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12話
翌朝目覚めると、いつの間にか達明に腕枕されていた。
起きようとして身じろぎをすると、寝ぼけた達明にぎゅぅっと抱き寄せられる。
「た、達明さん……?」
「んん。今何時だ?」
「まだ五時半です」
「ならまだ寝てろ」
そう言って達明は、理乃の頭を撫でた。
暖かさに微睡みが復活してくる。まるで恋人と迎える休日のような時間に、理乃は夢見心地だ。
「六時半に目覚ましをかけてある。時間が来たら起こすから」
達明はそう言うと、理乃の額にキスを落とした。
数時間後、身支度を整えた理乃と達明は、幸栄不動産本社に出勤していた。
詰めなければいけない話はいくらでもある。今回の騒動で直前の変更が発生したため、本社で直接意思決定層と話を詰めてしまおうということになったのだ。
キャンペーンの詳細スケジュールの決定や、メディアミックスの予算配分、ビジュアル素材の最終確認など、やらなければいけないことは山ほどある。
会議室には、本社にいるファミリー型タワーマンション担当の社員が数人、座っていた。その中には祐介もいる。
「おはようございます。本日もよろしくお願いいたします」
達明と理乃は、深く頭を下げた。
「おはようございます。昨日は、素晴らしいご提案をありがとうございました」
担当部長が、笑顔で応じた。
昨日の役員会議での承認を受けて、今日は実務担当者たちとの詳細な打ち合わせだ。
「それでは、早速ですが配信スケジュールから確認させていただきます」
達明が、プロジェクターに資料を映し出した。
「ウェブ広告の配信開始日ですが、竣工の一ヶ月前、来月十五日を予定しております。まず、物件情報検索サイトへの情報掲載を開始し、同時にSNS広告も配信を開始します」
理乃も、手元の資料を参照しながら補足する。
昨日打ち合わせをした通りに、息のあった説明を二人は繰り広げた。
祐介もまた、いいタイミングで二人の提案に賛意を示してくれる。
「ふぅ~」
仕事がようやく終わり、夕暮れ。あと一泊したら、明日は帰るだけだ。
「疲れたか? 今井」
「慣れない環境だとどうしても疲れますねぇ」
「そうか。今日はゆっくり休め」
達明はそう言うと、ホテル近くのイタリアンを奢ってくれた。
堅物だが、ここぞという時は面倒見がいい。それが達明なのだ。
暗黙の了解で、疲れの溜まった二日目は普通に休むことになった。
ベッドに入ったら、達明がベッドの頭サイドにあるスイッチを押して電気を消す。
(昨日は遅くまでしちゃったからな……)
昨夜のことを思い出して、理乃は少し頬を赤らめた。
暗く静かな部屋の中、達明の寝息だけが聞こえる。上司と共に一つのベッドで寝ることになったというのに、理乃はあまり緊張していなかった。
それどころか、安らぎさえ感じる。
(もう引き返せないぐらいどっぷり惚れてるなぁ……)
こう何度も体を重ねて、甘く蕩かされてしまえば、そうなるのも無理はない。
だが、達明は理乃のことなどなんとも思っていないだろう。
始まりが始まりなのだ。まともに本命扱いなんてしてもらえるとは思えない。
それがどうしようもなく切なく、理乃の胸を締め付けた。
出張が終わり、二人は新幹線で爆睡しながら東京本社へと帰った。もう土曜日だ。さっさと家に帰って出張の疲れを癒したいところだが、幸栄不動産の本社で詰めたところをまとめなければならない。
人気のないオフィスに、二人で籠る。
「今井、キャンペーン配信の調整は済んだか? 配信業者の手配が来週までだが」
「はい。メールは送ってあります。週明けに返事が返ってくるかと」
それから集中してパソコンと向かい合っていると、隣でカタリと音がした。
振り向くと、机の上に缶コーヒーが置いてある。
「少し休憩しないか?」
「あ、ありがとうございます」
達明は理乃の隣のチェアを引いて、どかりと座った。
「今回はすまなかったな。急な出張で疲れただろう」
「いえ、そんな! 私の確認不足が原因ですし、むしろ原さんには大変ご迷惑をおかけしました」
理乃は深々と頭を下げる。フォローに奔走してくれたのも、理乃の責任じゃないと庇ってくれたのも、本当にありがたかった。
こういう時、達明が上司で良かったな、としみじみ思う。
