今世はのんびり耕したい

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第一章 森の生活

第23話 別れの前に

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 朝露がまだ葉先に残る頃。
《風霧》の四人は荷をまとめ、森を後にする準備を整えていた。
焚き火の跡からは、昨夜の温もりがまだほのかに残っている。

 セツは畑の端に立ち、彼らの様子を静かに見ていた。見送るのは少し寂しい。だが森での暮らしが安定してきた今、外との交流が始まるのも自然な流れだった。

「これで忘れ物はないか?」

 ロイドの低い声に、バルドが頷いた。

「問題ない。ミリアも準備できたな?」

「ええ、ばっちり」

 ミリアは赤髪をかきあげ、帽子を押さえながら笑った。

「クライブ、あんたも大丈夫?」

「はい。荷は軽くまとめました」

 銀髪の青年は簡潔に答え、背の鞄を整える。その所作には、王族の品が否応なく滲み出ていた。
 セツは軽く手を振って声をかけた。

「まぁまぁ、急かさんでもええやろ。まだ朝食も済んでないしな」

 クロハがひょいと木の上から降りてくる。

「せやで。腹減っとるんやろ? 朝から動いたら倒れるで」

「……倒れはしないが、確かに腹は減ってるな」

 ロイドが苦笑し、ミリアも「賛成!」と手を上げた。



 朝食は、森で採れた薬草と野菜を使ったスープ、そして昨日のパンの残りだった。パンはまだぎこちない仕上がりだが、香ばしさと素朴な甘みが口に広がる。

「うん、悪くないな」

 ミリアはもぐもぐと咀嚼し、真剣な顔で言った。

「パンを森で焼くなんて、信じられない。私、街でしか見たことなかったわ」

「試行錯誤の産物だよ。クロハと一緒に知恵を絞ったんだ」

「せやせや。セツが手ぇ動かして、うちが口出しして……失敗も山ほどやったけどなぁ」

 クロハが尻尾を揺らしながら笑うと、バルドが思わず吹き出した。

「はは……なんだか兄妹みたいだな」

「兄妹やなくて、相棒や」

 クロハが即座に否定し、セツは肩をすくめた。

「まぁ似たようなもんやな」

 その返しに、場が和やかな笑いに包まれる。
 食後、彼らは畑の見学をもう一度望んだ。セツは案内しながら、結界の仕組みや、魔石を利用した新しい魔道具の構想を説明する。

「エルダートレントの魔石か……。それを軸に結界を安定させる。確かにそれなら、魔力の消耗も抑えられるだろうな」

 ロイドが感心したように唸る。

「ただの農夫にしては、ずいぶん工夫が過ぎるな」

「そやけど、自慢する気はない。必要やったから、やっただけ」

 セツの柔らかな言葉に、クライブが静かに目を伏せた。

「……王城では、必要がなくても贅沢が許される。けれど、ここでは必要に迫られて知恵を絞る……。そういう生き方に、僕は惹かれる」

 クロハが耳を動かし、にやっと笑った。

「おや王子はん、なんや真面目な顔して。ここに婿入りでも考えとるんか?」

「な、なにを……!」

 珍しくクライブが顔を赤らめ、ミリアとバルドが声を上げて笑う。
 ロイドだけは苦笑しながら「クロハ、からかいすぎだ」と窘めた。



 昼近くになり、《風霧》は出発の時を迎えた。背中の荷は軽く、しかし心には森での経験が深く刻まれている。
 セツは結界の外まで見送りに出た。
外に出れば空気は一変し、緊張感が漂う。森はまだ危険のままだ。

「ほな、ここでお別れやな」

「ああ。俺たちは王都に戻って報告を済ませる」

 ロイドが差し出した手を、セツはしっかりと握り返した。

「また来いよ。畑の野菜ぐらいなら、少しはお裾分けできる」

「その時はぜひ。……それと、困ったことがあれば俺たち《風霧》を頼ってほしい」

 ミリアが笑顔で手を振り、バルドも快活に叫んだ。

「セツ! クロハ! 次会うときまで元気でな!」

 クライブは最後に一礼した。

「必ずまた訪れる。この森と、あなたたちに学びたいことがある」

 彼らの背中が霧に溶けていくまで見送り、セツは深く息をついた。森は再び静寂を取り戻し、風が木々を揺らす。
 クロハが横でぽつりと呟く。

「……ええ縁やったな」

「せやな。これから、どう広がっていくかや」

 セツは空を見上げ、静かに微笑んだ。
 こうして、森と王都を結ぶ最初の絆が生まれた。それはやがて、さらなる出会いと波乱を呼び込むことになる。

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次回 第24話「魔石の灯り」

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