愛と剣の物語~深紅の公爵令嬢と最強の近衛騎士の再興譚

かずまさこうき

文字の大きさ
14 / 22

第13話 脱出の符号

しおりを挟む
 すぐに、私は部屋の扉を開け、外に控える衛兵に声をかけた。

「少々気分が優れません。このままでは息が詰まりそうですわ。庭を少しだけ散策してもよろしいかしら」

 衛兵は一瞬戸惑った顔を見せたが、私をこの館に留めるよう命じられている以上、気分転換程度の外出は許容範囲だと判断したのだろう。彼らは顔を見合わせ、やがて頷いた。

「承知いたしました。しかし、護衛はお付けさせていただきます」

 もちろん、私はその言葉を予想していた。そして、衛兵が自ら護衛をする意向を敢えて無視して、私は、当然のようにクロイツを指名する。

「ええ、クロイツは常に私の傍らにいてくれるはずですもの」

 私は衛兵に笑顔を向け大げさに言うと、クロイツの方へと視線を送った。私の言葉に、彼は微かに眉を動かす。
 普段の私ならば、ここまで感情を込めて「常に傍らにいてくれるはず」などという言い方はしない。私のわずかな変化に、彼が何かを察したことを確信した。
 庭へと続く回廊を歩く間も、遠巻きに監視する衛兵の視線が私たちに突き刺さる。私はクロイツの数歩前を歩き、庭の入り口に差し掛かったところで、足を止めた。そして、少しだけ顔を振り向き、彼に声を掛ける。

「私がよくクロイツに話した童話、覚えてますか?」

 そんな話を私はクロイツにしたことがない。少し戸惑うクロイツだが、私の言葉の裏にある意図に気づいてくれるはずだと願いながら、私は言葉を続けた。

「そう、囚われたお姫様が、夜、深緑の精霊に連れ去られるお話。覚えてないのですか?」

 私の言葉を聞いた瞬間、クロイツの瞳が鋭く光った。彼は、私の顔をまっすぐに見つめ、かすかに頷いた。

「はい、マリー様。確かに覚えております」

 その返事に、私は安堵した。彼ならば、私の言葉に込められたメッセージを、正しく読み取ってくれただろう。夜、この館から脱出する。それも、私の部屋まで迎えに来てくれるはずだと。
 その後、庭を散策した私は、何事もなかったかのように部屋へと戻る。衛兵たちは最後まで警戒を緩めなかったが、私たちが余計な行動を起こさなかったことに安堵したようだった。しかし、私の心は、夜の訪れを待ちわびるように高鳴っていた。

◇◆◇◆

 夜が深まり、館が静まり返った頃。私の部屋の外で、定期的に聞こえていた衛兵の足音が、ふと途切れた。心臓の音が、ドクン、と大きく鳴る。緊張が全身を駆け巡る中、私は息を殺し、扉の向こうに意識を集中した。
 数秒の後、ごくかすかな物音がしたかと思うと、私の部屋の扉が、ゆっくりと、音もなく開いた。暗闇の中に、クロイツの姿が浮かび上がる。

「マリー様」

 彼の声が、私を呼んだ。私は彼の隣へと駆け寄る。夜の闇を切り裂くように、彼の瞳が私をまっすぐに見据える。その静かで揺るぎない光に、私の不安は溶けて、ただ信頼が満ちていった。
 クロイツは私の手を握り、私たちは音を立てずに部屋を抜け出した。通路の奥には、倒れている衛兵の影があった。彼は音もなく、剣を抜くことさえせず、当て身だけで制圧したのだろう。その手際の良さに、私は息をのむ。
 廊下は闇に沈み、私たちは影のように館の奥へと進んでいく。途中で何度か、巡回中の衛兵と出くわしそうになったが、彼はその度に壁の陰に私を引き寄せ、一切の気配を悟らせず、私たちを危険から遠ざけた。
 裏口にたどり着くと、そこにも二人の衛兵が立っていた。彼らは私たちの姿に気づき、剣に手をかける。私も身構えたが、クロイツは私を背後に隠し、前に立った。彼は剣を抜くことさえしなかった。
 瞬く間に、彼は衛兵たちの急所を拳で撃った。すると、立っていた衛兵たちは、糸が切れた人形のように崩れ落ちる。

「マリー様、行きます」

 彼の声は、静かでありながら、一切の迷いを許さない響きがあった。この脱出は、彼にとって容易いことなのかもしれない。彼の頼もしさに、私の心は少しだけ安堵する。
 彼は私の手を握り、私たちは辺境伯邸の裏庭を駆け抜け、城壁の低い場所から、何とか外部へと脱出することができた。森の中へ足を踏み入れると、ひんやりとした夜の空気が肌を刺す。背後では、辺境伯邸の灯りが遠ざかっていく。私たちは、命からがら、再び暗闇の中へと駆け出した。

 辺境伯の館は、私たちを温かく迎えてくれた場所ではなく、巧妙な罠が仕組まれた牢獄だった。シリエルの勇気ある警告がなければ、私たちは、為す術もなく彼の野望に飲み込まれていただろう。
 私は、クロイツの隣を必死に走った。彼の手には、いつでも私を護るための剣が握られている。そして、彼の寡黙な存在が、どれほど私の心を支えているか、改めて痛感した。私たちは、再び先の見えない逃避行を始める。

 未来へ続く道は、無限に続く漆黒の闇に覆い尽くされている。
 
 しかし、その闇の先に、わずかな光を探して、私たちは進むしかなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

