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16話
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交際を隠そうという話をした、翌日のことだった。
「今井さん、なんか雰囲気変わりましたぁ~?」
デスクで仕事をしていると、望月が横から話しかけてきた。
なんだか含みのある、嫌な言い方だ。
「何が? 別に変わってないと思いますけど」
「いやぁ、なんか、服装も変わってますし、オトコが出来たって感じぃ?」
独特の間延びした声で、けれど発言内容は鋭く切り裂くようなものだった。
ぎくり、と理乃の背筋に冷や汗が流れる。
この職場で社内恋愛をしていることが望月にバレたら、絶対にまずい。確実に告げ口されること請け合いだ。
「望月さんには関係ないと思いますけど」
否定すればするほど怪しくなりそうだったので、冷たくあしらう方向で対処をする。
「ふぅん? そういえば、先週の日曜日はどこに行ってたんですかぁ?」
その言葉に、理乃の顔がサッと青ざめた。
「な、なんで?」
「いやぁ、デートでもしてたのかなぁと思って……」
にひひ、と望月が意味深な笑い方をした。
(バレている……?)
ゾッとした。
よりによって、望月に弱みを握られてしまうだなんて。
望月は横目でちらりと、達明のデスクのある方を見ていた。達明は今、社外に出ている。
「何が言いたいの?」
「いいえぇ? 別にぃ? ああでも、キャリアのために捨てられないといいですね。彼氏さんに」
くふ、と笑って望月は去っていった。
(キャリアのために捨てられる、かぁ)
理乃としては、達明のキャリアの足枷にはなりたくない。捨てられたくないという思いよりも、むしろそっちの思いの方が強い。
だが、だからと言って別れたいわけでもない。
望月が人事部に達明とのことを報告するのは時間の問題だろう。
そうなれば、どちらかが異動になる。これまでに築き上げてきたキャリアを犠牲にして、だ。
もしバレたなら、理乃は自身で異動を希望しようと思っていた。達明の邪魔をしないように。だが、達明の方がそれで納得するとも思えない。
自分のために女性のキャリアを犠牲にして平然としていられるような人間性ではないからだ。
けれど、それで揉めて関係が気まずくなってしまっては意味がない。
ぐるぐると考えているうちに、いつの間にか時間が経っていた。
今日の分の仕事がまだ、終わっていない。
理乃は慌てて仕事に取り掛かる。社外に出ている達明に事態を報告したいが、仕事中に私用のスマホをいじるのは気が引けた。
望月にも動向を監視されているような気がする。
それから、気が気でない時間を過ごし、退勤後。
理乃は達明に、「話がある」とメッセージを送った。
外では見られないように、理乃の部屋に達明を呼び出す。
「どうした、理乃。話とは?」
理乃の部屋に招き入れると、達明は早速話を切り出した。意味深な呼び出し方をしてしまったため、気になっているのだろう。
「それが……望月さんに、関係がバレているかもしれないんです」
「望月に?」
達明は眉を顰めた。
望月が理乃を敵視していることは、達明も把握していた。
望月は勤務態度や実力があまり良くなく、大きい仕事を任されていない。一方で理乃は立て続けに大型案件を任されていたから、望月は理乃が気に食わないようだった。
だからといって人の足を引っ張るのは、全くもって論外なのだが、そんな道理が通じる相手でもなかった。
「まずいな。人事部に報告されたら、どうなることか……」
達明は深刻な口調で呟く。
「あの……もし報告されたら、私の方が異動します!」
理乃は意を決して達明にそう伝えた。
「理乃!? そんな、お前のキャリアを犠牲にすることはない。俺が油断したのが悪いんだ。ここは俺が……」
「いえ、達明さんはアカウントプランニング部に絶対的に必要な人材です。私の方が、居なくなっても社の不利益は少ない。人事もそう判断すると思います」
「そんなことは……」
達明は否定してくれようとするが、内心では理乃の言葉に一理あることもわかっているのだろう。立場のある人だ。仕事のためには時に冷徹な判断を下す必要もある。
「……わかった」
長考の末、達明は静かに頷いた。
