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序章
第2話 もふもふとの出会い
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森の朝は、ひんやりしていた。
木々の葉から滴る露がきらめき、空気には土と草の匂いが満ちている。
昨日ここへ来てから一晩。泉のそばに仮の寝床をこしらえ、どうにか眠った俺は、地球で目覚めた時とは比べものにならないほど体が軽かった。
「……ほんま、身体が丈夫なだけで気持ちまで前向きになるんやなぁ」
関西の小さな部屋で、引きこもってた頃の俺からしたら考えられんほど清々しい気分やった。体が軽い、疲れも残ってへん。たぶん、この身体の性質なんやろう。神が言うとった“半神半人”ってやつ。……まあ、それを深く考えてもしゃあない。
いま大事なんは、暮らしていける環境を作ることや。
◆
泉のほとりに立ち、手をかざす。
昨日試した“無属性”の魔法。神は万能や言うてたが、まだピンときとらん。とりあえず「土よ、平らになれ」と念じてみる。すると、泉近くの地面がすうっと沈み、ちょうど畑を作るのにええ具合の平地が広がった。
「……おお、これは便利や」
汗もかかず、鍬もいらず。思い描いた通りに土が形を変える。
畑を耕すんやなく、まずは畑を“作る”段階やけど、これならなんとかなるかもしれん。
地球でプランター栽培してた頃は、袋の土を買うだけで腰が痛かったのに。なんや、農業チート感あるな……と、ちょっと笑う。
「ほな、次は水やな」
泉から水を汲むより、魔法でやった方が早いんちゃうか。手のひらを泉に向け、「水よ、流れろ」と意識する。すると泉の水が細い糸のように吸い上げられ、空中を伝って畑へと落ちていった。
「おお、これやこれ! 水道やん!」
思わず声が弾む。土に水が染み込み、湿った匂いが立ち上る。うん、これなら作物も育ちそうや。
ただし問題は――種や。
この世界に野菜の種があるんかどうか、どこで手に入るんか、俺は知らん。神さんもそこまで親切に教えてくれんかった。……いや、むしろ“自分で探せ”ってことか。
「ま、まずは森を歩き回って、食えそうなもん探してみよか」
気楽に考えた瞬間、木々の影が動いた。ふと目を凝らすと――
黒い影が、じっとこっちを見ているのがわかった。
◆
姿を現したのは、一匹の猫やった。
毛並みは艶やかな黒。耳がちょっと垂れていて、地球でいうスコティッシュフォールドみたいな。まん丸の目が黄緑色に輝き、泉のほとりに座って俺をじーっと観察していた。
「……猫、やんな?」
猫は「ニャ」とも鳴かず、ただ尻尾をゆらゆらさせる。
人懐っこいようで、どこか不遜な態度。俺が近づくと、するりと身をかわして、少し離れた石の上に座り直した。
「はは、警戒しとるんか? けど、森で猫に会うとはなぁ……」
独り言をこぼした瞬間――
「アンタ、誰に向かって“猫”言うてんねん?」
「…………は?」
聞き間違いかと思た。けど、はっきり聞こえた。関西弁や。しかも妙にキレのあるツッコミ。
目の前の黒猫が、口を開いてこっちを見ている。
「え、喋った!?」
「せやがな。他に誰がおるっちゅうねん。……あー、やっぱりなぁ。アンタ、人族の顔して、ちょいと変な気配しとると思たわ」
「いや待て待て待て! 猫が喋るんか!? しかも関西弁て!」
「なんでやねん! 関西弁はアンタの方のもんやろ? わいはただ、昔の主にうつされたっちゅうだけや」
猫――いや、この黒猫は尻尾をぱたんと叩き、半目で俺を見上げた。
なんやろ、急に漫才の相方ができた気分や。
◆
「えーと……アンタ、名前は?」
「わいは“クロハ”や。クロい毛並みに、元の主がつけてくれはった」
「クロハ……」
そう名乗った黒猫は、胸を張るでもなく、どこか気だるげに欠伸をした。
でもその目は妙に賢そうで、人間の心を見透かすみたいな光を宿していた。
「ほんで、アンタは? どこの馬の骨や?」
「……セツ・アラタや。まあ、こっちに来たばっかりで、よぉわからんのやけど」
「セツ、な。ふん、変わった気配や思たら……。わいが見てきた普通の人族とはちゃう。妙に清らかやいうか、逆に胡散臭いいうか」
