伝説の【紅蓮の竜殺し】の女冒険者は、なぜか気弱な鍛冶職人が気になって仕方ありません~最強と最弱の二人の恋の物語

かずまさこうき

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第8話:紅蓮の竜殺し、指摘される

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 師匠ヴァルカンとの会話で、私の心をかき乱す感情の正体が「恋」だと知ってから、私は自身の内に生じた変化に戸惑い続けていた。
 それは、魔物との戦いとは全く異なる、攻略法が見えない強敵のようだった。
 私の心臓は、これまで経験したことのない、不規則なリズムを刻み続けている。

 そして、リリアという存在が、私の心を常にかき乱した。
 あの娘の存在が、私の内に渦巻く感情を、さらに複雑で不快なものに変えていた。

 その日も、私は鍛冶屋へと足を運んだ。理由は明確だった。

 ユーイに会うこと。

 彼の顔を見て、声を聞き、その存在を確認すること。

 それが、今の私にとって、何よりも大切なことだった。

 店に入ると、案の定、リリアがいた。

 彼女はエプロンを身につけ、ユーイが使う道具を手際よく並べ替えている。
 炉の火の調整までしているようで、まるでこの鍛冶屋の女主人であるかのように、自然に振る舞っていた。
 その手には、湯気の立つ包みが握られている。甘く香ばしい匂いが、店内に漂っていた。

「ユーイくん、これ、私のお母さん特製のお菓子なの。焼き立てで、まだ温かいわ。疲れが取れるって評判だから、休憩中にでも食べてね!」

 リリアは甘い声でそう言いながら、包みをユーイに手渡した。
 その声は、私には媚びているようにしか聞こえなかった。

 ユーイは少し戸惑った様子を見せながらも、リリアの心遣いに感謝するように、頬を緩めた。
 その笑顔は、私が見たことのあるどれよりも、優しく、そして親密なものに見えた。
 まるで、二人の間に、私には踏み入れられない不可視の壁があるかのように。

「ああ、リリア。いつもありがとう。助かるよ。わざわざ持ってきてくれたのか」

 ユーイの言葉に、私の胸の奥で、再び黒い感情がドロリと湧き上がった。リリアの営業スマイルが、私には得意げな笑みに見えた。
 私の存在など、まるで空気のように扱われている。
 私がわざわざ鍛冶屋まで足を運んでいるというのに、この、私だけが感じる胸のざわつき、そしてこの苛立ちは、確かに『嫉妬』という感情なのだろう。
 だが、どうすればこの苦しさから解放されるのだ。なぜ、こんなにも心が締め付けられるのだ。

 私はその感情を抑えきれず、いつものようにそっけなく修理の進捗確認だけを済ませ、鍛冶屋を後にした。
 背中で聞こえたリリアの「ロレッタさん、もうお帰りですか?」という声が、嘲笑に聞こえて仕方がなかった。
 その声には、確かに私への優越感が込められているように感じられた。
 私は何も言い返さず、まるで逃げるかのように、鍛冶屋の扉を閉めた。
 街の喧騒の中を歩きながらも、私の頭の中は、ユーイとリリアの姿でいっぱいだった。
 彼らの親密なやり取りが、脳裏に焼き付いて離れない。苛立ちが募り、感情の捌け口を求めて、私は冒険者ギルドの訓練場へと向かった。

◇◇◇◇

 訓練場に足を踏み入れると、私は普段以上に剣を荒々しく振るった。
 剣から放たれる闘気が空虚を切り裂く。剣が風を切り裂く音が、私の荒れた呼吸と混じり合う。
 訓練用の魔物型の標的を、私はまるで本物の魔物のように、感情をぶつけながら斬り裂いた。
 一撃、また一撃と、無心で剣を振るう。
 だが、いくら剣を振るっても、心の奥底に燃え盛る火は消えない。
 むしろ、感情をぶつければぶつけるほど、その炎は勢いを増していくようだった。
 私の体は汗でびっしょりになり、息は切れ切れだったが、心の中の炎は、いっこうに鎮まる気配がない。

「ふんっ! なんだ、この軟弱な感情は!」

 私は地面を剣の柄で強く叩いた。怒りが私を支配し、冷静さを失いつつある。
 こんな感情に振り回される自分自身が、ひどく情けなかった。
 最強の冒険者である私が、こんなにも感情的になるなど、今まで一度たりともなかったことだ。

 その時、背後から聞き慣れた声がした。その声は、私の荒れた呼吸にも、剣の音にも負けず、はっきりと響いた。

「おいおい、ロレッタ。ずいぶん荒っぽいな。この訓練所が壊れちまうぜ」

 振り返ると、そこにいたのは冒険者ギルドマスターのバートだった。
 腕を組み、いつもと変わらぬ不敵な笑みを浮かべている。その瞳は、私の荒れた呼吸と、剣の軌跡をじっと見つめている。

「バートか。貴様には関係ない!」

 私はそう言い放ち、再び剣を構えた。彼に、私の弱みを見せるわけにはいかない。

「そうはいかん。お前はSランク冒険者だ。街の顔でもある。そんな顔で剣を振り回されては、街の評判に関わる。それに……何か悩んでいるようだな、ロレッタ。その剣の振るい方じゃ、まるで迷子の子供のようだぜ」