「何かあったら俺がなんとかする。だから、理乃、人事に早まったことは言うな」
達明の出した結論は、理乃の結論とは違うようだった。だが、腹の裡を明かしてはくれず、その日の話し合いはそれで終わった。
それからしばらく、社内は平和だった。特に呼び出しがかかるようなこともなく、望月が人に言いふらしている様子もない。
だが、その週の金曜日——。
部長から、呼び出しがかかった。理乃と達明の二人に、である。
小会議室へ入ると、そこには部長が難しい顔で座っていた。隣には人事部の課長も一緒に座っている。
間違いなく、社内恋愛の件だろう。
「原くん、今井くん。まあ楽に座ってくれ。話は少し長くなるだろうからな」
部長はそう言って席を勧めた。
二人が席につくと、部長が口を開いた。
果たして、理乃の予感は当たる。
「さて、単刀直入に聞こう。君たちが不適切な関係にあると、報告があったのだが、これは本当かね」
その言葉に対して、達明は眉ひとつ動かさずに返答した。
「不適切だとは思っておりませんが、交際関係にあるのは事実です」
「ふむ。君たちもいい大人同士だ、不適切というのは私の言葉の誤りだったかな。だが、社内恋愛こそ禁止ではないが、同じ部署内で上司と部下が交際関係にあるのは、公私混同のリスクもある。社としては歓迎しがたい事態だ」
部長はゆっくりと、噛んで含めるように説明した。私的な関係について会社が介入するのは、それだけでもハラスメントになりうる。だからこそ、慎重になっているのだろう。
「あの、部長。もし異動が必要なのであれば、私が……」
理乃が言い出そうとすると、達明が手を上げてそれを止めた。
「今井、少し席を外してもらえるか? 俺だけで部長に話したいことがある」
「えっ? でも……」
「今井、頼む」
理乃は自分も関係者なのに、と納得がいかないが、達明は厳しい表情で理乃に離席するよう伝えた。
部長は戸惑いの表情を浮かべているが、達明の迫力に押されてか、口を挟まない。
理乃が会議室を出ると、望月がデスクからニヤニヤとこちらを見ているのが目に入った。
それが酷く不愉快で、理乃は思わず顔を顰める。
達明たちはなかなか部屋から出てこなかった。
(大丈夫かな……。達明さんが異動するなんて話になっていないといいけど……)
不安な時間が過ぎていく。
デスクに戻るが、仕事が全く手につかない。
ガチャリ、と音がして、小会議室の扉が開いた。
理乃はハッと振り返る。
なぜか部長と達明たちは和やかな笑顔で部屋を出てきた。
「あ、あの原さん。大丈夫でしたか……?」
理乃は彼らに駆け寄り、動揺しながらも尋ねる。
「ああ、今井くん。ひとまず今回の件は保留になったよ。いやぁ、原くんも漢気のあるいい奴だ。近々で異動はないから、安心したまえ」
部長は上機嫌に笑って、理乃の肩をバンバンと叩く。
理乃は全く意味がわからなくて混乱した。『漢気のあるいい奴』? 自分が異動すると願い出たということだろうか。だが、近々では異動はないという。
「まあ、気にするな。とにかく大丈夫になったから」
達明はそう言って、理乃にデスクへ戻るよう促した。
和やかな雰囲気に、望月は不満そうな顔でこちらを睨んでくる。トラブルに発展しなかったことが不服なのだろうか。
部署を引っ掻き回すことを考えるよりも前に、仕事をして評価されることを目指せばいいのに、と理乃は思った。
「今井さん、なんか雰囲気変わりましたぁ~?」
デスクで仕事をしていると、望月が横から話しかけてきた。
なんだか含みのある、嫌な言い方だ。
「何が? 別に変わってないと思いますけど」
「いやぁ、なんか、服装も変わってますし、オトコが出来たって感じぃ?」
独特の間延びした声で、けれど発言内容は鋭く切り裂くようなものだった。
ぎくり、と理乃の背筋に冷や汗が流れる。
この職場で社内恋愛をしていることが望月にバレたら、絶対にまずい。確実に告げ口されること請け合いだ。
「望月さんには関係ないと思いますけど」
否定すればするほど怪しくなりそうだったので、冷たくあしらう方向で対処をする。
「ふぅん? そういえば、先週の日曜日はどこに行ってたんですかぁ?」
その言葉に、理乃の顔がサッと青ざめた。
「な、なんで?」
「いやぁ、デートでもしてたのかなぁと思って……」
にひひ、と望月が意味深な笑い方をした。
(バレている……?)
