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第170話 事故
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~音咲華多莉視点~
物凄い衝撃を全身に受け、意識が飛びそうだった。これが現実なのか、それとも夢を見ているのかわからない、その狭間で声が聞こえた気がした。何か大事なことを思い出しそうだったが、しかし、その声はやがて鳴り止まないクラクションの音へと変化する。
──そうだ、事故を起こしたんだ……
私は目を瞑ったまま、身体の痛みがないか恐る恐る確認した。右腕から順番に左腕、右足、左足。首と背中、シートベルトが食い込んだせいで胸部が少しだけ痛い。しかしその痛みは動けないほどのものではなかった。
私は目を開けた。運転席の加賀美が真白いエアバッグにもたれ掛かるように気を失っている。そのせいで、クラクションが鳴り響いていた。その音はまるで入院患者の心肺機能が停止したことを告げる音に聞こえた。
「加賀美!?」
返事はない。
──加賀美は死んでしまったの!?
焦りと恐怖心が芽生える一方で、更にそれに拍車をかけるものを目撃する。
壁に激突し、ひしゃげたボンネットから煙が上がっている。
──早く車からでなきゃ……
後部座席のドアを開けようとするが開かない。ドアロックを解除してもドアは勿論、窓も開かなかった。衝突の衝撃でドアが歪んでしまったの?冷静に考えることすら今はできない。煙が車内に入り込み、満たし始める。
パニックを起こしかけたその時、私はとある撮影風景を思い出した。
──あれは確か、気を失った主人公の私が犯人によって車の中に閉じ込められて、そのまま海の中に捨てられるシーン……
車内を海水が満たし、目を覚ました主人公が冷静に車のヘッドレストを取り外して、その金具部分を窓と窓枠の間に嵌め込み、てこの原理をつかって窓を割る。
私はその主人公になりきり、あの時と同じことをした。
窓枠と窓の間に取り外したヘッドレストの金具部分を差し込む。ヘッドレストを上から叩いて、まるで金槌で釘を打つかのように嵌め込んだ。そしてテコの原理を利用してヘッドレストを引き倒すようにして力を加えると窓ガラスが局所的に割れた。残る窓枠にこびりついた破片を同じくヘッドレストの金具部分で落としきると、私は外へと出た。高速道路には私を助けようと後続から来たドライバーさん達が寄ってきて、私を煙の上がる車から遠ざけようとしてくれた。しかし車内にはまだ加賀美がいる。
「まだ中にいるんです!!」
ドライバーの何人かが、運転席へと向かおうとするも、ボンネットからとうとう炎が上がり、皆がたじろいだ。
しかし私は構わず運転席へと向かい、炎の熱に堪えながら加賀美を運転席──幸い運転席のドアは簡単に開いた──から引きずり下ろそうとする。しかしいくら女性といえど気を失った大人の身体を非力の私が運べるわけもない。
「誰か!?」
そう叫ぶも、私に手を貸そうとする人はなかなか現れない。いつ車が爆発してもおかしくないのだから仕方がない。
その時私はまたも、とある撮影風景を思い出した。それは、女性レスキュー隊に憧れた主人公が高校生時代、様々な訓練を自主的に行うシーンだ。
あのシーンではまず横になった人を運ぶ為に首に手を回して肩を持ち、自分の腕の力と肩の力で身体を起こした。しかし今、加賀美は運転席に座って、ハンドルに身体を預けている。私はその作業を省いた。
運転席に乗り込む。煙と炎の熱が私を苦しめた。しかし私は加賀美の両脇に腕を通して、加賀美の片腕を曲げ、曲がった腕と手首を握り、身体を密着させて運転席から引きずりおろした。そのまま引きずるようにして車から遠ざかった。安全なところでゆっくりと横たわらせて、意識があるかを肩を叩いて訊く。