その時、理乃のスマホが不意に鳴った。
「あ、失礼します。……はい、もしもし。あ、祐介くん?」
祐介からの電話だった。
『理乃ちゃん? 出張お疲れ様。今回は大変だったね』
「ううん、祐介くんには随分助けられちゃって。大阪ではフォローありがとうね」
『いや、全然。それでなんだけど、俺もちょうど東京帰ってきていてさ。明日、ディナーでも行かない? お疲れ様会も兼ねて』
「ディナー? えっと……」
チラリと達明の方を見る。達明は理乃からは目を離して、興味なさげにコーヒーを飲んでいた。
達明の前で、祐介からのディナーの誘いを受けるのは躊躇われた。
だが、大阪でとてもお世話になったのも事実だ。
祐介がフォローしてくれなければ、今回の件はこれほど丸く収まらなかっただろう。
いずれはお礼を言わなければならない。
「じゃあ、あの、私奢るよ。今回お世話になったし」
『えぇ!? そんな、女の子に出させるわけには行かないよ。気にしないで。じゃあ、また場所と時間は追って連絡するから』
祐介はそう言って電話を切った。
「中村さんとの会食か?」
「会食ってほどかしこまったものじゃありませんけど……。そんな感じです」
「そうか。楽しんでこい」
達明は何も気にしていないかのように、理乃の肩を叩いて自分のデスクへ戻っていった。
(やっぱ、脈なしだよなぁ……)
祐介は明らかに理乃にアプローチしてきている。それははたから見ても明らかなはずだ。
にもかかわらず、達明は嫉妬の様子も見せない。あのオフィスでの情事の時、独占欲を見せていたのが夢のようだった。
(やっぱりあれは、私の願望が見せた勘違いなのかな……)
理乃の心は揺れ動いた。
見られてはいけない行為を見られてしまった達明相手に、叶いそうもない片恋をし続け、ずるずると体の関係を続けるのか。
それとも積極的な祐介からのアプローチを受けて、真っ当な恋愛に一歩踏み出すのか。
理乃ももう二十七歳だ。周りは結婚ラッシュで、ご祝儀でお財布が軽くなることも多々ある。そんな中で、職場の上司と体だけの関係を続けるのは、未来がないようにも思えた。
だが——。
(やっぱり、達明さんが、好き……)
その気持ちはどうしようもなく、理乃の心を縛っているのだった。
起きようとして身じろぎをすると、寝ぼけた達明にぎゅぅっと抱き寄せられる。
「た、達明さん……?」
「んん。今何時だ?」
「まだ五時半です」
「ならまだ寝てろ」
そう言って達明は、理乃の頭を撫でた。
暖かさに微睡みが復活してくる。まるで恋人と迎える休日のような時間に、理乃は夢見心地だ。
「六時半に目覚ましをかけてある。時間が来たら起こすから」
達明はそう言うと、理乃の額にキスを落とした。
数時間後、身支度を整えた理乃と達明は、幸栄不動産本社に出勤していた。
詰めなければいけない話はいくらでもある。今回の騒動で直前の変更が発生したため、本社で直接意思決定層と話を詰めてしまおうということになったのだ。
キャンペーンの詳細スケジュールの決定や、メディアミックスの予算配分、ビジュアル素材の最終確認など、やらなければいけないことは山ほどある。
会議室には、本社にいるファミリー型タワーマンション担当の社員が数人、座っていた。その中には祐介もいる。
「おはようございます。本日もよろしくお願いいたします」
達明と理乃は、深く頭を下げた。
「おはようございます。昨日は、素晴らしいご提案をありがとうございました」
担当部長が、笑顔で応じた。
昨日の役員会議での承認を受けて、今日は実務担当者たちとの詳細な打ち合わせだ。
「それでは、早速ですが配信スケジュールから確認させていただきます」
達明が、プロジェクターに資料を映し出した。
「ウェブ広告の配信開始日ですが、竣工の一ヶ月前、来月十五日を予定しております。まず、物件情報検索サイトへの情報掲載を開始し、同時にSNS広告も配信を開始します」
理乃も、手元の資料を参照しながら補足する。
昨日打ち合わせをした通りに、息のあった説明を二人は繰り広げた。
祐介もまた、いいタイミングで二人の提案に賛意を示してくれる。
「ふぅ~」
仕事がようやく終わり、夕暮れ。あと一泊したら、明日は帰るだけだ。
「疲れたか? 今井」
「慣れない環境だとどうしても疲れますねぇ」
