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第六章 簒奪編
第111話 皇帝とミレーヌ
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グラッセ公爵領との国境付近。ヴィスタ帝国軍の総勢十五万という大規模な軍勢が、野営の準備を進めていた。攻め入る前に最終確認と休息を兼ねて、兵士たちはテントを張っている。鉄と土の匂いが立ち込めるその戦場に、突然、白旗を掲げた三人の男女がやってきた。
哨戒の兵士が剣を抜き、警戒の声を上げた。
「誰だ!」
「グラッセ公爵家のミレーヌがマテウス二世陛下との謁見を賜りたく参上した。取り次いでいただきたい」
◆◇◆◇
その報告を受けた皇帝マテウス二世は、静かに笑った。
「ミレーヌが使者として来たとは……降伏するとでも言っているのか?」
「そこまでは……」
「一度会いたいものだと思っていた。会おう」
やってきたのは銀髪の女性と、壮年の男性、そしてもう一人はゲオルクであった。もちろん、彼らの剣は、事前に帝国兵が預かっており丸腰であった。
「ゲオルクか。久しいな」
「ご無沙汰しております。陛下」
皇帝は、馴染みのゲオルクに挨拶したあと、銀髪の女性をまじまじと見た。
(この女がミレーヌか。美しいな)
「貴様がミレーヌか。降伏しにきたか?」
「いえ、陛下に大事なことをお伝えに参上しました」
銀髪の女性は、皇帝の威厳に全く動じずに涼しい顔をして言い放った。
「大事なことだと?」
「はい、クリメンス様の遺児が、ラスカ王国でかくまわれている件です」
「何を言い出すかと思ったら、そのような嘘を言うとはな。皇位継承を争ったクリメンスの子供は皆殺しにしたはずだ。それに、そこにいるゲオルクはクリメンスを殺した張本人。よく知っているはずだぞ」
そう言った皇帝は、ミレーヌの顔を伺うと意外そうな顔を浮かべていた。
「陛下は、クリメンス様の侍女が身ごもっていたのをご存じではないのですね?」
皇帝の表情は、一瞬で凍りついた。侍女だと……。彼は内乱終結時の凄惨な記憶を即座に辿った。
(そんなはずはない。クリメンスの血筋は根絶したはずだ。だが、待てよ。私はどこまで手を広げて調べた? 縁者はもちろん、家臣も殺したが……侍女まで調べろとは命令していない……)
「クリメンス様の侍女は、立てこもったザムカ城で、最後の夜を過ごし、彼女は、ひそかに脱出しました。それをラスカ王国の手のものがかくまったのです。ラスカ王国で無事に出産し、今は三歳になられているご様子ですよ」
マテウス二世は、ミレーヌの顔を凝視した。その一言一句を精査しようとしたが、表情一つ変えずに語る彼女の冷徹な瞳に、真実の重さを感じた。
「なぜ、お前がそのようなことを知っているのだ!」
皇帝の問いは、焦りから、すでに威厳を失っていた。問い詰めた女性は、自分の顔を静かに見つめる。内心をすべて見透かすようなその目で。その静かな威圧感のまま、銀髪の公爵令嬢が、さらに追い打ちをかけてきた。
「陛下が出発前にお伽にした女性は、王妃様ではなく、第二十位側室のフェルダ様ですよね」
確かにそうだった。最近はフェルダが大のお気に入りであり、出発前の夜も、しばしの別れを惜しんで夜をともにした。
「ラスカ王国も今はいろいろとお忙しみたいです。お隣の帝国領ががら空きで、旗印もあるのでどうやって侵攻しようかと考えているみたいです。あと……」
「ほかにもあるのか!」
「バニア皇国に、陛下が十五万の兵を率いて親征したことをお伝えしておきました。金山が手薄になっているから奪うなら今がチャンスだとも」
(この女は、バニア皇国にも縁者がいるのか)
彼は、心中焦った。しかし、あることに気が付き、低く、腹の底から笑い始めた。
「フフフ……」
「どうされました?」
マテウス二世は、涙を拭うかのように目元を抑えた。この女の弁舌は凄まじいが、自ら敵陣に丸腰で来たのは最大の愚行だ。
「よい案を思いついたのだ。お前を今すぐ殺し、公爵領を手に入れた後、我が国の軍で両国を成敗すればよい話ではないか」
マテウス二世が左右の控えている帝国軍の衛兵に目配せすると、衛兵たちはすかさず剣を抜いた。それを見たミレーヌたちは即座に立ち上がる。丸腰のゲオルクとフィデールは、ミレーヌをかばうように衛兵たちに対し、素手で構えた。
一触即発の静寂が広間を支配した。
その瞬間、どこからともなく轟音が鳴り響いた。
「どうした!」
マテウス二世は、その予期せぬ轟音に、初めて顔色を変えた。音は前線からではなく、補給部隊が待機する後方から響いた。
(何者かが、この陣営の奥深くに侵入したのか?)
