝国が十五万もの兵を動員するとなれば、この戦いの図式は根本から覆る。

(ミレーヌは帝国とセリアを相手にすることになるのか。座して死を待つようなミレーヌとも思えんが……。まあ、考えても仕方あるまい。あの小娘がこの危機を脱すれば、当初の予定どおり共同でセリアを滅ぼす。そうでなければ……)

「書簡をミレーヌに届けるのは止めだ。あと、出陣は遅らせるぞ」

 家令に命じたブローリ公爵は、同盟者の真価を見極めることにした。

◇◆◇◆

 ほぼ同じ頃、領都の公爵家の館の会議室では、ジャックとゲオルクが軍事配置図を広げ、議論を交わしていた。ジャックの慎重な声と、ゲオルクの豪胆な発言が、室内に熱気を生んでいた。ミレーヌは、優雅にアールグレイを飲みながら、彼らの議論を静かに見守っている。軍事的な専門知識は二人に委ね、自身は最終的な判断を下すつもりだ。その時、扉が激しい音を立てて開いた。慌てて飛び込んできたのは、商人服のままのラウールである。彼の顔には、普段の満足げな笑みはなく、緊張の色が浮かんでいた。

「ヴィスタ帝国が動員を実施中です。噂では、グラッセ公爵領への侵攻とのことで、皇帝自ら出馬するとのことです」

 その報告に、会議室の空気は一瞬で凍りついた。帝国軍は、カッツー王国と異なり、貴族連合の烏合の衆ではない。しかも、総兵力十五万という数字は、ミレーヌの軍にとって計り知れない脅威であった。

「となると、セリアとの二正面作戦となりますね。カッツー王国への出征は取り止めとするべきでは?」

 ジャックが二正面作戦を避けるという戦略的な思考から許可を求めると、ミレーヌは静かに目を閉じ、右手の人差し指でテーブルを数回叩いた。静かな音を立てていた指が止まった瞬間、彼女は目を開き、断言した。

「いや、三正面作戦よ。たぶんセリアはブローリ公爵に、裏切りを誘う密書を送っているはず」

 ミレーヌの言葉は推測に過ぎなかったが、家臣たちはそれを疑うことはなかった。今までミレーヌが判断を間違ったことがないという、絶対的な信頼がそこにはあった。ゲオルクは、主の判断に異を唱えることなく、その対応策についてミレーヌに問いかけた。

「どうする? また要塞都市に籠るのか」

 ヴィスタ帝国の帝都からミレーヌの領都までは街道が通っており、途中にはガレルッオ要塞都市が要衝としてそびえ立っていた。大軍は、行軍の容易さと補給物資の運搬を考慮して、必ず街道を通る。そのため、ゲオルクだけでなく、誰もがガレルッオで防ぐことを思いつく。そんな常識的な質問に、ミレーヌは涼やかに微笑んだ。

「今回は持久戦は無しよ」

 その言葉に、一同が再び息をのんだ。

「なぜ?」

 ゲオルクがオウム返しに聞き返す。

「わからないの? セリアも態勢を整えて攻め込んでくるでしょうし、時間がたてばブローリ公爵はこちらに牙をむくわ」

 ミレーヌの言葉は、時の経過が今回は有利に働かない事実を突き付けた。幹部は事態の深刻さを改めて想い、押し黙った。その沈黙を切り裂くように、ミレーヌは声を発した。

「ゲオルク、そういえば、ヴィスタ帝国の内乱時、皇帝の弟は死んだの?」
「クリメンスは、確かに死んだ。俺が殺したからな。突然どうした」

 ゲオルクはミレーヌの言葉に戸惑いを覚えたが、ミレーヌはその動揺を一瞥しただけで、ラウールに尋ねた。

「ラウール、帝国にはどこまで食い込んでるの?」
「帝都に私の支店があります。あと、ダミー商店を四店設け、帝国に物資などを納入しています」
「皇国も同じかしら?」

 バニア皇国はカッツー王国の北西に位置する国であり、ヴィスタ帝国と国境を接している。両国は、国境近くにある帝国のカルニツァ金山を巡って長年紛争を続けている。

「はい、バニア皇国も同じですが、さらに、中枢部の一人を買収済みです」

 その回答に満足げに頷いたミレーヌは、いつもの定位置で気だるそうにしているリナに目を向けた。その視線に気が付いたリナは、ミレーヌに問いかけた。

「あたしにも用かな?」
「もちろん。今すぐヴィスタ帝国の宮殿に行ってきてくれない?」
「え? まじで! 久々に獲物が手に入るかも!」

 リナが宮殿の財宝を盗めると歓喜しているのを無視して、ミレーヌはラウールに尋ねた。

「帝国軍が国境付近に来るのはいつ頃?」
「およそ、三週間後です」
「三週間後に、私が皇帝に会いに行くわ。それで終わりよ」

 幹部は、その発言の真意が分からなかった。彼らの前には、十五万の帝国軍、セリアの軍、そして、ブローリ公爵の軍という、三つの巨大な敵が立ちはだかっている。ミレーヌは、この絶望的な状況を、どう打開するつもりなのか。
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