これも撮影で、実際に行ったシーンだ。過去には織原にも同じようなことをした。看護学校の生徒が実際に事故に巻き込まれて怪我をした人に対して処置をしていく、そんな内容のドラマだった。
意識が戻らない加賀美の口や胸に手を当てて、呼吸をしているか、心臓が動いているかを確認した。
──止まってる……
頭が真っ白になった。悲しみが押し寄せ涙をこぼしたその時、過去の私が、看護学生の私が私を叱責する。
『しっかりして!ここには私しかいない!!』
下手な演技の私。無駄な時間を過ごしたと先程まで悔やんでいた時の私の声が聞こえた。
私は加賀美の気道を確保して、彼女の鼻をつまみ、これから吹き込む息が鼻から漏れでないようにする。加賀美の口を覆うように私は自分の口を密着させた。息を吹き込んで、加賀美の胸部が上がるのを見てとり、口を離した。胸に入った息が自然に吐き出されるのを待って2回目を同じように実行する。それが終わると、今度は心臓マッサージを行った。これもレスキュー隊員を志す女の子が主人公のドラマでの経験から得た知識だ。数度同じようにそれを繰り返すと、加賀美は咳き込みながら意識を取り戻した。
私を取り囲むドライバー達の歓声が上がる。既に彼らは発煙筒や三角表示板で事故のことを後続の車両に知らせてくれていた。
意識を取り戻した加賀美は消え入るような声で私に言った。
「…早く……学校に……」
──そうだ文化祭のゲリラLIVE……
しかし加賀美を置いて行けるわけもない。加賀美は続けて言った。
「私のことは良いから……」
「そんなの…無理だよ……行けないよ……」
私がそう溢すと加賀美は虚ろな焦点で私の胸ぐらを掴んで言った。
「何のために…アイドルになったの?貴方を待ってる人がいる」
加賀美は私がアイドルになった理由を知っている。加賀美は続けて言った。
「…間に合わなかったら私のせいになっちゃうじゃない……」
私の中で渦巻き、混沌とする思考から1つの覚悟が浮き上がり、決断した。
私は頷き、加賀美を取り囲むドライバーさん達に任せて私はLIVEをしに学校へ向かおうとした。しかし高速道路は既に大渋滞を起こしていた。私達の事故現場よりもずっと前方で事故が起きており、その煽りを私達が受けたのだ。
おそらく事故を起こしたのは馬運車。
──そのせいで馬が高速道路に……
どのように学校まで行けばよいのか思考に沈んでいると蹄の音が聞こえてきて、私を思考の内から意識を外へと誘った。私達が事故を起こした原因の黒馬が私の近くに寄ってきたのだ。ドライバーさん達が馬の出現に驚く。
心配そうな眼で私を見る黒馬に私は触れた。すると、とある考えが浮かび、私を突き動かす。馬についてくるよう目を見て合図し、そのまま渋滞のせいで止まっている車まで誘導した。私は不躾にも他人の車のボンネットに乗り、そしてルーフに移動する。鞍や手綱も付いていない黒馬に私はまたがり、鬣を握った。
──大河ドラマで乗ったことがある……
渋滞を起こし、大量の車が列をなして止まっている間を馬と共に私は駆け抜けた。
物凄い衝撃を全身に受け、意識が飛びそうだった。これが現実なのか、それとも夢を見ているのかわからない、その狭間で声が聞こえた気がした。何か大事なことを思い出しそうだったが、しかし、その声はやがて鳴り止まないクラクションの音へと変化する。
──そうだ、事故を起こしたんだ……
私は目を瞑ったまま、身体の痛みがないか恐る恐る確認した。右腕から順番に左腕、右足、左足。首と背中、シートベルトが食い込んだせいで胸部が少しだけ痛い。しかしその痛みは動けないほどのものではなかった。
私は目を開けた。運転席の加賀美が真白いエアバッグにもたれ掛かるように気を失っている。そのせいで、クラクションが鳴り響いていた。その音はまるで入院患者の心肺機能が停止したことを告げる音に聞こえた。
「加賀美!?」
返事はない。
──加賀美は死んでしまったの!?