「おい、胡散臭いは余計やろ」
「事実やんか」
――これは、完全にツッコミ担当やな。俺の言葉の隙を突いて、即座に返してくる。しかも間がいい。
おまけに、この森で一人きりやと思てた俺には、妙に安心する存在でもあった。
◆
しばらく言葉を交わしたあと、クロハはふいに真面目な目をした。
「なあ、セツ。アンタ、わいと契約せえへんか?」
「契約?」
「従魔契約や。わいらみたいなもんは、人と契約すれば主従の縁ができる。……まあ、わいは戦い弱いし、飯もよぉ食うけどな」
「なんや、弱点ばっかり先に言うなや」
「けど代わりに、人の気持ちは読むの得意やで? 嘘つきもわかるし、危なっかしい奴も匂いで察せる。アンタ、のんびり耕したいんやろ? ほならわい、役に立つで」
そう言ってクロハは、ちょこんと泉のほとりに座り直した。
その姿がなんや可愛らしくもあり、同時に頼もしさも感じさせる。
俺は少し考え――そして頷いた。
「……わかった。よろしく頼むわ、クロハ」
「お、決断早いなぁ。ほな、契約の儀や。爪でちょびっと指を引っかかせてもろて、血をわいの額に垂らす。それで成立や」
「うわ、意外と物騒なやり方やな……」
「血の縁っちゅうやつや。人と従魔、互いに命を預けるんやからな」
クロハの目は冗談めかしていない。本気やった。
俺は覚悟を決め、指先をクロハの爪で軽く傷つける。赤い血がにじみ、それをクロハの額に落とした瞬間――
淡い光が俺とクロハを包み込んだ。
◆
頭の奥に、言葉じゃない感覚が流れ込む。
心の奥がつながったような、不思議な安心感。クロハの存在が、自分の一部みたいに近くに感じられる。
「……これが、契約……」
「せや。これで、わいはアンタの従魔。まあ、主いうても、アンタに尻尾振って媚びる気はないけどな」
「いや、媚びられても困るけどな」
思わず笑ってしまった。
――孤独やった俺に、初めての仲間ができたんや。
黒猫クロハ。その黄緑の瞳がきらりと光り、泉の水面に映った。
この世界での、俺の新しい生活がようやく本格的に始まる気がした。
――――――――――――
次回、第3話「畑と狩りと猫の舌」
木々の葉から滴る露がきらめき、空気には土と草の匂いが満ちている。
昨日ここへ来てから一晩。泉のそばに仮の寝床をこしらえ、どうにか眠った俺は、地球で目覚めた時とは比べものにならないほど体が軽かった。
「……ほんま、身体が丈夫なだけで気持ちまで前向きになるんやなぁ」
関西の小さな部屋で、引きこもってた頃の俺からしたら考えられんほど清々しい気分やった。体が軽い、疲れも残ってへん。たぶん、この身体の性質なんやろう。神が言うとった“半神半人”ってやつ。……まあ、それを深く考えてもしゃあない。
いま大事なんは、暮らしていける環境を作ることや。
◆
泉のほとりに立ち、手をかざす。
昨日試した“無属性”の魔法。神は万能や言うてたが、まだピンときとらん。とりあえず「土よ、平らになれ」と念じてみる。すると、泉近くの地面がすうっと沈み、ちょうど畑を作るのにええ具合の平地が広がった。
「……おお、これは便利や」
汗もかかず、鍬もいらず。思い描いた通りに土が形を変える。
畑を耕すんやなく、まずは畑を“作る”段階やけど、これならなんとかなるかもしれん。
地球でプランター栽培してた頃は、袋の土を買うだけで腰が痛かったのに。なんや、農業チート感あるな……と、ちょっと笑う。
「ほな、次は水やな」
泉から水を汲むより、魔法でやった方が早いんちゃうか。手のひらを泉に向け、「水よ、流れろ」と意識する。すると泉の水が細い糸のように吸い上げられ、空中を伝って畑へと落ちていった。
「おお、これやこれ! 水道やん!」
思わず声が弾む。土に水が染み込み、湿った匂いが立ち上る。うん、これなら作物も育ちそうや。
ただし問題は――種や。
この世界に野菜の種があるんかどうか、どこで手に入るんか、俺は知らん。神さんもそこまで親切に教えてくれんかった。……いや、むしろ“自分で探せ”ってことか。
「ま、まずは森を歩き回って、食えそうなもん探してみよか」
気楽に考えた瞬間、木々の影が動いた。ふと目を凝らすと――
黒い影が、じっとこっちを見ているのがわかった。