 バートの鋭い眼差しが、私の心の奥を見透かすように突き刺さる。
 彼は私の師匠ヴァルカンとは違い、私の感情の機微など気にも留めない男だと思っていたのに。
 なぜ、この男に、私の内側が見えているのだ。

「悩むなど、私には無縁だ。貴様には関係ないだろう!」

 私はいつものように強がる。だが、バートは一歩も引かない。彼はゆっくりと私に近づき、私を取り囲む魔物の残骸を軽く蹴った。

「ほう? お前がそんな風に取り乱すなど、よほどのことだろう。それとも、あの鍛冶屋の坊主のことか? 最近、お前があの鍛冶屋に入り浸っているのは、この街じゃちょっとした噂になっているぞ」

 バートの言葉に、私の体が硬直した。

 なぜ、この男がユーイのことを知っている? 

 私の顔がカッと熱くなるのを感じた。彼にまで、私の感情を悟られているのか。

「な、何を馬鹿なことを! あの若造が、私と何の関係があるというのか!」

 私は声を荒げた。しかし、その声はひどく動揺していた。
 私自身でも、声が震えているのが分かる。

 バートは、私の様子を見て、さらにニヤリと笑った。彼の口元には、悪意はないが、からかいの色が明確に浮かんでいる。

「そうか、関係ないか。だが、最近のお前は妙に鍛冶屋に入り浸っているようだし、それに比例して、あの坊主の顔色も、妙に悪くなっているって噂だせ。そして何より、お前が、こんなにも荒れている。あの『紅蓮の竜殺し』がな。お前がここまで取り乱すのは、魔物の大群を前にしても見たことがない」

 バートの言葉が、私の図星を突いた。
 ぐぅ、と喉が鳴る。反論の言葉が見つからない。
 彼の言葉は、まるで私の心を直接えぐり取るかのようだった。

「……っ、やかましい! 貴様などに、私の気持ちがわかるものか!」

 私は思わず叫んだ。自分の感情を、バートに、いや、誰にも悟られたくなかった。
 こんな醜い感情を、最強の冒険者である私が、他人に吐露するなど。屈辱だった。
 
 だが、一度溢れ出た感情は、もう止められない。
 堰を切ったかのように、言葉が口から溢れ出てくる。

「あの、ユーイという男が……リリアという女と、妙に親しげで……私には、あんな風に、自然に接することもできないし……私のことなど、恐れてばかりで……」

 我ながら、情けない言葉が口から出てくる。
 まるで、幼い子供が自分の欲求を訴えるかのように。こんなにも感情に振り回される自分自身が、ひどく嫌だった。

 バートは、私の言葉を最後まで聞くと、呆れたように大きなため息をついた。
 彼の顔には、呆れと、そして少しばかりの興味が混じり合っていた。

「はっ! まさか、あのロレッタが、そんな悩みを抱えるとはな。恋、か。やれやれ、最強の女剣士も、男の前ではただの女ということか。まさか、お前が色恋沙汰で感情を揺さぶられる日が来るとは、夢にも思わなかったぜ」

 バートはそう言って肩をすくめた。その言葉に、私の怒りが再燃した。馬鹿にされている。間違いなく、馬鹿にされている。

「馬鹿にするな! 貴様などに、私の何がわかるというのだ!」
「わからん。だがな、ロレッタ。お前がそんな顔をするのは、私が初めて見たぞ。いつもは冷徹な顔で魔物を斬り捨てるお前が、こんなに人間らしい顔をするとはな。意外と、悪くないんじゃないか? お前にも、そういう感情があったんだな」

 バートは、からかうような口調ではあったが、その瞳にはどこか、珍しいものを見るような、あるいは少しばかりの理解が宿っているようにも見えた。
 彼の言葉は、私の胸の奥に、ほんのわずかな波紋を広げた。

(人間らしい……顔?)

 私自身も気づいていなかった、自身の変化。
 最強の剣士としてだけ生きてきた私が、今、新たな感情と向き合っている。

 それは、確かに私を混乱させ、苛立たせるが、同時に、これまでにない「何か」を与えているのも事実だった。
 私が、魔物ではなく、人間として、他の誰かを意識している。その事実が、私を不安にさせ、同時に、期待を抱かせた。

「くそっ……!」

 私は悪態をつきながら、再び剣を構えた。その一振りは、先ほどまでのような荒々しさではなく、どこか冷静さを取り戻した、確かな軌道を描いていた。感情をぶつけるのではなく、その感情を受け入れた上で、剣を振るう。
 
 その感覚は、今までとは全く違っていた。
 
 私の心を乱すこの感情は、紛れもなく「恋」だ。師匠の言葉が蘇る。

「お前の心に従えばよい」

 最強の『紅蓮の竜殺し』として、私は感情を排除して生きてきた。

 だが、この感情は、私を弱くするどころか、これまで知らなかった「人間」としての私を引き出す。

 私を、もっと深く、広くしてくれる。

 ならば、この感情から目を背けるべきではない。
 この胸に宿った熱を、この痛みをも、全て受け入れよう。

 伝説の強者である私が、一人の男への恋心に突き動かされている。
 それを認めることは、私にとって何よりも難しい戦いだが、私は、この「人間らしい」自分に従うことを決めた。
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