「そうか。今日はゆっくり休め」
達明はそう言うと、ホテル近くのイタリアンを奢ってくれた。
堅物だが、ここぞという時は面倒見がいい。それが達明なのだ。
暗黙の了解で、疲れの溜まった二日目は普通に休むことになった。
ベッドに入ったら、達明がベッドの頭サイドにあるスイッチを押して電気を消す。
(昨日は遅くまでしちゃったからな……)
昨夜のことを思い出して、理乃は少し頬を赤らめた。
暗く静かな部屋の中、達明の寝息だけが聞こえる。上司と共に一つのベッドで寝ることになったというのに、理乃はあまり緊張していなかった。
それどころか、安らぎさえ感じる。
(もう引き返せないぐらいどっぷり惚れてるなぁ……)
こう何度も体を重ねて、甘く蕩かされてしまえば、そうなるのも無理はない。
だが、達明は理乃のことなどなんとも思っていないだろう。
始まりが始まりなのだ。まともに本命扱いなんてしてもらえるとは思えない。
それがどうしようもなく切なく、理乃の胸を締め付けた。
出張が終わり、二人は新幹線で爆睡しながら東京本社へと帰った。もう土曜日だ。さっさと家に帰って出張の疲れを癒したいところだが、幸栄不動産の本社で詰めたところをまとめなければならない。
人気のないオフィスに、二人で籠る。
「今井、キャンペーン配信の調整は済んだか? 配信業者の手配が来週までだが」
「はい。メールは送ってあります。週明けに返事が返ってくるかと」
それから集中してパソコンと向かい合っていると、隣でカタリと音がした。
振り向くと、机の上に缶コーヒーが置いてある。
「少し休憩しないか?」
「あ、ありがとうございます」
達明は理乃の隣のチェアを引いて、どかりと座った。
「今回はすまなかったな。急な出張で疲れただろう」
「いえ、そんな! 私の確認不足が原因ですし、むしろ原さんには大変ご迷惑をおかけしました」
理乃は深々と頭を下げる。フォローに奔走してくれたのも、理乃の責任じゃないと庇ってくれたのも、本当にありがたかった。
こういう時、達明が上司で良かったな、としみじみ思う。
その時、理乃のスマホが不意に鳴った。
「あ、失礼します。……はい、もしもし。あ、祐介くん?」
祐介からの電話だった。
『理乃ちゃん? 出張お疲れ様。今回は大変だったね』
「ううん、祐介くんには随分助けられちゃって。大阪ではフォローありがとうね」
『いや、全然。それでなんだけど、俺もちょうど東京帰ってきていてさ。明日、ディナーでも行かない? お疲れ様会も兼ねて』
「ディナー? えっと……」
チラリと達明の方を見る。達明は理乃からは目を離して、興味なさげにコーヒーを飲んでいた。
達明の前で、祐介からのディナーの誘いを受けるのは躊躇われた。
だが、大阪でとてもお世話になったのも事実だ。
祐介がフォローしてくれなければ、今回の件はこれほど丸く収まらなかっただろう。
いずれはお礼を言わなければならない。
「じゃあ、あの、私奢るよ。今回お世話になったし」
『えぇ!? そんな、女の子に出させるわけには行かないよ。気にしないで。じゃあ、また場所と時間は追って連絡するから』
祐介はそう言って電話を切った。
「中村さんとの会食か?」
「会食ってほどかしこまったものじゃありませんけど……。そんな感じです」
「そうか。楽しんでこい」
達明は何も気にしていないかのように、理乃の肩を叩いて自分のデスクへ戻っていった。
(やっぱ、脈なしだよなぁ……)
祐介は明らかに理乃にアプローチしてきている。それははたから見ても明らかなはずだ。
にもかかわらず、達明は嫉妬の様子も見せない。あのオフィスでの情事の時、独占欲を見せていたのが夢のようだった。
(やっぱりあれは、私の願望が見せた勘違いなのかな……)
理乃の心は揺れ動いた。
見られてはいけない行為を見られてしまった達明相手に、叶いそうもない片恋をし続け、ずるずると体の関係を続けるのか。
それとも積極的な祐介からのアプローチを受けて、真っ当な恋愛に一歩踏み出すのか。
理乃ももう二十七歳だ。周りは結婚ラッシュで、ご祝儀でお財布が軽くなることも多々ある。そんな中で、職場の上司と体だけの関係を続けるのは、未来がないようにも思えた。
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