ゾッとした。
よりによって、望月に弱みを握られてしまうだなんて。
望月は横目でちらりと、達明のデスクのある方を見ていた。達明は今、社外に出ている。
「何が言いたいの?」
「いいえぇ? 別にぃ? ああでも、キャリアのために捨てられないといいですね。彼氏さんに」
くふ、と笑って望月は去っていった。
(キャリアのために捨てられる、かぁ)
理乃としては、達明のキャリアの足枷にはなりたくない。捨てられたくないという思いよりも、むしろそっちの思いの方が強い。
だが、だからと言って別れたいわけでもない。
望月が人事部に達明とのことを報告するのは時間の問題だろう。
そうなれば、どちらかが異動になる。これまでに築き上げてきたキャリアを犠牲にして、だ。
もしバレたなら、理乃は自身で異動を希望しようと思っていた。達明の邪魔をしないように。だが、達明の方がそれで納得するとも思えない。
自分のために女性のキャリアを犠牲にして平然としていられるような人間性ではないからだ。
けれど、それで揉めて関係が気まずくなってしまっては意味がない。
ぐるぐると考えているうちに、いつの間にか時間が経っていた。
今日の分の仕事がまだ、終わっていない。
理乃は慌てて仕事に取り掛かる。社外に出ている達明に事態を報告したいが、仕事中に私用のスマホをいじるのは気が引けた。
望月にも動向を監視されているような気がする。
それから、気が気でない時間を過ごし、退勤後。
理乃は達明に、「話がある」とメッセージを送った。
外では見られないように、理乃の部屋に達明を呼び出す。
「どうした、理乃。話とは?」
理乃の部屋に招き入れると、達明は早速話を切り出した。意味深な呼び出し方をしてしまったため、気になっているのだろう。
「それが……望月さんに、関係がバレているかもしれないんです」
「望月に?」
達明は眉を顰めた。
望月が理乃を敵視していることは、達明も把握していた。
望月は勤務態度や実力があまり良くなく、大きい仕事を任されていない。一方で理乃は立て続けに大型案件を任されていたから、望月は理乃が気に食わないようだった。
だからといって人の足を引っ張るのは、全くもって論外なのだが、そんな道理が通じる相手でもなかった。
「まずいな。人事部に報告されたら、どうなることか……」
達明は深刻な口調で呟く。
「あの……もし報告されたら、私の方が異動します!」
理乃は意を決して達明にそう伝えた。
「理乃!? そんな、お前のキャリアを犠牲にすることはない。俺が油断したのが悪いんだ。ここは俺が……」
「いえ、達明さんはアカウントプランニング部に絶対的に必要な人材です。私の方が、居なくなっても社の不利益は少ない。人事もそう判断すると思います」
「そんなことは……」
達明は否定してくれようとするが、内心では理乃の言葉に一理あることもわかっているのだろう。立場のある人だ。仕事のためには時に冷徹な判断を下す必要もある。
「……わかった」
長考の末、達明は静かに頷いた。
「何かあったら俺がなんとかする。だから、理乃、人事に早まったことは言うな」
達明の出した結論は、理乃の結論とは違うようだった。だが、腹の裡を明かしてはくれず、その日の話し合いはそれで終わった。
それからしばらく、社内は平和だった。特に呼び出しがかかるようなこともなく、望月が人に言いふらしている様子もない。
だが、その週の金曜日——。
部長から、呼び出しがかかった。理乃と達明の二人に、である。
小会議室へ入ると、そこには部長が難しい顔で座っていた。隣には人事部の課長も一緒に座っている。
間違いなく、社内恋愛の件だろう。
「原くん、今井くん。まあ楽に座ってくれ。話は少し長くなるだろうからな」
部長はそう言って席を勧めた。
二人が席につくと、部長が口を開いた。
果たして、理乃の予感は当たる。
「さて、単刀直入に聞こう。君たちが不適切な関係にあると、報告があったのだが、これは本当かね」
その言葉に対して、達明は眉ひとつ動かさずに返答した。
「不適切だとは思っておりませんが、交際関係にあるのは事実です」
「ふむ。君たちもいい大人同士だ、不適切というのは私の言葉の誤りだったかな。だが、社内恋愛こそ禁止ではないが、同じ部署内で上司と部下が交際関係にあるのは、公私混同のリスクもある。社としては歓迎しがたい事態だ」
部長はゆっくりと、噛んで含めるように説明した。私的な関係について会社が介入するのは、それだけでもハラスメントになりうる。だからこそ、慎重になっているのだろう。
「あの、部長。もし異動が必要なのであれば、私が……」
理乃が言い出そうとすると、達明が手を上げてそれを止めた。
「今井、少し席を外してもらえるか? 俺だけで部長に話したいことがある」
「えっ? でも……」
「今井、頼む」
理乃は自分も関係者なのに、と納得がいかないが、達明は厳しい表情で理乃に離席するよう伝えた。
部長は戸惑いの表情を浮かべているが、達明の迫力に押されてか、口を挟まない。
理乃が会議室を出ると、望月がデスクからニヤニヤとこちらを見ているのが目に入った。
それが酷く不愉快で、理乃は思わず顔を顰める。
達明たちはなかなか部屋から出てこなかった。
(大丈夫かな……。達明さんが異動するなんて話になっていないといいけど……)
不安な時間が過ぎていく。
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ガチャリ、と音がして、小会議室の扉が開いた。
理乃はハッと振り返る。
なぜか部長と達明たちは和やかな笑顔で部屋を出てきた。
「あ、あの原さん。大丈夫でしたか……?」
理乃は彼らに駆け寄り、動揺しながらも尋ねる。
「ああ、今井くん。ひとまず今回の件は保留になったよ。いやぁ、原くんも漢気のあるいい奴だ。近々で異動はないから、安心したまえ」
部長は上機嫌に笑って、理乃の肩をバンバンと叩く。
理乃は全く意味がわからなくて混乱した。『漢気のあるいい奴』? 自分が異動すると願い出たということだろうか。だが、近々では異動はないという。
「まあ、気にするな。とにかく大丈夫になったから」
達明はそう言って、理乃にデスクへ戻るよう促した。
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