女嫌いな辺境伯と歴史狂いの子爵令嬢の、どうしようもなくマイペースな婚姻

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
恋愛
「友好と借金の形に、辺境伯家に嫁いでくれ」  行き遅れの私・マリーリーフに、突然婚約話が持ち上がった。  相手は女嫌いに社交嫌いな若き辺境伯。子爵令嬢の私にはまたとない好条件ではあるけど、相手の人柄が心配……と普通は思うでしょう。  でも私はそんな事より、嫁げば他に時間を取られて大好きな歴史研究に没頭できない事の方が問題!  それでも互いの領地の友好と借金の形として仕方がなく嫁いだ先で、「家の事には何も手出し・口出しするな」と言われて……。  え、「何もしなくていい」?!  じゃあ私、今まで通り、歴史研究してていいの?!    こうして始まる結婚(ただの同居)生活が、普通なわけはなく……?  どうやらプライベートな時間はずっと剣を振っていたい旦那様と、ずっと歴史に浸っていたい私。  二人が歩み寄る日は、来るのか。  得意分野が文と武でかけ離れている二人だけど、マイペース過ぎるところは、どこか似ている?  意外とお似合いなのかもしれません。笑

望まぬ結婚をさせられた私のもとに、死んだはずの護衛騎士が帰ってきました~不遇令嬢が世界一幸せな花嫁になるまで

越智屋ノマ
恋愛
「君を愛することはない」で始まった不遇な結婚――。 国王の命令でクラーヴァル公爵家へと嫁いだ伯爵令嬢ヴィオラ。しかし夫のルシウスに愛されることはなく、毎日つらい仕打ちを受けていた。 孤独に耐えるヴィオラにとって唯一の救いは、護衛騎士エデン・アーヴィスと過ごした日々の思い出だった。エデンは強くて誠実で、いつもヴィオラを守ってくれた……でも、彼はもういない。この国を襲った『災禍の竜』と相打ちになって、3年前に戦死してしまったのだから。 ある日、参加した夜会の席でヴィオラは窮地に立たされる。その夜会は夫の愛人が主催するもので、夫と結託してヴィオラを陥れようとしていたのだ。誰に救いを求めることもできず、絶体絶命の彼女を救ったのは――? (……私の体が、勝手に動いている!?) 「地獄で悔いろ、下郎が。このエデン・アーヴィスの目の黒いうちは、ヴィオラ様に指一本触れさせはしない!」 死んだはずのエデンの魂が、ヴィオラの体に乗り移っていた!?  ――これは、望まぬ結婚をさせられた伯爵令嬢ヴィオラと、死んだはずの護衛騎士エデンのふしぎな恋の物語。理不尽な夫になんて、もう絶対に負けません!!

世界観制約で罵倒しかできない悪役令嬢なのに、なぜか婚約者が溺愛してくる

杓子ねこ
恋愛
前世の記憶を取り戻した悪役令嬢ヴェスカは、王太子との婚約を回避し、学園でもおとなしくすごすつもりだった。 なのに聖女セノリィの入学とともに口からは罵倒の言葉しか出なくなり、周囲からは冷たい目で見られる――ただ一人を除いては。 なぜか婚約者に収まっている侯爵令息ロアン。 彼だけはヴェスカの言動にひるまない。むしろ溺愛してくる。本当になんで? 「ヴェスカ嬢、君は美しいな」 「ロアン様はお可哀想に。今さら気づくなんて、目がお悪いのね」 「そうかもしれない、本当の君はもっと輝いているのかも」 これは侯爵令息が一途に悪役令嬢を思い、ついでにざまあするお話。 悪役令嬢が意外と無自覚にシナリオ改変を起こしまくっていた話でもある。 ※小説家になろうで先行掲載中

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

聖銀竜に喰われる夜――冷酷な宰相閣下は、禁書庫の司書を執愛の檻に囚える

真守 輪
恋愛
「逃がさない。その賢しい口も、奥の震えも――すべて、私のものだ」 王宮で「禁書庫の未亡人」と揶揄される地味な司書・ルネ。 その正体は、好奇心旺盛でちょっぴり無作法な、本を愛する伯爵令嬢。 彼女には、誰にも言えない秘密があった。 それは、冷酷非道と恐れられる王弟・ゼファール宰相に、夜の禁書庫で秘密に抱かれていること。 聖銀竜の血を引き、興奮すると強靭な鱗と尾が顕れる彼。 人外の剛腕に抱き潰され、甘美な絶望に呑み込まれる夜。 「ただの愛人」と割り切っていたはずなのに、彼の孤独な熱に触れるたび、ルネの心は無防備に暴かれていく。 しかし、ルネは知らなかった。 彼が近づいた真の目的は、彼女が守る「禁書」――王国を揺るがす禁断の真実にあったことを。 「君は、私のものだ。禁書も、その魂も、すべてな」 嘘から始まった関係が、執着に変わる。 竜の情欲と宮廷の陰謀が絡み合う、背徳のインモラル・ロマンス。

あなたが決めたことよ

アーエル
恋愛
その日は私の誕生日パーティーの三日前のことでした。 前触れもなく「婚約の話は無かったことにしよう」と言われたのです。 ‪✰他社でも公開

「わざわざ始まるまでまたないで、今のうちに手を打ったってよくない?」

イチイ アキラ
恋愛
アスター公爵令嬢エステルは、夢をみる。それは先を映す夢。 ある日、夢をみた。 この国の未来を。 それをアルフレッド王太子に相談する。彼女を愛して止まない婚約者に。 彼は言う。 愛する君とぼくの国のためなら、未来を変えるのも仕方なくない?

異世界で王城生活~陛下の隣で~

恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。  グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます! ※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。 ※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。

処理中です...