伝説の【紅蓮の竜殺し】の女冒険者は、なぜか気弱な鍛冶職人が気になって仕方ありません~最強と最弱の二人の恋の物語

かずまさこうき

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第10話:紅蓮の竜殺し、護衛する

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 ユーイの看病を終えて以来、鍛冶屋へ向かう私の足取りは、以前にも増して軽くなっていた。あの夜、彼の顔面蒼白な表情と、私の胸に広がった温かい感覚。それは、私の中に確かな変化をもたらしていた。ユーイも、私への恐怖が少しだけ薄れ、以前よりは自然な笑顔を見せるようになった。
 しかし、その笑顔が私に向けられるたび、私は同時にあのリリアの顔を思い出してしまう。彼女の存在は相変わらず私の心をかすかに逆撫でするが、看病の一件で、私はユーイにとっての「特別」な存在になりつつあるという、根拠のない自信を抱いていた。

 そんなある日、鍛冶屋で剣の手入れを終え、ユーイと雑談を交わしていると、彼が突然、困ったように眉を下げた。彼の額には、細かな皺が刻まれ、その表情は、普段の怯えとは違う、真剣な困惑の色を帯びていた。

「あの、ロレッタさん……実は、少し困ったことがありまして。ご相談したいのですが……」
「どうした?」

 私はすぐに問い返した。彼の困った顔を見ると、胸の奥がざわめく。私に相談を持ちかけてくるなど、珍しいことだった。

「次の新作の剣、いや、これは僕が長年温めてきた夢の剣なのですが、それにどうしても必要な鉱石があるのですが、それがこの街では手に入らない、非常に貴重なものでして……。この辺りでは産出せず、少し離れた鉱山都市まで、直接買い付けに行かねばならないのです」

 ユーイはそう言って、壁に貼られた古びた地図を指差した。彼の指が示すのは、キサラエレブから北へ、二日ほどの距離にある、山間の鉱山都市だった。地図上のその場所は、山脈の険しい地形に囲まれ、街道も細く曲がりくねっているのが見て取れた。

「その道中は、最近、魔物の出没が増えていると聞きますし、街道を狙う山賊もいると噂されていて……僕一人で行くのは、正直、少し不安でして……」

 ユーイの言葉に、私の脳裏に「好機」という文字が浮かんだ。これだ。この「依頼」は、リリアという存在を排除し、ユーイと二人きりになる絶好の機会だ。しかも、私が本来の職務である護衛という形で、自然に彼に近づける。最強の冒険者である私の力を、彼のためだけに使えるのだ。私の胸の中で、喜びにも似た衝動が波打った。

「ふむ……」

 私は顎に手を当てて、考え込むふりをした。ユーイは私の返事をじっと見つめている。その瞳には、私への期待と、わずかながらも恐怖が入り混じっていた。彼の怯えが、私には可愛らしく見えた。

「貴様一人で、危険な道を乗り越えられるとは思えん。確かに、良質な鉱石は鍛冶にとって命綱だろう。この『紅蓮の竜殺し』が、貴様の護衛をしてやろう。本来は依頼は全て冒険者ギルドを通さないといけないのだが、私が話を通しておくから安心しろ」

 私は不遜な態度で、そう言い放った。わざと傲慢な口調を選んだが、ユーイの顔は、一瞬目を丸くした後、すぐに安堵の表情で輝いた。

「本当ですか!? ありがとうございます、ロレッタさん! 貴女《あなた》がいてくださるなら、どんな危険も怖くありません! 本当に助かります!」

 彼の喜びが爆発したような言葉に、私は内心で小さなガッツポーズをした。私の強さが、彼を安心させる。それは、今まで魔物を倒した時とは違う、特別な喜びだった。それは、彼の笑顔を見た時に胸に広がる、甘く満たされた感覚と似ていた。

 そのあと、冒険者ギルドのバートに話を通し、翌朝早く、私たちは二人きりで街を出発した。ユーイは、背負子に最低限の荷物と、鉱石を持ち帰るための空の袋を詰めている。
 彼の背負子には、小さな木製の弁当箱もぶら下がっていた。私は、いつも通りの軽装だが、腰の剣にはいつにも増して力が漲っていた。この旅で、私はユーイと、もっと深く繋がれると確信していた。

 道中、ユーイはたびたび私を気遣う言葉をかけた。

「ロレッタさん、疲れていませんか? 少し休憩しますか? 険しい道ですから、無理はなさらないでくださいね」
「ロレッタさん、喉が渇いていませんか? 水筒がありますよ。僕の分も、どうぞ」

