SNSが結ぶ恋

TERU

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第4話「見えない壁」

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第4話「見えない壁」

「意外といけるな~!」正樹は『ユ○クロ』の店内に設置している大型の鏡を見ながら、ブラウンのジャケットを着てサイズの確認していた。
「これで3,980円とは侮れない。流石『ユ○クロ』である、一世代前の安さを売りにしていた頃とは違い、デザインを重視して世界展開しているだけある。
「パンツも2980円・ワイシャツも1180円!上から下まで1万円以下で揃えられるね。」商社マン時代には全身全てをスーパーブランドで着飾っていた正樹ではあったが、その時に培ったファッションセンスは健在で、お洒落に着飾っていく。見た目にも『ユ○クロ』に見えず、高級ブランドを着こなしている紳士のように見える。
「15,289円になります。」
「16,000円、お預かり致します。」
「711円のお返しになります。ありがとうございました。」

『ちょっとテンション上がってしまいマフラーや帽子まで買ってしまった。要らない物まで買ってしまったけど、まあこれはこれでOKでしょう。』正樹は一人で久しぶりの買い物を楽しんで店を後にした。


「真咲さ~ん、少しは手伝って下さいよ~!」真咲の1年後に入社した『大久保 達也』は泣きそうな声で真咲に訴える。
「うるさい!男の子はか弱い女性を助けるのが仕事でしょ!?」
「誰が決めたんですか~!?こんな時だけ女子になるんだから。」明らかに草食男子の大久保をいい様に使っているだけである。
「私よ、わ・た・し!」
「ジャイアンですか?」涙目になる大久保は子犬のように目を『うるうる』させる。鹿児島から上京してきた九州男児とは思えないひ弱さである。
「いい加減にしなさい。真咲も運びな。」大きなダンボールを運びながら美佳が怒鳴る。
「だってこのダンボール重いんだもん。」すねたように真咲は答える。
「この前のイベントの時はダンボール持って走り回っていたじゃないの!!」
「この前のイベントは美佳さんと私のデザインだから頑張れたけど、あの『エコヒイキ女』の服だと思うと3倍は重く感じるわ~!」人は精神的に左右される生き物だわ~!?っと半分呆れてしまう。
「仕方ないわね。明日の秋葉イベント終わったら、帰りにパンケーキを奢ってあげるから。」
「バン!!」突然室内に大きな音が響きわたる。真咲がダンボールに両手を叩き付けて起き上がった音である。
「みみみ美佳さ~ん。そっそれはこの前一緒に見たテレビに出ていた、『スイーツ特集』の『カナダ産メープルシロップをふんだんにかけた、ふわふわパンケーキ』でしょうか?」美佳の両手の掴み目を輝かせる。
「そっそうだよ。だから離れて~!」目を輝かしながら近づく真咲に壁に追い詰められた美佳が頑張って引き剥がそうとする。
「ありがとうございます。美佳さん~!」真咲は突然元気になってダンボールを運び出した。
「本当分かりやすい子だわ。」そういいつつ美佳はカワイイ同僚の手伝いをしてダンボールを運びだした。


「皆さん、こっちですよ~!」東京駅のホームで、正樹はまだ朝9時だというのに疲れ果てていた。漁協組合の漁師さん10名は、朝6時の始発なのに殆どは5時に集合しており、『遅い!』だの『朝食は付いていないのか?』など色々文句を付ける。あげくのはてには、新幹線の車内販売で朝にもかかわらずビール・ツマミなどを買って騒いでいるしまつである。漁師は豪快な人が多い。特に60代・70代の人達は高度成長期・バブル期を体験しているだけあって、豪遊する人が多い。個人的には今の若者の方が可愛く見える。
『引率は頼まれたが俺は漁協の社員じゃないんだよ~!』っと心の中で叫ぶ。漁協組合の石上が逃げた気分が今だと分かる。
「あまり飲みすぎないで下さいね。本番はこれからなんですから!」
「大丈夫だよ。1杯位、フェアは1時からなんだろ。」
「そうですけど、10時から受付でブースの設置やポスターやパンフレットの準備とか色々あるでしょ。昼食も食べないといけないからあんまり時間無いですよ。」
「そんなのは正樹君の頼むよ。東京で仕事していたんだからこんなの得意だろ?任せたから。」
「え~!そんな~他力本願な~!」『こいつら~!』っと心の声が叫ぶ。



秋葉原の聖地の一つ『アキバスクエア』、アニメ・コスプレ・ゲームイベントだけでは無く、広く会場を受入れており、ファッションイベントや個展や講演など多種多様な業種を入っているオープンな会場である。
その内の一角を『漁業就業者フェア』が貸しきり、関係者がイベントの準備に忙しく走り回っていた。会場入口には、有名なアニメ映画「君の○は」に似たような画風の漁師のポスターがいたるところに貼ってあり、若者層をターゲットにしているのが分かる。
こちらの漁協組合は既に出来上がっていて、別の意味で盛り上がっている。60代のオッサンがJR秋葉原駅入口近くのAKBのお店に入りたがり、メイド喫茶には行かないのか?っと聞いてくる。お酒の入ったオッサン程、羞恥心がなくなると思って余計に疲れる。
会場に入り、受付を済ませて、ブースの設置にとりかかる。もちろん一人である。
テーブルの設置・旗・大漁旗を掲げて人目に付くようにする。順番待ちの人達用に余分に椅子を設置する。待っている人達に飽きないように、『パンフレット』と個人的に撮影した動画や写真が入っているタブレットを用意した。宣伝もかねてご当地の名前の入ったお茶も用意して、準備完了である。
「皆さ~ん、フェア開始は13時からですから、今からお昼を食べに行きますよ。」っと振り返るとさっきまで陽気に話していた漁業組合の皆様は誰一人いなくなっていた。
「さっき大きな声で話しながら外に出て行ってしまいましたよ。」っと現地スタッフの方が教えてくれた。
「ですよね~!?」ブースに一人取り残される正樹の体に『ヒュ~』っと室内なのに冷たい風が吹きたように思えた。