焦りと恐怖心が芽生える一方で、更にそれに拍車をかけるものを目撃する。
壁に激突し、ひしゃげたボンネットから煙が上がっている。
──早く車からでなきゃ……
後部座席のドアを開けようとするが開かない。ドアロックを解除してもドアは勿論、窓も開かなかった。衝突の衝撃でドアが歪んでしまったの?冷静に考えることすら今はできない。煙が車内に入り込み、満たし始める。
パニックを起こしかけたその時、私はとある撮影風景を思い出した。
──あれは確か、気を失った主人公の私が犯人によって車の中に閉じ込められて、そのまま海の中に捨てられるシーン……
車内を海水が満たし、目を覚ました主人公が冷静に車のヘッドレストを取り外して、その金具部分を窓と窓枠の間に嵌め込み、てこの原理をつかって窓を割る。
私はその主人公になりきり、あの時と同じことをした。
窓枠と窓の間に取り外したヘッドレストの金具部分を差し込む。ヘッドレストを上から叩いて、まるで金槌で釘を打つかのように嵌め込んだ。そしてテコの原理を利用してヘッドレストを引き倒すようにして力を加えると窓ガラスが局所的に割れた。残る窓枠にこびりついた破片を同じくヘッドレストの金具部分で落としきると、私は外へと出た。高速道路には私を助けようと後続から来たドライバーさん達が寄ってきて、私を煙の上がる車から遠ざけようとしてくれた。しかし車内にはまだ加賀美がいる。
「まだ中にいるんです!!」
ドライバーの何人かが、運転席へと向かおうとするも、ボンネットからとうとう炎が上がり、皆がたじろいだ。
しかし私は構わず運転席へと向かい、炎の熱に堪えながら加賀美を運転席──幸い運転席のドアは簡単に開いた──から引きずり下ろそうとする。しかしいくら女性といえど気を失った大人の身体を非力の私が運べるわけもない。
「誰か!?」
そう叫ぶも、私に手を貸そうとする人はなかなか現れない。いつ車が爆発してもおかしくないのだから仕方がない。
その時私はまたも、とある撮影風景を思い出した。それは、女性レスキュー隊に憧れた主人公が高校生時代、様々な訓練を自主的に行うシーンだ。
あのシーンではまず横になった人を運ぶ為に首に手を回して肩を持ち、自分の腕の力と肩の力で身体を起こした。しかし今、加賀美は運転席に座って、ハンドルに身体を預けている。私はその作業を省いた。
運転席に乗り込む。煙と炎の熱が私を苦しめた。しかし私は加賀美の両脇に腕を通して、加賀美の片腕を曲げ、曲がった腕と手首を握り、身体を密着させて運転席から引きずりおろした。そのまま引きずるようにして車から遠ざかった。安全なところでゆっくりと横たわらせて、意識があるかを肩を叩いて訊く。
これも撮影で、実際に行ったシーンだ。過去には織原にも同じようなことをした。看護学校の生徒が実際に事故に巻き込まれて怪我をした人に対して処置をしていく、そんな内容のドラマだった。
意識が戻らない加賀美の口や胸に手を当てて、呼吸をしているか、心臓が動いているかを確認した。
──止まってる……
頭が真っ白になった。悲しみが押し寄せ涙をこぼしたその時、過去の私が、看護学生の私が私を叱責する。
『しっかりして!ここには私しかいない!!』
下手な演技の私。無駄な時間を過ごしたと先程まで悔やんでいた時の私の声が聞こえた。
私は加賀美の気道を確保して、彼女の鼻をつまみ、これから吹き込む息が鼻から漏れでないようにする。加賀美の口を覆うように私は自分の口を密着させた。息を吹き込んで、加賀美の胸部が上がるのを見てとり、口を離した。胸に入った息が自然に吐き出されるのを待って2回目を同じように実行する。それが終わると、今度は心臓マッサージを行った。これもレスキュー隊員を志す女の子が主人公のドラマでの経験から得た知識だ。数度同じようにそれを繰り返すと、加賀美は咳き込みながら意識を取り戻した。
私を取り囲むドライバー達の歓声が上がる。既に彼らは発煙筒や三角表示板で事故のことを後続の車両に知らせてくれていた。
意識を取り戻した加賀美は消え入るような声で私に言った。
「…早く……学校に……」
──そうだ文化祭のゲリラLIVE……
しかし加賀美を置いて行けるわけもない。加賀美は続けて言った。
「私のことは良いから……」
「そんなの…無理だよ……行けないよ……」
私がそう溢すと加賀美は虚ろな焦点で私の胸ぐらを掴んで言った。
「何のために…アイドルになったの?貴方を待ってる人がいる」
加賀美は私がアイドルになった理由を知っている。加賀美は続けて言った。
「…間に合わなかったら私のせいになっちゃうじゃない……」
私の中で渦巻き、混沌とする思考から1つの覚悟が浮き上がり、決断した。
私は頷き、加賀美を取り囲むドライバーさん達に任せて私はLIVEをしに学校へ向かおうとした。しかし高速道路は既に大渋滞を起こしていた。私達の事故現場よりもずっと前方で事故が起きており、その煽りを私達が受けたのだ。
おそらく事故を起こしたのは馬運車。
──そのせいで馬が高速道路に……
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