宿屋無双~転生して付与魔法に目覚めた僕は神の御使いとして崇められてしまう~

中島健一

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第112話 状況整理

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〈セラフ視点〉 

 僕はアーミーアンツより戦況を聞きながら『黒い仔豚亭』でいつものように働いていた。 

 昨日の夜、家族会議をした。会議では戦争の状況や、今日神聖国軍と帝国軍がぶつかると伝えた。またそれぞれの目的も伝え、僕らは村の人に気付かれないよういつも通り営業することを話し合った。 

 僕らがいつもと違う動きを見せれば、村にいるかもしれない帝国や神聖国の密偵が何かアクションを起こすかもしれない。だったら下手に動かず、村の発展に勤しんだ方が良い。また、メイナーさんになら僕らのことや魔の森で今起きていることをしらせても良いかもしれないという案がローラさんから出たが、魔の森の戦場はここから普通に向かえば3日、4日はかかるところで行われようとしている。因みに僕らはアーミーアンツやリュカにジャンヌ、オーマ達の力を使って2時間程度でその戦場へ行ける。本気を出せばもっと早いらしい。 

 メイナーさんをそんなにも魔の森の奥地へ連れていって、仮に帝国や神聖国に捕らわれたら厄介なことになりそうだし、そんな戦力を持っている僕らを危険視する可能性もあった。 

 因みに今日の早朝、スミスさんがバーミュラーから帰り、武具店と道具屋の店主となる人達を連れてきた。 

「セラフー?」 

 マーシャお姉ちゃんが修道院からエール樽を運び終えた僕に話し掛ける。僕はお姉ちゃんの方を振り向いた。 

「凄いわね!こんなに大きな樽を運ぶなんて!?」 

「そ、そうかな?」 

 忘れがちだが、僕の力は以前にも増して強くなっている。この村を出る前よりも、エール樽を軽く感じていた。 

 ──もしかしたら僕の背が伸びて、その分持ち運びしやすくなったのかも…… 

 僕はマーシャお姉ちゃんの前に立ち、お姉ちゃんと背比べをした。頭頂部に手を置いて、それを水平に横にずらしてお姉ちゃんの胸辺りに、その手がトンとついた。 

「ど、どうしたの?」 

 僕は顔を上げて、お姉ちゃんの顔を下から覗き込みながら言った。 

「えっと、身長が伸びたのかなって思ったんだけど、まだまだお姉ちゃんの方が背ぇ高いね。本当ならもっとこう、背が高くなってぇ──」 

 僕は背伸びをしてお姉ちゃんの顎辺りに顔を近付けた。しかし次の瞬間、お姉ちゃんは僕のことをきつく抱き締めた。 

「え?」 

 お姉ちゃんも声を漏らす。 

「ん?」 

 僕らは沈黙した。暫く抱き合っていると、アビゲイルが正面玄関から出てきて、僕を呼ぶ。 

「セラフー?エール樽なんだけど──」 

 僕はマーシャお姉ちゃんの肩越しからアビゲイルと目があった。 

 ──なんせ背伸びをしているからね……ってこの状況ヤバいよね? 

 アビゲイルは言った。 

「ちょっとセラフ!?マーシャも何やってるのッ!!?」 

 マーシャお姉ちゃんは慌てて僕をホールドしていた腕をほどき、そして自分の両頬に両手を押し当てて言った。 

「何故なのでしょう?何故なのでしょう?セラフを前にしていると何だか愛《め》でたくなってしまいます……」 

 マーシャお姉ちゃんはショタコンなのではないかと思った。僕は直ぐにエール樽を店内に運び、仕事に戻る。ちなみにアビゲイルからは仕事中マーシャお姉ちゃんと会うのは禁止だと言われた。
  
 僕は「うん」と返事をして仕事に戻った。僕は仕込みの前にメイナーさんに会う為、建設中の鍛冶屋へと向かう。 

 既に鍛冶屋は出来上がりつつあった。 

 ──仕事が早い…… 

 店の前だけだが石畳を敷いて、道を整えている。これだけなのに村は街の様相を呈し始めた気がしたが、僕が構想しているような街にはまだまだ程遠い。 

 それでも着実に村から街へと近付き、進行していることに僕は胸を弾ませていた。  

「おぉ~、セラフ!今日も店に行くから宜しくな!」 

 まだ朝早いのに、夕食の話を大工のトウリョウさんはしている。トウリョウさんはメイナーさんの建築を手伝っており、その建築速度はメイナーさんの連れてきた大工さん達の3倍は早く、正確だった。メイナーさんの連れてきた大工さん達も、僕の作った料理を食べているので、いつもよりも建築スピードが早いらしい。 

 僕は目的のメイナーさんを見つけて、声をかける。 

「メイナーさ~ん!」 

 メイナーさんは難しそうな顔をしながら手元にある紙を見つめていたが顔を上げ、僕に視線を合わせた。 

 僕は訊ねる。 

「建築は順調ですか?」 

「え、ええ……少し恐いくらいの速度で進んでいますね……」 

「え?それって良いことなんじゃないんですか?」 

「そうなのですが、建築速度がいつもより速いと誰かが怪我をしたり、基礎が疎かになっていたりと良くないことが起こるもので、こうして念入りに確認しているのです…それと……」 