「大久保君、看板設置してくれた?」真咲にこき使われて既に汗をかいている大久保は振り返った。
「今設置して戻ってきたところです。」
「そう、ありがとうね。美佳は見なかった?」
「坂本所長と野上さんと打ち合わせに行かれましたよ。真咲さんも行かないんですか?」
「い・き・ま・せ・ん!」『野上のぞみ』は真咲の言うところの『エコヒイキ女』である。大久保は事情を察知し、そそくさとその場を後にする。
「準備万全ね。」真咲は確認の為、ファッションショーのステージの真ん中に立ち、照明を浴びる、そのままランウエイをモデルのように堂々と歩いて行く、本人はステージの状況を確認しているだけなのだが、周りのスタッフの見る目は違った。
「綺麗だな~!」周りのスタッフの動きが止まっているのに気がついて、大久保がステージを振り返り呟いた。そのランウエイを歩いている真咲は輝いており、この業界で長年働いているスタッフの動きを止めるほどの『存在感』のあるウォーキングであった。普段の真咲を知っている大久保から見ると想像出来ないが、『容姿端麗』で女性にしては長身の真咲は、ファッション業界のスタッフから見てもスーパーモデルと遜色ないのである。
「証明の配置はOKだね。大久保~君、美佳が帰ってきたらご飯食べに行くよ~!」ステージの上から大久保を見つけて手を振って声をかける。
「はっはい!こっちも準備したら行きますね。」いきなりステージの上から声を掛けられて、今まで周りの注目を浴びていた真咲から急に視線が大久保に移り変わり恥ずかしくなる。
『普通何も言わずに俺を置いて行くかな~!?』っとボヤキながら会場から食事街に向かって歩いて行く。
『まあ時間無いから簡単にラーメンでも食べるかな?』そう思いつつスマホで美味しいラーメン屋さんを調べながら歩く。

「柏木常務も来られていたんですか?本当に嬉しいです。」若い女性の高い声が通路に響き渡る。よっぽど嬉しかったんだろう。
「俺もアキバなんて10年ぶりくらいだよ。」
「青木はどうだ?」
「僕も久しぶりですよ。」
「青木部長も来てくれて嬉しいです。」
「ちゃんと手伝うから頑張ってね。」楽しそうに会話が弾んでいるがこの声に聞き覚えがあった。
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『なっなに?なんで?何でこいつらがここにいるの?しかも常務と部長だなんて。』正樹の頭が混乱する。この二人は大手商社時代の部下である。貿易関係の仕事を正樹がこの二人に叩き込んだ。正樹の直属の上司と対立する上司との権力争いを繰り広げている間に、部下の柏木・青木が対立する上司側に寝返りこちらの情報が駄々漏れとなってしまった。結果的にその情報漏えいが決めてとなり、こちらが敗れてしまった。その裏切り者の二人が常務と部長として崇められているのである。平常心ではいられなかった。
『なんで今日この場所なのだ。1000万都市の大東京で、偶々来た秋葉原で偶然に会うなんて、運命の神様の悪戯に悪意を感じる。』考えられるのは、対立していた上司が順調に昇進して、専務もしくは社長までのし上がり、その部下の柏木と青木は共に昇進して常務・部長まで成り上がったんだと考えられる。しかもこの大手商社は貿易だけでは無く、いくつもの部署があり、そのうちの1つの部署が今日ここ秋葉原でイベントを行ったということだろうと推測する。
『しかしこの二人は目の前にいる、声を掛けないのも不自然だし負けた気がしてならない。』正樹は意を決しって話しかけようとした。
「かしわ・・・。」話しかけようとしたが何故か足が止まり、声が出せない。
柏木が着ているスーツは俺が教えた銀座に店を構える『アルマーニ』の高級スーツである。勤続40年のベテランテーラーが身体にあったスーツをオーダーメードしてくれる。最低30万~50万円するスーツである。左手をみると高級腕時計『ウブロ』の時計が輝いている。最低300万円はするだろう。青木も同様に『アルマーニ』のスーツを着ている、柏木が教えたんだろう。
「あーあの向こうは別の世界なんだな。」正樹は自分の服装をガラスに映る自分を見て呟いた。自分で気に入ってコーディネートした1万円以下の『ユ○クロ』の服装をみて、どんどん自分が恥ずかしくなる。声がかけられない。まるで目に『見えない壁』があるように正樹の体が前に進まない。音が消えまるでテレビの向こう側の世界のようである。
そのうち彼らがこちらに向かってくる。正樹は顔を背ける、この狭い通路で気づかないはずが無いのに・・・。
だが、彼らは楽しく談笑しながら正樹の横を通り過ぎる。まるで何も無い空気を切り裂くように。彼等の目にはもう正樹が映っていないのがわかる。手で止めて目を合わせて名乗るまで分からないだろう。

「ははは、俺は何をビビッているんだ?俺はもうあいつらにとって空気なんだから・・・。」


ガラス越しに写る、自分の『目』を見ながら何度も何度も自分に言い聞かせた。





次回、第5話「漁業就業者フェア」につづく・・・。









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