今世はのんびり耕したい

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第一章 森の生活

第17話 結界石の安定化と森の来訪者

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 森の朝は、まだ冷たさを残した風と、夜露に濡れた土の匂いで満ちていた。
 畑の外周には、昨夜張った試作の結界がまだかろうじて残っている。淡い青白い光膜は揺らぎながら、辛うじて形を保っていた。

 セツはその様子を腕を組んで見つめていた。

「……やっぱり、時間が経つとだんだん歪んでくるな」

 魔石に込められた魔力が偏り、結界が一定に保てていない。試作品としては成功と言えたが、このままでは一晩どころか半日も保たない。
 クロハが横から尾をぱたんと叩き、半眼でセツを見る。

「なぁ、結局、寝ずにずっと眺めとったんやろ? 顔、死人みたいやで」

「しゃあないやろ。結界が暴発したら畑ごと燃えるかもしれんのやから」

「ほんまに……うちがおらんかったら、あんた倒れるまで突っ走るんやろな」

 呆れたように言いながらも、クロハの声には心配の色が濃かった。
 そこへ小さな影が走り込む。ルビィが翼をぱたつかせながら跳び跳ね、魔石のそばにぴたりと寄り添った。

「セツ! ぼくのあったかいの、またいれる?」

「……ああ。ちょっとだけ手伝ってくれ」

 子竜の魔力は不思議と魔石と相性が良く、光を安定させる効果があった。セツはルビィの鼻先に触れ、呼吸を合わせるように魔力を同調させていく。すると結界の光が再び落ち着きを取り戻した。

「……なるほどな。わいの魔力だけやと硬すぎる。ルビィの魔力が混じることで柔らかくなるんや」

「布に糸を通すみたいなもんやな」

 クロハが尻尾で土をなぞりながら呟く。

「せやけど、ルビィに毎回手伝わせるわけにはいかん。安定剤になる別の仕組みが必要やな」

 セツは唇を噛みながら考えを巡らせた。結界石に刻む符文を増やし、魔力の流れを循環させる回路を設ければ、子竜の魔力なしでも安定するかもしれない。

 試行錯誤の日々は始まった。



 数日後。

 森の奥で刻む音と土の匂いが続く。セツは木の板を並べ、そこに符文を何度も描き直していた。魔石に流す魔力の強弱を調整し、アオイの冷静な助言を受けては修正を繰り返す。

「この流れだと、結界は持ちますが……魔力消耗が多すぎます。畑を守るどころか、セツ殿が先に倒れるでしょう」

「やっぱりか……なら、符文の繋ぎ方をもうちょい緩めたほうがええな」

 セツは額の汗を拭き、膝の上に広げた木片に再び刻みを入れた。

 クロハは横で呆れ顔をしながらも、土や石を運ぶ手伝いをしている。

「ほんま、もう少し余裕持ってやりぃな。薬草の世話もしなあかんやろ」

「薬草……?」

 セツは思わず手を止めた。

「そうや。あんた、森から持ち込んだ種もあったやろ? あれ、植えっぱなしやで」

「あっ……!」

 気付けば、結界と畑にかかりきりで薬草のことを忘れていた。

「薬草……せやな。今後のためにもしっかり育てんと」

 セツは結界石の調整を一段落させると、薬草畑を作る準備に取り掛かった。
 森の一角に小さな区画を整え、土を耕す。
 湿り気を保ち、日陰と日向が交互に差す場所を選んだ。そこへ薬草の種を一粒ずつ植えていく。

「こっちは解熱作用のある『サーレ草』。それから止血用の『レインリーフ』。傷薬に使える『灰花草』も」

 セツは一つひとつ説明しながら植えていく。クロハはあくび混じりに手伝い、ルビィは「これ食べられる?」と聞いては叱られていた。

「……まぁ、食用にはせんほうがいいな」

「えぇー」

 子竜の小さな不満に笑いがこぼれる。

 そんな穏やかな時間を破るように――森の奥から、人の気配がした。
 風に混じる声。枝葉を踏む足音。
 セツは咄嗟にクロハと視線を交わし、腰の剣へ手を伸ばす。
 茂みから現れたのは、背の低い少年と、その手を引く痩せた女性だった。
 少年は十歳ほど。女性は母親だろう。服は擦り切れ、顔には疲労がにじんでいる。

「……人間?」

 クロハが警戒を込めて唸る。

 親子もまた、見慣れぬ者たちに驚きの表情を浮かべた。

「あ、あの……怪しい者ではありません。ただ……薬草を……」

 母親は震える声で頭を下げた。少年は母の背に隠れながらも、必死にこちらを見ている。

「薬草?」

 セツは剣から手を離さずに問うた。

「はい。村で熱病が広がっていて……熱冷ましの『サーレ草』を探しに来たのです」

 その言葉に、セツは一瞬黙り込んだ。

 クロハが小さく鼻を鳴らす。

「セツ、どうする? 放っとくか?」

 アオイが翼を揺らし、冷静に補足する。

「この辺りにサーレ草が自生しているのは事実です。しかし、量は限られている。村人が採り尽くせば……今後の備えはなくなるでしょう」

「……なるほどな」

 セツは深呼吸をしてから、親子に近付いた。

「ちょっと待ってろ。サーレ草なら、ここで育ててる」

 親子の目が驚きに見開かれた。

「そ、そんな……? 森の中で薬草を育てているのですか」

「まぁ、農家の端くれやからな。すぐには大した量はないけど……必要分くらいは出せるはずや」

 セツは薬草畑へ向かい、青緑色の葉を数本摘み取った。それを丁寧に束ね、親子に差し出す。

「これを煎じて飲ませたら熱が下がるはずや。ただ苦いから、蜂蜜か何かで混ぜると飲みやすいんじゃないか」

 母親は震える手で受け取り、深々と頭を下げた。

「本当に……ありがとうございます……!」

 少年も小さな声で「ありがとう」と告げた。
 その姿にセツは微笑みを返した。
 親子を見送ったあと、セツは焚き火の前に腰を下ろした。

「……やっぱり、薬草畑を作っといて正解やったな」

「せやけど、これからも人が来るかもしれんで。結界、もっと安定させなあかん」

 クロハが耳を揺らす。

「そうやな。薬草を分け与える以上、ちゃんと育て続けなあかんし……自作の薬も備えとくべきや」

 セツは摘んだ余りのサーレ草を乾かし、簡単な煎じ薬を作った。
 薬草の香りが夜風に溶け、焚き火の炎とともに小さな生活の匂いを形作っていく。

「これで、いざってときの備えにはなるな」

 セツの言葉に、ルビィが隣でぱちぱちと火を見つめながら、嬉しそうに頷いた。

「セツ、みんなをたすけられるんだね!」

「せや。畑だけやなくて、薬草も……この森での暮らしを守るためにな」

 森の闇は深かったが、結界の淡い光と焚き火の灯りが、彼らの小さな拠点を照らし出していた。
 ――結界石の安定化と薬草畑の萌芽。
 それはセツたちの新たな日常を支える礎となり、やがて外の世界とのつながりを形作っていくのだった。

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次回 第18話「薬草畑と暮らしの基盤強化」


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