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第120話 どうしよう
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~音咲華多莉視点~
廊下と同じくお父さんのいる部屋にはワインレッドの絨毯が敷き詰められている。長方形の部屋の両側にはたくさんの本が詰まった本棚、正面には向き合うようにして置かれたレザーソファと背の低いテーブルが一つ、その更に奥にお父さん、音咲鏡三が重厚な机を前にして、椅子に腰掛け書類に目を通している。
お父さんが書類から入室した私に視線を向けた。私はビクリと萎縮してしまう。その反応に満足したのかお父さんは再び視線を書類に落とした。そしていつまでたっても話を切り出さない私に告げる。
「何のようだ?」
先程の扉越しでの声とは違い、同じ部屋にいる私の身体をお父さんのその声は震わせた。
「…あ、あの……その……」
お父さんは何かにガッカリしたかのような面持ちで、書類を置き、机に両肘をついて指を組んだ。
「用がないなら──」
「ある!あります!!」
私は勇気を出して話を切り出した。
──愛美ちゃん!エドヴァルド様!私に勇気をください!!
「こ、今度映画に出るの……そ、その試写会をお父さんに観に来てほしいの!!」
早く言い終わりたい、その気持ちが後半、私を早口にさせた。お父さんは暫く黙ってから口を開く。
「何故だ?」
「え……」
予想していない言葉によって私の頭はショートしかけた。しかしこの沈黙を埋めなければならない、そんな謎の使命感によって私は言葉を発した。
「…わ、私!演技上手くなったんだよ!!だからお父さんに観てもらいたくて……」
「上手くなったと言える根拠はあるのか?」
「…か、監督に誉められました……」
何故か敬語になってしまった。
「その監督の名前は?」
「く、黒木監督……」
お父さんはその名前を聞いて、肩を落とし溜め息をついた。
「観るに値しないな」
「ど、どうして!?」
「黒木安孝、過去2作品『思い出』と『朝靄の流星』を観たが観客、主にティーン向けの媚びたキャスティング、そのキャストに便りきった脚本に演出、メッセージ性皆無な映画表現。今後5年間は観る必要のない映画監督だ。その監督に褒められた程度で自分の演技が向上したと思ってしまう辺り、底が知れる」
理不尽なまでの価値観に私はうち震え、怒りを覚えた。今までの私なら、悲しそうな表情で部屋をあとにしていただろう。しかしここは引けなかった。価値観のぶつかり合いなら現場でたくさん見てきたんだ。私だって言われっぱなしは悔しい。
「そ、そうやって!人をわかった気になって判断するのはよくないよ!私の演技がどんなものなのか何も知らないくせに!?なのに自分の嫌いな監督が誉めたからって観る必要ないなんて、そんなの酷いよ……」
怒りのボルテージは徐々に尻すぼみとなる。本当はもっとたくさん言いたいことがある筈なのに、言葉が出てこない。自分のお父さんに対する感情を言葉にするだけなのに。言葉よりも先に悲しいという感情が押し寄せてくる。お父さんは、少しだけ面食らった様子だった。この表情をさせただけでも私は自分を誉めたいと思った程だ。
お父さんが何かを言いかけたその時、重苦しい空気のこの部屋からスマホの着信音が聴こえる。ありふれた着信音がこの部屋を満たした。私達は黙った。いつまでも鳴り止まない着信にとうとうお父さんは出た。
「もしもし、あぁ、問題ない」
スマホを耳に当てながら私を見るお父さん。これにはまだそこにいろという意味なのか、それとも出ていけと言っているのか私にはわからなかった。しかし私は部屋から出た。
部屋から退出して廊下に出てもまだ重苦しい空気を感じる。そして疲労が肩にのし掛かっているようだった。私は足を引きずるようにして自室へと戻る。
──────────────────────────────────────────────────
~織原朔真視点~
カミカさんの炎上の件はそこまで長続きはしないだろう。というのも、比較的カミカさんを擁護する声が多いからだ。SNSでの誹謗中傷は開示請求の対象となる。示談金等で被害者から何十万も請求されている人達がいるのだ。悪口を書くならネットの掲示板と相場が決まっているがしかし、そこに書き込むのは熱心なアンチか一時のストレスの解消で書く者しかいない。その熱と炎上による炎は時間が立てば鎮まっていくし、その掲示板にすら訴えられるリスクが存在する為、ここにも書き込む者達も減っていくことだろう。