状況を確認するため、一人の兵が天幕を飛び出して行った。だが、すぐに別の兵士が天幕に入り皇帝に口上した。
「報告いたします。補給部隊の荷物が爆発し、物資が炎上しております。鎮火活動しておりますが、思いのほか火の手が強く手間取っております」
すると、ミレーヌは懐から時計が付いた玉のような物を取り出した。自信満々に見慣れぬ物を掲げるミレーヌに対し、皇帝は思わず問いかけた。
「それはなんだ!」
「前に開発した小型の爆弾です。先ほどの轟音は、この爆弾が爆発したからですわ」
(爆弾だと。ミレーヌは新たな銃を開発したと聞いていたが、そのような小型の爆弾を開発しただというのか)
「この時計をご覧ください。これは火を使わなくても、爆発する優れた装置です。横にあるゼンマイを巻いて、針が十二時を指すと火打石が打ち付けて爆発します。早速巻いてみますね」
「まて!」
ミレーヌがゼンマイを巻こうとした瞬間、額に汗を流しながら皇帝は止めた。
「……な、何が望みだ!」
その言葉を聞いた銀髪の公爵は、笑みを浮かべた。
「私との一年間の不可侵条約の締結。それと私たちが退去するまでの安全を」
◇◆◇◆
ミレーヌらは、帝国軍の陣地を去り、馬車に乗り込んだ。フィデールは帝国軍が追ってこないか後方を警戒する。そんな事などお構いなしにゲオルクがミレーヌに尋ねた。
「冷や汗ものだったぜ。皇帝を手玉に取るとはな」
「皇帝といっても、人でしょ? 命の危険があれば誰だっていうことを聞くわ」
ミレーヌは、ラウールを通じて帝国に納入される補給物資の中に、油の樽と高性能な火薬を詰めた樽を事前に紛れ込ませておいた。そして、帝国軍に潜入したリナが、火薬の詰まった樽にあらかじめ仕込んでおいたタイマーを巻いて作動させ、爆発を引き起こしたのだった。
「それにしても、そんな小型の爆弾いつ開発したんだよ」
「あれ、爆弾じゃないわよ」
「え?」
「単なる模型よ。ホマンが開発中だけど、小型の爆弾の実用化にはほど遠いの」
「おい、ブラフかよ!」
あきれたゲオルクは、ふと思い出したように腕組みして考え始めた。そして恐る恐る尋ねた。
「……もしかして、クリメンスの子供っていうのも?」
聞かれたミレーヌは微笑んで答えた。
「あれは、嘘よ」
哨戒の兵士が剣を抜き、警戒の声を上げた。
「誰だ!」
「グラッセ公爵家のミレーヌがマテウス二世陛下との謁見を賜りたく参上した。取り次いでいただきたい」
◆◇◆◇
その報告を受けた皇帝マテウス二世は、静かに笑った。
「ミレーヌが使者として来たとは……降伏するとでも言っているのか?」
「そこまでは……」
「一度会いたいものだと思っていた。会おう」
やってきたのは銀髪の女性と、壮年の男性、そしてもう一人はゲオルクであった。もちろん、彼らの剣は、事前に帝国兵が預かっており丸腰であった。
「ゲオルクか。久しいな」
「ご無沙汰しております。陛下」
皇帝は、馴染みのゲオルクに挨拶したあと、銀髪の女性をまじまじと見た。
(この女がミレーヌか。美しいな)
「貴様がミレーヌか。降伏しにきたか?」
「いえ、陛下に大事なことをお伝えに参上しました」
銀髪の女性は、皇帝の威厳に全く動じずに涼しい顔をして言い放った。
「大事なことだと?」
「はい、クリメンス様の遺児が、ラスカ王国でかくまわれている件です」
「何を言い出すかと思ったら、そのような嘘を言うとはな。皇位継承を争ったクリメンスの子供は皆殺しにしたはずだ。それに、そこにいるゲオルクはクリメンスを殺した張本人。よく知っているはずだぞ」
そう言った皇帝は、ミレーヌの顔を伺うと意外そうな顔を浮かべていた。
「陛下は、クリメンス様の侍女が身ごもっていたのをご存じではないのですね?」
皇帝の表情は、一瞬で凍りついた。侍女だと……。彼は内乱終結時の凄惨な記憶を即座に辿った。
(そんなはずはない。クリメンスの血筋は根絶したはずだ。だが、待てよ。私はどこまで手を広げて調べた? 縁者はもちろん、家臣も殺したが……侍女まで調べろとは命令していない……)
「クリメンス様の侍女は、立てこもったザムカ城で、最後の夜を過ごし、彼女は、ひそかに脱出しました。それをラスカ王国の手のものがかくまったのです。ラスカ王国で無事に出産し、今は三歳になられているご様子ですよ」
