今世はのんびり耕したい

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第一章 森の生活

第22話 《風霧》、森の暮らしを垣間見る

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 夜が明けた。
 森の外縁にある小屋の周囲は薄い朝靄に包まれ、鳥の声が澄んで響いていた。

 焚き火の残り火を見つめながら、セツは欠伸をひとつ漏らす。
 徹夜での警戒ではなかったが、結界を維持しながら眠るのは体力を削る。

 クロハが丸くなって眠っていたが、朝日を受けて目を細め、のそりと立ち上がった。

「ふぁぁ……おはよ、セツ。顔、ちょい疲れとるなぁ」

「おはようさん。まあしゃあないやろ。結界張ったまま寝るんは、慣れてへんし」

「せやけど、ほんま無茶したらあかんで? 魔力切れたら倒れるんやさかい」

「わかっとるよ」

 ふたりのやり取りに、起き出した冒険者たちが耳を傾けていた。
 パーティー《風霧》の面々は、昨夜よりも表情が落ち着いている。
 ロイドが立ち上がり、軽く身体を動かした。

「……おかげで体がずいぶん楽になったよ。昨日の薬草、効いている」

 セツは笑みを浮かべる。

「そらよかった。無茶したらあかんけどな」

「ありがとう、セツさん。改めて……俺たちは《風霧》。冒険者仲間からはそう呼ばれている」

「風霧、か。ええ名前やな。森ん中で霧に紛れて風みたいに動く、て感じや」

 ミリアが三角帽子を直しながら、にこっと笑った。

「正解。結成したときにロイドさんが提案したのよ。私たち、動きが軽いからって」

 バルドが頷き、剣の柄を軽く叩く。

「でも軽さだけじゃなく、仲間を守る重さも持ち合わせてる。だから《風霧》は、俺たちにとって大事な名前だ」



 クライブは一歩下がって、仲間の後ろに立っていた。
その銀髪は朝日を浴びて輝き、気品を隠しきれない。
 だが、彼が周囲に威圧を与えることはなかった。むしろ自然に馴染むような静けさをまとっている。
 セツは少し興味を持ちながら口を開いた。

「そっちの坊ちゃんは、まだ名前聞いとらんかったな」

 クライブは小さく笑みを浮かべ、簡潔に名乗った。

「クライブ・ヴィ・ローレライ。王族の名だが、ここでは冒険者のひとりだと思ってほしい」

「……王族、やて?」

 クロハが耳をぴんと立てた。

「ほぉ……そらまた大物やなぁ。けど、あんたら仲間は普通に接しとるやん?」

 ロイドが穏やかに笑う。

「それが俺たち《風霧》の流儀だ。王族だからって特別扱いはしないし、クライブもそれを望んでいる」

「そういうことやったら、うちも特に気にせんでええな」

 クロハは肩をすくめ、再び尻尾を揺らした。



 セツはふと考え、提案する。

「せっかくやし……畑の方、見てくか? 森ん中の暮らし言うても、口で説明するんは難しいさかいな」

 ミリアの目が輝く。

「畑? この森の中で? それはぜひ見てみたいわ!」

 バルドも腕を組み、興味深そうに頷いた。

「俺も気になる。どうやって魔物や獣から守ってるんだ?」

 ロイドは仲間を見回し、微笑んだ。

「なら、お願いしよう。セツさん、案内してくれるか?」

「もちろんや。けど結界越えたら、ちょっと圧に当てられるかもしれん。心の準備しとき」

「圧……?」

 クライブが小声で呟いたが、それ以上は聞かず、皆セツの後に続いた。


 森を進むと、やがて結界が張り巡らされた一帯に入る。
足を踏み入れた瞬間、冒険者たちは身体を硬直させた。
 空気が澄み、外の森とは明らかに異なる――まるで異世界に迷い込んだかのような清浄さ。

「……っ、な、なんだ……この空気は」

 バルドが剣に手を添えたが、すぐに力を抜く。
 敵意はなく、むしろ守られている感覚が伝わってくる。
 クロハが得意げに鼻を鳴らした。

「ふふん、これがセツの結界や。畑も家も、この三重防御に守られとるんやで」

 ロイドは目を見開いた。

「三重防御……? 堀と柵、それに結界……なるほど、だから森の中でも安全に暮らせるのか」

 セツは苦笑する。
 
「せやけど、維持するんがちょっと大変でな。今は工夫しとるとこや」


 やがて畑が見えてきた。
 豊かな緑が並び、整然とした畝に野菜が育っている。
 薬草畑も広がり、規則的に仕切られていた。

 ミリアが感嘆の声を漏らす。

「……すごい……。森の中で、これだけの作物を……」

 バルドも言葉を失った。

「これなら確かに、町に頼らず生きていけるな」

 ロイドは静かに息を吐き、畑を見渡す。

「ただ守るだけじゃなく、活かしている……。ここまでのものは、俺たちでも見たことがない」

 

クライブはじっと畑を見つめ、少し微笑んだ。

「……王城の庭よりも、心が落ち着くな」

 

セツは照れくさそうに頭をかいた。

「大したもんやないよ。ただ種蒔いて、世話して、ちょっと工夫してるだけや」

 

クロハが横で笑う。

「せやけど、ここまで来るんにどんだけ苦労したか、セツは一言も言わんのや」

 



しばらく畑を見学したあと、セツは冒険者たちを家の前へ案内した。
エルダートレントの木材で作られた住居は、森の中にありながらどっしりとした存在感を放つ。

ロイドはその木目に触れ、驚きを隠せなかった。

「……この材……エルダートレントか!? 倒して、加工したのか……?」

 

「せやな。ちょっと骨折ったけど、ええ建材やったわ」

 

ミリアが目を輝かせる。

「すごい……! 伝説級の木を住居にするなんて……」

 

バルドは呆れたように笑った。

「農夫って言っても、普通の人間には絶対できないことをしてるじゃないか」

 

セツは肩を竦めた。

「結果的にそうなっただけや。別に誇ることでもあらへん」

 

クロハが小さく笑い、冒険者たちに目を向けた。

「ま、これがセツっちゅう人や。見たもんそのまま受け止めといたらええ」



その日、冒険者《風霧》はセツたちの暮らしをじっくり目にし、
森の中で生きるということの意味を強く感じ取った。

やがて彼らは、また町へ帰らねばならない。
けれどこの出会いは、確かな縁を結ぶことになるのだった。
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