◆
姿を現したのは、一匹の猫やった。
毛並みは艶やかな黒。耳がちょっと垂れていて、地球でいうスコティッシュフォールドみたいな。まん丸の目が黄緑色に輝き、泉のほとりに座って俺をじーっと観察していた。
「……猫、やんな?」
猫は「ニャ」とも鳴かず、ただ尻尾をゆらゆらさせる。
人懐っこいようで、どこか不遜な態度。俺が近づくと、するりと身をかわして、少し離れた石の上に座り直した。
「はは、警戒しとるんか? けど、森で猫に会うとはなぁ……」
独り言をこぼした瞬間――
「アンタ、誰に向かって“猫”言うてんねん?」
「…………は?」
聞き間違いかと思た。けど、はっきり聞こえた。関西弁や。しかも妙にキレのあるツッコミ。
目の前の黒猫が、口を開いてこっちを見ている。
「え、喋った!?」
「せやがな。他に誰がおるっちゅうねん。……あー、やっぱりなぁ。アンタ、人族の顔して、ちょいと変な気配しとると思たわ」
「いや待て待て待て! 猫が喋るんか!? しかも関西弁て!」
「なんでやねん! 関西弁はアンタの方のもんやろ? わいはただ、昔の主にうつされたっちゅうだけや」
猫――いや、この黒猫は尻尾をぱたんと叩き、半目で俺を見上げた。
なんやろ、急に漫才の相方ができた気分や。
◆
「えーと……アンタ、名前は?」
「わいは“クロハ”や。クロい毛並みに、元の主がつけてくれはった」
「クロハ……」
そう名乗った黒猫は、胸を張るでもなく、どこか気だるげに欠伸をした。
でもその目は妙に賢そうで、人間の心を見透かすみたいな光を宿していた。
「ほんで、アンタは? どこの馬の骨や?」
「……セツ・アラタや。まあ、こっちに来たばっかりで、よぉわからんのやけど」
「セツ、な。ふん、変わった気配や思たら……。わいが見てきた普通の人族とはちゃう。妙に清らかやいうか、逆に胡散臭いいうか」
「おい、胡散臭いは余計やろ」
「事実やんか」
――これは、完全にツッコミ担当やな。俺の言葉の隙を突いて、即座に返してくる。しかも間がいい。
おまけに、この森で一人きりやと思てた俺には、妙に安心する存在でもあった。
◆
しばらく言葉を交わしたあと、クロハはふいに真面目な目をした。
「なあ、セツ。アンタ、わいと契約せえへんか?」
「契約?」
「従魔契約や。わいらみたいなもんは、人と契約すれば主従の縁ができる。……まあ、わいは戦い弱いし、飯もよぉ食うけどな」
「なんや、弱点ばっかり先に言うなや」
「けど代わりに、人の気持ちは読むの得意やで? 嘘つきもわかるし、危なっかしい奴も匂いで察せる。アンタ、のんびり耕したいんやろ? ほならわい、役に立つで」
そう言ってクロハは、ちょこんと泉のほとりに座り直した。
その姿がなんや可愛らしくもあり、同時に頼もしさも感じさせる。
俺は少し考え――そして頷いた。
「……わかった。よろしく頼むわ、クロハ」
「お、決断早いなぁ。ほな、契約の儀や。爪でちょびっと指を引っかかせてもろて、血をわいの額に垂らす。それで成立や」
「うわ、意外と物騒なやり方やな……」
「血の縁っちゅうやつや。人と従魔、互いに命を預けるんやからな」
クロハの目は冗談めかしていない。本気やった。
俺は覚悟を決め、指先をクロハの爪で軽く傷つける。赤い血がにじみ、それをクロハの額に落とした瞬間――
淡い光が俺とクロハを包み込んだ。
◆
頭の奥に、言葉じゃない感覚が流れ込む。
心の奥がつながったような、不思議な安心感。クロハの存在が、自分の一部みたいに近くに感じられる。
「……これが、契約……」
「せや。これで、わいはアンタの従魔。まあ、主いうても、アンタに尻尾振って媚びる気はないけどな」
「いや、媚びられても困るけどな」
思わず笑ってしまった。
――孤独やった俺に、初めての仲間ができたんや。
黒猫クロハ。その黄緑の瞳がきらりと光り、泉の水面に映った。
この世界での、俺の新しい生活がようやく本格的に始まる気がした。
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次回、第3話「畑と狩りと猫の舌」
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