SNSが結ぶ恋

TERU

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第5話「漁業就業者フェア」

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第5話「漁業就業者フェア」




「13時からスタートしますので、皆さんよろしくお願い致します。」現地スタッフの声が会場内をこだまする。
「正樹君、いい子いたら上手く話をしておいて、俺達は他の組合の人達に挨拶をしてくるから。」っと言いながらぞろぞろと席をたった。
『おいおい今から始まるのにこの人達はどこまで他人任せなの!?自分の土俵(漁場)以外でやる気が無い人は多いが、今全員いなくなってしまったら、来場者が話を聞きに来た時に困るだろ~!?』
『人の流れも時期がある、それを逃さずに網を張るのがイベントの鉄則である。本物の漁師が網を張らないでどうするんだろ?』
『は~!意識改革も60・70歳になったらもう手遅れかな?』っとため息をついて、諦めながら資料を整理しだした。

最初に来たのは高校2年生の『親子連れ』である。
「家の子が漁師に興味があって、色々話しを聞かせて頂きたいんです。」
「山下 辰也君ですね。今日はよろしくお願い致します。漁師にも色々ありますが、うちの組合では養殖業・定置網業・延縄業・一本釣り業、それに少数でありますが牡蠣の養殖や海苔の養殖もやっています。」うちの『長老』衆は、他の漁業組合に挨拶とやらに行ってしまったので仕方なく全員分紹介する。
「何がうちの子にいいですかね。頭が悪いから漁師でも!っと思ったので。」この人は漁師を馬鹿にしている節がある。と正樹は思った。
「そうですね。息子さんはどんな漁師に憧れますか?」話しかけると斜め下を見て目を合わせないようにしている。
「うちの息子は以前テレビで見ていた、鰹一本釣りとか興味ありまして。」子供の代わりに答える母親を見て、正樹は半ば呆れかかえる。
『今時の親御さんは子供教育に勘違いしているのではないだろうか?』っと持論ではあるが、正樹はそう思っている。教育にも色々あるが一番大切なのは自分で考えて行動する『主体性』でないのか?この子にはその『主体性』が全く見られない。最近の親御さんは、子供は親が守らなければいけいと思い込んでいるふしがある。確かにそうであるのだが、全てを親が決めて子供を親のいいなりにさせてはダメだと正樹は思っている。子供達に自分で決めさせる『訓練』を、あえて幼少の時からさせてあげないと将来後悔する時がやってくるからである。そして「後悔先に立たず」という言葉があるように、大人になってからでは手遅れになってしまうのだ。何故なら学生時代までは何かあれば、親御さんが守ってくれるが、社会人になったら親御さんはいつまでも子供に付いてこられないからだ。ましてや親御さんの方が早く亡くなるのは自然の摂理。学生時代にずっと守られてきた子供が、何の準備もしていない丸腰の状態でこの『不条理な現実社会』に送り出されるのだから、なんの免疫力のない子供達には気の毒としか言えない。出来るならば、親は子供達に歩むべき『道しるべ』を作ってあげるのが一番いいのではないか?歩く方向を沢山示して上げて、子供達が興味ある道があれば後押しをしてあげる、それが『主体性』を養うのに一番大切な事だと思っている。なので高校生にもなって、母親が子供に付き添い、母親が話を進めているこの状況に正樹はビックリしたのである。
「その達也君はどうなのかな?何に興味があるのかな?」やはり下を向いてモジモジしている。
「達也君の話を聞きたいな。」今度は斜め下を向いている少年の目に、正樹は無理やり目線を合わせる。そして目線を合わせたまま、眼光だけで少年の顔を上に持ち上げさせた。
「私は、達也君が何をやりたいか聞きたいな。」目を見て話す。
「年末に鰹一本釣の番組を見て太平洋の荒波に負けずに頑張っている姿を見て、なんかカッコイイな~!!って思って。」少年が少しずつではあるが話し出す。今まで隣に母親がいるため、『無意識領域』で少年に『ストッパー』がかかっていたのを理解する。少年は母親に一種の『マインドコントロール』に掛かっているのである。小さい時から両親に言いなりになっている子供に多いパターンである。しかしこの場合親子共々その事実に気が付いてない場合も多い。母正樹は少年の『目』を見て話す事によって、意識を正樹に向けさせて、母親からの領域を一瞬ではあるが切り離したのである。
「そうなんだね。鰹一本釣カッコイイよね。だって巻網船やトロール船のように効率のいい漁法では無くてあえて、一本一本手で鰹を釣り上げていくのだから男らしいよね。」
「そうなんです。釣竿を一斉に上げていく姿はカッコよくて男らしかったです。」そのテレビを見たときの状況を思い出したのか、少年の目の色が変わったのに気付く。
「そうだよね。カッコイイよね。いつかはワン○ースのルフィーように船長になって自分の船で世界中の海を渡りたいよね。」
「はい!世界中の海に行って見たいです。」少年達がよく見ているアニメのキャラクターの話しを入れると余計に食いついた。自分の思いを制限出来ずに楽しそうに喋るようになった。正樹が意図的に、母親に制限されている少年の『無意識領域』を切ったからである。母親が驚いたようにこちらをみている。
「将来的には沢山稼いでお父さんやお母さんに楽をさせてあげたいよね。」
「させてあげたいです。」その言葉に驚いていた母親の表情も柔らかくなる。大人も完璧ではありえません。皆、沢山の失敗を繰り返して、大人になっているのです。母親も心を開かない子供に困惑していたのだと思うし、子供は大人が悩んでいるとは思ってもいない。何故なら子供の知っている世界などたかがしれているし、親御さんが『絶対』なのだから。
「達也君はまだ高校2年生だからまだ1年あるし、これから色々調べて行って、本当に将来の仕事としてやりたいなら、私に電話して来て下さい。」色々少年の質問に答えた後、連絡先を教える。
「ありがとうございます。」親子でお礼を言ってくれる。
「他にも色々ブースがあるから沢山見て聞いて色々吸収して下さい。それだけでも人は成長するからね。」
「はい、ありがとうございます。」少年が未来を考えられる『主体性』が持てただけで、なんだか嬉しくなる。あの子はここで気がつく事が出来たから大丈夫。後は1年後に連絡が来たら嬉しいな。

