ハードボイルド爺

式羽 紺次郎

文字の大きさ
上 下
1 / 1
第一話

シガレットアタック

しおりを挟む
俺の名前はゴウゾウ。質実剛健の剛に、創造の造で剛造。
昔は名前の通り、その腕っぷしで回りの人間には有無を言わせず自分の意見を突き通してきた。
そんな俺もすっかり頭も白くなり、腰も曲がってきてしまっている。
家族からは煙草を止めろと口酸っぱく言われているが、俺は50年以上苦楽を共にしてきた相棒を今さら捨てるつもりなどない。
今日日、すっかりその姿を見なくなってしまった両切り煙草を咥えながら庭先を見つめる。
庭先では俺が生涯愛し続けている女が花の手入れをしている。
すっかり老けてしまったが、美しさは出会ったときから変わっていない。
かと言って、そんなことを妻に伝えることなどあり得ないが。
俺は密に楽しみにしていることがある、いつかこの命が尽きるとき、その直前に妻に愛の言葉をかけてやるのだ。
きっと冥途の土産にふさわしいものが見ることが出来るだろう。
「おじいちゃん!!これ見て!!」
後ろから、俺を呼ぶ声がする。
その、おじいちゃんという呼び方は慣れない。何だか、俺の牙が抜かれる感じがする。
俺を呼んだのは、孫だった。
孫の小さなその両手にはそれぞれ1体ずつ人形が握られていた。
片方は大きな牙と太い尻尾を携えた猛獣の様な姿をしており、片方は人間に近い風貌をしていた。
近いというのは、何やら奇妙な肌色のしているからだ。およそ通常の人間の色ではない。そして何より、目が変だ。トンボの目に似ている。
「これね!ギガトンマンだよ!こっちは、怪獣 ガービッジだよ。ゴミの恨みから生まれたんだ。」
孫によると、このトンボ目はヒーローらしい。
「今日は特別に、おじいちゃんがギガトンマンやっていいよ!!」
ふむ。この俺に悪を成敗してくれというのか。いいだろう。
俺は孫の操る怪獣の動きに合わせて、トンボ目のヒーローを動かす。
怪獣の蹴りを流して、左下段蹴り。そして必殺の人中への正拳突き。俺の喧嘩の必勝法だ。
「おじいちゃんダメだよ。ギガトンビーム出さないと怪獣は倒せないよ!」
なかなかしぶとい。何とかビームというのは知らないが、必殺技を出さなければいけないらしい。
俺はおもむろに煙草を取り出して、火をつける。
なぜこんな行為が流行ったのだろう、学生時代、度胸試しの一つとして男どもの間で行われていた。
根性焼き。俺の腕にも微かに火傷のあとが残っている。その後、父親に見つかりこっぴどく殴られたので
それ以降一度もしていないが、あれはとても痛かった。
俺は怪獣の大きくあいた口に、火のついた煙草を押し付けた。これでフィニッシュだ。
さぞ、孫も満足しているだろう。横を見る。孫と目が合ったと思った次の瞬間、ものすごい勢いで泣き出した。
おばあちゃんと叫びながら、庭先に駆けていく。妻に何か訴えている。
妻がこちらを向いた。その目には、怒りが宿っていることが見て取れた。
 
その後、妻にこっぴどく怒られた俺は、孫に新しい怪獣を2匹買い与えることで和解した。
 
やはり、根性焼きなどやるべきではない。
 
煙草もやめなさい。とものすごい剣幕で怒られた俺は今、隣に座る妻の機嫌を伺いながら煙草に火をつけた。
急いで吸ったその煙草は、いつもより辛い味がした。
 
 
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...