「それと?」 

「スミスからの情報なのですが、とうとう王都北西より国王軍と王弟軍が激突したそうです……」 

 そっちも始まったのか。僕は詳しい戦況を尋ねる。 

「そうですね……始まったのばかりなので何とも言えませんが、インゴベル陛下の軍が4万に対して王弟軍が6万という状況らしいです……」 

 戦力差はおよそ2万か。メイナーさんは続けて言った。 

「陛下の軍も王弟の軍も短期での決着を望んでいます」 

「それは何故ですか?」 

「陛下の軍が構えている都市ロスベルグの背後にバロッサ王国があるのは知っていますね?」 

 僕は頷く。 

「そのバロッサ王国が陛下の背を討とうとするからですね」 

「そっか……」 

「しかしまだ各国の軍は動き出していないとのことです」 

「え?帝国も神聖国もですか?」 

「そうですね。それぞれ国境付近に軍を動かしているそうですが、バロッサが動き出すのを待っているんじゃないかと思われますね」 

 既に魔の森にて、神聖国軍と帝国軍が動いていることは流石に言えなかった。 

 僕は昨日、メイナーさんに訊こうとしたことを尋ねる。 

「その帝国や神聖国にいる人達のことを教えて貰いたいのですが、今お忙しいですか?」 

「いえ、問題ないですよ?何を訊きたいのですか?」 

「ん~、帝国四騎士とハルモニア三大楽典について知りたいです」 

 メイナーさんは何をどこから説明しようかと思案した。 

「先ずはハルモニア三大楽典についてお話しましょうか?」 

 メイナーさんは語り始めた。現在の三大楽典はリディア・クレイル、ミカエラ・ブオナローテ、プリマ・カルダネラという3人の女性が担っており、それぞれ得意分野があるとのことだ。これについてはデイヴィッドさんとローラさんに聞いたことと一致している。魔の森にいるリディアは三大楽典の古参であり、デイヴィッドさんとローラさんはその能力について知っていたが、後の2人については名前だけしか知らなかった。 

 メイナーさんは説明した。 

「リディア・クレイルは笛の音で精神支配を得意としており、プリマ・カルダネラは舞踏による剣技、ミカエラ・ブオナローテは土属性魔法を駆使したゴーレム使いですね」 

 ゴーレム使い。僕は宿屋にやって来たお姉さんの正体がそのミカエラ・ブオナローテではないかと留意しておく。 

「3人とも同じくらいの強さなんですか?」 

「確かに一纏めにすると、そのように形容できますが、3人はそれぞれシフミの関係にあります」 

 シフミとはこの世界のジャンケンのことだ。 

 リディアの精神支配は生身のプリマに強く、ミカエラのゴーレムには効きにくい。プリマの武力はミカエラのゴーレムよりも強い。 

「このようにして、互いの弱点を補いつつ、3人で切磋琢磨していくのがハルモニア三大楽典のつとめであり強みです」 

 だとしたらそのリディアを捕まえようとしている神聖国軍を率いているのはミカエラである可能性が高い。いや、一度最深部でそのゴーレムが破壊されているから今度はプリマが来るのか?そうだ。神聖魔法の詠唱者がいるのなら精神支配を受けにくくする魔法をプリマにかけている可能性がある。 

「ミカエラ・ブオナローテは青みがかった黒髪をしていて、とても美しい女性でしたね。それとプリマ・カルダネラは炎のように赤い髪色の持ち主で、鋭くも気品ある目をしておりました。リディア・クレイルとは、会ったことがないのでなんとも言えませんね……」 

 ん?やっぱりこのヌーナン村にやって来たお姉さんはミカエラ・ブオナローテなのだと僕は理解した。そしてジャンヌの報告では燃えるような赤い髪をした女性が、魔の森に侵入してきた神聖国兵の中で最も強いのではないかという報告がなされた。それがプリマ・カルダネラであると僕は確信した。 

 ゴーレムよりも強く、神聖魔法によって精神支配を受けにくいプリマ・カルダネラをリディアにぶつける方が確実か?考えにくいがミカエラとプリマの2人が魔の森にやって来ていることを念頭に入れよう。 

 メイナーさんは次に、四騎士について語り出す。 

「帝国四騎士には……トーマス・ウェイドという風属性魔法の使い手とヴェスパシアン・ショウという火属性魔法の使い手、フィリル・グレイスという水属性魔法の使い手、それとドウェイン・リグザードという──」 

 僕は言った。 

「その人!その人について教えて!?」 

 メイナーさんは少し間を置いて、答える。 

「…ドウェイン・リグザードは、そうですね、一言で言えば豪傑と評されることが多いですが……しかし、四騎士…ん~……」 

 メイナーさんは言葉を探しているようだった。そして再び口を開く。 

「これから言うことは私のただの意見だと思ってください。世界中の人がそう思っているとはどうか思わないで頂きたい」 

 僕は「わかりました」と頷く。 

「ドウェイン・リグザードは凶悪で残忍な性格の持ち主です……以前、バロッサの虐殺についてお話したと思いますが、その時、軍を率いていたのがリグザードです。奴は、バロッサの兵は勿論、捕えた民達を自らの手で1人1人殺していきました」 

 僕に不安と不快が押し寄せた。 

「そのリグザードって人は、魔法は使うの?」  

「使用しないと思われます。純粋な武闘派だと認識されていますね……」 

 すると次の瞬間、アーミーアンツより思念伝達が届く。

「あっ……」

 僕は思わず声を出してしまった。

「どうされました?」 

「いえ、なんでもないです!ちょっと仕事をし忘れていたのを思い出したんです!」

 僕はメイナーさんにお礼を言ってから、魔の森の戦況に動きがあったとのことで、ジャンヌとアーミーアンツに会いに行った。 

 とうとう神聖国兵と帝国兵が衝突したようだ。
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