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4話
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今後この仕事を続けるかどうかについて思い悩み、ぐるぐるとした思考の渦に囚われたエリーゼは、疲れも相まってシャワーから上がったらそのままふらりと倒れ込んでしまった。
ヴィクトールが倒れ込むエリーゼを抱き抱え、二階の寝室へと運んでいく。
エリーゼは運ばれながら、うつらうつらとした意識でその揺れを感じていた。
「ヴィクトー、ル、様……すみません」
「いいよ。僕も無理させすぎてしまったからね。すぐに寝室に運んであげる」
実験の時の冷静で冷徹な様子とは異なり、ヴィクトールは優しく言葉をかける。
だが、あの実験中の醒めきった観察するような目もまた事実で、エリーゼはなにを信じていいのかわからなくなっていた。
部屋に着くと、ヴィクトールは優しくエリーゼをベッドに横たえる。
豊かな栗色の髪が枕に広がるのを、ヴィクトールは目を細めて眺めると、そっとエリーゼの頭を撫でた。
「疲れちゃったかな? 今日はゆっくり休んでね。仕事を続けるかどうかは、明日相談しよう」
「はい……」
今はとてもじゃないが難しいことを考えるなんてできそうにもなかった。
引き摺り込まれるように睡眠に落ちて、数刻。エリーゼは深夜遅くに、喉の渇きで目が覚めた。
あれだけひっきりなしに甘い声を上げたのだ、喉はひび割れるように干からびていて、声は枯れていた。
こうなることを予期してか、ベッドサイドには水差しとコップが用意してある。
ランタンの魔道具に手を触れて魔力を流し、明かりをつける。
エリーゼは重だるい体に鞭打つようにして身を起こし、水差しを手に取った。
「明日から、どうしよう……」
目下の問題はこれだ。
あんなこと、到底何度も続けられるとは思えない。
だが——。
心のどこかに、もう一度あの快楽を味わってみたい、という気持ちもほのかに芽生えていた。
あまりにいやらしく、恥ずかしい気持ち。自分では認めたくないけれど、あの実験を思い起こすと否応なく認めざるを得ない思いが湧いてくる。
「もう一回だけ……。もう一回だけ、やってみようかな」
エリーゼに自覚はなかったが、それは、体が堕とされていく始まりの一歩だった。
翌朝——。
「おはよう、エリーゼ。昨夜はよく眠れたかい?」
朝食の席で、ヴィクトールは昨日のことなどなかったかのように朗らかな笑みを浮かべた。
「は、はい。あの、ヴィクトール様、お仕事のことですが……」
「今はその話は止そう。せっかくの朝食だ、美味しく食べようじゃないか」
食卓には相変わらず豪勢な朝食が載っている。ここでの生活も、給与も、モニターの仕事内容を除けば理想的なものだった。
唯一、肝心の仕事内容が、とても恥ずかしく、溺れるほどの快楽に責め立てられるものでさえなければよかったのに、とエリーゼは嘆く。
朝食を終えたエリーゼは、ヴィクトールの研究室に招かれていた。
地下にある実験室のほど近くにある、一階のその部屋には、さまざまな機材が所狭しと置かれている。何に使うのかもわからないような道具がそこかしこに放り出されていて、ヴィクトールがどれほど熱心に研究しているかを感じさせた。
「僕は元々は生活の役に立つ照明や水道なんかの魔道具を開発していたんだ。でもある時、性に奔放なやんごとなき身分のお方に目をつけられてね。性具を開発するように極秘任務を仰せつかった」
ヴィクトールは、机の上に置かれた、男性器を模した性具を手に取る。ヴィクトールがそれを操作すると、ゔぃんゔぃんと音を立ててその道具は振動し始めた。
「開発した性具は王族や貴族の間で大評判になったはいいけれど、次から次へと開発の要望が届くようになってね。でも、安全性を確認するためのモニターだけが不足している状況が続いていた」
「そ、それは……。大変だったのはわかりますけれど、だからと言って私は……。このお仕事を続けるのは……」
「もちろん、無理にとは言わないさ。だけど、僕はこの仕事もそれはそれで気に入っていてね。政略結婚で冷え切った夫婦仲が良くなったとか、おかげで子宝に恵まれたとか、そういう報告も入ってくるんだ。あまり偏見の目で見ずに、考えてみてはくれないかな」
ヴィクトールの言葉に、エリーゼは黙り込む。
確かに、いやらしい、とんでもない仕事だと思って、それが抵抗感を生んでいるのも事実だ。
だけど、この仕事を嫌がっているのはそれだけが理由じゃない。純粋に恥ずかしいのもあるし、何よりも、この仕事を続けていたら、自分が自分でなくなってしまいそうな、快楽に飲まれておかしくなってしまいそうな恐怖があった。
「君のお母さん、病気なんだろう? もし君が望むなら、給料を弾むだけじゃなくて、良い医師の伝手なんかを辿ってもいい。これでも伯爵家だ。君の家よりは伝手も広いと思うよ」
その言葉に、エリーゼはぐらつく。
これからこの家で、あの仕事を続ければ、母はきっと助かるだろう。父の残した借金だって、返済の目処がつくに違いない。
でも、それは身売りをするのと何が違うのだろう。
「わかってます。このお仕事を続けた方が、家族もみんな救われる。でも、性具に身を任せる覚悟ができなくて……」
「じゃあ、少しばかり時間を置くかい? すぐに辞めるか続けるか決めなくてもいい。この家でしばらく過ごしながら考えて見たらいいさ」
