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第14話 涙痕の終焉
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辺境伯邸を命からがら逃れてから、再び国内を潜伏する日々が始まった。私たちは人目を避け、荒野や森をさまよい続けた。昼間は、木々の影や岩陰に身を潜め、夜になってから移動を続ける。冷たい風が薄い布越しに肌を締め付ける。凍える寒さは骨の髄まで染み渡り、容赦なく体力を削り取っていく。
食料も乏しく、喉の渇きと空腹は常に私を苛んだ。王宮の豪華な暮らしとはかけ離れた、あまりにも過酷な日々だった。先の見えない未来への不安が、日に日に私の心を蝕んでいった。父や母、そして兄ローレンの顔が、夢に出てきては私を責める。
なぜ、私はここにいるのだろう?
なぜ、こんな目に遭わなければならないのだろう?
その問いは、私の中で渦を巻き、答えを見つけられないまま、私を深く深く沈めていく。頼れる者は、クロイツしかいない。その事実が、私にとってどれほどの重圧だったか。
彼は常に冷静で、感情を表に出さない。その完璧な騎士としての姿は、私を護ってくれると同時に、私が弱音を吐くことを許さない、見えない壁のように感じられた。
私は、彼に頼りきっている自分を責めた。彼がいなければ、私はとっくにこの森で倒れていただろう。しかし、彼の負担になっているのではないかという罪悪感が、私の心を締め付けた。
◆◆◆◆
連日の疲労と精神的な窮地が、ついに私の限界を超えた。
あの日も、私たちは、果てしない森の中を歩いていた。足の裏は悲鳴を上げ、喉はカラカラに渇いていく。木々の間から差し込む光さえ、私には冷たく、嘲笑っているように感じられた。
「......一体、いつまでこんな生活が続くの?」
私の口は、か細い声を絞り出した。クロイツは、私の前を歩く足を止め、静かに振り返った。彼の表情は相変わらず動かない。
「私をどこへ連れていくつもりなの? こんな生活、もううんざりよ! あなたは何も言わない。何も教えてくれない! 私を、一体どうしたいの!?」
感情にまかせて彼を責め立ててしまう。過酷な運命が、私の理性を麻痺させていた。
私は知っていた。彼が私を護るために、どれほどの困難を乗り越え、どれほどの犠牲を払っているかを。しかし、その事実さえも、今の私には重荷でしかなかった。
クロイツは、抗弁することなく、ただ静かに私の苛立ちを受け止めた。彼の視線は、私を責めることなく、ただ私を理解しようと、深く私を見つめ返す。その視線は、何よりも深く、そして温かい。彼は、私を急かすこともなく、ただ黙って私の言葉を聞き続ける。
その彼の揺るぎない優しさに触れたとき、私の胸に、激しい後悔の念がこみ上げた。
私は、なんて酷いことを言ってしまったのだろう。彼は、この身一つで私を護り続けてくれている。それなのに、私は彼の優しさに甘え、感情のままに彼を傷つけた。
「ごめんなさい……」
とか細い声で、私は詫びた。私の目からは、大粒の涙がとめどなく溢れ落ちる。彼に背を向け、顔を両手で覆い、私はただ泣き続けた。情けなくて、惨めで、どうしようもなく自分の無力さを感じる。
すると、そっと、彼の大きな手が私の肩に触れた。その手は、冷たく、そして力強かった。私は恐る恐る顔を上げ、涙で霞む視界の中で、クロイツの顔を見る。彼の瞳は、やはり私を責めていなかった。ただ、深い理解と、微かな悲しみを湛えていた。
その瞬間、私たち二人の仲は、言葉を交わすよりも深く通じ合った。
言葉では表現できない感情が、互いの間に流れ込んでくる。
私たちは、この過酷な現実の中で、確かに「二人きり」なのだと。
◇◇◇◇
夜の帳が降りる頃、私たちは小さな焚き火の傍で、身を寄せ合っていた。森の闇は深く、焚き火の炎だけが、私たちを包む世界だった。
私は、彼がこれまで私をどれほど守り、支え続けてくれたかを改めて実感する。彼がどれほどの危険を冒し、どれほどの重荷を背負ってくれているか。それは、言葉では言い尽くせない感謝の気持ちに満ちていた。
彼の寡黙な優しさと、深い悲しみを秘めた瞳に、私の心はこれまでにないほど強く惹きつけられていた。彼の隣にいると、この先の不安もいない家族へのやるせない思いも、全てが遠のいていき、そして私の心は、彼によって満たされていく。
感情が溢れて止まらない。
この想いを、どうすれば伝えられるだろう。
言葉では足りない。言葉では、この胸の高鳴りを表現できない。
私は彼の顔をそっと両手で包み込んだ。彼の頬は、冷たい夜気に晒され、少しひんやりとしていた。彼の瞳が、私を見つめ返している。その瞳には、私の知らない感情が宿っているように見えた。
そして、私は、初めて彼の唇に触れた。
それは、慰めと深い理解、そして互いへの必要性を確認し合う、静かでしかし情熱的なキスだった。彼の唇は、思いのほか柔らかく、温かい。
触れ合った瞬間、私の全身を熱い電流が駆け抜ける。そして、世界には、彼と私だけになった。時間も、空間も、全てが止まった。
この口づけは、失われた希望の代わりに、私自身が未来を切り開くべきだという、新たな決意を私にもたらした。
私は、もう誰かに護られるだけの、か弱い王太子妃ではない。私は生きる。クロイツと共に、この国の未来を、そして私たちの未来を、この手で切り開いていくのだと。
夜は更け、焚き火の炎は静かに燃え続けていた。私たちの間には、もう言葉はいらない。ただ、互いの温もりだけが、暗闇の中で私たちを強く結びつける。
明日は、また新たな苦難が待ち受けているだろう。
しかし、もう一人ではない。そう、強く感じていた。
食料も乏しく、喉の渇きと空腹は常に私を苛んだ。王宮の豪華な暮らしとはかけ離れた、あまりにも過酷な日々だった。先の見えない未来への不安が、日に日に私の心を蝕んでいった。父や母、そして兄ローレンの顔が、夢に出てきては私を責める。
なぜ、私はここにいるのだろう?
