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7話
それから、達明と話す機会はなかなか得られなかった。
幸栄不動産のキャンペーンは大型案件で、やらなければいけないことが山ほどある。
まず、ターゲット層の詳細なペルソナ設定。
三十代から四十代のファミリー層と言っても、幅が広い。世帯年収はどのくらいか、子供は何人いるのか。現在の住居形態は賃貸か持ち家か——。
理乃は祐介から送られてきた購買データと、過去の類似物件の販売実績を照らし合わせながら、ペルソナシートを作成していく。
次に、競合物件の調査だ。
同じエリアで販売中の新築マンションをリストアップし、価格帯、間取り、設備、立地条件を一つ一つ比較していく。
グランドヒルズ千葉の強みは何か。それを、競合と差別化できるポイントとして、企画書に落とし込まなければならない。
連日の残業で、理乃も達明も疲弊していた。
二人きりで話す時間なんて、まるで取れない。
(でも、あの日……。達明さんは、お前は俺のものだ、って……)
あの言葉の意味を、知りたい。
体だけの意味なのか、それとも——。
特別な感情があればいいなと、期待してしまう。
「今井、今日は午後から企画部との会議だ。資料作成はできているか?」
「はい。原さん、こちらに用意してあります」
ビジネスライクな乾いた会話。
今までは当たり前だったそれが、やけに切ない。
企画部との会議が始まると、達明と隣の席になった。
それだけでも少し胸が高鳴ってしまうが、仕事には集中しなければならない。
「ファミリー層向けだから、温かみのある色調で。子供の笑顔をメインビジュアルにしましょう」
クリエイティブディレクターの山田が、ビジュアルコンセプトを提案した。
「いいですね。キャッチコピーは……『家族の未来が、ここから始まる』とか、どうでしょう?」
「ああ、それいい。今井さん、センスありますよ」
企画部との連携も、アカウントプランニング部の重要な仕事だ。クライアントの要望を正確に伝え、クリエイティブチームが最高のアウトプットを出せるようにサポートする。
理乃は連日、遅くまで残業した。
達明も同じく忙しく、二人が顔を合わせるのは、チーム会議の時だけだった。
会議室で目が合うと、達明の視線が一瞬だけ柔らかくなる。
でも、すぐに仕事モードの表情に戻ってしまう。
結局、あの日の言葉の意味は、いつまで経っても聞けなかった。
その一方で、祐介からの連絡は続いていた。
『理乃ちゃん、今日も遅くまで頑張ってる? 無理しないでね』
『この前のランチ、楽しかったな。また行きたいね』
『企画書、楽しみにしてます。理乃ちゃんが作るものなら、絶対いいものになるって信じてる』
優しい言葉が、次々と届く。
理乃はその都度返信していた。
(祐介くんは、私のこと、どう思ってるんだろう——)
理乃とてもうアラサーの女だ。鈍感ではない。
これだけ頻繁に連絡をよこしてくるということは、なんらかの意図を感じずにはいられなかった。
体だけを求めてきて、心は読めない達明——。
理乃に好意的なメッセージを繰り返し送ってくる、祐介——。
二人の男性の間で、理乃は自分の振る舞いを考えあぐねていた。
理乃が好きなのは達明だ。
堅物で、真面目で——それでいて求めるときは熱く求めてくる男。
けれど、彼の心が理乃に向いているのかどうかはわからない。
そんな時、家に帰った理乃に母からの電話が届いた。
「お母さん? どうしたの?」
『理乃、元気にしてる? あんた、いつも忙しそうじゃない。ちゃんと休めてるの?』
「うん。大丈夫だよ、心配しないで」
『ならいいけど。お隣のあっちゃんがね、今度結婚するんですって。あんた行ける? ほら、幼稚園と小学校、一緒だったじゃない』
理乃は嫌な予感がした。身近な人が結婚するたびに、親に結婚をせっつかれるのだ。
「仕事の予定、確認してみる」
そう返答すると、案の定母は、困ったようにため息を吐いた。
『あんたもそろそろいい人連れてきなさいよ。誰かいないの?』
まさか、上司とセフレ関係になって、遊ばれているだなんて言えるわけがない。
理乃は曖昧に笑って誤魔化しながら、電話を切った。
「はぁ……」
大きくため息をつき、冷蔵庫から缶ビールを取り出す。
こんな夜は、飲まなきゃやっていられない。
達明に、いつかはこの関係の意味を問いたださなくてはいけないとは思っていた。
だが、勇気が出ない。
いくら二十七連勤で疲れ切っていたとはいえ、始まりは自分の変態的行為がきっかけだったのだ。
本命の女にだなんて、してくれるわけがない。
ただの体目当てだったら——。
