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第13話 脱出の符号
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すぐに、私は部屋の扉を開け、外に控える衛兵に声をかけた。
「少々気分が優れません。このままでは息が詰まりそうですわ。庭を少しだけ散策してもよろしいかしら」
衛兵は一瞬戸惑った顔を見せたが、私をこの館に留めるよう命じられている以上、気分転換程度の外出は許容範囲だと判断したのだろう。彼らは顔を見合わせ、やがて頷いた。
「承知いたしました。しかし、護衛はお付けさせていただきます」
もちろん、私はその言葉を予想していた。そして、衛兵が自ら護衛をする意向を敢えて無視して、私は、当然のようにクロイツを指名する。
「ええ、クロイツは常に私の傍らにいてくれるはずですもの」
私は衛兵に笑顔を向け大げさに言うと、クロイツの方へと視線を送った。私の言葉に、彼は微かに眉を動かす。
普段の私ならば、ここまで感情を込めて「常に傍らにいてくれるはず」などという言い方はしない。私のわずかな変化に、彼が何かを察したことを確信した。
庭へと続く回廊を歩く間も、遠巻きに監視する衛兵の視線が私たちに突き刺さる。私はクロイツの数歩前を歩き、庭の入り口に差し掛かったところで、足を止めた。そして、少しだけ顔を振り向き、彼に声を掛ける。
「私がよくクロイツに話した童話、覚えてますか?」
そんな話を私はクロイツにしたことがない。少し戸惑うクロイツだが、私の言葉の裏にある意図に気づいてくれるはずだと願いながら、私は言葉を続けた。
「そう、囚われたお姫様が、夜、深緑の精霊に連れ去られるお話。覚えてないのですか?」
私の言葉を聞いた瞬間、クロイツの瞳が鋭く光った。彼は、私の顔をまっすぐに見つめ、かすかに頷いた。
「はい、マリー様。確かに覚えております」
その返事に、私は安堵した。彼ならば、私の言葉に込められたメッセージを、正しく読み取ってくれただろう。夜、この館から脱出する。それも、私の部屋まで迎えに来てくれるはずだと。
その後、庭を散策した私は、何事もなかったかのように部屋へと戻る。衛兵たちは最後まで警戒を緩めなかったが、私たちが余計な行動を起こさなかったことに安堵したようだった。しかし、私の心は、夜の訪れを待ちわびるように高鳴っていた。
◇◆◇◆
夜が深まり、館が静まり返った頃。私の部屋の外で、定期的に聞こえていた衛兵の足音が、ふと途切れた。心臓の音が、ドクン、と大きく鳴る。緊張が全身を駆け巡る中、私は息を殺し、扉の向こうに意識を集中した。
数秒の後、ごくかすかな物音がしたかと思うと、私の部屋の扉が、ゆっくりと、音もなく開いた。暗闇の中に、クロイツの姿が浮かび上がる。
「マリー様」
彼の声が、私を呼んだ。私は彼の隣へと駆け寄る。夜の闇を切り裂くように、彼の瞳が私をまっすぐに見据える。その静かで揺るぎない光に、私の不安は溶けて、ただ信頼が満ちていった。
クロイツは私の手を握り、私たちは音を立てずに部屋を抜け出した。通路の奥には、倒れている衛兵の影があった。彼は音もなく、剣を抜くことさえせず、当て身だけで制圧したのだろう。その手際の良さに、私は息をのむ。
廊下は闇に沈み、私たちは影のように館の奥へと進んでいく。途中で何度か、巡回中の衛兵と出くわしそうになったが、彼はその度に壁の陰に私を引き寄せ、一切の気配を悟らせず、私たちを危険から遠ざけた。
裏口にたどり着くと、そこにも二人の衛兵が立っていた。彼らは私たちの姿に気づき、剣に手をかける。私も身構えたが、クロイツは私を背後に隠し、前に立った。彼は剣を抜くことさえしなかった。
瞬く間に、彼は衛兵たちの急所を拳で撃った。すると、立っていた衛兵たちは、糸が切れた人形のように崩れ落ちる。
「マリー様、行きます」
彼の声は、静かでありながら、一切の迷いを許さない響きがあった。この脱出は、彼にとって容易いことなのかもしれない。彼の頼もしさに、私の心は少しだけ安堵する。
彼は私の手を握り、私たちは辺境伯邸の裏庭を駆け抜け、城壁の低い場所から、何とか外部へと脱出することができた。森の中へ足を踏み入れると、ひんやりとした夜の空気が肌を刺す。背後では、辺境伯邸の灯りが遠ざかっていく。私たちは、命からがら、再び暗闇の中へと駆け出した。
辺境伯の館は、私たちを温かく迎えてくれた場所ではなく、巧妙な罠が仕組まれた牢獄だった。シリエルの勇気ある警告がなければ、私たちは、為す術もなく彼の野望に飲み込まれていただろう。
私は、クロイツの隣を必死に走った。彼の手には、いつでも私を護るための剣が握られている。そして、彼の寡黙な存在が、どれほど私の心を支えているか、改めて痛感した。私たちは、再び先の見えない逃避行を始める。