薙鬼流の件にしてもカミカさんの件にしても過去にどういった経緯で炎上したのか、それらをまとめるようなサイトしか残らないだろうと僕は予想している。それでも彼女等に怒りを抱いている人はどこにでもいるものだ。行き場のない怒りやストレスは一体どこへ向かっていくのか僕はまだわかっていない。
僕は現在バイト中なのに今もまだカミカさんの炎上の件を何故考えているのかというと、僕が明日、始めての歌枠をとるからだ。
Vチューバーが歌枠をとるのは珍しいことではないが、僕にとっては初めて歌枠だ。チャンネル登録者数が25万人を突破した記念枠だ。カミカさんの炎上と、たまたま重なってしまったため、変な憶測をたてるリスナーがいてもおかしくない。
まだ告知すらだしていないが、サムネとかセトリとかどうしようか。
僕は今日のノルマである最後の部屋の清掃を終え、その部屋から廊下へと出る。薄暗い廊下に清掃道具を乗っけたカートを押してスタッフしか入れない扉に向かって歩いた。
しかしその時、廊下を照らしていた奥の電球が1つ瞬く。
──うわ……
電球は一瞬だけ瞬いたが、直ぐに他の電球達と同様にして廊下を照らす仕事に勤しんだ。
──そのまま、切れないでくれよ……
仕事が終わって解放感に浸っていた僕だが、電球交換という新たな仕事が増えてしまう恐怖に怯えている。僕は足早に電球の切れる瞬間を見まいとバックヤードへと戻ろうとするがしかし、その電球がまた瞬いた。そして今度は点かずに消えた。
──え~……
僕は足を止めて、落胆するが、暫くしてまた問題の電球が点灯した。しかしその瞬間、僕は腰を抜かした。電球が再び点くとさっきまで誰もいなかった筈の廊下に髪の長い女性が立っているのが見えたからだ。その女性はうな垂れており、その長い髪が地面に付きそうだった。
──だ、誰だろう…お客様かな……
僕は咄嗟に身を屈め、カートを盾にしながらクリアリングをするとその女性は足を引きずるようにして僕の方へ向かってフラフラと歩いてきた。
──ぇ……こわ……
怖いと思いつつも、もしお客様ならば逃げるようにして反転するのも失礼だと思う。考えが纏まらない僕はその場に動けないでいた。その間にも女性は僕に近付いてくる。
──どうする!?どうする!?
僕は、恐怖によってその場に立ち尽くし、俯くようにして女性に向かって礼をした。目を合わせないよう、それでいて礼儀を欠かないようにお辞儀をする。
清掃の行き届いた絨毯を真っ直ぐ見つめ、女性が通り過ぎるのを待った。すると、視界の端に女性の靴が見える。女性はフラフラとした足取りだったが、一歩一歩確実に僕に近づいてきた。僕は女性に足があることに少しだけ安心したが、その女性の足が止まった。僕の目の前で立ち止まったのだ。
いつまで経っても去っていかない女性を不思議に思った僕は勇気を出して、恐る恐るではあるが顔を上げて女性を見た。
音咲さんだった。僕は焦った。何故かというと彼女が今にも泣き出しそうだったからだ。しかし僕は不謹慎にも彼女のその泣きそうな顔がとても綺麗に見えた。
音咲さんは音咲さんで僕だと思って立ち止まったにも拘わらず、いざ本当に僕だとわかると泣き出しそうな顔を即座に背けた。
お互いが焦ると事態はよくないことに発展していく。気まずさによって僕は何かを握りたい衝動にかられた。何かに掴まっていないとこの場に黙って居ることが出来ない奇妙な錯覚に陥る。その為、押していた清掃道具の入っているカートに手をつこうとしたが、思った場所にカートはなく、僕は前のめりに倒れて、カートの角にぶつかってしまった。カートが音を立てて倒れそうになったのを見ると音咲さんは慌ててそのカートを支えようとするが、前のめりに倒れてくる僕と衝突してしまい、カートだけではなく僕達2人も絨毯の上に倒れてしまった。
僕が下で彼女が上。
初めて会った時のことを思い出す。
僕は慌てて彼女を引き離そうとしたが、彼女は言った。
「少しだけ、このままでいて……」
僕は思わず声を出して、どうしたのか尋ねかったが、彼女に制される。
「何も言わないで、何も聞かないで……」