マテウス二世は、ミレーヌの顔を凝視した。その一言一句を精査しようとしたが、表情一つ変えずに語る彼女の冷徹な瞳に、真実の重さを感じた。
「なぜ、お前がそのようなことを知っているのだ!」
皇帝の問いは、焦りから、すでに威厳を失っていた。問い詰めた女性は、自分の顔を静かに見つめる。内心をすべて見透かすようなその目で。その静かな威圧感のまま、銀髪の公爵令嬢が、さらに追い打ちをかけてきた。
「陛下が出発前にお伽にした女性は、王妃様ではなく、第二十位側室のフェルダ様ですよね」
確かにそうだった。最近はフェルダが大のお気に入りであり、出発前の夜も、しばしの別れを惜しんで夜をともにした。
「ラスカ王国も今はいろいろとお忙しみたいです。お隣の帝国領ががら空きで、旗印もあるのでどうやって侵攻しようかと考えているみたいです。あと……」
「ほかにもあるのか!」
「バニア皇国に、陛下が十五万の兵を率いて親征したことをお伝えしておきました。金山が手薄になっているから奪うなら今がチャンスだとも」
(この女は、バニア皇国にも縁者がいるのか)
彼は、心中焦った。しかし、あることに気が付き、低く、腹の底から笑い始めた。
「フフフ……」
「どうされました?」
マテウス二世は、涙を拭うかのように目元を抑えた。この女の弁舌は凄まじいが、自ら敵陣に丸腰で来たのは最大の愚行だ。
「よい案を思いついたのだ。お前を今すぐ殺し、公爵領を手に入れた後、我が国の軍で両国を成敗すればよい話ではないか」
マテウス二世が左右の控えている帝国軍の衛兵に目配せすると、衛兵たちはすかさず剣を抜いた。それを見たミレーヌたちは即座に立ち上がる。丸腰のゲオルクとフィデールは、ミレーヌをかばうように衛兵たちに対し、素手で構えた。
一触即発の静寂が広間を支配した。
その瞬間、どこからともなく轟音が鳴り響いた。
「どうした!」
マテウス二世は、その予期せぬ轟音に、初めて顔色を変えた。音は前線からではなく、補給部隊が待機する後方から響いた。
(何者かが、この陣営の奥深くに侵入したのか?)
状況を確認するため、一人の兵が天幕を飛び出して行った。だが、すぐに別の兵士が天幕に入り皇帝に口上した。
「報告いたします。補給部隊の荷物が爆発し、物資が炎上しております。鎮火活動しておりますが、思いのほか火の手が強く手間取っております」
すると、ミレーヌは懐から時計が付いた玉のような物を取り出した。自信満々に見慣れぬ物を掲げるミレーヌに対し、皇帝は思わず問いかけた。
「それはなんだ!」
「前に開発した小型の爆弾です。先ほどの轟音は、この爆弾が爆発したからですわ」
(爆弾だと。ミレーヌは新たな銃を開発したと聞いていたが、そのような小型の爆弾を開発しただというのか)
「この時計をご覧ください。これは火を使わなくても、爆発する優れた装置です。横にあるゼンマイを巻いて、針が十二時を指すと火打石が打ち付けて爆発します。早速巻いてみますね」
「まて!」
ミレーヌがゼンマイを巻こうとした瞬間、額に汗を流しながら皇帝は止めた。
「……な、何が望みだ!」
その言葉を聞いた銀髪の公爵は、笑みを浮かべた。
「私との一年間の不可侵条約の締結。それと私たちが退去するまでの安全を」
◇◆◇◆
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「冷や汗ものだったぜ。皇帝を手玉に取るとはな」
「皇帝といっても、人でしょ? 命の危険があれば誰だっていうことを聞くわ」
ミレーヌは、ラウールを通じて帝国に納入される補給物資の中に、油の樽と高性能な火薬を詰めた樽を事前に紛れ込ませておいた。そして、帝国軍に潜入したリナが、火薬の詰まった樽にあらかじめ仕込んでおいたタイマーを巻いて作動させ、爆発を引き起こしたのだった。
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「え?」
「単なる模型よ。ホマンが開発中だけど、小型の爆弾の実用化にはほど遠いの」
「おい、ブラフかよ!」
あきれたゲオルクは、ふと思い出したように腕組みして考え始めた。そして恐る恐る尋ねた。
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