ヴィクトールは優しい。
エリーゼの事情も汲んだ上で、待つと言ってくれている。
ひとまずはその言葉に甘えて、エリーゼは思考停止をすることに決めた。
ヴィクトールが倒れ込むエリーゼを抱き抱え、二階の寝室へと運んでいく。
エリーゼは運ばれながら、うつらうつらとした意識でその揺れを感じていた。
「ヴィクトー、ル、様……すみません」
「いいよ。僕も無理させすぎてしまったからね。すぐに寝室に運んであげる」
実験の時の冷静で冷徹な様子とは異なり、ヴィクトールは優しく言葉をかける。
だが、あの実験中の醒めきった観察するような目もまた事実で、エリーゼはなにを信じていいのかわからなくなっていた。
部屋に着くと、ヴィクトールは優しくエリーゼをベッドに横たえる。
豊かな栗色の髪が枕に広がるのを、ヴィクトールは目を細めて眺めると、そっとエリーゼの頭を撫でた。
「疲れちゃったかな? 今日はゆっくり休んでね。仕事を続けるかどうかは、明日相談しよう」
「はい……」
今はとてもじゃないが難しいことを考えるなんてできそうにもなかった。
引き摺り込まれるように睡眠に落ちて、数刻。エリーゼは深夜遅くに、喉の渇きで目が覚めた。
あれだけひっきりなしに甘い声を上げたのだ、喉はひび割れるように干からびていて、声は枯れていた。
こうなることを予期してか、ベッドサイドには水差しとコップが用意してある。
ランタンの魔道具に手を触れて魔力を流し、明かりをつける。
エリーゼは重だるい体に鞭打つようにして身を起こし、水差しを手に取った。
「明日から、どうしよう……」
目下の問題はこれだ。
あんなこと、到底何度も続けられるとは思えない。
だが——。
心のどこかに、もう一度あの快楽を味わってみたい、という気持ちもほのかに芽生えていた。
あまりにいやらしく、恥ずかしい気持ち。自分では認めたくないけれど、あの実験を思い起こすと否応なく認めざるを得ない思いが湧いてくる。
「もう一回だけ……。もう一回だけ、やってみようかな」
エリーゼに自覚はなかったが、それは、体が堕とされていく始まりの一歩だった。
翌朝——。
「おはよう、エリーゼ。昨夜はよく眠れたかい?」
朝食の席で、ヴィクトールは昨日のことなどなかったかのように朗らかな笑みを浮かべた。
「は、はい。あの、ヴィクトール様、お仕事のことですが……」
「今はその話は止そう。せっかくの朝食だ、美味しく食べようじゃないか」
食卓には相変わらず豪勢な朝食が載っている。ここでの生活も、給与も、モニターの仕事内容を除けば理想的なものだった。
唯一、肝心の仕事内容が、とても恥ずかしく、溺れるほどの快楽に責め立てられるものでさえなければよかったのに、とエリーゼは嘆く。
朝食を終えたエリーゼは、ヴィクトールの研究室に招かれていた。
地下にある実験室のほど近くにある、一階のその部屋には、さまざまな機材が所狭しと置かれている。何に使うのかもわからないような道具がそこかしこに放り出されていて、ヴィクトールがどれほど熱心に研究しているかを感じさせた。
「僕は元々は生活の役に立つ照明や水道なんかの魔道具を開発していたんだ。でもある時、性に奔放なやんごとなき身分のお方に目をつけられてね。性具を開発するように極秘任務を仰せつかった」
ヴィクトールは、机の上に置かれた、男性器を模した性具を手に取る。ヴィクトールがそれを操作すると、ゔぃんゔぃんと音を立ててその道具は振動し始めた。
「開発した性具は王族や貴族の間で大評判になったはいいけれど、次から次へと開発の要望が届くようになってね。でも、安全性を確認するためのモニターだけが不足している状況が続いていた」
「そ、それは……。大変だったのはわかりますけれど、だからと言って私は……。このお仕事を続けるのは……」
「もちろん、無理にとは言わないさ。だけど、僕はこの仕事もそれはそれで気に入っていてね。政略結婚で冷え切った夫婦仲が良くなったとか、おかげで子宝に恵まれたとか、そういう報告も入ってくるんだ。あまり偏見の目で見ずに、考えてみてはくれないかな」
ヴィクトールの言葉に、エリーゼは黙り込む。
確かに、いやらしい、とんでもない仕事だと思って、それが抵抗感を生んでいるのも事実だ。
だけど、この仕事を嫌がっているのはそれだけが理由じゃない。純粋に恥ずかしいのもあるし、何よりも、この仕事を続けていたら、自分が自分でなくなってしまいそうな、快楽に飲まれておかしくなってしまいそうな恐怖があった。
「君のお母さん、病気なんだろう? もし君が望むなら、給料を弾むだけじゃなくて、良い医師の伝手なんかを辿ってもいい。これでも伯爵家だ。君の家よりは伝手も広いと思うよ」
その言葉に、エリーゼはぐらつく。
これからこの家で、あの仕事を続ければ、母はきっと助かるだろう。父の残した借金だって、返済の目処がつくに違いない。
でも、それは身売りをするのと何が違うのだろう。
「わかってます。このお仕事を続けた方が、家族もみんな救われる。でも、性具に身を任せる覚悟ができなくて……」
「じゃあ、少しばかり時間を置くかい? すぐに辞めるか続けるか決めなくてもいい。この家でしばらく過ごしながら考えて見たらいいさ」
ヴィクトールは優しい。
エリーゼの事情も汲んだ上で、待つと言ってくれている。
ひとまずはその言葉に甘えて、エリーゼは思考停止をすることに決めた。
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