彼女の指示にしたがった。彼女の重みと体温が僕の中に溶け込んでいくのが感じられた。
廊下と同じくお父さんのいる部屋にはワインレッドの絨毯が敷き詰められている。長方形の部屋の両側にはたくさんの本が詰まった本棚、正面には向き合うようにして置かれたレザーソファと背の低いテーブルが一つ、その更に奥にお父さん、音咲鏡三が重厚な机を前にして、椅子に腰掛け書類に目を通している。
お父さんが書類から入室した私に視線を向けた。私はビクリと萎縮してしまう。その反応に満足したのかお父さんは再び視線を書類に落とした。そしていつまでたっても話を切り出さない私に告げる。
「何のようだ?」
先程の扉越しでの声とは違い、同じ部屋にいる私の身体をお父さんのその声は震わせた。
「…あ、あの……その……」
お父さんは何かにガッカリしたかのような面持ちで、書類を置き、机に両肘をついて指を組んだ。
「用がないなら──」
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私は勇気を出して話を切り出した。
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「こ、今度映画に出るの……そ、その試写会をお父さんに観に来てほしいの!!」
早く言い終わりたい、その気持ちが後半、私を早口にさせた。お父さんは暫く黙ってから口を開く。
「何故だ?」
「え……」
予想していない言葉によって私の頭はショートしかけた。しかしこの沈黙を埋めなければならない、そんな謎の使命感によって私は言葉を発した。
「…わ、私!演技上手くなったんだよ!!だからお父さんに観てもらいたくて……」
「上手くなったと言える根拠はあるのか?」
「…か、監督に誉められました……」
何故か敬語になってしまった。
「その監督の名前は?」
「く、黒木監督……」
お父さんはその名前を聞いて、肩を落とし溜め息をついた。
「観るに値しないな」
「ど、どうして!?」
「黒木安孝、過去2作品『思い出』と『朝靄の流星』を観たが観客、主にティーン向けの媚びたキャスティング、そのキャストに便りきった脚本に演出、メッセージ性皆無な映画表現。今後5年間は観る必要のない映画監督だ。その監督に褒められた程度で自分の演技が向上したと思ってしまう辺り、底が知れる」
理不尽なまでの価値観に私はうち震え、怒りを覚えた。今までの私なら、悲しそうな表情で部屋をあとにしていただろう。しかしここは引けなかった。価値観のぶつかり合いなら現場でたくさん見てきたんだ。私だって言われっぱなしは悔しい。
「そ、そうやって!人をわかった気になって判断するのはよくないよ!私の演技がどんなものなのか何も知らないくせに!?なのに自分の嫌いな監督が誉めたからって観る必要ないなんて、そんなの酷いよ……」
怒りのボルテージは徐々に尻すぼみとなる。本当はもっとたくさん言いたいことがある筈なのに、言葉が出てこない。自分のお父さんに対する感情を言葉にするだけなのに。言葉よりも先に悲しいという感情が押し寄せてくる。お父さんは、少しだけ面食らった様子だった。この表情をさせただけでも私は自分を誉めたいと思った程だ。
お父さんが何かを言いかけたその時、重苦しい空気のこの部屋からスマホの着信音が聴こえる。ありふれた着信音がこの部屋を満たした。私達は黙った。いつまでも鳴り止まない着信にとうとうお父さんは出た。
「もしもし、あぁ、問題ない」
スマホを耳に当てながら私を見るお父さん。これにはまだそこにいろという意味なのか、それとも出ていけと言っているのか私にはわからなかった。しかし私は部屋から出た。
部屋から退出して廊下に出てもまだ重苦しい空気を感じる。そして疲労が肩にのし掛かっているようだった。私は足を引きずるようにして自室へと戻る。
──────────────────────────────────────────────────
~織原朔真視点~
カミカさんの炎上の件はそこまで長続きはしないだろう。というのも、比較的カミカさんを擁護する声が多いからだ。SNSでの誹謗中傷は開示請求の対象となる。示談金等で被害者から何十万も請求されている人達がいるのだ。悪口を書くならネットの掲示板と相場が決まっているがしかし、そこに書き込むのは熱心なアンチか一時のストレスの解消で書く者しかいない。その熱と炎上による炎は時間が立てば鎮まっていくし、その掲示板にすら訴えられるリスクが存在する為、ここにも書き込む者達も減っていくことだろう。