正樹は商社マン時代から面接を行う時は、仕事内容などの説明は一切しない。そんなものは仕事を始めたらそのうち覚えるからである。そんな事そっちのけで正樹は面接相手には『夢』や『目標』を聞く、それがなければ『希望』や『趣味』や『特技』などその人物の『人間性』や『主体性』を話しの中で引っ張りだす。いかに就活の面々が面接用のマニュアルを活用していようが、人間性を引っ張りだしたらこっちら勝ちである。それに正樹は人の可能性を見出すのが得意である。普通の社員としてダメの烙印を押れた人でも、話を聞いてその社員の適正にあった部署や仕事を与えのである。そこで覚醒した社員は数知れない。人間の可能性は計り知れないのである。


次にやってきたのは30代中盤の男ある。
「こんにちは今日はありがとうございます。プロフィール用紙をお願い致します。」正樹はフェアに参加している来場者が持ってきたプロフィール用紙に目を通す。
「中村直人さんですね。漁師の経験は無いんですね。」
「はい全くないです。今まで車の部品を扱う工場で働いていました。」
「そうなんですね。なんで急に漁師なんですか?」
「いや、今まで工場で頑張ってきたんですが、急に親会社の業績が悪化して、その余波で子会社も発注が少なくなり、自主退職を強要されてしまって。この先を考えて色々調べていたら偶々このフェアを見つけて、興味本位できました。全然知らない業界ですし、時間もあるので・・・。」自主退職はまあ『肩叩き』である。どうせ辞めさせられるなら、いい条件があるうちに辞めた方が懸命である。粘っても会社で居場所を失うだけである。会社が社員を『クビ』に出来ない時の上等手段である。
「そうですか?大変でしたね。漁師は全く分からないですよね。」
「全く分かりません。」
「漁師とは・・・・。」正樹は漁師の事を分かりやすく端的に説明した。
「ありがとうございます。分かりやすかったです。それで大体給与はいくら位なんでしょう?」
「漁師と言っても色々ありますし、昔のように儲かるわけではありません。漁師は魚を売ってなんぼの商売です。『水商売』の由来は漁師からないんですよ。夜の商売だけじゃないんですよ。」
「そう言われるとそうですね。」
「中村さんのご家族はいらっしゃいますか?」
「います。嫁と小学生の娘二人です。」
「これから2人の娘さんを育てるのは大変ですよね。」
「そうなんです。工場でしか働いた事ないし、先も見えない状態です。」
「そうなんですね。さて漁師は確かに昔のように儲かるわけではありません。ですが、悲観する商売でもないんです。まず先ほど言ったように漁師は『水商売』です。釣れなければお金になりません。ですが漁船の『乗組員』と『船主』とは労働協約が結ばれます。その中に『最低補償額』というものがあって、いかに魚が釣れなくても『船主』が『乗組員』を給与を払うシステムになっているので、最低限生活が補償されるわけです。」
「そうなんですか?それは安心ですね。」
「それに船の上で『船員保険』に加入するのですが、その半額を会社で負担してくれるんですよ。保険は大切ですからね。」
「それは助かります。」
「それに確かに漁師は昔のように一攫千金っというロマンはなくなりましたが、後継者不足の現代では、乗組員さんが将来年収1000万円なんて普通にある仕事になってきているんです。」
「え?どういうことなんですか?」金額を聞いて背筋を伸ばす。興味がある時に人間が取る『聞く姿勢』になった。
「例えばです。遠洋まぐろ漁船を『例』に取ってみましょう。約500tある巨大な船を動かすには国家資格『海技士免許取得者』を数名必要になります。船を動かす航海士免許と機械を動かす機関士免許です。また通信をする通信士免許ですね。航海士だと船長・一等航海士がこの免許を持っていますし、機関士だと機関長や一等機関士が持っています。通信士は通信長が持っています。なので船主としては船を動かす為に、海技士資格を持っている人を育成したいんですよ。でも今漁師の成り手が少ないから困っているんですね。」