未来へ続く道は、無限に続く漆黒の闇に覆い尽くされている。
しかし、その闇の先に、わずかな光を探して、私たちは進むしかなかった。
「少々気分が優れません。このままでは息が詰まりそうですわ。庭を少しだけ散策してもよろしいかしら」
衛兵は一瞬戸惑った顔を見せたが、私をこの館に留めるよう命じられている以上、気分転換程度の外出は許容範囲だと判断したのだろう。彼らは顔を見合わせ、やがて頷いた。
「承知いたしました。しかし、護衛はお付けさせていただきます」
もちろん、私はその言葉を予想していた。そして、衛兵が自ら護衛をする意向を敢えて無視して、私は、当然のようにクロイツを指名する。
「ええ、クロイツは常に私の傍らにいてくれるはずですもの」
私は衛兵に笑顔を向け大げさに言うと、クロイツの方へと視線を送った。私の言葉に、彼は微かに眉を動かす。
普段の私ならば、ここまで感情を込めて「常に傍らにいてくれるはず」などという言い方はしない。私のわずかな変化に、彼が何かを察したことを確信した。
庭へと続く回廊を歩く間も、遠巻きに監視する衛兵の視線が私たちに突き刺さる。私はクロイツの数歩前を歩き、庭の入り口に差し掛かったところで、足を止めた。そして、少しだけ顔を振り向き、彼に声を掛ける。
「私がよくクロイツに話した童話、覚えてますか?」
そんな話を私はクロイツにしたことがない。少し戸惑うクロイツだが、私の言葉の裏にある意図に気づいてくれるはずだと願いながら、私は言葉を続けた。
「そう、囚われたお姫様が、夜、深緑の精霊に連れ去られるお話。覚えてないのですか?」
私の言葉を聞いた瞬間、クロイツの瞳が鋭く光った。彼は、私の顔をまっすぐに見つめ、かすかに頷いた。
「はい、マリー様。確かに覚えております」
その返事に、私は安堵した。彼ならば、私の言葉に込められたメッセージを、正しく読み取ってくれただろう。夜、この館から脱出する。それも、私の部屋まで迎えに来てくれるはずだと。
その後、庭を散策した私は、何事もなかったかのように部屋へと戻る。衛兵たちは最後まで警戒を緩めなかったが、私たちが余計な行動を起こさなかったことに安堵したようだった。しかし、私の心は、夜の訪れを待ちわびるように高鳴っていた。
◇◆◇◆
夜が深まり、館が静まり返った頃。私の部屋の外で、定期的に聞こえていた衛兵の足音が、ふと途切れた。心臓の音が、ドクン、と大きく鳴る。緊張が全身を駆け巡る中、私は息を殺し、扉の向こうに意識を集中した。
数秒の後、ごくかすかな物音がしたかと思うと、私の部屋の扉が、ゆっくりと、音もなく開いた。暗闇の中に、クロイツの姿が浮かび上がる。
「マリー様」
彼の声が、私を呼んだ。私は彼の隣へと駆け寄る。夜の闇を切り裂くように、彼の瞳が私をまっすぐに見据える。その静かで揺るぎない光に、私の不安は溶けて、ただ信頼が満ちていった。
クロイツは私の手を握り、私たちは音を立てずに部屋を抜け出した。通路の奥には、倒れている衛兵の影があった。彼は音もなく、剣を抜くことさえせず、当て身だけで制圧したのだろう。その手際の良さに、私は息をのむ。
廊下は闇に沈み、私たちは影のように館の奥へと進んでいく。途中で何度か、巡回中の衛兵と出くわしそうになったが、彼はその度に壁の陰に私を引き寄せ、一切の気配を悟らせず、私たちを危険から遠ざけた。
裏口にたどり着くと、そこにも二人の衛兵が立っていた。彼らは私たちの姿に気づき、剣に手をかける。私も身構えたが、クロイツは私を背後に隠し、前に立った。彼は剣を抜くことさえしなかった。
瞬く間に、彼は衛兵たちの急所を拳で撃った。すると、立っていた衛兵たちは、糸が切れた人形のように崩れ落ちる。
「マリー様、行きます」
彼の声は、静かでありながら、一切の迷いを許さない響きがあった。この脱出は、彼にとって容易いことなのかもしれない。彼の頼もしさに、私の心は少しだけ安堵する。
彼は私の手を握り、私たちは辺境伯邸の裏庭を駆け抜け、城壁の低い場所から、何とか外部へと脱出することができた。森の中へ足を踏み入れると、ひんやりとした夜の空気が肌を刺す。背後では、辺境伯邸の灯りが遠ざかっていく。私たちは、命からがら、再び暗闇の中へと駆け出した。
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私は、クロイツの隣を必死に走った。彼の手には、いつでも私を護るための剣が握られている。そして、彼の寡黙な存在が、どれほど私の心を支えているか、改めて痛感した。私たちは、再び先の見えない逃避行を始める。
未来へ続く道は、無限に続く漆黒の闇に覆い尽くされている。
しかし、その闇の先に、わずかな光を探して、私たちは進むしかなかった。
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