 慣れない気遣いに、私は最初は戸惑った。これまで、誰かに気遣われたことなど、ほとんどなかったからだ。常に私が誰かを守り、誰かのために剣を振るってきた。だが、彼の純粋な優しさが、私の心を少しずつ解きほぐしていく。硬く閉ざしていた心の扉が、ゆっくりと開かれていくような感覚だった。

 険しい山道に差し掛かった時だった。道の先から、突如として獣の咆哮が響き渡った。茂みから、血走った目を輝かせた五体のオオカミ型の魔獣が、唸り声を上げながら私たちを取り囲む。その巨体は、普段街の周辺に出る魔物よりもはるかに大きく、獰猛さを感じさせた。ユーイの顔から、さっと血の気が引いた。彼の瞳は恐怖に大きく見開かれ、身体が硬直している。

「ロレッタさん……!」

 彼の震える声が、私を呼んだ。私は彼の前に立ち塞がり、剣の柄に手をかけた。

「下がっていろ、ユーイ。雑魚だ」

 私は冷静に言い放ち、剣を抜いた。一瞬の間に、炎を纏った私の剣が閃光となって魔獣の群れを薙ぎ払う。けたたましい断末魔が響き渡り、魔獣たちは血煙となって消え去った。辺りには、焦げ付いた獣の匂いがわずかに残るだけだ。私は剣を鞘に戻し、ユーイの方を振り返った。
 ユーイは、その光景を呆然と見つめていた。彼の瞳には、恐怖ではなく、純粋な驚嘆と、そして畏敬の念が宿っているように見えた。彼は、私が魔物を難なく屠る姿を見て、これまで抱いていた単なる「恐ろしい剣士」という認識から、私への尊敬へと変わっていくのを感じたのだろう。

「す、すごい……ロレッタさん。さすがは『紅蓮の竜殺し』……僕の目の前で、こんな光景を見ることになろうとは……」

 彼の震える声に、私は満更でもない気分になった。私の強さが、彼を守れる。この男のために、私はどれだけでも強くなれる。そう、確信した。私の強さが、彼を安心させ、彼を惹きつけている。その事実が、私の心を温かく満たした。

 夜になり、私たちは森の奥深くで野営の準備をした。焚き火を起こし、簡素な食事をとる。ユーイは、器用に薪をくべ、火を調整している。その手つきは、鍛冶場で火を扱う時と全く同じで、私はじっとその横顔を見つめた。炎に照らされた彼の横顔は、普段の臆病な姿とは違い、どこか凛とした職人の顔をしていた。

「ロレッタさん、空が綺麗ですよ」

 ふと、ユーイがそういった。彼の視線の先には、満天の星空が広がっている。私はこれ魔で、星空など気にも留めたことがなかった。常に魔物の気配を探し、警戒を怠らなかったからだ。私の世界は、魔物と剣と、そして任務でしか構成されていなかった。

「……そうか」

 私がそっけなく返すと、ユーイは遠慮がちに、だが熱を帯びた口調で口を開いた。

「僕が作った剣で、いつか夜空を切り裂くような、そんな一撃を放つ剣を作りたいんです。この星の光を、そのまま刃に宿らせるような……誰も見たことのない、伝説の剣を……」

 彼は、私には理解できない、壮大な夢を語った。その瞳は、星の光を映して、どこまでも輝いていた。普段の臆病なユーイからは想像できない、真っ直ぐな情熱。私は、彼が剣を打つ時の真剣な横顔を思い出した。この男は、こんなにも深く、星空や剣に想いを馳せていたのか。
 
 私だけが知る、ユーイの新たな一面。

 それは、私の心をじんわりと温める。彼の夢を、私は見届けたい。彼の夢を、私は助けたい。そう、強く思った。

 私は、これまで魔物と戦うことしか知らなかった。だが、この旅は、私にとって全く新しい経験だった。ユーイと二人きりで、夜空の下で語り合う。それは、私が「紅蓮の竜殺し」として生きてきた中では、決してあり得なかった時間だった。

 彼の隣にいると、私はただの「ロレッタ」でいられる気がした。強さや任務から解放され、彼という小さな存在に寄り添う、もう一人の自分。それは、私にとって、ひどく心地よい解放感だった。この旅は、私の心を、より深く、ユーイへと向かわせるものとなった。鉱山都市へと続く道は、私にとって、彼への道でもあったのだ。
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