理乃は立ち直れる気がしなかった。
幸栄不動産のキャンペーンは大型案件で、やらなければいけないことが山ほどある。
まず、ターゲット層の詳細なペルソナ設定。
三十代から四十代のファミリー層と言っても、幅が広い。世帯年収はどのくらいか、子供は何人いるのか。現在の住居形態は賃貸か持ち家か——。
理乃は祐介から送られてきた購買データと、過去の類似物件の販売実績を照らし合わせながら、ペルソナシートを作成していく。
次に、競合物件の調査だ。
同じエリアで販売中の新築マンションをリストアップし、価格帯、間取り、設備、立地条件を一つ一つ比較していく。
グランドヒルズ千葉の強みは何か。それを、競合と差別化できるポイントとして、企画書に落とし込まなければならない。
連日の残業で、理乃も達明も疲弊していた。
二人きりで話す時間なんて、まるで取れない。
(でも、あの日……。達明さんは、お前は俺のものだ、って……)
あの言葉の意味を、知りたい。
体だけの意味なのか、それとも——。
特別な感情があればいいなと、期待してしまう。
「今井、今日は午後から企画部との会議だ。資料作成はできているか?」
「はい。原さん、こちらに用意してあります」
ビジネスライクな乾いた会話。
今までは当たり前だったそれが、やけに切ない。
企画部との会議が始まると、達明と隣の席になった。
それだけでも少し胸が高鳴ってしまうが、仕事には集中しなければならない。
「ファミリー層向けだから、温かみのある色調で。子供の笑顔をメインビジュアルにしましょう」
クリエイティブディレクターの山田が、ビジュアルコンセプトを提案した。
「いいですね。キャッチコピーは……『家族の未来が、ここから始まる』とか、どうでしょう?」
「ああ、それいい。今井さん、センスありますよ」
企画部との連携も、アカウントプランニング部の重要な仕事だ。クライアントの要望を正確に伝え、クリエイティブチームが最高のアウトプットを出せるようにサポートする。
理乃は連日、遅くまで残業した。
達明も同じく忙しく、二人が顔を合わせるのは、チーム会議の時だけだった。
会議室で目が合うと、達明の視線が一瞬だけ柔らかくなる。
でも、すぐに仕事モードの表情に戻ってしまう。
結局、あの日の言葉の意味は、いつまで経っても聞けなかった。
その一方で、祐介からの連絡は続いていた。
『理乃ちゃん、今日も遅くまで頑張ってる? 無理しないでね』
『この前のランチ、楽しかったな。また行きたいね』
『企画書、楽しみにしてます。理乃ちゃんが作るものなら、絶対いいものになるって信じてる』
優しい言葉が、次々と届く。
理乃はその都度返信していた。
(祐介くんは、私のこと、どう思ってるんだろう——)
理乃とてもうアラサーの女だ。鈍感ではない。
これだけ頻繁に連絡をよこしてくるということは、なんらかの意図を感じずにはいられなかった。
体だけを求めてきて、心は読めない達明——。
理乃に好意的なメッセージを繰り返し送ってくる、祐介——。
二人の男性の間で、理乃は自分の振る舞いを考えあぐねていた。
理乃が好きなのは達明だ。
堅物で、真面目で——それでいて求めるときは熱く求めてくる男。
けれど、彼の心が理乃に向いているのかどうかはわからない。
そんな時、家に帰った理乃に母からの電話が届いた。
「お母さん? どうしたの?」
『理乃、元気にしてる? あんた、いつも忙しそうじゃない。ちゃんと休めてるの?』
「うん。大丈夫だよ、心配しないで」
『ならいいけど。お隣のあっちゃんがね、今度結婚するんですって。あんた行ける? ほら、幼稚園と小学校、一緒だったじゃない』
理乃は嫌な予感がした。身近な人が結婚するたびに、親に結婚をせっつかれるのだ。
「仕事の予定、確認してみる」
そう返答すると、案の定母は、困ったようにため息を吐いた。
『あんたもそろそろいい人連れてきなさいよ。誰かいないの?』
まさか、上司とセフレ関係になって、遊ばれているだなんて言えるわけがない。
理乃は曖昧に笑って誤魔化しながら、電話を切った。
「はぁ……」
大きくため息をつき、冷蔵庫から缶ビールを取り出す。
こんな夜は、飲まなきゃやっていられない。
達明に、いつかはこの関係の意味を問いたださなくてはいけないとは思っていた。
だが、勇気が出ない。
いくら二十七連勤で疲れ切っていたとはいえ、始まりは自分の変態的行為がきっかけだったのだ。
本命の女にだなんて、してくれるわけがない。
ただの体目当てだったら——。
理乃は立ち直れる気がしなかった。
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