薙鬼流の件にしてもカミカさんの件にしても過去にどういった経緯で炎上したのか、それらをまとめるようなサイトしか残らないだろうと僕は予想している。それでも彼女等に怒りを抱いている人はどこにでもいるものだ。行き場のない怒りやストレスは一体どこへ向かっていくのか僕はまだわかっていない。
僕は現在バイト中なのに今もまだカミカさんの炎上の件を何故考えているのかというと、僕が明日、始めての歌枠をとるからだ。
Vチューバーが歌枠をとるのは珍しいことではないが、僕にとっては初めて歌枠だ。チャンネル登録者数が25万人を突破した記念枠だ。カミカさんの炎上と、たまたま重なってしまったため、変な憶測をたてるリスナーがいてもおかしくない。
まだ告知すらだしていないが、サムネとかセトリとかどうしようか。
僕は今日のノルマである最後の部屋の清掃を終え、その部屋から廊下へと出る。薄暗い廊下に清掃道具を乗っけたカートを押してスタッフしか入れない扉に向かって歩いた。
しかしその時、廊下を照らしていた奥の電球が1つ瞬く。
──うわ……
電球は一瞬だけ瞬いたが、直ぐに他の電球達と同様にして廊下を照らす仕事に勤しんだ。
──そのまま、切れないでくれよ……
仕事が終わって解放感に浸っていた僕だが、電球交換という新たな仕事が増えてしまう恐怖に怯えている。僕は足早に電球の切れる瞬間を見まいとバックヤードへと戻ろうとするがしかし、その電球がまた瞬いた。そして今度は点かずに消えた。
──え~……
僕は足を止めて、落胆するが、暫くしてまた問題の電球が点灯した。しかしその瞬間、僕は腰を抜かした。電球が再び点くとさっきまで誰もいなかった筈の廊下に髪の長い女性が立っているのが見えたからだ。その女性はうな垂れており、その長い髪が地面に付きそうだった。
──だ、誰だろう…お客様かな……
僕は咄嗟に身を屈め、カートを盾にしながらクリアリングをするとその女性は足を引きずるようにして僕の方へ向かってフラフラと歩いてきた。
──ぇ……こわ……
怖いと思いつつも、もしお客様ならば逃げるようにして反転するのも失礼だと思う。考えが纏まらない僕はその場に動けないでいた。その間にも女性は僕に近付いてくる。
──どうする!?どうする!?
僕は、恐怖によってその場に立ち尽くし、俯くようにして女性に向かって礼をした。目を合わせないよう、それでいて礼儀を欠かないようにお辞儀をする。
清掃の行き届いた絨毯を真っ直ぐ見つめ、女性が通り過ぎるのを待った。すると、視界の端に女性の靴が見える。女性はフラフラとした足取りだったが、一歩一歩確実に僕に近づいてきた。僕は女性に足があることに少しだけ安心したが、その女性の足が止まった。僕の目の前で立ち止まったのだ。
いつまで経っても去っていかない女性を不思議に思った僕は勇気を出して、恐る恐るではあるが顔を上げて女性を見た。
音咲さんだった。僕は焦った。何故かというと彼女が今にも泣き出しそうだったからだ。しかし僕は不謹慎にも彼女のその泣きそうな顔がとても綺麗に見えた。
音咲さんは音咲さんで僕だと思って立ち止まったにも拘わらず、いざ本当に僕だとわかると泣き出しそうな顔を即座に背けた。
お互いが焦ると事態はよくないことに発展していく。気まずさによって僕は何かを握りたい衝動にかられた。何かに掴まっていないとこの場に黙って居ることが出来ない奇妙な錯覚に陥る。その為、押していた清掃道具の入っているカートに手をつこうとしたが、思った場所にカートはなく、僕は前のめりに倒れて、カートの角にぶつかってしまった。カートが音を立てて倒れそうになったのを見ると音咲さんは慌ててそのカートを支えようとするが、前のめりに倒れてくる僕と衝突してしまい、カートだけではなく僕達2人も絨毯の上に倒れてしまった。
僕が下で彼女が上。
初めて会った時のことを思い出す。
僕は慌てて彼女を引き離そうとしたが、彼女は言った。
「少しだけ、このままでいて……」
僕は思わず声を出して、どうしたのか尋ねかったが、彼女に制される。
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