なぜ、こんな目に遭わなければならないのだろう?
その問いは、私の中で渦を巻き、答えを見つけられないまま、私を深く深く沈めていく。頼れる者は、クロイツしかいない。その事実が、私にとってどれほどの重圧だったか。
彼は常に冷静で、感情を表に出さない。その完璧な騎士としての姿は、私を護ってくれると同時に、私が弱音を吐くことを許さない、見えない壁のように感じられた。
私は、彼に頼りきっている自分を責めた。彼がいなければ、私はとっくにこの森で倒れていただろう。しかし、彼の負担になっているのではないかという罪悪感が、私の心を締め付けた。
◆◆◆◆
連日の疲労と精神的な窮地が、ついに私の限界を超えた。
あの日も、私たちは、果てしない森の中を歩いていた。足の裏は悲鳴を上げ、喉はカラカラに渇いていく。木々の間から差し込む光さえ、私には冷たく、嘲笑っているように感じられた。
「......一体、いつまでこんな生活が続くの?」
私の口は、か細い声を絞り出した。クロイツは、私の前を歩く足を止め、静かに振り返った。彼の表情は相変わらず動かない。
「私をどこへ連れていくつもりなの? こんな生活、もううんざりよ! あなたは何も言わない。何も教えてくれない! 私を、一体どうしたいの!?」
感情にまかせて彼を責め立ててしまう。過酷な運命が、私の理性を麻痺させていた。
私は知っていた。彼が私を護るために、どれほどの困難を乗り越え、どれほどの犠牲を払っているかを。しかし、その事実さえも、今の私には重荷でしかなかった。
クロイツは、抗弁することなく、ただ静かに私の苛立ちを受け止めた。彼の視線は、私を責めることなく、ただ私を理解しようと、深く私を見つめ返す。その視線は、何よりも深く、そして温かい。彼は、私を急かすこともなく、ただ黙って私の言葉を聞き続ける。
その彼の揺るぎない優しさに触れたとき、私の胸に、激しい後悔の念がこみ上げた。
私は、なんて酷いことを言ってしまったのだろう。彼は、この身一つで私を護り続けてくれている。それなのに、私は彼の優しさに甘え、感情のままに彼を傷つけた。
「ごめんなさい……」
とか細い声で、私は詫びた。私の目からは、大粒の涙がとめどなく溢れ落ちる。彼に背を向け、顔を両手で覆い、私はただ泣き続けた。情けなくて、惨めで、どうしようもなく自分の無力さを感じる。
すると、そっと、彼の大きな手が私の肩に触れた。その手は、冷たく、そして力強かった。私は恐る恐る顔を上げ、涙で霞む視界の中で、クロイツの顔を見る。彼の瞳は、やはり私を責めていなかった。ただ、深い理解と、微かな悲しみを湛えていた。
その瞬間、私たち二人の仲は、言葉を交わすよりも深く通じ合った。
言葉では表現できない感情が、互いの間に流れ込んでくる。
私たちは、この過酷な現実の中で、確かに「二人きり」なのだと。
◇◇◇◇
夜の帳が降りる頃、私たちは小さな焚き火の傍で、身を寄せ合っていた。森の闇は深く、焚き火の炎だけが、私たちを包む世界だった。
私は、彼がこれまで私をどれほど守り、支え続けてくれたかを改めて実感する。彼がどれほどの危険を冒し、どれほどの重荷を背負ってくれているか。それは、言葉では言い尽くせない感謝の気持ちに満ちていた。
彼の寡黙な優しさと、深い悲しみを秘めた瞳に、私の心はこれまでにないほど強く惹きつけられていた。彼の隣にいると、この先の不安もいない家族へのやるせない思いも、全てが遠のいていき、そして私の心は、彼によって満たされていく。
感情が溢れて止まらない。
この想いを、どうすれば伝えられるだろう。
言葉では足りない。言葉では、この胸の高鳴りを表現できない。
私は彼の顔をそっと両手で包み込んだ。彼の頬は、冷たい夜気に晒され、少しひんやりとしていた。彼の瞳が、私を見つめ返している。その瞳には、私の知らない感情が宿っているように見えた。
そして、私は、初めて彼の唇に触れた。
それは、慰めと深い理解、そして互いへの必要性を確認し合う、静かでしかし情熱的なキスだった。彼の唇は、思いのほか柔らかく、温かい。
触れ合った瞬間、私の全身を熱い電流が駆け抜ける。そして、世界には、彼と私だけになった。時間も、空間も、全てが止まった。
この口づけは、失われた希望の代わりに、私自身が未来を切り開くべきだという、新たな決意を私にもたらした。
私は、もう誰かに護られるだけの、か弱い王太子妃ではない。私は生きる。クロイツと共に、この国の未来を、そして私たちの未来を、この手で切り開いていくのだと。
夜は更け、焚き火の炎は静かに燃え続けていた。私たちの間には、もう言葉はいらない。ただ、互いの温もりだけが、暗闇の中で私たちを強く結びつける。
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しかし、もう一人ではない。そう、強く感じていた。
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