「そうなんですね。だからこのような漁業就業者フェアがあるんですね。」
「そうなんです。その海技士資格を取るには3年間の乗船履歴が必要であり、その後海技士免許を取る為に3ヶ月間の講習に行ってもらって免許を取って貰います。その為の費用を会社が支払って取らしてくれる会社が多いんです。」
「全てですか?」
「そうです全てです。その代わり海技士免許取得者として船に乗ってもらいます。例えばさっき言っていた、『一等航海士』や『一等機関士』ですね。その時点で年収600万~700万円は硬いですね。」
「え?600万円~700万円?入社4年で?」
「そうです。海技士免許所有者で、幹部なのですから当然です。」
「船長や機関長になれば1000万円クラス、船頭になれば1500万~2000万円クラスなどざらにいますよ。」
「凄いですね。想像以上です。」
「昔は漁師も沢山いて、幹部に上がるのも潰しあいでのし上がって行ったけど、今は後継者がいなくてライバルがいないから頑張って続けてさえいれば年収700万・1000万・2000万円なんて夢じゃないんです。しかも衣・食・住はタダですからね。」
「すっすごいですね。」
「これであなたは仕事とお金が欲しい、船主さんは船を動かす海技士免許取得者が欲しい。という事でwin-winの関係が生まれるんです。」
「分かりました。物凄く分かりやすかったです。」
「でも忘れないで下さい。遠洋マグロ漁師は過酷な環境で、しかも1年は日本に帰ってこられません。それに3年間頑張って履歴を付けないと一般サラリーマンと変わらない給料です。それをふまえてご家族とお話しして決めてください。」
「はい。ありがとうございます。とても参考になりました。」
その後、沿岸漁業・養殖業などの説明をしたが、楽ではあるが給与的は魅力がなかったようであった。家族の為にお金を稼ぎたい。シンプルであるが生活が困窮していて『お金』を目的にしている方が、家族のために働く活力になる。辛くても歯を食いしばって踏ん張れる。そんな人の方が正樹は信用出来る。自分の為に働く人は、自分の為だけに働くからイヤな事や辛い事があるとどうしても踏ん張りが利かない。でも家族の為に働くとなるとどんなに辛くても、歯を食いしばって頑張るのである。
「またご家族とお話しをして、もしやる気があるのであればここに連絡をして下さい。」と言って連絡先を教えた。

正樹は相手により話すアプローチを変えている。その人の年齢・家庭環境など話しを聞きながらどのように話しを進めるか瞬時に決めて話し出す。例えば高校正には夢や希望を語り、お金に困っている人には現実的な話をわかりやすく説明してあげるのである。そうする事によってより興味を持って貰う事が出来るのである。

その後、4,5組の来場者と話をしたが、大半は興味本位が多かった。『先生と生徒』で来るパターンや『簡単に大金を稼げる』と思っている人や『定年後に漁師』をやりたい人等々である。
確かに漁師にも成れなさそうな人も多々のだが、過疎化が進む田舎の漁師町に住んでいる我々からすると、若者と話しが出来る機会があるだけでも嬉しいかぎりである。今まで数字的には可能性が『0』だったのが、『1~2』へと増えたのであるから前進である。また次の『漁業就業者フェア』にも参加したいものである。
だが、漁業組合の『長老衆』の意識改革は必要だな!っと正樹は心の中で決意した。


次回、第6話「出会い!?」に続く・・・。





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