懐古屋

式羽 紺次郎

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第一章

妄想

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本日は晴天なり。
人生で幾度となく聞いたことのなるセリフであるが、もととなったセリフが何であるのかは僕は知らない。
知らないし、知りたいという気持ちがあるにはあるが、わざわざ調べてみようなどという気分にもなれない。
僕の人生は思い返せば常にそんな感じだった気がする。
学生時代に好きだった娘がいたこともあるが、結局好きだと直接伝えることが出来ず、特定の異性と付き合うなんてことは
なかった。
何が言いたいのかというと、僕には行動力というパロメーターが著しく欠如しているということだ。
知りたいと思っているのに調べようともしない、好きだと思っているのに想いを伝えようともしない。
学年で1番の人気のあの娘が僕から何のアピールも無しに振り向いてもらえるわけもない。それは十分に理解しているつもりだ。
だが、生まれ持った性格というものはどうしようもないのだ。
もし、僕が黄色のネズミが人気を博しているゲームソフトの主人公であったならば、僕は初めの村から一歩も出ることなく
その人生(と言えるのかはわからないが)を終えることになるのだろう。
しかし、こんな相棒一匹捕まえることのできない僕にも時間という追跡者は容赦なく後を追ってくる。
来月で28回目の誕生日を迎えることなる。
28歳にもなれば、世間は自立した大人というものを求める。マスコミの情報を鵜呑みにしている大人達からの蔑みの目を向けられたくない一心で
僕も会社勤めをし、アパートで一人暮らしをしている。
そして、まさに今僕はその会社勤めをしている状態である。幸いにも世にいうブラック企業と言われているような
日付が変わる時間帯まで勤務させられるというようなことは、僕の会社には存在しない。
しかし、その逆ともいえる状況に苦しんでいるのである。それは暇という悪魔だ。
何を大げさな。忙しい方が何倍も苦しい。ブラック企業という言葉を知らないのか。過労のために自ら命を落とす人の
話をしらないのか。などといった声が聞こえてきそうだが、僕は暇という悪魔にも注目してもらいたいと考えている。
こんなエピソードを知っているだろうか。第2次世界大戦中の話であるが、かの悪名高いドイツ兵が、とらえてきた囚人に対して行った嫌がらせを。
囚人に穴を掘らせる作業を強制させる、しばらく掘り進めたところで、兵士が作業を中断させ、その囚人が掘った穴から
生み出された土をまた囚人が掘った穴の中に入れていくのである。
そうすると、不思議なことに、囚人が時間をかけて掘り進めた穴はどことなく消えてしまうのである。
それを見た兵士は、再び囚人に穴を掘るように命じ、また穴掘りを中断させ、自ら穴を埋める。
このループの結果待ち受けているのは、意味のない仕事を強制され続け頭がくるってしまった囚人の自殺なのだという。
この結果を予期していたかどうかはわからないが、大戦中のドイツ兵はこのような行為を繰り返していたのだという。
・・・僕がなぜこのような、雑学を得ることが出来たかというと、暇な自分は不幸であるという自己肯定を感じられる情報を得たいがために
行ったネットサーフィンの賜物である。
こう言うと、暇というものの悪くないのかもしれないと少し僕の頭によぎるものがあったが僕は
そんな考えを振り払って再び妄想の世界に没頭することにした。
今日のテーマは不幸な自分だ。妄想を膨らますための材料も目の前の端末で情報収集済だ。
さあ、続きをやろうかな。そう思った矢先、左上のデスクで長電話をしていた男に呼ばれる声が聞こえた。
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